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「在宅勤務でコミュニケーションがとれない」は、そもそも人間関係の構築が疎かだったから? 後編

(前編はこちら)

在宅勤務が広まる中、導入までに混乱があったものの、実際にやってみると意外と問題なくできたという声が聞かれる。中には「家族との時間ができた」「自分のペースで仕事ができるから作業効率が上がった」という好意的な意見もあるようだ。日経新聞の取材に対し、慶応大学大学院教授の鶴光太郎氏は、ホワイトカラーの仕事は基本的にすべてテレワークで可能だと述べ、アフターコロナでの新しい働き方になり得ると示唆している。

反対に、従来の働き方と異なるために、テレワークで生産性が下がったり、ストレスを抱えてしまうリスクも指摘されている。日本企業のテレワーク導入は未だに2割程度であり、問題なく運用できている企業の方が少数派と言えるだろう。

これらのリスクの基にあるのは、日ごろの人間関係の在り方にあるように思われる。1人暮らしのビジネスパーソンが、在宅勤務と外出自粛で「人と会って話ができなくて寂しい」というのであれば、LINEなどのビデオ通話を同僚や友人と繋げっぱなしで仕事をすれば解決できる。お金だってかからない。最近は、バーチャルコワーキング・スペースという、24時間誰でも参加できるサービスも出てきている。コロナの影響下で、現在、無料で利用可能だ。

なぜ、このような誰でも気軽に使えるサービスが世の中にはたくさんあるのに利用しようと言う人は限られているのだろう。これでは、風邪をひいたのに病院に行かず具合が悪いと言っているのと似たような状態だ。やることをやれば、簡単に問題は解決できる。そこで1つの仮説が立てられる。元々の人間関係の中に、自分の仕事やキャリアについて気軽に相談できる相手がいないのではなかろうか

仕事やキャリアについて気軽に相談し、話し合う人間関係を持っていると、その関係性をそのままオンラインに移行するだけで良い。しかし、そのような人間関係を持っていないと、対面でも作れていない人間関係をオンラインでできるかというと難しいだろう。

この仮説を考察するために、前編でも参照したリクルートワークス研究所の『5か国リレーション調査』のデータを用いながら考えてみたい。


日ごろの人間関係が何をもたらしてくれるのか

『5か国リレーション調査』では、日本・中国・アメリカ・フランス・デンマークのビジネスパーソンを対象として、家族・パートナー、勤務先の上司、同僚、社外の仕事関係者などの15の人間関係について質問をしている。具体的には、15の人間関係からどのような影響を受けているのかについて5つの項目(「一緒に過ごすと活力が沸く」、「仕事がうまくいくように助言や支援してくれる」、「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」、「もしも生活に困ったら助けてくれる」、「どれにもあてはまらない」)で聞いている。

15の人間関係のうちで、主要な5つをピックアップして日本からの回答をまとめたのが下表だ。

人間関係の質で日本の回答のみ

表を見てみると、対象によって受ける影響がかなり違うことがわかる。一緒にいると活力がわくのは、家族・パートナーと社会人になる前の友達であり、職場内での人間関係ではないと割り切っている人が過半数を占めている。また、生活で困ったときなどの極めて私的な内容は、家族・パートナー以外に打ち明けることが少ない。

職場内の人間関係は、上司と同僚で大差はなく、仕事がうまくいくように助言や支援してくれるといった極めてビジネスライクな関係性が読み取れる。加えて、キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれるといった未来志向な関係性ではなく、目の前の仕事がうまくいくかどうかといった現在志向な関係性であることがわかる。

この結果をまとめてみると、人間関係に求めるものは、日常業務で気になったことや質問したいことを直ぐに聞きたいというニーズ明日頑張るための活力が欲しいというニーズが主要なモノであると類推できる。このニーズを踏まえると、オンライン飲み会が流行っている理由が理解できる。明日の活力となる元気が欲しくて、騒げる場が歓迎されるのだ。反面、じっくりと将来のキャリアについての悩みを相談をするような関係性は、既存の人間関係の中に認めることが難しい

