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新事業をゼロから設計できる経済学技術がいま食べ頃でお手頃……気鋭の経済学者と起業家、Fintech研究者が白熱討論

この記事は5月25日(火)に開催した、オンラインイベント「競争力を高める「経済学」の生かし方」の内容をもとに作成しました。

今、顧客の行動データが非常に大事にされるようになってきています。しかし、そのデータを「どう生かすのか?」という理論がなければ、ビジネスや企業経営で成果を出すことは難しいでしょう。

日本では経済学のような学問をビジネスに生かして成果を出している企業はまだまだ少ないですが、今回は、学術的な理論を実際にビジネスに展開されている先駆者の方々と一緒に、競争力を高める学問の生かし方について議論をしたいと思います。

東京大学卒業後に米マサチューセッツ工科大学で博士号を取得され現在はエール大学で助教授を務める成田悠輔さん、東京大学大学院在学中に起業し現在はユーグレナの執行役員も務めるジーンクエスト代表の高橋祥子さんマネーフォワード執行役員兼Fintech研究所長でもある瀧俊雄さんをゲストにお招きしてお話を伺います。聞き手は、村松進日経産業新聞副編集長が務めます。


■経済学のビジネス応用事例

ー村松副編集長
まずは、研究者の知がデータを扱うビジネスの現場に影響をもたらしているような、国内外の事例をご紹介いただきたいと思います。どうして今、経済学が重要で企業はそれを生かそうとしているのか、実際にどんな理論がどんな場面で生かされビジネスに結びついているのか、具体的な事例と一緒に理解していきたいと思います。

ー瀧さん
昔から経済学はビジネスと密接な学問というところがありますが、「今、なぜ経済学が熱いのか?」ということを、研究の観点からどう解釈できるかをお話ししたいと思います。

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経済学には様々な部門がありますが、ビジネス上、最も重要なのは「ミクロ経済学」ではないかと思います。ミクロ経済学は「それぞれの企業や個人がどのような動きをするのか?」「その動きの結果、社会がどうなるのか?」を研究するものです。

ミクロ経済学には、いろいろな前提を満たす企業が独占的な立場になる、という分析があります。昔の経済学では、独占的な関係は「非常に良くない」となりがちでしたが、80年代にハーバードビジネススクールで有名なマイケル・ポーターさんが、独占を分析するツールをひっくり返して研究すれば、「企業がいかに独占できるのか?」という戦略を導出できると言いました。ここが重要なポイントだと思います。

ピーター・ティールという投資家兼起業家は、「独占を作れるようなビジネスしか目指すな」ということを言っていたりするくらいで、そういう会社をどうやって作るのかということを掘り下げていくと、このような経済学のトピックに行き当たるわけです。

一方、この10年はIT企業が独占してきたわけですが、そうすると当然、いかに独占状況を維持できるのかが企業にとっては重要なポイントになってきます。それは社会から見てどれくらい悪いことなのか?それを糾弾するのも経済学の1つの使い方です。

ミクロ経済学の延長でこういうことが起きているのが今です。なぜGAFAがこのジャンルの人たち雇っているのかということも、説明がついてきます。テック企業が独占的な企業となった中、経済をどう考えるかというトピックは非常に大きいと思います。

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全体を俯瞰して考えると、何も指針がなければそのまま受け入れなければならないことでも、学問に立ち戻って考えてみると「反対するべきだよな」「賛成するべきだよな」ということが見えてきます。ここがポイントで、経済学は「導きの学問」のような要素が多いと思います。

米国の事例を紹介すると、経済学者がテック企業に転職した一番有名な昨今の事例がハルヴァリアンだと思います。ドットコムバブルの最中に「情報経済の鉄則」という本を共著で出されていて、今でも新しい社会における経済学の聖書的な扱いを受けている1冊になっています。

この本を1999年に出した後、ハルヴァリアンは2010年にGoogleに就職しています。当初は、ミクロ経済全般を生かす係のような役割で就職したのだと思いますが、特に2015〜2016年くらいにかけてGoogleは「単に便利なもの」ではなく、「ちょっと大きすぎるんじゃないか?」「独占的すぎるんじゃないか?」という立場になっていき、いろいろな批判を解説するような立場にもなっていったと思います。

