「あなたの会社、デブオプスできてますか?」ー誰がエンジニアをダメにするのか?
この記事は4月19日(月)に開催した、オンラインイベント「誰がエンジニアをダメにするのか?」の内容をもとに作成しました。
多くの企業で管理職の人たちがエンジニアの力をうまく生かせていないケースをよく耳にします。話題のデジタルトランスフォーメーション(DX)がうまくいかない理由のひとつもそこにありそうです。なにがエンジニアの活躍を阻んでいるのでしょうか。
学生時代にエンジニアからサービスを立ち上げて起業し、これまで2社のスタートアップを経営してきた株式会社LayerX CEOの福島良典さん、IBMではエンジニア、Adobeではマーケティング、そして現在は様々な事業開発を手がけている日本マイクロソフト執行役員の伊藤かつらさん、日経産業新聞にも寄稿していただいている大阪大学教授の栄藤稔さんをゲストにお招きしてお話を伺います。聞き手は、村松進日経産業新聞副編集長が務めます。
■エンジニアがダメになる背景・構造を解き明かす
ー村松副編集長
本日の課題共有としまして、栄藤さんになぜビジネスにエンジニアが十分に関われていないのか、現状と課題をご説明いただければと思います。
ー栄藤さん
いろいろな人がイノベーションの定義をしていますが、オープンイノベーションで有名なチェスブロウ教授は、イノベーションはインベンション(技術発明)とビジネスモデルだと定義しています。つまり、発明をビジネスにすることがイノベーションだと言っています。
数十年前は、他社とのカタログの上での差を作っていけば差がついてきたのですが、最近はそれが難しくなってきています。
ソフトウェアでは「デブオプス(DevOps)」という言葉があります。「開発をしながら運用する」ということです。「ビズデブオプス(BizDevOps)」という「ビジネスを設計しながら開発をして運用する」ということがよく言われています。日本ではこれが技術用語になってしまっています。本当は組織論や会社のマネジメントの話だと思います。ビジネスと技術が一緒になってマーケットと向き合って、新しい事業を起こしたり、今の事業を強くしていく、そのためには、技術者とビジネスをやっている人間の境目がとことんなくなる世界が大事だと私は思っています。日本はまだまだそうなっていないというのが、現状認識です。
社内には「技術者」はだいたい3種類います。1つは「研究者」。何%かは必要だと思います。事業には関係なく新しいものを探していく。「職人」は言われたことを納期通りしっかりやる。そのためには、どのようにやっていくか、いつまでに作るか、この「How」と「When」ができる人間が職人として必要です。
私がずっと「こういった人が必要だ」と言っていたのが、「技術者くずれ」なんです。「技術者くずれ」ばかりいたら会社は滅亡します。でも、「研究者」が少しだけいて、「職人」がまあまあいて、「技術者くずれ」で事業に目覚めてマーケターと営業とぐるぐると会社を回していく仕組みをやりたくて、これまでそういう運動をしてまいりました。
「Global Entrepreneurship Monitor」というレポートが出ています。2019-2020のレポートの中で一番ショッキングだったグラフがこれなんですね。「あなたは新たに事業を行える知識とスキルと経験をおもちですか?」というアンケートを18歳から64歳の働ける人たちに聞いたら、日本は図抜けて低い。
マインドセットとして自分が新しい事業を始める知識とスキルと経験をもっているかということに関して、非常にネガティブな人が多いというところが、エンジニアがエンジニアという枠の中に入っていて、マーケターはマーケターという枠に入っていて、全体で物事を捉える人がなかなか育っていないというのが、日本のカルチャーなり労働慣行なのではないかということで、危機意識を冒頭で申し上げたいと思います。
ー村松副編集長
では、まず福島さん。ご自身の経験も踏まえて、今の栄藤さんのお話、どう受け止められましたか?
