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深い内観と己の身体との対話。多摩美大・メディア芸術コースの卒業制作展

メディアアート教育の名門、多摩美術大学のメディア芸術コースの卒業制作展が1月に行われました。
昨年に引き続き、今年も光栄にもCG-ARTSの莇貴彦さん、現代美術家のAKI INOMATAさんと一緒にゲスト講評の講師としてお呼びいただき、学生さんのお話もたくさん伺うことができました。

▼昨年度の卒展も、記事化させていただいていました🙏

昨年は真正面にコロナ禍の社会状況の変化を取り扱った作品が多かったように感じますが、今年はそういった未知の状況にもある程度は適応し、閉ざされた生活の中で、自分の想像力の醸成・自己の身体感覚との対話などをさらに成熟させたような印象を受けました。

若い学生さんが持つ興味やアンテナ、そして彼ら彼女らが貴重な1年間を投じて向き合った作品群はこれからの未来を指し示していると感じるので、自分のためのメモも兼ねて、昨年に引き続き、気になった作品を独断と偏見によりテーマ分けしつつご紹介させていただきます。

己の身体感覚、自己との深い対話

今年の傾向としてコロナ禍も長期化するなかで、自己の内面の深い観察と対話をし、自分の鋭敏な身体感覚を極限まで見つめた結果として生まれたような作品が多く見られた気がします。

個人的に度肝を抜かれたのが、引きこもり・聴覚過敏の身体感覚を疑似体験できるサウンドインスタレーション "confind Space"。
引きこもりの当事者には実は聴覚過敏の方が多いそうなのですが、引きこもっている自分の部屋で聞こえる音素材を再構成し、そういった聴覚過敏の身体感覚を追体験できる作品。ヘッドフォン、ディスプレイとマウスやキーボードのみのごくごくシンプルなしつらえの作品にも関わらず、開始10秒でギブアップしてしまうほど、押しつぶされそうにねっとりとした圧迫感を感じました。

こちらは体験中のAKI INOMATAさん(爽やかだな・・・)

個人的には、2019年にアルス・エレクトロニカでゴールデン・ニカを受賞した、双極性障害の知覚をVR体験できる「Manic VR」を思い起こさせる強烈な体験でした。

こちらは「他者の視線が怖い」という作家自身の視線恐怖症のコンプレックスを、無数の目の妖怪のような存在を生み出すことで昇華している作品。自己の感覚から逃げずに向き合い、しっかりと作品として完成させている姿勢が素晴らしいと思いました。

また、映像作品「瘋てん病院へおりてゆく / go down the psychiatric hospital」は、他のゲスト講師の方々(AKI INOMATAさん、莇貴彦さん)が衝撃作であり名作であると強く言っていた作品なので、心の準備をしてご覧になってください。私は時間内に見きれず後悔、、

"怪獣"や"異形の存在"への想像力

未知のウイルスや自然災害など、人間がコントロールできない、あるいは人災による被害に世界が翻弄された2020年以降。そういった理不尽な世相を反映しているのか、「怪獣」や「異形」のイメージが卒業制作展でしばしば見られたのが印象に残りました。

こちらは「怪獣大激動二〇・二一」という、現代社会の世相を反映したフィクションの怪獣をデザインし続けているシリーズ。着ぐるみの怪獣のデザインには、原発事故をモチーフにした岡本太郎作の絵画「明日の神話」が反映されているようです。

こちらは「虚構怪獣デマゴドン」。実際の世相を反映した怪獣のデザインになっており、風刺がきいています(他にも、オリンピックのザハ建築をモチーフにした怪獣なども)。

我々人間も理性的な存在としてふるまっていたはずが、コロナ禍のデマ、買い占め、偏見、ネット炎上など、情報に踊らせられて奇妙な行動をし続けた数年間。
自分たち人間社会の中に潜む不気味で不条理なふるまいを、「怪獣」という媒体に宿らせて冷静に客観視することで、畏怖や恐怖をうまく飼いならし向き合うことができる、不思議な癒やしのアプローチを覚えました。

こちらは、子供の頃に書いた素朴で他愛ない落書きを、大人になってからCGで改めて再構成した作品。まるでUMAに遭遇したような不気味さや怪異がありますが、まだ善悪や常識への観念が曖昧な子供の自由な想像力が生み出す怪物はどこかユーモラス。

Photo: Takahiko Azami

パンデミックの時代に、隔離され孤独な人々が親密なコミュニケーションを求め、ClubhouseやTwitter Spaceなどの音声型SNSが爆発的に流行しましたが、インターネット上でやり取りされている音声から「Hui」という生命体が生まれ、ネットの海を漂っていたら?という独特な思索のもと制作された、「a study into hui—the acoustic-based entities」も興味深い作品でした。

Photo: Takahiko Azami

公/私の感覚のハックと反転

昨年もこのご時世のためかプライベートな環境を扱った作品は多かったのですが、今年は「ごく私的な空間を公の場に引きずり出す、持ち出す、コレクションする」ようなアプローチに進化・発展していました。

