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円安にまつわるQ&A~円安の読み方と「よくある勘違い」~


 円安にまつわるQ&A
現下の円安に関しては過去に類例がないほど多くの照会を頂いており、国民的関心の高さを実感します。その内容はごく短期の論点から超長期の論点まで多岐に渡るものの、繰り返し類似の照会を受けることも多いので、今回はQ&A方式で8つほどのポイントを絞り、論点整理しておきたいと思います。
 
Q1:円安の原因は何なのか?
A1:金利と需給から説明することが一般的です。金利は内外金融政策格差、需給は貿易赤字拡大(およびこれに付随する経常収支構造の変化)である。ここまでのメディア報道を見ていると過半が前者から解説されるケースが多いように見受けられます:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL00022_T10C22A4000000/


「米国を筆頭に海外が利上げしているのに、日本は逆に金利上昇を抑制している」という対称性は一般的な国民にも刺さりやすいロジックなのでしょう。もちろん、間違いではないと思います。1回で75bpsの利上げも視野に入れる国の通貨と、長期国債市場の金利を人為的に抑制しようとする国の通貨ならば、投資妙味の差は明らかです。

しかし、Q2やQ3の論点とも絡みますが、米国を筆頭とする海外金利の上昇が円売りの主因とはどうしても思えない部分もあります。過去1年の円の売られ方はアルゼンチンペソやトルコリラに匹敵するものであり、相手通貨に原因を求めることは無理があるように感じます。

名目実効為替相場(NEER)で見た場合、円は主要通貨の中で底が抜けたような動きになっており、円固有の要因が作用していると考えるのがフェアに感じます:

資源高に伴う貿易赤字の拡大はストレートに円売り圧力を高めます。昨年12月と1月は貿易赤字の急拡大が経常赤字を引き起こすまでに至りました(Q3で詳述します)。資源高は相当程度、構造的な要因に駆動されている印象もあるため、巨大な貿易赤字は当面所与の条件になる可能性もあるでしょう。筆者は金利と需給であれば、需給が円安相場を駆動している印象を強く持っており、実際にそちらの方が重要だと考える立場です。
 
Q2:「日本売り」という表現は正しいのか?
A2:ある程度正しいと考えています。上述したように、金利と需給、どちらかが大きな円安要因かと聞かれれば筆者は後者が重要だと考える立場です。しかし、元を正せば日本経済低迷に何ら根本的な手を打たない「政府へのアラーム」という意味も含んでいるようにも思えます。NEERで円独歩安が進んでいることを確認しましたが、株式市場でも日経平均株価指数だけが主要株価指数の中で前年実績を断続的に割り込んでいます:

過去1年、為替や株のような政策的に制御の難しい資産価格で日本の劣後が明らかになる一方、日本国債の価格(金利)は日銀の大量保有や指値オペを背景に安定してきました(※その債券も最近若干ばたついてきましたが)。為替や株で見えている景色と国債のそれがあまりにも違うこと自体が日本回避の兆候だと筆者は昨年来、警戒してきました。

そもそも金利、具体的に内外金融政策格差は内外景気格差の結果でもあります。パンデミックが起きた2020年から丸2年が経過していますが、欧米はコロナとの共生を選び、無暗に行動制限やマスク着用を求めなくなりました。その結果、実質GDP水準がコロナ前まで回復していますが、日本はそこまで至っていません。図は2020~2022年の主要国の実質GDP成長率に関し、2年分の実績と今年の予測を積み上げて比較したものです

日本だけがマイナスであり、「パンデミックの傷」が唯一癒えていない先進国であることが分かります。ひとえに「経済より命」路線の賜物でしょう。今や世界の悩みはインフレになったが、日本の悩みは新規感染者数です。それは「成長を追求した国」と「成長を諦めた国」の差とも言えます。

このような状況で金融政策を引き締め方向に転換することが難しいのは理解できます。また、需給にしても、後述するように、鉱物性燃料輸入を抑制できる原発再稼働という一手からは目を逸らし、議論すらしない姿勢が続いてきました。結果、輸入は拡大したまま放置されます。最近は再稼働に前向きな首相発言も報じられていますが、その時間軸は今一つ分かりません。