ー福島さん
すごく刺さるなというか、おっしゃる通りだなと。うちはデブオプスみたいなところはすごく意識していて、エンジニアとユーザとか企業とかお客様の間に、いかに人がいないかが大事だと、エンジニアがユーザの課題とか顧客の課題にいかにダイレクトにデータを見て仮説をもって開発の前段階のレベルでどれだけ関われるか、アイデアを出せるかがすごく大事だと思っています。
この真逆が、僕は「社内受託」と呼んでいるのですが、企画を作る人がいて、その人が決めた仕様通りを作ってください、とフローのように流れるような処理をしてしまっている。この構造が一番エンジニアをダメにする構造なのかなと個人的には思っています。
ー村松副編集長
ありがとうございます。伊藤さんもぜひよろしくお願いします。
ー伊藤さん
栄藤さんがおっしゃったのも、福島さんがおっしゃったのも、まさにそうです。調査によると、日本のIT人口の約8割はSIとかベンダーとかにいるのだそうです。2割しかエンドユーザ側にいない。
しかも、この人たちは終身雇用ですね。終身雇用でSIをやるというのがどういうことかと言うと、サービスとして受けるだけですから、間の中間マージン取らなくちゃいけないし、リスクテイクは絶対にできないから新しいテクノロジーなんて使えないし、どんどんチャージして使用はお客様が言った通り1mmも変えませんという、これが何十年も続いてきてしまったんですね。それを変えようという努力がなかったということがオーバーオールに見たときの恐ろしい状況だと思います。
■これからのエンジニアとマネジメント像
ー村松副編集長
参加者の皆様のご意見も聞いてみたいと思います。これをご覧になりまして、感想などをお願いします。
ー福島さん
僕も「顧客の課題発見力」に投票したんですけど、文句なしにこれだと思いますね。
ー栄藤さん
営業は、昔はビールが飲めて歌がうまくてゴルフが大好きな人かと思っていたら違っていて、自分が会社を始めて思ったのは、これができる人はなかなか少ないということですね。
マーケターはやっぱりすごいなと思って。技術力がいるし、自分で組み立てながら顧客に対するニーズを探りながらやるので。マーケターというのはエンジニアがやってもいいかな、一番向いている気もするんですけど。
ー福島さん
実はうちの会社では、マーケターにエンジニア配置しているのですが、全然生産性が変わるんですよ、1人いるだけで。
ー伊藤さん
そうだと思います。私は栄藤先生の日本が最下位のグラフを見て、女性活躍のグラフかと思いました。要は「ダイバーシティ&インクルージョン」、違うものを受け入れるってエネルギーになるし気付きになるじゃないですか。1人の脳みそじゃできないし、似たような脳みそがくっついててもダメなんですけど、まったく違う脳みそがあるとここにひらめきがあるんですよね。
インクルージョンの力を使って変革を起こしていく必要があるんですけど、日本ってやっぱり終身雇用ってほんとにダメで。終身雇用で出世していく人って、その会社のスペシャリストである人用があったんですよね。でもそれって、突き詰めてる人がいないんですよね。どんどんつまらないところに集約してしまうという、このダメな構図がダメで、インクルージョンはめちゃくちゃ大事です。
ー村松副編集長
もう一問、投票を用意しています。これをご覧になっていかがですか。
ー福島さん
僕はあえて2番目にしたんですよね。僕は「エンジニアを怪物扱いしない」って言ってるんですけど、要は、社会人として上司が部下に対してマネジメントするって普通の話だと思うんですよね。
普通のマネジメントの問題を、エンジニアって扱いづらいからマネジメントしづらいよねって言ってるだけの話が世の中9割だと思うんですよね。これは本質的に信頼していないから、信頼関係を作るようなマネジメントをできていないから、だから怖がってしょうもない悩みが出てきちゃうんだと思います。
ー伊藤さん
私はコミュニケーションにしました。理由は、組織において当たり前のコミュニケーションが、多くの日本企業ではまったくない。会社に入ってしまったら就社なので、一生その会社でいく。そんな仕組みはないですよね。今若い人で優秀な人はどんどん辞めていきます。会社が生き延びようと思ったら、優秀な人に残ってもらわなければいけない。そういう方を採用して居続けていただいて活躍していただかなければいけない。これはもはや企業戦略なんですよね。
どうやってエンジニアのモチベーションを高めるか。この方法を皆さんが知らなさすぎると思います。
やっぱり、ソフトウェアの技術改革はすごいじゃないですか。毎日毎日「えっ、もうこんなに変わってるんだ!」ということがあるわけですよ。エンジニアは体を張ってそこをやっていくわけですから、それこそ毎日毎日キャッチアップしないとついていけない。彼らはその最前線にいてくれるわけですよ。