個人的にめちゃくちゃ好きだったのが、被写体が普段から生活している部屋を撮影してその写真を元にセットを作成し、本人が実際に着用してきた衣服を着重ねることで、本人の姿が直接見えないにも関わらず本人の人間性・キャラクターが如実に映し出す作品「Stratum in the closet」。私にはまるで現代の妖怪のように感じられ、興奮しました。

こちらは「親密な人間同士のハグ」という極めてプライベートな状況を、広告的な作法を借りつつ、公共空間に出現させるアプローチの作品。

Photo: Takahiko Azami

他の生物に対する深い共感と没入

人間と他の生物に序列をつけず、他の生命に深い共感をしたり、人間と人間以外の生物の境界線を曖昧にする作品も目立ちました。

こちらは3Dエンジンを駆使し、人間・他の動物などの生命が等しく白い生命体として描画された幻想的な世界観を生み出すことで、人間が自然の一部であり、他の生命と融合していることを思い出させる映像インスタレーション。
真摯に作られた作品で、伝えづらいテーマ設定でもしっかりと意図が伝わってきました。

「泣きたくなるよ 夜鳴く田螺」という回文をモチーフに、「オオタニシ→大谷氏」「ナガタニシ→長谷氏」などタニシの名称を人間の名字に当てはめ、大谷さん、長谷さんなどから泣きたくなったエピソードをインタビューし、タニシの声として上映するインスタレーション。
非常にささやかなアプローチなのですが、本当にタニシ氏の声を聞いているような気持ちにもなり、インスタレーションのしつらえも侘び寂び的な佇まいがありました。

こちらは、人間のミイラではなく「コクワガタのミイラの作り方」を、異常な精度とリアリティで再現している作品。フィクションにも関わらず、本当にこれはエジプトで行われていた営みなのでは?これは実際に出土された貴重な品なのでは?と錯覚してしまうほどのリアリティがありました。

「マイクロブタのぽちゃりん」はコミカルでテンポの良い語り口で観客を引きつけつつ、他の生物に対する食用/愛玩の矛盾を通じて人間の欺瞞を描き出すアニメーション作品。物語の最後は衝撃です。

こちらは「植物同士のボーイズ・ラブ」を同人誌の形態で描画した、クセの強すぎる作品。植物の多様な性のあり方をきっかけに、人間の新しいジェンダーのあり方を考えられる作品。ぜひ冊子を熟読してほしいです、パワーがすごい。

Photo: Takahiko Azami


GoogleなどのWebサービスを高度に使いこなしたメディアインスタレーション

黎明期のメディア・アートでもGoogleなどのウェブサービスを活用した作品がは多く見られましたが、若い世代にはそういったサービスの利用がより身体化・暗黙知化し、デジタルネイティブ世代ならではのより自然・柔軟な利用方法になっているのが興味深い点でした。

ゴトゴト中華軒さん「徘徊俳界《句が浮かびあがるとき、目》」は、「Google翻訳を使用して俳句をつくる」という一風変わったアプローチで構成されたインスタレーション。目の写真に写り込んだ光からGoogle翻訳カメラ入力が何かしらの情報を認識し、テキストが浮かび上がる様子は、まるで心霊写真やコックリさんのような不気味さがあります。
奥にある干し草には、種田山頭火の俳句が表示されているのですが、人工的なメディアが並ぶ展示空間の中で干し草の臭いから発せられる圧倒的なリアリティも異質に感じました。

「高みの見物 / To see it rain is better than to be in it.」は立川基地グローブマスター機墜落事故をモチーフにしたインスタレーション。
高台に上がるとGoogleのストリートビューで表示された、航空事故の起きた事件当日の航空機の軌道を追うことができるのですが、それが非常にものものしく、不吉な空気の漂う体験となっています。ストリートビューのこんな活用方法があったとは、、、

特定テーマに分類できないけど気になった作品も多数あり、内定までのプロセスをスロットで体験できる作品があったり、、

Photo: Takahiko Azami

今年の卒業生の特徴として、高専で物理学を学んでから多摩美術大学に入った変わったバックグラウンドの学生さんがチラホラと見られ、彼らの作品も面白かったです。

作品をつくることは、作家の生き方、思考、世界の認知の仕方がそのまま滲み出る/さらけ出してしまう行為でもあり、長らく作家をやっていてもその恐ろしさにビビることも多々あるのですが、
今回卒業制作を作り上げた学生の皆さんは、その重役を立派にやり遂げており、頼もしく感じました。

私が見たのは学内展示でしたが、さらにブラッシュアップさせる形でまた学外展も予定されているようです。
私が今回取り上げている作品以外にも、本当に面白い作品が多数あるので(本当はこの記事の3倍ぐらいの長さで紹介したいぐらい興味深い作品揃いでした。全部紹介できないのが悔しいぐらい)、みなさんも自分のお気に入り作品を見つけに行ってみてください!

多摩美術大学美術学部情報デザイン学科メディア芸術コース
2021年度卒業制作展「OURAI」

2022年3月4日(金)〜6(日) 11:00-19:00
BankART Station
入場無料・事前予約制

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市原えつこ(アーティスト)
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