
メタバースはWeb3なのか? 仮想空間と分散技術の関係を考える
Facebook社が今後の方向性としてメタバースに着目し、社名を「メタ」に変更してからというもの、メタバースはビジネス界において要注目のワードとなってきた。筆者が勤務する東京大学も、「メタバース工学部」の設立を発表したところだ。
それと並行して、「Web3」も注目度を高めてきており、私もこれまでのCOMEMOでも取り上げてきた。
Web3とは、中央集権的なプラットフォームビジネスに対して、ブロックチェーン技術に代表される分散型技術に基づくサービスの総称である。
「メタバース」と「Web3」は、いずれも同時期に注目を集めてきた概念であり、もともと同じ起源を持つものではないが、最近では「メタバースなどのWeb3」という表現を見かけることもあり、メタバースがWeb3に含まれるような見解もあるようだ。
しかし、もともとメタバースはVRなど仮想的な空間を意味する言葉であり、分散型技術を前提としたものではないはずだ。それでは、なぜこの両者が一体であるように語られるのだろうか。
メタバースとWeb3、それぞれの定義
メタバースとWeb3はそれぞれ定義などはあるのだろうか。いずれも新しい概念であるため、合意された定義は無いかもしれないが、現時点で利用可能なものを確認しておこう。
メタバースとは、Oxford Languageによると「ユーザーが、コンピュータによって生成された環境や、他のユーザーとインタラクションできるバーチャルリアリティ空間」とされている(筆者訳)。Wired誌も同様の内容を踏襲しているが、必ずしもVRやARに特有の機器(ヘッドセットなど)が無くても、PC等からアクセスできるものも含まれるとしている。
実際、Clusterなどよく使われるメタバースのプラットフォームもVRゴーグルとPC両方から使うことが可能であり、その点はユーザーのアクセシビリティの点では重要だろう。
それでは、Web3の方はどうだろうか。Wikipediaによると、「Web3とは分散(decentralization)、ブロックチェーン技術、トークンベース経済当の概念を組み込んだ、ワールドワイドウェブの新たな段階」としている。
また、オーストラリアのRMIT大学のJason Potts氏、Ellie Rennie氏は、2019年の著作でWeb3を以下のように説明している。
「Web3とは、ブロックチェーン技術に基づき、プロトコルで実現する合意形成メカニズムによって信頼される第三者の必要性を排除し、ユーザー間での直接(peer-to-peer)の価値交換を促進するようなデジタルインフラの進化形である。」
メタバースは基本的にはバーチャルリアリティ空間のことであり、Web3の方は、ブロックチェーン技術を前提とした分散性に基づくものであることがわかる。
この定義だけを見ると、両者に共通項は無いように思われるが、それでは、なぜメタバースがWeb3の一部であるように語られることがあるのだろうか。
それは、Web3的な思想に基づくメタバースのサービスが存在するからである。The Sandboxや、Decentralandなどがその代表例である。そこで、The Sandboxを事例として、そこで語られ、実装されている分散性を見ていきたい。
The Sandboxのホワイトペーパーに見る分散性
The Sandboxは2012年ごろからモバイルゲームとして既に存在していたようだが、2021年から新たに開発されたブロックチェーンベースのゲームの名称として引き継がれた。(Wikipedia)
The Sandboxはメタバース上に土地を展開し、ユーザーはその土地を購入したり、貸し出して収益を得たり、またその土地の上で様々なゲームを展開したりすることができる。なかには45万ドルをかけてSandbox上の土地を購入する人もいるようである。
このThe Sandboxのホワイトペーパーを読むと、興味深いことが分かる。彼らのビジョンは、「プレイヤーが仮想世界やゲームを協力的に創造することのできる没入型メタバースを、中央集権的権威(central authority)なしに提供すること」であるとしている。
また、このメタバース内で使われるSandという仮想通貨を持っていれば、DAO(Decentralized Autonomous Organization)の概念の下に、サービスの重要な意思決定において投票することで、ガバナンスに参加することができる。また、そこで作られるアセット(土地、ゲーム、アバター等)はEthereum上のNFTで管理されるとしている。
そして、こうしたアセットをNFTで管理するメリットとして、Cross-Application Interoperabilityと表現している。つまり、このサービスだけに閉じることなく、その価値が永続され、他のサービスに移植することができることなどを挙げている。
The Sandbox内で購入した土地やアイテムは、Ehtereum上のNFTとして管理され、OpenSeaなどの外部のマーケットプレイスでも売買するこができる。OpenSeaでの売買にあたっては、ETHやそれをラップしたWETH等の仮想通貨で行われる。
つまり、The Sandboxは思想として脱中央集権・分散性を掲げつつ、その実現方式としてNFTによるアセットの管理、トークンによるDAO型のガバナンスを組み込んでいるということになる。
ただし、The Sandboxのプラットフォームそのものや、開発ツール(ボクセルエディターやゲームメーカー等)は、集中型で開発されていると考えられる。またWebサーバー等はAWSを利用しているため、必ずしも全てが分散型になっているわけではないが、可能な部分についてはできるだけ分散型の技術で実装しようという考え方を伺うことができる。(ちなみに、アセット自体はIPFSと呼ばれる分散型ファイルシステムに格納されるというのも興味深い。)
思想と実装のギャップ
このように、メタバースの一つであるThe Sandboxに関して言えば、Web3と関連付けて議論されることにも一定の合理性があると思われる。特にその理念は脱中央集権を掲げ、ブロックチェーンを資産取引のコアに利用している点では、Web3と共通点も多い。ただし、全てのメタバースがWeb3的であるわけではないので、注意が必要だ。
また、Web3的なメタバースにも課題は数多くある。The SandboxはTSB Gaming Ltd.という会社によって運営されているし、DAO的に投票できると言っても、誰が投票にかける案件を決めるのかという問題もある。
アセットの相互運用性についても、NFT上の管理はできても、アバターやゲームが本当にプラットフォームをまたいで移植できるのか、技術的なハードルは高い。標準化の動向にも注目する必要があるだろう。
このように、「脱中央集権」や「分散性」は、こうしたサービスが掲げる大きな理念ではある。しかし、理念と現実の実装には乖離があるのも事実である。
掲げられているビジョンを真に受けすぎると、現実のサービスが対応していないかもしれない。しかし、こうした理念に向けてイノベーションは猛烈なスピードで進んでいる。現時点で実装できているところだけを見て、「ほら、既存サービスと比べてメリットないじゃないか」というのも早計かもしれない。
前回も述べた通り、今は評価を保留してまずは楽しみつつ、物語の展開を待とうではないか。