彼らが勉強する、スキルアップをするということを会社として投資して認めてあげないといけない。ところがブラックな会社は勉強する時間を与えないんですよ。残業後の時間にやれ、という話をしてるんですね。それっておかしいじゃないですか。ちゃんと学ぶ時間というのを担保して、資格などに対して給料上げるとかボーナスをあげるとかやってらっしゃる会社もいらっしゃいますし、学びの文化に投資するという、そこもすごくキーだなと思います。
ー村松副編集長
チャットでもコメントをいただいたりしています。エンジニアに支払われる報酬も少ないんじゃないか、こんなご指摘もありますが、皆さんいかがでしょうか。
ー伊藤さん
報酬の件はですね、前、ショッキングなデータを見てしまったんですが、日本のIT技術者の給与は世界18位だそうです。アメリカと比べると約半額というデータを見ました。「作業者」と思っているので、安いほうがいいわけですよね。悲劇的な事実ですね。
ー村松副編集長
組織の規模が大きくなるとどうしても官僚的になったり、失敗が左遷に繋がって再チャレンジしにくくなるんじゃないかっていう、そのあたりどんなふうにお考えになりますか。
ー栄藤さん
1年くらい前に記事を書いたんですけど、転職チェックリストというものがあって、ここには行くなって書いた会社の1つの例が、本部長クラスに外部人材が一人もいない会社はやめておいたほうがいい、と。
ー伊藤さん
そこに女性がいないということも入れなければいけないですし、もっと言うと、グローバル企業で売り上げが半分以上であるのであれば、半分以上が外国人がいて当たり前じゃないですか。それがない構図というのはおかしいですよね。
ー村松副編集長
参加者の方からまた質問を頂戴しています。皆さんはエンジニアをマネジメントする人物としてどういう人物像を求めておられますか。このあたりいかがでしょう。
ー栄藤さん
転職を防ぐ方法は2つあって、1つは給料を上げろっていうことがあるんですけど、もう1つはやりがいのある仕事を出し続けるということが大事で、やりがいがある仕事を出し続けるリーダーは、私は強いと思います。
ー福島さん
エンジニアリングリテラシーを高められる人がすごく向いているのかな、と。エンジニアがどんな課題を解こうとしているのか、どういう仕事の仕方をしているのかは、「サッカーやったことない人がサッカー教えられますか?」と似たような話で。
ノーコードでもいいから触る、簡単なRPAでもいいから自分で組んでみる、エクセルのマクロもプログラミングなのでそれでもいいからやってみる。これができる人が向いていると思います。
逆にこれができないと、本質的な意味でのマネジメントは不可能だと思います。だったら、外からCPO的な人材をとってくる。そのどちらかができる人だと思います。
■明日からできること
ー村松副編集長
参加者の方からの質問でもあるんですけれども、「お3方がエンジニアのモチベーションをどう高めているのか具体的にどんなことを実践されているのか、これを知りたいです」というようなお言葉であったり、「非エンジニアのマネジメントはエンジア出身のマネージャーとは何か異なる手法でモチベートする、そんな必要があるんでしょうか」あるいは「事業に積極的に関与・提案してくれるエンジンイアを育てるにはどのようなことが具体的には必要で効果的なんでしょうか」この辺りのことを考えながら、我々は明日からどんなことをすればいいのか、そんなふうに議論をしていきたいと思います。
ー伊藤さん
IT業界は構造的に3Kの最たるもので、でも、この1年でまったく状況が変わったと思います。DXをやらないと会社は生きていけないということがモヤモヤとわかりつつあるんですね。日本の経営者の方たちが初めて思っています。
今まで、社内のIT部門というのは「金使うところ」であってコスト部門と見られていたのが、いきなり今、日が当たっているわけです。
今の日本において、ITエンジニアであるということは、超ラッキーなんです。ITに関わるエンジニアの部隊をもっているというのもめちゃくちゃラッキーです。この千載一遇のチャンスを皆さんそれぞれマネジメントとしてエンジニアとして「どう使いますか?」ということなんですね。
ー福島さん
「明日からできる」というところで言うと、怪物扱いせずに相談してみる。例えば、マーケティングでリード数が足りてないんだけど、「○○くんだったらどうする?」「○○さんだったらどうやって見る?」みたいな、普段考えている課題感をちゃんとコミュニケーションして伝えて、議論に参加させるとか、課題意識を揃えていくとか、そういうコミュニケーションの問題もあるのかなと思います。
ー村松副編集長
福島さんには参加者の方からも質問がきてまして、これまでエンジニアに効いた、刺さったエンジニアを動かしたひと言がありましたら教えてください。
