実務家にしか語れないジョブ型の真実「Only Oneのカッコいい人事になる」-#2
皆さんこんにちは。こちらのnoteは3回シリーズの2回目の記事となります。まだ初回を読んでないという方はぜひこちらからどうぞ。
ジョブ型議論の危うさ
早速ですが本題に入ります。最近、色んなところで「ジョブ型」という言葉を聞くようになりました。どうも言葉だけが独り歩きしているようです。残念だなと感じるのは著名な識者やコンサルが書いた記事でさえ、「正しいところもあるけど、結構間違えてる」という事実です。知識のないメディアの記事、インフルエンサーの発言にいたっては目も当てられません。そのため、誤った情報が溢れているという現象が起こっています。
クリップした記事を読みながら、もやもやしていた原因がわかりました。彼らは「周辺にいる関係者や野次馬」にすぎず「リアルな世界に住んだことがない」人々なのです。だから真実を語れない。特に識者は「自分の関心のある領域」を中心に解説する傾向があるので、読み手はその辺を念頭に置いて判断する必要があります。
・「ジョブ型を導入している外資系企業では、職務記述書(以下JD=Job Description)において職務範囲が明確なので成果がでないとすぐ解雇される」
「細かく職務を定義して完璧な職務記述書を準備する必要がある」
・「ジョブ型でも一部のエリートだけしか昇進できない」
・「会社は人事権を失ってしまう」
これらは誤りです。そのようなフェイクニュースを鵜呑みしないよう注意が必要です。
「ジョブ型とはジョブつまり職務(日本ではポストと呼ばれる)を職務記述書で定義して評価する」ものと多くの人が誤解しているのも恐らくメディアの影響でしょう。
ジョブ型制度(正しくは職務制度といいます)を入れるには、
①職務評価と報酬体系の設計
②導入・コミュニケーション
③運用・メンテンナンスと大きく分けて3段階のステップがあります。ジョブ型の最大の難しさと面白さは、③の運用に集約されます。①や②を少し手伝っただけではジョブ型の本質は理解できないと思います。
例えば、あなたが新しい高級車の購入を検討しているとします。エンジンやドアなどの部品を設計したり、本体を組み立てたエンジニア、車に詳しい評論家、販売したくてたまらないセールスマンの話だけで決めますか?実際に所有している人にアドバイスをもらいませんか?
ジョブ型という車を運転(運用)したことがある人は日本の就業人口全体の1%以下です。この領域に高い専門性を持つ人事実務家だけが運用の難易度を知っています。私も含めた実務家は、最高の運転ができるよう常に点検し、時には修理をしながら何十年も運転してきました。設計から運用まで豊富な実務者の視点から、そろそろ「真実」をお伝えせねばと感じました。
とはいえ、本格的にジョブ型の背景や歴史について語ろうとすると、かなり専門的になり、本になりそうな分量になってしまいます。したがって今回は重要なポイントのみに絞ります。
基本的な人事制度の整理
ここで、日本の人事制度をさくっと分類してみます。大きく分けて3つ類型があります。もうすこししっかり理解したい方はこちらをお読みください。
①職務制度(ジョブ型)・・職務の責任や重さ、必要なスキル・能力を測定して職務の価値を決める。グレード(等級)を設定して報酬決定の基準とする。
②役割等級制度・・役割の重要度に応じて等級区分し、役割ベースで設定された目標の達成度(成果) を報酬に反映させるため社員を格付する
③職能資格制度・・個人の職務遂行能力のレベルに応じて資格等級を設定し, 資格に社員を格付けして報酬決定の基準とする
職務制度は「職務ありき」、職能制度は「人ありき」という話を聞いたことがあると思います。仕事が先か、人が先か、ここが決定的な違いとなります。
やや乱暴かもしれませんが、カレーライスに例えてみましょう。最高のカレーを作る(事業戦略)と予めメニューを決めてニンジンやじゃがいも、お肉(最高の材料を揃えるため値段も高い)を揃えるのが職務制度だとします。一方、職能制度は、冷蔵庫に野菜がたくさんあるから美味しい野菜カレーでも作ろうかなと、今ある材料を見ながらメニューを決めて作るようなイメージでしょうか。
ジョブ型の議論の際に、欧米のジョブ型は日本のメンバーシップ型よりも優れているように比較されがちですが、決して二項対立の概念ではありません。
どちらかがより優れているわけではないということを強調しておきます。それぞれ優れている点と課題があります。
ジョブ型導入の目的は何ですか?
