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デジタルで融解する都市の境界

先日、大丸有地区まちづくり協議会シンポジウムに登壇させて頂いた。「大丸有=大手町・丸の内・有楽町地区」のスマートシティビジョンが説明され、今後のスマートシティの発展と課題に関する議論が行われた。ここでは、そこで気づいた点のいくつかを記しておきたい。

一つの都市で生活すべてを網羅する時代の揺らぎ

これまで、ある都市や地域に住む人は、そこで生活のほとんどを完結させることが前提だった。東京の人は東京に住み(ここでは都市を経済圏としてとらえるため、ここでは東京=東京圏とする)、東京で働き、東京で遊ぶ。他の経済圏に行くのは、旅行や出張、レジャーなどの「特別な体験」であった。

しかし、リモートが普及した今、必ずしも同じ物理的な空間に住まなくても、そこでの経済活動に参加することは可能である。実際に、東京に本拠を置く企業で、リモートを前提に地方での採用を始めているところもある。

これまで、一つの地域内において、経済効率性、生活環境、緑の潤いなど多様な要素をいかに両立するかに取り組んできたが、リモートを駆使すれば、緑のある環境は郊外や別荘地で実現し、経済的な効率性はリモートワークで実現するといった役割分担が可能になるかもしれない。

以前、デフレーミングの概念を用いて、都市機能を分解して考えることについて述べたが、自分が必要だと思う機能を、必要な場所で実現すればよいという考え方も可能になってきたということであろう。

「複属」という言葉があるが、複数の場やコミュニティに属しながら生活することが、物理的な制約を超えて行える可能性が高まっている。田舎や地方都市に居住しながら、都心の企業に所属して働くという生活もあながち不可能ではない。

誰が都市のステークホルダーなのか?という問題

このような形で複属化が進んでくると、誰がその都市における住民なのかが曖昧になってくる。東京の企業で働いているが、実質的にはリモートで働いているため、東京のインフラを使ったり、東京のオフィスで働く経験がほとんどないという人も出てくるだろう。

「関係人口」とは通常、都市部に住む人々が、人口減少に悩む地域の活動に関わる場合のことを指していたが、逆に郊外や地方に居住して都市部の企業でリモートで働く人に対して、少しは都市部の地域にも関わってほしい、という意味で「逆関係人口」も重要になるかもしれない。

また、災害時の対応という意味では、物理的に膨大な昼間人口を抱えてきた都心部においては、従来よりも対応しやすくなるかもしれないが、通信回線の遮断など、別の要因が都市機能の実質的な寸断をもたらす可能性があり、新たな都市のレジリエンス対策が必要になるだろう。

都市における学びの効果

リモートが普及し、どこに住んでいてもインターネットさえあれば仕事ができるのであれば、世界中どこに住んでも同じなのだろうか。そうなれば、もはや都市部に住む理由はなくなるのだろうか。

都市経済学の分野では、大都市に住む労働者の方が、中小都市に住む労働者よりも高い賃金を得ることが知られている。カリフォルニア大学バークレー校のエンリコ・モレッティ教授はこのメカニズムを詳しく解説しているが、その書籍の名前はズバリ、『年収は「住むところ」で決まる』である。

ここで一つ興味深い研究を紹介したい。ジョルジュ・デ・ラ・ロカ氏とディエゴ・プーガ氏の研究(注)は、大都市に住む労働者が高い賃金を得られる理由を以下の3つに分けて分析している。

1.高スキルの労働者が大都市を選ぶ傾向にあるという選好の影響
2.都市部に住むことによる固定的なアドバンテージ
3.大都市で働くことによる学びの効果

スペインのデータをもとに検証した結果、大都市に住むことによる賃金プレミアムの約半分は、上記の3番目の学びの効果によるものだったという。しかも、その賃金プレミアムはその後、他の地域に移住したあとも続くとしている。大都市で働くことによって、貴重な学びの機会を得ることが、より高い賃金を得るために、またその後のキャリアにとっても重要だということである。

リモートの話に戻ると、学ぶという側面を取っても、大都市の優位性は揺らいでいるように見える。確かに今やMOOCsやYouTubeでもたくさんの教育系コンテンツが提供されており、地方部に住んでいても、スキルを身に付けることは以前よりはるかにやりやすくなったのは事実である。

しかし、ネットで情報にアクセスできるという条件は、大都市に住んでいても同じである。大都市に住むことは、ネットでの情報と、対面・フィジカルでの情報の両方へのアクセスを持つことにつながる。今後も、高い生活コストを受け入れてでも、大都市に住み続ける人々はいるだろう。その際、彼ら・彼女らは、何を求めて都市に住むのであろうか。

もしそれが、対面・フィジカルでの情報へのアクセスや、対面でしか得られない学びの体験であれば、やはりリアルとネットには情報格差が生じるのかもしれない。確かに遠隔地でも仕事をすることもできるし、学ぶこともできる。しかし、都市と地方にわずかでも差がある限り、都市が知識や経済の中心地として存在し続けるだろう。

「知の発信」こそ都市が採るべき戦略

都市の境界が曖昧になり、ステークホルダーもはっきりしなくなってきた状況において、都市の戦略として行うべきことは、フィジカル空間に加えてサイバー空間でも、知の中心地としての価値ある情報を発信し続けることではないだろうか。

例えば、冒頭で触れた大丸有地区では、丸の内朝大学丸の内プラチナ大学、慶應丸の内シティキャンパスが提供する夕学五十講など、魅力的な学びの場が多数提供されている。都市の境界が曖昧になったということは、逆にこうした場で提供される知識も世界中に展開可能だということだ。

その地域で物理的に働く人だけでなく、最新動向を学びたい全ての人、日本文化や日本でのビジネスに関心を持っている外国人など、あらゆる人に知識と学びの場を提供することができるだろう。

学びを求めている人々に対して価値を提供する知識・創発コミュニティこそが都市の新しい姿であり、それが都市の吸引力となる。それは物理的な空間を起点としつつも、それに縛られない軽やかさを持つものになるのではないだろうか。


(注)De La Roca, Jorge and Diego Puga. 2017. "Learning by Working in Big Cities." The Review of Economic Studies 84 (1): 106-142.





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東京大学大学院情報学環准教授。既存の枠組みを超えて内部要素を組み替える「デフレーミング」概念をはじめ、ビジネスモデル、イノベーション、産業構造などを研究しています。詳細はhttps://soichirotakagi.wordpress.com/をご覧ください。