フリーランス離れ?ITエンジニアが正社員回帰し、ともすれば建設・不動産へ流れる背景
フリーランスから正社員に転換する人材が増えています。リクルート、パーソルキャリアは2024年4〜9月の仲介人数が5年前の3倍に達したという記事がありました。中でもITエンジニアフリーランスの比率が高いとのことです。今回はこの日経新聞の記事内のいくつかの事柄に対し、その背景情報について整理していきます。
フリーランスから正社員転職する背景
冒頭で取り上げた記事の中で、いくつか気になった事象がありましたのでピックアップします。
フリーランス案件の減少
フリーランス案件数についてはポジティブな情報がなかったのが2024年と言えます。個人的にもこれから正社員を辞めてフリーランスを検討している人たちからのキャリアアドバイスをする際、「今ではない」とお伝えしているのですが、当面はダウントレンドになることを予想しています。
コロナ禍の金余り減少の状況が終わり、SaaSやスタートアップが不調です。結果、整理しやすい業務委託人材から順に契約を整理しているところが2023年以降、多く見られました。
ここ数年、フリーランスの紹介先として活況だったSIer・SESの抱える大手企業との案件については北朝鮮問題が効いています。北朝鮮問題が取り上げられたのが3月なのですが、警察庁発表もあり、固い現場から順にフリーランスとの契約が禁止されたり、商流制限が起きています。記事内の仲介人数の変化が4月から9月とのことなので、この北朝鮮問題がダイレクトに効いているものと思われます。
11月から施行されたフリーランス新法もまた、ITエンジニアについては逆風になっています。アニメーターや芸術家、ギグワーカーのような買い手優位になりやすいタイプのフリーランスと違い、基本的に現場が選べたり、(特にエンジニアバブル下では)単価が強気に設定できる傾向にある売り手優位のITエンジニアでは「保護されすぎ」として契約控えの動きが見られています。
ITエンジニアフリーランスについてはキャズムを超えた側面があり、クライアントワークをやったことがない人たちもフリーランスになっています。そのため契約トラブルも耳に入るようになりました。勤怠時間を越えることを連絡せずに契約以上の金額を請求されたり、NDAや再委託禁止条項を無視して再委託を行ったり、外部メンターに相談しているケースも見られます。「リスクを鑑みると、万が一のときに損害賠償を期待できる大手フリーランスエージェント経由で契約をしたい」という企業の声も複数入っている状態です。
物価高に対応しきれない
ITエンジニアフリーランスの難しい点として、複数案件を契約することの限界があります。
1案件だけのコミットであれば、常時営業して案件が途切れないようにするか、貯金も合わせた余裕のある収入設計をしなければなりません。フリーランスエージェントに依頼する場合、途切れないようにする難易度は下がりますが、フリーランスエージェントが「この人は売りにくい」と思うと厳しくなります。
複数案件をこなすには、週2〜3日で契約するだけではアウトプットがもの足りず、週5日の案件と副業的なスポット案件を足すには個人の体力問題があります。
景気の良かったエンジニアバブル下では「高値を言ってみたら通った」「相場を理解していないが調達がうまくいっているスタートアップに相場の2〜3倍で契約できた」という方が居られました。景気の後退で相場より高い単価は成約しにくくなっていることも一因でしょう。
高還元SESの台頭で、業務内容が同等で社会保険や福利厚生があり、営業機能やバックオフィス機能を企業に任せられた上でそれなりの収入に繋げられることができるようになりました。無理にフリーランスを継続する理由がなくなってきていると言えます。
フリーランスでのスキルアップはまず難しい
企業から見て、業務を委託したいから業務委託契約をします。育成するのであれば正社員採用をするのが合理的であり、フリーランスを育成するというのはオンボーディングを除くと合理的とは言えません。スキルアップは自身で意識的に行っていく必要があります。
エンジニアを辞めて異業種転職
景気の低迷と、生成AIの台頭で未経験・微経験向け案件がなくなっています。一部の人はSESなどに流れているようなのですが、下記に気になる一文がありました。
現在好調なのが建設業界、不動産業界であるというのは異論がないのですが、書きぶりからすると建設現場作業員や不動産営業になっているように読めます。
実際に建設業界における「未経験求人は2016年比16.55倍」というプレスリリースもリクルートから出ている状態です。
これらの状況から未経験・微経験フリーランスがITエンジニア案件に困って人材紹介を頼っていったところ、建設業界や不動産業界の未経験歓迎ポジションに収まっていると考えられます。
初期情報の質が人生を左右する時代
2018年、2019年に起きたプログラミングスクールブームでは、受講生を求めるプログラミングスクールにより過激なLPが溢れていました。特に開業届を出せば誰でもなれる「未経験からフリーランスになれる」というのは嘘ではなく、自由を感じる「フリーランス」という字面もあって大きく広がっていきました。
それを受け止めるフリーランスエージェントも非常に増えました。正社員を採用し、彼らの雇用を守りながら案件を獲得してアサインしていく一般的なSESと異なり、フリーランスエージェントはいわば無在庫で営業が可能です(案件が決まらなくても基本給の発生がない)。派遣会社と違って誰でも始められることも大きなポイントです。彼らによるSEO記事やYouTubeなどにも、フリーランスに誰でもなれそうな甘い言葉が並んでいます。
若手のキャリア相談を受けながら痛感しているのが「ITエンジニアになるための初期接触した情報の質」の問題です。
周囲がITエンジニアになるという志を持つ情報系大学、専門学校、高専であれば、周囲との付き合いさえあればそれらしい情報が手に入ります。
しかしそのような環境にない人の場合、YouTubeやGoogle検索、たまたま目にした広告や友人知人から紹介された情報の「アタリどころ」によっては、大きく着地点が異なります。著名なメガベンチャーで育成枠に入ることもあれば、待機の続く派遣会社もあれば、第二新卒として建設業や不動産業に再就職するケースもあるわけです。
人材紹介にせよ、フリーランスエージェントにせよ、教育業にせよ、扱うのは人の人生です。自らの懐事情を優先し、他人の人生を弄んだ結果の一つが今回の記事でしょう。最初から新卒で他業種を目指せば花開いた人材を遠回りさせてしまったような節も感じられ、苦々しく思います。