食とツーリズムの可能性ーーその先にすべきこと
今週の3日間、ピエモンテ州ランゲ地方に滞在し、テリトーリオー都市と農村の関係、自然、文化、社会のアイデンティを包括する空間ーの探索をしてきました。アヴァンギャルドデザインを扱う企業とその企業のオーナーがもつワイナリー、アルバ市の市長と観光局、食科学大学、IT企業とその財団、ビッグベンチプロジェクトを始めたデザインスタジオなどに訪れました。
ランゲやテリトーリオについて、このCOMEMOでもずいぶんと書いてきましたが、さらにいくつかのテーマが見えてきました。
ぼくとしてもさらにリサーチを重ねていくので、現時点では情報としてまだ大雑把すぎますが、今回の探索をメモとして書いておきます。一応、ランゲ(正確にはLanghe, del Roero e del Monferrato)の地図を掲載しておきます。
オーバーツーリズムがおこっていると言えるのか?
ランゲの中心はアルバ(Alba)です。上図の真ん中に位置しています。人口3万人ほどの市です。そこに年間、およそ70万人の観光客が訪れます。20倍以上ですー因みに、オーバーツーリズムが話題になるヴェネツィアは人口26万人に対して1泊以上の宿泊客が年間1千万人以上。
ヴェネツィアとランゲのツーリズムの違いは、ランゲは10月から12月中頃までの白トリフの収穫時に観光客が集中することです。1-2月の冬はほぼ休業状態なので、残りの10か月間にイタリア国内客と外国人客がほぼ半々でやってくるのですが、秋の2か月少々の間にその7-8割が滞在します。
今の状況をオーバーツーリズムと見なすのかどうかが判断の分かれ目で、実践的にはツーリズムの年間平準化がテーマとなっているわけです。
食文化がテリトーリの何に貢献するのか?
それでは、これだけ世界の人を惹きつけるエリアが、どのような変化を遂げているのか?です。
この8月、1週間ほどアルバに滞在した時、市内の中心にあるレストラン30店舗ほどのサイトをチェックしました(ランゲにおけるミシュラン星つきレストランは16)。その時に気づいたのは、どのレストランもシェフのプロフィールを記載しているケースが多い点でした。ミラノでは高級レストランにそのような紹介がありますが、普通のレストランではそう見かけない習慣です。
そして、アルバのそれらのシェフは、地元の出身でかつ若手であるのが特徴であると思いました。老舗の世界ではない。
食に関心があり、そこに従事するに相応しいセンスと技術をもつ若手が、世界の食に煩い人たちに対面する環境があることを示唆します。
一方、2004年、スローフード運動の発祥地近くに設立された食科学大学ではこれまで98か国の3650人以上の学生が学び(イタリア人比率は60%)、世界に食やワイン関係のネットワークが構築されています。
しかし、およそ50キロ離れたトリノや180キロ離れたミラノ、あるいは海外の大学に学ぶ地元出身の若い人たちがなかなかランゲに戻ってこないとの現実もあります。
食分野と食以外の分野で若手の人生ルートが違っているのです。そして、ご多聞に漏れず、住人の高齢化は進む一方です。
食とツーリズムが注目され、このエリアがそれらによって活性化されているのは確かです。問題はその先にどう踏み込むかです。
単一の産業分野に支配されない構造がある?