ー福島さん
毎回定型的な言葉があるわけじゃないですけど、「この課題解けると面白いよね」というところに共感を得られたときのパワーはすごいですね。この課題を解くことに全リソース、エンジニアを集中させようみたいな方向性が位置づけられたときはすごく効きますよね。
姿勢に一番共感してくれるのかなと思いますね。うまくいこうと努力してくれてるんだということが伝わるかどうかな気がします。「うまく動かそう」とか「いい感じにやってやろう」というのは見透かされるので、誠実さ・フェアネスさみたいなところ、その姿勢・態度の継続性みたいなところが本質的には一番大事なのかなと思います。
ー村松副編集長
事業会社の管理職の方から質問を頂戴しました。ITスキルが優秀なメンバーはいます。ただ、見えた事象から帰納的に物事を語ることができる人が、必ずしもマーケットを見立て不確実な中で演繹的に今やるべきことの優先順を責任をとる覚悟で決め切れる人、こういう人となるには相当な距離感があるんじゃないかとお考えだそうです。どうすればITスキル人材が自ら責任をとれる経営人材になるとお考えでしょうか。
ー伊藤さん
やらせればいいんじゃないですか。そもそも本人がやりたいと言っているのかどうかですよね。会社の中で手を挙げる文化を作っているかどうか。
この質問、気になるのは、事業責任をとる人はこういう人というプロトタイプがあって、そこに合わないからこの人はダメって言っているような気がするんですね。エンジニアでもやりたいという人がいたら、今までとはまったく違うマネジメントの方法かもしれない。でもデータで現実を詰めた先にあるブレークスルーがあるかもしれない。
手を挙げる方がいればぜひやってもらえばいいと思います。違う人がやることが会社の中で違うカルチャーを根付かせるのはいいと思うんですけどね。
ー福島さん
抽象的思考能力とか仮説のセンスって、僕はギフテッドだと思っているんですよ。ただ、エンジニアであるか他の職種であるかは関係ないですね。
マーケティングのことはマーケターの専門家しか考えられないとか、事業責任者は営業を経験してきた人のほうが向いてるとか、間違った前提をもし置いてるとするなら、この能力はギフテッドであると思うんですけど、エンジニアがギフテッドをもっている可能性もあるので、やる気のある人に任せて成果をだしたらちゃんと評価してそのポジションに取り立てるし、向いてなくても、この能力がないと会社として貢献できないということはまったくないので、向いたポジションにちゃんとはめてあげるということなのかなと思いました。
ー栄藤さん
私も同感なんですけど、エンジニアはそのギフテッドに気づかない人もいたり、勘違いしてる人もいるので、「失敗させる」ですね。早めに、軽く。チャレンジに失敗しないと自分のギフテッドに気がつかないし、勘違いにも気がつかないということだと思うので、チャレンジを早めにさせてあげることだと思います。
■登壇者プロフィール
栄藤稔さん
大阪大学教授
【栄藤さんのプロフィール】
コトバデザイン会長、科学技術振興機構(CREST)人工知能領域 研究総括。 松下電器産業(現在のパナソニック)を経て2000年NTTドコモに転じ、モバイルマルチメディアを担当。17年にNTTドコモを退社し、現職。
伊藤かつらさん
日本マイクロソフト 執行役員
チーフラーニングオフィサー
プロフェッショナルスキル開発本部長
【伊藤さんのプロフィール】
日本IBM、アドビシステムズなどを経て 2011年日本マイクロソフト入社。2013年執行役員、19年から現職。クラウド&人工知能(AI)の人材育成を顧客向け、社内向け両輪で展開中。
福島良典さん
LayerX CEO
【福島さんのプロフィール】
東大院在学中の2012年にGunosy創業、代表取締役に就任、およそ2年半で東証マザーズ上場。後に東証一部に市場変更。 18年LayerX代表取締役CEOに。 19年から日本ブロックチェーン協会(JBA)理事。
・note:https://note.com/fukkyy
村松進
日経産業新聞副編集長
【村松副編集長のプロフィール】
1994年日本経済新聞社入社。一貫してビジネス報道を担当し、ヘルスケア産業の取材経験が長い。仙台支局キャップも務め、東日本大震災からの東北の復興やアイリスオーヤマを現在も取材し続けている。
◇ ◇ ◇
【日経COMEMO】
×
【日経産業新聞 Smart Times】
連動企画開催中!
日経COMEMOでは、日経産業新聞コラム「Smart Times」との連動企画として、投稿募集およびオンラインイベントを毎月開催しています。次回のお申込み受付開始次第、日経COMEMO公式ツイッターアカウントでお知らせします。ぜひフォローしてチェックしてください!
▼ ▼ ▼