人的資本経営の成否を分ける目的意識:開示義務の流れで取り組むのか、経営課題解決の手段とするのか
人的資本は義務だから取り組むのか?
前回の記事にて、人的資本に注目が集まっていることと、歴史的な経緯について述べた。人的資本は概念自体は1960年代から研究されており、1990年代後半から研究が増え、2000年代から本格的に学術と実務の両面で取り組まれてきた。そして、2010年代後半になってから、人事データの活用と相まって、公開・開示の流れができた。端的なものが、2018年にISO(国際標準化機構)が策定したISO30414だ。日経産業新聞の記事にあるように、人的資本の開示は上場企業にとって義務化される流れになりそうだ。
このように義務化の流れにある人的資本だが、働き方改革における残業の削減と有給取得率の増加、女性活躍推進のように、義務だからと始めた人事施策が経営の利益になることはほとんどない。残念ながら、現場を混乱させ、負担を増やすことになり、逆効果を生むことも少なくない。
その一方で、働き方改革でも、そこからイノベーションが生まれたり、事業業績の向上に繋げることに成功したという企業も存在する。これら2つを分けるものは何かという問いの答えとして、戦略性の有無と一貫性が挙げられる。
人的資本は「目的」ではなく「手段」
なぜ人的資本に、戦略性と一貫性が重要なのか。それは、人的資本に投資をして価値を上げること、測定・開示をして透明性を高めることは、決して目的とはなり得ないためだ。なぜなら、人的資本の価値を高めるために投資をするのであれば、投資であるのだからリターンを得ることが当然ながら目的となる。それでは、人的資本への投資に対するリターンは何なのか?
株式や不動産に投資をするときに、リターンは何かがよくわからないまま投資をする人はほとんどいない。しかし、人材への投資となった瞬間に、目的がボヤケテしまうことがある。「人へ投資したら成長するんじゃないか?でも、成長って何のことかは明確にはわからないな」「人へ投資が大事ってわかるんだけど、みんなに公平にやることはできないし、投資して成長したのに直ぐに辞められると困る」のように、なんとなく、漠然とした感覚で投資に対する評価を下してしまう。
人的資本の投資の目的はシンプルだ。投資をすることで経営課題を解決し、事業業績の向上に繋げることができたかどうかだ。1961年に、セオドア・シュルツが論文で人的資本の重要性を述べたのは、それによって経済成長が成し遂げられるのだと発見したためだ。人的資本の戦略性とは、経営課題の解決と事業業績の向上に寄与できたかどうかになる。
そうすると、どのようなストーリーで経営課題の解決と事業業績の向上と人的資本の投資を結び付けるのか、論理性と理論が重要になる。
株式会社リクルートの調査レポート『人的資本経営の潮流と論点2022』では、論理構築のためのヒントをくれている。
本報告書では、人的資本の価値を高めるために3つのステップが紹介されている。
ステップ1:人材の捉え方・・・多様な個の尊厳への配慮、相互選択的な関係性の構築
ステップ2:人材を活かす仕組み・・・丁寧な採用と舞台設定、確かなマネジメントスキルの装着
ステップ3:人材への働きかけ・・・個とチームのエンパワーメント、セルフ・リスキリングの促進
3つのステップをみてみると、人事データを収集して開示することが大切ではないことがわかる。従業員ひとり一人の持つポテンシャルが遺憾なく発揮されるように、現場レベルから経営トップレベルまでを一気通貫して、環境作りと働き方の設計、マネジメント層のリーダーシップが求められている。このようなストーリーができたうえで、現状を把握するためにデータの収集と開示が大切になってくる。
人的資本への投資は、あくまで経営課題を解決し、事業業績を向上させるという目的を達成するための手段である。そして、その手段を活かすために、どのようなストーリーと論理で目的を達成するのかを設計することが必要だ。義務化されるからと、人的資本のデータ収集と開示にこだわると手段が目的化してしまい、本質を見失ってしまうリスクがあることを忘れてはいけない。
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