このテリトーリオには国外でも認知の高い企業が沢山あります。Nutellで知られるFerrero、イタリアデザインのイノベーションに貢献した表層材のAbet Laminati やArpa、パリオリンピックのスポーツ施設にも提供する床材やボールのMondo、トラクターのMerloなど、田園風景から思い浮かべるイメージとは対照的です。
1980年代、産業集積地の充実度と運営の仕方がイタリアの強さと注目され、研究対象にもなりました。シルクのコモ、家具のブリアンツァ、セラミックのサッスオーロといった単一産業分野に特化した地域の中小企業のあり方が、その後に米国のクリントン政権の政策にも影響を及ぼします。
しかし、経済のグローバル化のなかで中小ではなく中堅サイズの企業の強さに左右されるようになり、今世紀になってあまり話題になりません。そこでランゲの産業をみると、かつての産業地域とは性格を異にしているのですね。
それでも、存在感のある企業にこと欠かない。とすると、テーマはローカル特有の素材や自然環境とは違うところを見ないといけないことになります。
ハングリー精神に基づくデザイン文化
スローフード運動の創始者や起業家はほぼローカルの出身です。この農村地帯に、特定の産業ノウハウとは別にこのような傑出した企業家がどうして誕生しているのか?というのが、次の疑問になります。
現在、この地域の組織の要所にいる人たちの学歴をみると、トリノ大学やトリノ工科大学が目につきます。仮説として考えられるのは、これらの大学の出身者が多いのは起業とは殆ど関係なく、トリノという近距離の大学に行った人たちが就職先を地元に求めたということです。
一度ローカルを出ると戻ってこない傾向があると前述しましたが、ローカルで吸収できる職場の数と職のアンマッチがあるでしょう。
今後の要確認事項ですが、食科学大学は逆にローカル以外の地域から熱い視線を注がれ、その分、若干、ローカルの就職状況とは距離があるのでは?と思われるところがあります。
アルバのレストランの料理人は地元出身が多いと先述しましたが、食科学大学は食に関してアカデミックに多方面から学ぶところであるため、厨房に立つ人たちとカテゴリーが違う点は注記しておきます。
以上からすると、ハングリー精神をもとに何か勝負に出たいと思う人たちの創造性を刺激する土壌がある、と想定するのが妥当に思えます。イタリアデザイン史を語るときに必ずでてくるプロジェクト文化=デザイン文化が醸成されていたと考えられます。
デザイン文化というと1950年以降のミラノデザインとその周辺の家具メーカーが事例に取り上げられますが、実はピエモンテ州の田園風景のなかにもあった、ということになります。
ランゲの壁を突き崩す風景が生れつつある
1960年代以降のアヴァンギャルドデザインの雑貨や家具のメーカーを買収し、この地域に拠点を構えたGufram、Memphis Milano、Meritaliaからなるアヴァンギャルドデザイングループでは、生産現場はローカルで管理と販売についてはローカルとその外の両方から採用しているように見受けられます。距離的に遠い地域の人間がビジネス開発のために関わりはじめているのです。
実は、ランゲの新しい風景を、上記のアヴァンギャルドデザイングループのオーナーやIT企業のオーナーがつくりつつあります。この地にはそれぞれの産業分野で傑出した実績をあげている企業がありますが、それらを顧客に成長したIT企業もあります。国内や海外にもいくつか拠点を有する会社が財団をつくり、今年、イノベーションハブとしてDIG421という施設がオープンしました。
それが冒頭の写真の建物です。なかにはコーワーキングスペースもあるし、インキュベーター的役割も果たします。ただ、コンクリートとガラスを多用したオープンイノベーションを促進する場というと「あれか」と思う人もいるでしょう。それは早とちりです。
ここがやっているサイズに驚きます。
周辺に広大な公園を整備し、街に通じる3キロ近くに及ぶ自転車専用道路をつくり、そこを走る電動自転車まで提供します。それらを一般にも公開するのです。
この財団の親会社であるIT企業の人の自慢は、トリノや海外の大学で学んだ若手が同社への就職のために故郷に戻り、かつ社内恋愛での結婚が多く、平均の子どもの数が2-3人/カップルだ、ということです。
また、アヴァンギャルドデザイングループのオーナーも含む、いくつかの企業人と組んだ財団では病院の施設を民間ベースで整え、それを公的機関に譲渡するという動きがあります。この広大な公園の脇にヘリポートが作られ、そこから重病者を他の都市の大病院にヘリコプターで搬送する環境が整います。
実は、Ferreroの財団は文化事業だけでなく、高齢者のデイサービスセンターも稼働させているように、ランゲでは民間ベースでかなり公的サービスが推進されているのです。デザイン文化を公的サービスの質の向上に使うとの認識が普及していると思われます。
このIT企業とその財団の活動を見て、ぼくがピンときたのは、同じピエモンテ州のイブレアで事務機器メーカーのオリベッティが街全体に貢献していたことをモデルとしているのでは?ということです。
オリベッティに限らず、ベネトン、ディーゼル、ブルネロ・クチネリと企業の地元貢献の事例はイタリアにも少なくないですが、オリベッティの多角的レイヤーに及ぶ実践をランゲの人たちが理想形としてもっていると思ったのです。
これを質問したら、以下のように言われました。
ブルネロ・クチネリ自身は、アドリアーノ・オリベッティの影響を受けているのか?と聞かれることが多いが、どちらかというと19世紀の英国のローバート・オウエンに近しさを感じる、と書いています。
このモデルのあり方の違いは、思った以上に実践の違いを生むかも、とぼくは思いました。そして、このような類の実践の文化が、景色の良いところに大きなベンチを設置して、コミュニティ成立の契機を生みやすくするプロジェクトーBig Bench Community Projectが誕生する背景にあるのでは?とも推測しました。
このプロジェクトを生んだBMWのチーフも務めた米国人デザイナー、クリス・バングルの山の上にあるスタジオで会いました。彼が語るのは、以下です。
デザイン文化の土壌をつくっていくのは、この実践の積み重ねかも、と考えながら山を下りました。
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