人事コンサルの老舗コーンフェリーの調査(2020年)によると1,000人以上の企業では7割強の企業が導入を検討しているそうです。1,000人未満の規模では、4割程度のようです。大企業ほどジョブ型導入の検討に前向きであることがわかります。こういった傾向から、最近は企業からジョブ型導入に関する相談が急に増えました。
企業の経営者や人事部門がジョブ型導入を検討している理由として例えば下記のような理由を挙げます。
✖日本型の雇用が維持できない。特に終身雇用はもう持たない
✖社員のマインドセットを変えたい
✖️リモートワークでは成果が見えづらい。職務内容を明確にしてJDを作成して成果を可視化したい
✖シニア人材の高い報酬が人件費を圧迫している。人件費を抑制したい、もしくはリストラしたい
これみんな導入の目的としては✖なんです。
確かにこれらはジョブ型と親和性があり、結果として実現することもあります。けれども、上記のような理由ならば、評価制度を見直すなど、他の打ち手を考える必要があります。なぜなら、本当のジョブ型の目的とは異なるからです。
ジョブ型の最大の目的は、『職務』にベストフィットする優れた人材を獲得し、組織に加わった後には個人が技能・知識を磨き続けるよう動機つける。その『職務』でより良い成果を発揮するよう成長を促進することです。年齢や性別、勤続年数などの属性ではなく、『職務』と成果に対して『競争力のある(他社に負けない)報酬』を支払うことなのです。
ここで私が作成した資料を引用します。(すべての会社がこれに当てはまるわけではない点はご注意ください)
上記の説明と下のテーブルにあるように、ジョブ型の大前提として「労働市場の流動性が高いのか否か」ということを理解することが大事です。下の表でも、「採用」「能力開発」「人材市場」の違いに注目してください。
流動性が高い人材市場では、個人はより報酬が高く、やりがいのある仕事を探し、高い業績を発揮しようとします。一方で会社は、優秀な人材を惹きつけるために市場原理に基づいて報酬を払うのです。職務(ジョブ)を通して会社と個人が契約を取り交わすという点が欧米ジョブ型の特徴です。人の出入りがあるため、候補者や働いている社員から「魅力のある会社」として選ばれ、個々の能力を最大限に発揮してもらうよう包括的に努力します。ジョブ型によって競争優位性を確保するのです。
ジョブ型を入れても、社員の同意のない転勤・異動を強いたり、若手だから上にあがれないならば、それはエセジョブ型です。
社員が自らの意思で挑戦できる、職務・実力に見合う報酬を得ている、自らキャリアを築ける環境があってはじめてジョブ型が機能します。
ジョブ型ではこんなことも起きる
まだもやもやが残りますか?ジョブ型の仕組みは、日本の文化や慣習と大きく異なるため、少しわかりづらいかもしれません。事例嫌いの私ですが具体的な例をあげて解説します。(質問などあればご相談ください)
以前私がいた事業会社で、パート社員からいきなり管理職に昇進するという実例がありました。そこでは通常、まず正社員に登用され、平均8年ほど非管理職についてから管理職になることがほとんどでした。20代前半の女性パートタイム社員Aさんは、優秀で卓越した成果を出し、チームや部下からの信頼も厚いため、4段階を飛び級で店長職を任せるという要望でした。これは極めて稀有なケースです。
実際の数字は出せませんが、仮にAさんの時給が1,000円、年収換算すると約200万としましょう。店長職の給与レンジ(グレードを設定した後は市場のデータを入手し、給与レンジを策定します。各社とも独自で市場におけるターゲット値をミッドポイントとして設定します)が下限値500万で上限値が800万とします。当時、上司のマネージャーは15%の昇給でも十分ではないかと主張しました。しかし、『市場においてトップ〇〇%以内に入るという会社の報酬理念』があるので、昇進時に給与を下限まであげるよう上司に説明して、Aさんの年額給与を500万で設定しました。
外部採用しても同程度の金額を支払うのですから、社員の足元をみるようなことはしません。優秀な人材の登用において社内外の公平性を担保することが不可欠なのです。
数年前に日本のトップクラスのGMSの会社に所属する人事部門の方から仰天するエピソードを聞きました。そこでは、あるパートタイム社員を店長に登用したにも関わらず、雇用形態もパートのまま、時給も数十円しか上げないといってました。こういったことはジョブ型の世界ではまずありえません。万が一にでもやったら社員から信用を失ってしまいます。
また、こんな事例もあります。事業拡大のフェーズで、マーケティングのトップタレントを日本企業から外部採用したときのことです。その候補者は豊富な経験と記録に残るような成果により、市場でも名がしれていました。前職では同社における給与レンジの下限にほど遠く、半分程度の給与水準しかもらっていませんでした。
候補者の入社意欲は高かったので少し給与を上げれば入社を決めてくれたかもしれません。けれども、絶対に採用したかったので、報酬理念(ポリシー)に沿ってフェアな給与を払うべきだと社長を説得し理解を得ました。
候補者にオファーレター(内定通知書?)を提示した時に、報酬理念を説明して新給与を提示しました。その候補者は大変驚いていました。と同時に、自身の能力と前職での成果を評価してくれた会社に対して興奮していました。彼は入社後も大活躍し、成果を出しつづけてくれました。もちろん、これらが正解ではありません。状況に応じて判断する必要があります。
ジョブ型の場合には、同じレベルの職務に就いた社員に対して、性別・年齢・勤続年数に関わらず同水準の報酬を支払うという重要な点がメディアでの議論から抜けています。
補足すると、私が率いた人事部門は社員やマネージャー、そして外部の候補者に対しても報酬ポリシーやグレードごと、給与レンジはできる限りオープンにしました。これは、魅力のある会社と認識してもらうために私が透明性を重視していたからです。これも会社によって決定すべき内容です。
さて、ジョブ型を導入すると上記のようなケースが起こるわけですが、他にもこんな例があります。
皆さんならどうしますか?(正解はありません)
◎職務の大きさを測定したら役員の職務が実はかなり小さかった
◎上司と部下の職務の大きさが逆転してしまい、給与を変更しなくてはいけない
◎秘書的な業務についている社員に部長以上の給与を支払っていた
◎若手の優秀な社員に課長レベルの責任を担わせ、成果を発揮している
◎同じ職務なのに、中途採用で入った女性のよりも長く勤務している男性の給与の方が高い
などなど、実際に悩んだ例を挙げればきりがありません。このように導入前には想定できないことが起こるのがジョブ型です。
それらを含めてジョブ型を導入する覚悟が皆さんの会社にはありますか?