それでは、諸外国ではどうなのだろうか。上表の項目について、5か国比較してものが下表になる。

人間関係の質で全体平均より5%以上多く選ばれているもの

この結果は、日本人の回答が中心化してしまう傾向を踏まえて、5件法で聞いたものを肯定的な回答と中庸な回答、否定的な回答の3つのレベルに直したものを使っている。そうすると、日本単独では「一緒に過ごすと活力がわく」「仕事がうまくいくように助言や支援をしてくれる」という人間関係の質が重要そうに見えたものの、諸外国のほうが日本よりも強力に重要視していることがわかる。日本の特筆すべき特徴は、生活に困ったときに家族・パートナーに助けてもらうというもので、アメリカ・フランス・デンマークの3か国では社会人になる前の友達が最も頼りになる存在だ。

日本と比べると諸外国はプライベートと仕事とを分けることもあまりない。仕事やキャリアについてのサポートを、家族・パートナー、親戚、社会人になる前の友達といった私的な人間関係からも得ている。特に、日本では軽くとらえられている親戚の存在が大きなことがわかる。

また、デンマークと中国では、勤務先の上司との関係性が他の3か国よりも近い。特にデンマークでは、一緒に活力がわいたり、仕事への助言と支援、キャリアの後押し、困った時の生活の手助けをしてくれる頼れる存在だ。

そして、キャリアの新しい挑戦を後押ししてくれる人間関係に対して、日本を除く4か国では肯定的な回答を多く確認できた。各国の特徴としては、公私ともに人間関係において、キャリアの後押しが重視されるのはフランスだ。フランスは非常に強い学歴社会であり、学生時代の専門が職種にも直結するほか、最終学歴がキャリアの限界を決める。そのため、キャリアについて私生活でも話す機会が多いのだと考えらえる。また、1社あたりの平均勤続年数が14年以上と日本よりも長いため、自社の中でキャリアを築いていくためには社内の人間関係も重要になる。

正反対な回答をしたのはアメリカと中国だ。私的な人間関係が主に頼れる相手だと回答したのはアメリカであり、逆に仕事上での人間関係を選択しているのが中国と真逆なのが面白い。このことは、キャリアについて学生時代から考える機会の多いアメリカは私的な人間関係で相談することが当たり前になっているのではないかと考えられる。一方、中国は上の立場の人間が見込みのある部下を引き上げる文化があるため、職場の人間関係でキャリアについてサポートを得られるかが大きな要因となる。

デンマークは、親戚と勤務先の同僚がキャリアで後押ししてくれる存在だと答えた割合が他国よりも多く、特徴的だ。このことは、緩い紐帯理論が背景にあるのではないかと思われる。緩い紐帯理論とは、新規性の高い価値ある情報は、知り合いの知り合い、ちょっとした知り合いなど社会的つながりが弱い人々からもたらされる可能性が高いという理論だ。将来のキャリアのために、人的ネットワークや仕事の機会を紹介してくれる相手として、親戚と勤務先の同僚といった、家族や友達よりも社会的つながりが弱い人々からの支援が活きているのかもしれない。


小括

『5か国リレーション調査』の結果からは、諸外国と比べた時に主要な人間関係の中で、仕事やキャリアについて相談すると答える人が日本は著しく少ないということがわかった。キャリアについては、そもそも公私ともに誰かに相談するということがほとんどない。また、公私を分けて人間関係を築くため、仕事の相談を私的な友人にするという行動もなかなか難しいだろうということがわかった。

このことは、元々の人間関係の中に、自分の仕事やキャリアについて気軽に相談できる相手がいないのではなかろうかという当初の仮説が支持されたと言えるだろう。今取り組んでいる仕事について、質問があった時に聞くのは電話やチャットでその都度聞けばよい。しかし、雑談をしたり、少し込み入ったキャリアについて相談することは、職場の人間関係において積極的ではない。対面だと場を持たせるために自然発生的にすることもあるかもしれないが(もしくは上司や同僚から質問をされたり)、テレワークだと意思を持って積極的に関わっていかない限り、そういった偶発的なことは起こり得ない。これらのことから、公私ともに希薄な人間関係がテレワークによって顕在化しているのではないかと推察される。

経営者や管理職にとって、テレワークでのコミュニケーションは組織や部署における人間関係の在り方を把握し、見直す良い機会であると言えるのではなかろうか。そして、共に働く同僚や部下が活き活きと働くことができる職場環境を作って欲しい。調査結果が示すように、「日本における人間関係の特徴は何ですか?」と海外から聞かれたとき、「生活に困ったら家族に頼るのが特徴です」と回答するのでは、あまりにも寂しいし、世界に胸を張れる状態ではないだろう。

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