社長がデジタルが分かっているだけでは、大組織のDXは達成されない

東芝の新社長が 「AI はしょぼい」と発言したことが、記事のタイトルに取り上げられている。この発言がどのような文脈で出たものかよく分からないので、これを取り立てて問題にしようとは私は思わない。発言は、切り取り方によってはどのようにでも受け取れるものだからだ。

問題の本質は、果たして東芝がこの記事の言うように DX を成し遂げて生まれ変われるのかどうかということだろう。

東芝に限らないが日本の企業はなかなか DX が進まない。この記事にある通り DX とは単にこれまでアナログだったもの、典型的には紙の書類をデジタルに置き換えれば良いというものではない。

DXというのは、単に今の業務フローをIT化するだけでは足りない。電話やファクスをメールやLINEに置き換えるだけでは不十分なのと同じで、仕事の発想や組織としての優先順位まで踏み込んで見直す必要がある。

上記リンク先の記事より

これはその通りで、実際に業務プロセスを見直すなど、仕事のやり方そのものの変更が伴うことによって、単に効率化が図られるだけでなく、顧客の体験が変わり、これまでとは違った形で顧客にとっての価値が生み出されるようにする、それがまさに DX のX=トランスフォーメーションの意味するところである。

しかし、日本の場合は、何かを新しくしようとしても、これまでのやり方はそのままに、単純に紙からパソコンに置き換えるだけといったものが非常に多い。たとえば、デジタルでハンコの印影をオンライン上の書類に押せるようにするシステムなどはその典型だろう。

つい先日も、ある企業が紙の請求関連書類のやり取りを刷新しオンライン化したということで、専用のサイトにログインしたところ、これまでの紙の書式をPDF化したものがダウンロード出来るようになっていて、原則はそのPDFに記入して書類を作成、ファイル化してアップロードする、というものだった。ただ、書類にハンコは要らないという点と、これまでは認められていなかった独自書式でも必要事項を書いてあれば可とする点は改善されていた。

もちろん、これも従来の紙のやりとりから考えれば大きな進歩ではあり評価するが、2020年代の仕組みとしては古く、DXとは言えないものだろう。

これなども、以前「まだらなデジタル化」として指摘した通り、業務プロセスの全てがデジタル化されるのではなく部分的にデジタル化はされるが部分的にアナログが混在しているために、かえって業務の効率化が進まない例の一つだ。上記の例で言えば、これまでのように紙で書式が送られてきて記入返送するなら、受け取ったオフィスにいる誰でも対応できるのだが、新しい仕組みでは、通知メールは特定の人にしか届かなかったり、書類作成にはPDF編集ソフトを使うか印刷して手書きしたものを再びPDFにするという手間がかかるなど、むしろ紙の書類の方がまだシンプルではないかと思ってしまう。もちろん、こうした請求関連の帳票類をどのような形で残せばよいかという税務当局(国税庁・税務署)の意識の問題もある。

日本ではかねて SAP が提供するようなパッケージの業務ソフトウェアの導入が進まないとよく言われてきたが、その一因はこの記事中でも指摘されている通り、顧客に寄り添って顧客のいう通りにカスタマイズされた対応をしてきた、それが評価されてきたという背景があると感じる。SAP が提供する標準化された汎用業務ソフトよりも、オーダーメイドでこれまでの紙の業務プロセスをそのままパソコン上に置き換えるような特注のソフトウェアを好んで使ってきたのが日本の企業ではないだろうか。

これは一方で、SAPのような海外企業の日本への参入障壁として機能した部分があり、それで生き残っている日本企業もあるだろうから、一概に否定すべきものではないかもしれない。ただ今度はそれが、日本企業の海外進出や、海外を含む社外との提携による事業創造の障壁にもなってしまっている面もあり、はたしてどちらの効用が大きいのだろうか、と考えさせられる。

単に業務プロセスの標準化ができていないために汎用ソフトが使えないという現象面に留まらず、例えばスタートアップ企業が日本企業と連携しようとしても、具体的な意味でも抽象的な意味でも「APIが用意されていない」ことで先に進まない、といったことに繋がっているのではないだろうか。日本の企業が社外の力を使ってより強くなるといったタイプの成長の阻害要因になっているように思うし、そこに上記の「特注」尊重の底流にある自前主義が拍車をかけている。

業務プロセスに留まらずビジネスモデル自体をもう一度再検討し、今の時代に即した、お客様に喜ばれかつ収益性が高いビジネスモデルや事業に移行しなければいけないところ、今までのやり方を変えたくないという、意識的または無意識な願望があるためにビジネスがなかなか上向かないということになっていると感じることがある。

そうした企業でも、この東芝の新社長が言うように社内には「宝の山」がある。日本の企業には総じてこうしたお宝が眠っていると、たびたび感じている。しかし、それをうまくお客様が求める形で届けられるようになっているかといえば必ずしもそうではない。そこに東芝のみならず日本企業の少なくない割合が抱える問題点があると思う。

 「AI がしょぼい」と言った・言わないという些末な議論よりも、東芝の新社長には、果たして前例を一旦ゼロに戻し、眠れるお宝を売れるモノにして、求めるお客様に届けるというビジネスの再構築ができるか、という、まさに DX の本質ができるかどうかが問われている。

そして、そのDXの成功には「デジタルが分かる」だけは足りず、人間である社員の気持ちや行動が分かっているかどうかが同時に問われているのだということを、自分の反省・自戒も込めて、痛感するところである。

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