魅力のある、選ばれる会社を目指して努力してますか?
導入を検討する際にはこういったことを頭にいれておいた方が良いと思います。
ジョブ型導入後の注意点
冒頭にお話ししたようにジョブ型は設計や導入そのもの(これも苦労しますが)よりも、一番難易度が高いのは導入してからの運用とメンテンナンスです。
最初にやることは、ジョブ型導入時に自社の報酬理念(ポリシー)を策定しておくことです。いろんなケースが起こったときの拠り所、つまり指針となるような理念を経営者と一緒に作っておくことです。
次に、報酬領域に詳しい専門性の高い人材を人事部門に配置する必要があります。ビジネスはかなり早いスピードで変化しています。組織再編や新しい仕事が発生したり、職務内容が大きく変わったりすることが日々起こります。その度にコンサルに聞くのは非効率です。社内に高度専門性を持つ人材がいなければ必ず運用に支障がでます。外部からプロ人材を獲得するか、内部育成するのか決めておくことです。
コンサルから一般的なアドバイスはもらえるかもしれませんが、自社の事業と人材を知っているのは人事部門なのです。リソースを投入し、苦労して制度をいれても、導入後を想定して準備をしていなければうまく回らなくなります。きちんと運用するためにあらかじめ基盤を整えておきましょう。
最後に、マネージャーと社員に制度や報酬理念や体系をオープンにして組織の隅々まで浸透するような十分なサポートが必要です。組織へのコミュニケーションと啓蒙が重要になります。
ちなみに私がいた会社では、マネージャーや管理職に対して導入時に説明会を行い、その後も毎年ジョブ型・報酬制度について研修を実施していました。制度を十分に理解していたので、採用・配置の際の報酬決定時には、人事と現場が対等な立場で有益な議論ができました。
終わりに・・
日本ではジョブ型祭典のようなブームが起こっていますが、ジョブ型は組織や人材に関わる課題を解決する万能薬ではありません。
繰り返しになりますが、組織能力を高め、組織に変革をおこすことが目的であれば包括的なタレントマネジメントのエコシステム全体に働きかける必要があります。真剣にジョブ型の導入を検討している場合には、
なぜそれを導入するのか?
将来の事業をどうしたいのか?
どんな組織と人材を創りたいのか?
人事部門はどんな役割を果たすのか?
これらの問いについて経営者や事業部リーダーと何度も議論を行ったうえで決定したほうが良いと思います。
今回はジョブ型の設計・導入ステップについてあまり説明できなかったのですが、ジョブ型の導入をコンサルに丸投げすることはお勧めしません。
〇億に近い大金を投入している会社があるようですが、はっきりいって、それ騙されています!!人事部門が設計から導入まで一気通貫でリードしないと、数年後結局使いこなせず、現場には支持されず、機能不全に陥る可能性があります。
自社で主導権を握れば、費用の面だけでなく、知識や知見が内部に蓄積されるというメリットがあります。実際に運用するのは外部コンサルではなく、人事部門と現場のマネージャーなのです。
しばしば目標管理制度導入の失敗事例と挙げられる富士通もジョブ型導入に挑戦されるそうです。
特集記事の中で「人事部が富士通低迷の元凶などと陰口をたたかれながら、それでもめげずにジョブ型の研究を続けたのには理由がある」とあります。
その力強い言葉に人事の本気度を感じます。
前回も触れたように、自社の事業や人材を深く理解しているOnly Oneの人事部門になるためには、自社の事業と人材にとって最適なものは何か、自分たちは何をすべきなのか常に探求しつづける必要があります。制度は箱にすぎません。
経営者、現場の社員やマネージャーと対話し、自分の頭で考え、行動を起こす。失敗しても挑み続ける。それこそが組織と人を成功に導く秘訣だと思います。