結局、為政者が金利でも、需給でも円売りを看過する状況があるのですから、投機筋からすればこれほど分かりやすいストーリーに乗らない手はありません。「成長を諦めた国」が売られるという構図は否めないでしょう。
 
Q3:FRB利上げに伴う「ドル高の裏返し」ではないのか?
A3:それは誤った解釈です。例えば円安は3月から加速しましたが、そもそもNEERで見れば3月のドルはわずかに下落しています。過去1年を振り返っても、「ドル安だが円安」の時間帯はかなりありました。これは今の円安が米国要因ではなく日本要因で引き起こされていることの証左でしょう:

もちろん、緩やかながらドルは上昇しているので円安に無関係だとは言えないと思いますが、円安を「ドル高の裏返し」と断言するのは無理があると言わざるを得ません。また、それゆえ、「FRBの正常化プロセスが挫折し、米金利上昇が反転すればドル安が進むので円安も止まる」というピークアウトに関するオーソドックスな考え方も危うさを孕んでいるように思います。
 
Q4:構造的な円安だと考えて良いのか?
A4:少なくとも「その可能性を疑って政策を検討・執行すべき」というのが筆者の基本認識です。足許の円安に対して使われる「構造的」の意味は経常収支の悪化を指していることが多そうですが、周知の通り、それは資源高に起因する貿易赤字の拡大と同義です。貿易赤字の拡大は原油や天然ガスなどの鉱物性燃料価格が急騰していることに起因しています:

よって、「構造的」か否かの判断は資源価格の展望に依存してしまいます。この点、資源価格の騰勢は脱炭素・感染症・戦争といった大きな「うねり」で引き起こされているように見受けられ、構造的と言えなくもないでしょう。例えば、脱炭素を背景とする化石燃料の供給制約はもはや所与の前提と考えるのが妥当に思えます。また、今回の戦争がもたらす「ロシア抜きの世界」はやはり食料も含めた天然資源の供給制約を固定化するはずです。直感的には資源価格の高止まりは持続性があるように思えてなりません。

資源の純輸入国である日本にとって、資源価格が高く固定化されてしまうことは、経常収支や貿易収支の悪化が構造的に宿命づけられることを意味してします。輸入金額は「価格×量」で決まるものです。資源の「価格」を日本の手で変えることはできませんが、国内の電源構成を修正することで「量」を変えることはできるでしょう。輸入金額の25%を占める鉱物性燃料の量を抑制できる原発再稼働は日本の対外経済部門を対象とした構造改革として検討される筋合いにあります。今後、資源価格の下落が基調として根付き、「構造的な円安を懸念したがそうではなかった」となれば、それで良いではないかと思います。現在の円安は一種の国難でもあり、心配して杞憂で終わるならそれに越したことはないでしょう。
 
Q5:日本国債の暴落が始まる兆候なのか?
A5:やや過剰な懸念と思います。結局、Q3の論点と同根ですが、日本国債が国内消化を前提とする内国債でいられるのはやはり経常黒字の賜物と言えます。その黒字が揺らいでいる事実を認めるならば、日本国債の安定消化も揺らいでいるのはある程度確かではあります。しかし、長年の低金利に安住している反動からか、「揺らいでいる」を「暴落する」と読み替える向きが非常に多い印象です。これは過剰な懸念と言わざるを得ません。暦年での経常赤字が定着するならばまだしも、季節要因で赤字が散発する程度では「日本国債の暴落」は近未来の話とは言えません。もちろん、予断を許さない状況にあるのは間違いないのでしょうが、投機的思惑で自己実現的に一方向へ走りやすい為替市場の動きと殆どローカルな需給事情に規定される国債市場の動きを同一視すべきではないでしょう
 
Q6:どこまで進むと思うか?
A6:元々、為替にフェアバリューはありませんが、企業物価や消費者物価、輸出物価など主要な物価指数を用いた購買力平価(PPP、73年基準)で見ても、もはや節目という節目は突破されており、「意味のある節目」を見つるのが難しくなっています(だからこそ構造変化を疑う局面に思えます)。1998年4月に140円付近で2兆円超の円買い・ドル売り為替介入に踏み切っているので、ここを試しに行くという思惑が散見されますが、逆に言えば、そうした昔話を持ち出すことでしか節目を見つけることが難しい状況とも言えるでしょう。円高局面では輸出物価ベース購買力平価やビックマック平価など、円高方向に掘り下げられるPPPは豊富にありました。しかし、今の円安相場では過去の介入実績やチャートポイントなどから無理やり節目を指摘せざるを得ないという状況にあるのです。

