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新型コロナよりも知って欲しい高齢者へのワクチン

 「ワクチンは感染症予防のための最も簡単で確実なツールである」とワクチンに係わる医療者の間では理解されていると思いますが、新型コロナワクチンによる様々な副反応の影響からかワクチン接種への不安を抱く人たちが大いに増えたように感じます。私は小児科医として子どもたちの定期予防接種ならびに渡航医学を専門としていることからトラベラーズワクチンの接種および関連した研究を20年以上行ってきましたが、被接種者の方に対してはいつも「メリット・デメリットを天秤にかけた上でその差が大きければ大きいほど優れたワクチンである」という説明をしてきました。
 例えば渡航ワクチンとして頻用されるA型肝炎ワクチンは、副反応はほとんどなく、3回(海外製では2回)接種すれば(個人差はあるものの)ほぼ生涯にわたって抗体は維持されるといわれています。すなわち世界的に感染者数が多い疾患の予防として、デメリットである副反応がきわめて少ない一方で、感染防御が長期に及び、重症化予防だけではなく発症予防効果もきわめて高いというメリットがあり、その差がきわめて大きいことから渡航ワクチンの中でも推奨度が高いワクチンの一つとされています。
 ではワクチン忌避が進んでしまった要因と言わざるをえない「新型コロナ(COVID)ワクチンに関してはどうなのか」ということになるわけですが、専門家の間でも賛否両論があり、学術的な背景以外にも見えない力による影響など、今では議論しにくいものとなってしまいましたが、前述の原理から考えるとデルタ株までは「高齢者を中心に重症化リスクが高く、ワクチン接種によってそれを回避することができた」「副反応も一定の割合で確認されていたが重症化の回避におけるメリットが高かった」ことは多くの研究結果にもある通り確かな事実であった思います。しかしその後の様々なデータの蓄積によるデメリットも見過ごすことができなくなったのも事実です。
 例えば「これまで存在したワクチンの中でも副反応の頻度がきわだって高く、なかでも接種との関連性が否定できない死亡例が明らかに多い」「ワクチン接種をすることでCOVID後遺症に類似した副反応が一定数みられる」「接種を何度行っても感染制御を確実にすることが難しい(発症予防効果はかなり低い)」等々、現在ではメリットとデメリットの差がほとんどないような印象です。むしろ健康な人がワクチン接種をしたことで日常生活に支障をきたすほどの健康被害を被ることはデメリットしかないわけで、その確率も他のワクチンに比べれば無視できない高さと言わざるをえません。
 ウイルスは変異を繰り返すとはいえ、オミクロン株以降は2年近くウイルス自体が重症化している兆候はみられていませんので、既存のワクチンであってもある程度の接種をしていれば重症化の回避ができなくなるわけではないと考えられますし、現在では重症化を回避することが証明されている抗ウイルス薬(パキロビッド®など)も使用できるわけです。むしろ接種を続けている中で取り返しのつかないデメリットに遭遇する可能性が許容できない範疇であれば推奨されるべきものではないと考えています。
 
 私が研修医の頃には現在では公費で行われているインフルエンザb菌(ヒブ)ワクチンと肺炎球菌ワクチンが使用されていなかったために、これらの病原体による髄膜炎で亡くなったり重い後遺症を残してしまった子どもたちが常時みられていました。しかし定期接種となってからは多くの子どもたちが接種を受けることになり、これらの病原体による細菌性髄膜炎がほとんどみられなくなっているのです。他に定期接種となっている麻疹、風疹、水痘なども同様です。この現象は個人におけるメリットももちろんですが、社会全体の(公衆衛生学的な)メリットとも言えるわけです。
 現在では麻疹、風疹、水痘などの流行性ウイルス性疾患は小児科領域の感染症と言うよりも、ワクチン接種をしていない、あるいは抗体価が減衰した成人領域の感染症に位置付けられているといっても過言ではありません。このような背景を踏まえて成人でも費用の助成が拡がることを望みます。