「ちゃんと説明する係」というのは世の中に必要で、それができるという意味でスーパーマン的存在だと思います。

高橋さん
「実践と理論は違う」とか「経済学者なのに経済的に成功していないじゃないか」とか、経済学者を批判する経営者がときどきいると思いますが、そこは全然違うという解釈でいいんですよね。

ー瀧さん
経済学は、事後的に今起きていることを納得いくように説明しますが、それは重要な仕事なんですよね。「予測ができない」という批判が必ず生まれますが、「なぜそうなったのか?」を理論的にアルゴリズムとしてわかるように説明することに価値があると思います。

高橋さん
そもそも学問とビジネスは目的が違うという話ですよね。

ー瀧さん
そうなのかなとは思いつつも、一方では実践にもっていって初めてセンスが磨かれるようなところもあるとは思っています。

成田さん
経済学者とお金持ちの間の問題は昔からあると思いますが、例えば、物理学者がスポーツが得意とは限りませんし、生命学者が長生きで強い生命とは限りませんし。そういう意味では、経済学者は「現実世界の中で経済を営んでいる人たちが使ったり考えたりするためのツールを作るための専門家」という感じなのではないかと思います。

ー村松副編集長
それでは成田さん、プレゼンテーションをよろしくお願いします。

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ー成田さん
私からは、他の場所には載っていないような小ネタ的な話をしたいと思います。

今、いくつかの国では、経済学や経済学者がプチバブルのような状態になっている気がします。これは「KENSHO」というスタートアップで、日本ではほぼ知られていませんが、アメリカのAIスタートアップでは誰に聞いても知っているような、有名な会社です。

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2013年にハーバードの経済学PhDだったダニエルが起業した、「本性を見極める」という意味の日本語「見性」という名前をつけた、禅の精神に基づくAIという触れ込みで作られたスタートアップです。

最初はみんなバカにしていたんですが、あれよあれよという間に急成長しました。3年後、格付け会社S&Pが550億円で30人規模のこの会社を買収するという、ちょっとした事件が起きて、歴史上最も大きなAIスタートアップの買収劇だなどと言われていました。

実は、このような経済学PhDの人がスタートアップで成功する事例がどんどん増えているんです。日本では到底考えられないような感じですが、若い経済学PhDが始めた会社が、数百億円、1千億円くらいの価値を作り出すような状況が、いくつかの国で起こっています。

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経済学の人たちの考え方に基づく科学技術が成熟してきて、ツールや技術と言えるレベルで使えるようなものになりつつあるのではないかと思います。

経済学には2つの側面があり、一つは「人間に物事の理解の仕方や考え方を与えてくれるもの」つまり言語やOSのような役割で、もう一つは「直接に使って直接インパクトを作り出すもの」ある種のツールやアプリケーションのような役割です。

これまで経済学や社会学は前者に焦点が寄っていて、経済現象をざっくり理解したり、どういう方向に進めばいいか定性的な指針を与えたり、そのようなことに使われることが多かったと思います。それが徐々に後者の側面でも戦えるようになりつつあります。

AIや機械学習の領域のようなわかりやすいバブルが起きていないので、「お手頃だ」という感じで、注目が集っているのではないかというのが僕の理解です。

実際にどんなことができる技術かというと、何か新しい事業をやりたいとき、既存の事業を一旦無視して、ゼロベースでできるだけ良いものをデザインするにはどうすればいいか、そんな問題に答えてくれる技術です。

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機械学習やAIと対比してみると、データを使って未来の意識決定を助ける場合、一番幅広く使われている機械学習やAIの基本的な考え方は「過去と未来が同じ世界」という世界観に基づくデータの活用になっています。画像検索や自動翻訳などのアプリケーションは、過去のデータに基づいて未来を正しく予測するという方法論をとっています。

それに対して、世の中には、過去と未来が同じという世界観に立つと、明らかに間違えるような問題が多々あります。具体的には、新しい政策を導入するという状況など、何か新しいことをして明日からの世界が昨日までの世界と変わってしまうようなことです。過去と未来が異なる中で、過去のデータをうまく使って未来に向けた正しい意思決定や資源配分を行うことを目指す方法論が、経済学や社会科学です。