こうなってくると値幅から「当たり」を付けるくらいしかないのかもしれません:

過去20年を振り返ると、最大の値幅はリーマンショックのあった2008年の25.07円でした。今年の値幅は15.61円(129.08円-113.47円)なので、まだ10円程、当時よりは狭くなります。ここから140円付近まで行けば年間値幅が25円を優に超えるため、「値幅はリーマンショック級(以上)」という話になります。先の円売り介入の話も踏まえ、年内の円安目途を最大140円程度と見積もる気持ちは分からなくはありません。ですが、円高方向の話だった2008年に対し、今回は「日本売り」の意味合いも孕んだ円安方向の話です。究極的な防衛の難易度は円安方向の方が遥かに高いことを踏まえると、値幅はさらに拡がる可能性はあります
 
Q7:どうしたら止まるのか?日本にできることはあるのか?
A7:効果はさておき、本当に円安相場を抑制したいと思うならば、日本が主体的に講じることができる手段はまだあります。変動為替相場における潮流を反転させることができるのは基軸通貨国(米国)だけですが、円安の悪影響を和らげる気持ちがあるならば、「効果がないから何もしない」というわけにもいきません。円安の背景が金利と需給という2つの要因ならば、各々に沿った処方箋が必要になるでしょう。

まず、金利要因については当然、日銀の正常化プロセス着手が想起されます。この手の相場になると必ず為替介入の可能性を問われますが、それは話が飛躍しています。理論的には、金融政策と通貨政策は必ず同じ方向を向いている必要があります。円安に不満を漏らしながら金融緩和を継続するという姿勢は自己矛盾しており、まずは緩和に傾斜し過ぎた政策姿勢の修正が必要です。「通貨安で困っている」と言いながら金融緩和を放置しているのは独自理論を振りかざすエルドアン政権下のトルコ中銀くらいであり、普通の中央銀行は引き締め方向に政策を調整するものです。その際の具体策は様々あるが、投機の円売りと本格的に戦うことを考えるならば、筆者は「利上げ」が最善だと思います。少しずつ引き締め的な措置を小出しに繰り出しても、多少円高になった後、直ぐに円売りで緩和催促がやってくるでしょう。もちろん、「利上げ」で円売りが止むかどうかも賭けですが、マイナス金利解除というメッセージは相応に大きく受け止められる期待は持てます

また、Q4で論じた通り、需給要因については原発再稼働が妙手として期待されるでしょう。「次の一手」を巡って、為替市場との駆け引きを強いられる金融政策とは違って、原発再稼働を含めたエネルギー政策のあり方を模索するのは誰もが納得できる不可抗力のストーリーとなり、そこに投機筋の円売りがつけ込む筋合いはないと思われます。もちろん、政治的にクリアしなければならない課題は多く、決断が苦手な岸田政権には荷が重いかもしれません。しかし、原発事故を背負った日本が決断することに大きな意味を見出す市場参加者は少なくないでしょう。もちろん、「円安を止めたいならば」の話であり、円安を問題視しないのならば議論する必要はありません。
 
Q8:「悪い円安」なのか?
A8:一言で善悪を論じるのは不可能です。過去の本欄への寄稿で論じたように、「総論としては日本経済にプラス、各論ではさまざまな見方があるもののマイナスの意見が多く、(有利不利の)二極化を助長しかねない」というのが最もフェアなスタンスと筆者は考えます:


円安のメリットを享受できるのはグローバル大企業、デメリットを被るのは内需主導型の中小企業や家計部門であり、2013年以降のアベノミクスが実証したように、日本では前者から後者へのスピルオーバーが殆ど期待できないという実情があえいmau。結局、円安は両者の格差を拡大する、言い換えれば日本における優勝劣敗を徹底する相場現象というのが正しい理解だと筆者は思っております。「日本経済全体にとってプラス」という結論が出てくるのも、円安のメリットを享受できるのがグローバル大企業であり、GDP(付加価値)が計算上は膨らみやすいということに起因しているのでしょう。この点の詳しい解説は上記noteをご一読頂ければ嬉しいです。

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