 帯状疱疹ワクチンについては以前にも投稿しましたのでご参照ください。帯状疱疹を予防するワクチンがあることをご存じでしょうか?|水野泰孝 Global Healthcare Clinic (nikkei.com)
 帯状疱疹は水痘(みずぼうそう)に罹患したあとウイルスが体内に残り、免疫状態が下がったときに再活性化して発症するものですので、水痘と帯状疱疹は同じウイルス(水痘帯状疱疹ウイルス:Herpes zoster)によるものです。帯状疱疹ワクチンは「水痘を予防することが主たる目的」で子どもの定期接種に使用されている生ワクチンと「帯状疱疹の発症および合併症や後遺症の予防に特化」した不活化ワクチンの2種類があります。
 国立感染症研究所の調査によれば、50歳以上の日本人の水痘帯状疱疹ウイルス抗体の陽性率はほぼ100%と言われていることから、ほぼすべての人はこのウイルスを保有しているということになり、それでも帯状疱疹を発症することから、抗体価を高めるだけでは不十分であることがわかると思います。実際に生ワクチンでは接種後の効果はある程度みられるものの、経時的に予防効果は低くなり、高齢になればなるほどその効果は低いことがわかっています。(Persistence of the Efficacy of Zoster Vaccine in the Shingles Prevention Study and the Short-Term Persistence Substudy - PMC (nih.gov) / A Vaccine to Prevent Herpes Zoster and Postherpetic Neuralgia in Older Adults | NEJM  
 一方の不活化ワクチンでは2回接種が必要ではあるものの、現在進行中の治験においてその予防効果は10年経過した段階でもほぼ90%であり、数理モデルでは免疫原性は20年近く維持されるとの報告もあります。(Immunogenicity of the Adjuvanted Recombinant Zoster Vaccine: Persistence and Anamnestic Response to Additional Doses Administered 10 Years After Primary Vaccination - PMC (nih.gov)
 不活化ワクチンは高額であり副反応も若干多いことから敬遠されることも少なくはないようですが、自治体によっては一部費用助成が行われています。生ワクチンに比べて高い発症予防効果や長期的な免疫の維持を鑑みればベターと考えるところであり、私も接種しております。
 
 上記の記事では言及していませんが、最近承認されたRSウイルスワクチンも高齢者には推奨されるワクチンの一つであり、個人的には帯状疱疹ワクチンと同等かそれ以上と考えています。その理由として帯状疱疹が直接生命予後にかかわることはほぼないと思われますが、RSウイルスによる肺炎はインフルエンザなど呼吸器関連ウイルスと同様、ときに致命的となることがあるためです。

RSウイルスはほとんどの人が幼いうちに一度は感染する。免疫の働きが低下した高齢者や基礎疾患のある人が感染した場合、肺炎などを起こし重症化するリスクが高い。日本では60歳以上の人について年間およそ6万3千人の入院と4千人程度の死亡につながるとの推計もある。アレックスビーは2023年5月に世界で初めて米国で承認され欧州(EU)、英国、カナダでも承認された。日本では22年10月に同社が承認申請し、23年9月に厚生労働省から承認を取得していた。同社は現在50歳以上への適応拡大申請もしている。

GSK、RSウイルスワクチン発売 60歳以上対象 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

 RSウイルスは乳幼児の細気管支炎の原因ウイルスとしての認識が高く、年齢によっては検査が保険適用となっていますが、成人では保険適用ではないことからその実態は不明確です。しかし成人肺炎の原因ウイルスとしてはインフルエンザとほぼ同等の割合となっています(Evaluation of FilmArray respiratory panel multiplex polymerase chain reaction assay for detection of pathogens in adult outpatients with acute respiratory tract infection - PMC (nih.gov)。さらにインフルエンザに比べて肺炎症例も多く、平均入院日数も長いことがわかっています。インフルエンザは治療薬もありますが、RSウイルスには抗ウイルス薬はなく予防手段はワクチンのみとなりますので、日本でも使用できるようになったことは、費用対効果を含め意義は高いと考えています。
 このようにCOVIDワクチンよりもそのメリットを知っていただきたい新しいワクチンをご紹介させていただきました。決してCOVIDワクチンを接種してはならないと言っている訳ではありませんので誤解のないようにお願いします。

#日経COMEMO #NIKKEI

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