最近起きているのは、この2つの領域の融合です。上の図の右側の青い部分である経済学や社会科学や公衆衛生のような領域と、左側の赤い部分である情報科学や機械学習のような領域の接点が産業化していると思います。

今現在はごく一部のテック産業やウェブ産業のみに限られていて、経済学者が一番雇われている領域がウェブ産業である理由の1つがこれだと思います。今は狭い領域でしか使われていない技術も、今後10年、20年でもっと幅広い社会の様々な領域で使えるようになっていくだろうと思います。

すでに今、教育や医療の領域ではその動きが始まっていて、そこから司法や警察、軍事のような公共的・社会的な領域にこの新しい方法論が進行していくと思います。

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経済学や経済学と機械学習の融合が使われるシーンは、ある種の独占企業がすでにある独占状況をさらに潤わせるために使われることが多いと思いますが、今後は独占企業潤わせるという方向から、もっと広い社会を潤わせる方向に軌道修正されていくということが起きてくれるといいなと、そして起こさなければいけないなという気がしています。

高橋さん
参加者の方からの質問で「経済AIを使う側の人間がどんどん進歩しなくなっていくと、逆に一部の人のものとなって寡占化が進むのではないか?」というものがありましたが、この質問に対する成田さんの見解を私も聞きたいなと思いました。

成田さん
それはその通りだと思います。「富の経済格差」ということがよく言われますが、それ以上に情報や技術の格差のようなものが猛烈になってきているという印象があります。

生命科学でも経済学でも情報科学でも、知識や技術の進展は30年前とはまったく別世界になっています。しかし、教育機関が行っている教育はこの30年ほぼ変わっていません。進展にキャッチアップしている人たちとそうでない人たちの間の知識や世界の理解の格差のようなものは、巨大になっていくと思います。

これをどうにかすることのほうが、表面的な資産格差や収入格差をどうにかするよりも、重要なのではないかと思っています。

■学問を生かすための課題を議論

ー村松副編集長
ここで、参加者の方に投票を募りたいと思います。日本で学問のビジネス活用が遅れている最大の理由は何だと思いますか。

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経済学の最前線にいると同時に実際の事業をされているお三方に、それぞれどんな事業をされているのかお聞きしたいと思います。

さん
マネーフォワードは、お金を見える化してわかりやすい選択肢を渡して、行動できるようにしてあげるという会社です。

私は学問には興味があるタイプだと思いますが、これまでのプロダクトの中で「経済学をどう生かすか?」と考えて、あまりうまくいかなかったものもありました。「ライフプランニングツール」という、何歳になるとどれくらいのお金が必要かということを推測してくれるツールをマネーフォワードの機能として出しましたが、全然ウケませんでした。

理論だけに頼ってものを作ると「結果はしんどい」ということが、一度起きたことがありました。

経済学が役に立っていると感じるのは、私たちがよく質問を受ける「家計簿を使うとみんなが節約して消費が減るから日本の景気が悪くなるのでは?だからマネーフォワードは良くないのでは?」ということに対して説明するときです。

こういう話に対しては、経済学はすごく使えるところがあります。マクロ経済的な観点ですが、将来にわたって自分を守れるという自信をもてることがマネーフォワードの付加価値なので、「今は景気を悪くするかもしれないけど将来日本の景気を良くできる要素があります」という説明をしています。

高橋さん
ジーンクエストでは遺伝子を解析しています。特にヒトの遺伝子配列を解析して、その人にどのような病気のリスクがあるか情報提供することで、病気の予防につなげてもらうことを行っています。

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そもそもこの会社を立ち上げた理由は、自分の研究成果を社会で実装してくれるプレイヤーがいなかったことです。産業におけるデータが学問を進展させていくということもあるので、世界を巻き込んでいかないと学問も発展していかないと思いました。

サイエンスを生かしながらビジネスをして、ビジネスでサイエンスも進んでいく、サイエンスとビジネスの両輪を回すような仕組みを作りたいと思いました。今は、個人向けに遺伝子解析サービスをしながら、そこで得られた様々なデータを蓄積して、大学や国の研究機関、製薬企業、創薬の研究などに活用しています。

