【イベント「データの世紀」登壇者:山本龍彦慶応大教授に聞いてみた】~個人データ、2020年の論点とは~
日経新聞の連載記事「データの世紀」を担当しているデスクの植松正史です。2月26日(火)に東京・渋谷で、データ活用のあり方を巡って議論するイベントを開きます。
昨年は「リクナビ問題」など、個人データの管理や扱いについての様々な課題が注目を集めました。ただ、データエコノミーが拡大する中、企業などが「データを活用しない」という選択肢はあまりに消極的過ぎます。そこで今回のイベントでは「どうすればリスクを回避しながら、うまくデータ活用をできるのか」について、ビジネスの最前線で活躍される方々をお招きして、具体的に議論していくつもりです。
イベントに先立ち、個人情報やデータ活用に関して2020年の世界や日本が置かれている現状と注目すべきポイントを、このテーマに詳しい山本龍彦・慶応大教授にうかがいました。山本教授はイベント当日も、モデレーター役を務めて下さいます。
―個人情報の活用や保護に関するニュースが注目されることが増えています。2020年の最大の注目点は何でしょうか。
端的に言えば、いままでに世界各国で整理が進んできた「個人情報の取り扱いを巡る原則」を、いかに実践に移していくかが問われる年になると思います。
2019年は、いわば“人工知能(AI)倫理元年”ともいえる年でした。日本が3月に公平性やプライバシー確保など7原則からなる「人間中心のAI社会原則」を発表し、4月には欧州連合(EU)が、AIを設計する際に守るべき「AI倫理指針」をまとめました。経済協力開発機構(OECD)もAIの開発や運用に関する基本指針を採択しています。AIは個人情報を始め、様々なデータを分析するのに使われます。これらの原則や指針の中で、プライバシーやデータ保護に関する考え方がまとまってきたと言えます。
2020年は、こうして出そろった原則がいよいよ実践され始めます。1月からは米カリフォルニア州では、厳しい個人情報保護ルールの米カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が施行されたうえ、日本の個人情報保護法の改正に向けた議論も本格化します。日本ではさらに、個人情報を預かる「情報銀行」のサービスも始まる見込みです。
秋には米国で大統領選挙が予定されています。前回の選挙では、英コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」による世論操作が問題になりました。果たして今回の選挙では問題を克服できるのか。あるいは同じ轍(てつ)を踏んでしまうのかも注目されます。
―2019年を振り返ると、日本では「リクナビ問題」が社会問題化しました。日本企業のデータ活用のあり方に、どのような影響を与えたでしょうか?
リクナビ問題は、それ自体は深刻な問題でしたが、中長期的にみれば日本企業のデータ活用に関してプラス面の影響も及ぼしていると感じています。というのも、従来は日本企業の個人情報保護に関する取り組みは「とりあえずプライバシーポリシーを作っておけばいい」という形式主義にとどまる傾向があったのが、変わるきっかけになったからです。リクナビ問題を機に「実質的にどう対応しなくてはいけないのか」という問題意識から、個人情報の取り扱いを見直す動きが出てきています。リクルート自身もグループ全体で個人情報の取り扱いについて、大幅な見直しを進めているようです。
―ネット広告企業などが個人分析のためのデータ収集に使ってきた「サードパーティー・クッキー」と呼ばれる仕組みに対し、利用を制限する動きも出てきています。個人情報の「行きすぎた利用」への懸念が広がった結果と思いますが、どう受け止めていらっしゃいますか。
サードパーティー・クッキーの仕組みを使えば、個人ユーザーのネット閲覧履歴などの膨大なデータを網羅的に集めて分析することができます。最大の問題は、ユーザー本人が知らないうちに、データ分析企業やネット広告企業などに詳細なデータを集められて、趣味や嗜好、行動パターンなどを分析され、それに合わせた「ターゲティング広告」が配信されるということです。
本人は、詳細な分析対象になっている意識がないため、自分では自由に買い物をしたり行動したりしているつもりでも実際は誰かに誘導されているかもしれないのです。
こうした、自分の行動が他人に操られる現象を「他者決定」と呼びます。サードパーティー・クッキーの利用制限は、情報網の管理者と情報の流れを「見える化」し、こうした他者決定のリスクを防ごうという流れの中から生まれた動きです。
注意しなければならないのは、サードパーティー・クッキーを制限しても、こうした「他者決定」のリスクが完全に消えるわけではないということです。今後は、サードパーティー・クッキーの代わりに、メガプラットフォーマーが「ファーストパーティー」となって、大量の個人情報が集められる可能性があります。収集・管理する主体が明確化することによって、「本人が気づかないうちに、知らない誰かに分析される」というリスクは減少するかもしれませんが、高度な個人分析や誘導が行われる可能性がなくなるわけではありません。
そのような意味では、サードパーティー・クッキーが制限されても、ひとりひとりの個人ユーザーが、「自分のデータがどのような目的で分析されているか」を認識しておく必要性は続きます。メガプラットフォーマーは、情報の取扱いについてこれまで以上にわかりやすくユーザーに説明することが求められます。ビジネスとの関係では、さらに特権化するメガプラットフォーマーがデータを囲い込めるようになることにも注意が必要です。
―個人情報の保護と活用を両立させるために、企業や国、個人などに今後求められることとは何でしょうか
日本企業には、「余計なことを消費者に知らせない」という傾向があったと思います。それは必ずしも「隠し事をする」ということではなく、「余分な心配をさせない」という発想から出ている面もあったかもしれません。だが、そろそろこうした発想を転換する時期に来ています。
専門用語が並んだ膨大なプライバシーポリシーしか用意していない企業などは、もっと一般ユーザーにもわかりやすいデザインに変えるなどの工夫が求められます。予備知識のない人にわかりやすいバージョン、具体的な取扱いまで含めて細かい部分まで知りたい人向けの詳細版、専門家のためのプロ版の3種類を用意するといった手法も有力です。「説明の階層化」というアプローチです。
個人データの取り扱いについて、一般のユーザーにもわかりやすく説明しようとしている具体例として、国内企業ではヤフーの「プライバシーの取り組み」のページなどが参考になるでしょう。
一方で今の日本の状況では、個人ユーザーに対し「自分のデータは自分で守るべきだ」と求めるのは、酷だと思います。個人情報を利用する企業に比べ、個人ユーザーが得られる情報は少なく、その立場はとても弱いからです。まずは国や企業が努力して、個人ユーザーが「自分のデータがどこにあり、どう扱われているのか」をしっかり把握できるような制度や環境を整えることが先決と思います。
とはいえ、ひとりひとりの個人ユーザーも「いろいろな企業が自分のデータを分析し、広告やマーケティングなどに使っている」ということを意識することは大切です。そのうえで様々なウェブサービスに接したり、これから本格化する情報銀行などをどう使っていくか考えたりすることが望ましいと思います。
▼イベントのお申し込みはこちらから