その研究でわかったことを、またサービスとして社会にフィードバックしていく、そうやってグルグルと回るサイクルを作っています。

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成田さん
「半熟仮想」という名前の会社をやっています。具体的な活動としては、3つの段階で進めています。1つ目は基礎的な研究開発、2つ目はそれをビジネスや公共政策に使うこと、3つ目は少し長い目で見てそれを未来社会の構想につなげること、そんな感じでいろいろな計画をしているところです。

研究開発では、データをうまく使いながら世の中の社会的な意思決定や資源配分をするアルゴリズムやソフトウェアを最適な形でデザインする方法論を作る、そしてそれをソフトウェアにしていくようなことをやっています。

具体的な例としては、日本で一番大きいファッションに特化したeコマースサイト「ZOZOTOWN」のトップページにどのような商品を表示させるかということを、完全に自動のソフトウェアで実行する中、新しい手法を導入しながらこのソフトウェアを改造するプロジェクトをやったりしています。

それを使うことでZOZOという特定の企業が潤うことはいいのですが、それに加えてもう少し広い社会にもこれを活用できないかと、このプロジェクトで使ったデータとソフトウェアをオープンソースで公開することもやっています。このように、「事業」と「研究」と「社会活動」を融合したプロジェクトに様々な企業と一緒に取り組んでいます。

■産学連携の促進方法を議論

ー村松副編集長
「産と学」が歩み寄って1つのものを作り出すために、それぞれどんな努力が必要だとお考えですか。

さん
成果だけ考える人たちがやろうとすると、逆にリスクがとれなくなったりするので、難しいことを始めるときはイージーウィンを作るというのが重要だと思います。どんな世界でも同じことだと思うのですが、データを使うくらいのレベルであれば、成果を出しやすいと思います。

まずは自社のデータを外部の人に使ってもらう、そして、研究をしてもらってそれをその研究室の手柄にしてもらう、我々は公共領域のエクスポージャーにつなげる、現実的にはそういうことじゃないかなと思います。

高橋さん
私たちのやっている産学連携のやり方にはいろいろなパターンがあり、お金をあげる場合もありますし、お金をもらう場合もありますし、お金のやり取りがない場合もあります。「研究費をもらわなくちゃいけない」とか「見返りをもらわなくちゃいけない」とか小さい考え方をするのではなく、お互いWin-Winになるようなストーリーを作った上で、両者がもっと柔軟に考えれば良くなるのではないかと思います。

結局、イノベーションは「新結合」なので、「新結合をもっと作れるような仕組みを作ること」をKPIにしてやるのがいいと思います。

成田さん
京都や奈良のお寺にみんなで籠るのがいいのではないか、と思いますね。「企業側」と「大学側」という話が出ましたが、どちらもとても遅れています。

今日のようなテーマで話をすると、悪い癖で「GAFAは」とか「アメリカは」という話をしがちですが、彼らがやっているようなことを1000分の1の規模で縮小再生産してもあまり意味がないと思います。新しい産学連携の形を妄想しなければいけないと思っていて、そのためにはお寺に10年くらい籠って「自分たちが何をすべきなのか?」と、自分と向き合うことがいいのではないかと思っています。

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■登壇者プロフィール

成田悠輔さん
エール大学助教授

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【成田さんのプロフィール】
経済学者。東京大学卒業後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。専門は社会制度設計と因果機械学習。アメリカでエール大学の助教授、日本では半熟仮想の代表としてサイバーエージェント、ZOZOなど多数の組織との共同研究・事業に携わる。


高橋祥子さん
ジーンクエスト代表取締役

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高橋さんのプロフィール】
2013年6月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中にジーンクエストを起業。2015年3月に博士課程修了。個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを行う。2018年4月、ユーグレナの執行役員に就任。


瀧俊雄さん
マネーフォワード執行役員
CoPA兼Fintech研究所長

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さんのプロフィール】
2004年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデルなどの研究に従事。2011年、スタンフォード大学MBA修了。2012年10月よりマネーフォワードに参加。2015年7月、マネーフォワードFintech研究所長に就任。

村松進
日経産業新聞副編集長

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【村松副編集長のプロフィール】
1994年日本経済新聞社入社。一貫してビジネス報道を担当し、ヘルスケア産業の取材経験が長い。仙台支局キャップも務め、東日本大震災からの東北の復興やアイリスオーヤマを現在も取材し続けている。

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