AIによって人間のあらゆる価値観が変えられた未来は「ハイパー原始社会」に辿り着くー未来から逆算する〜想像力をビジネスに生かすには
2021年8月25日(水)に開催したNIKKEI LIVE「未来から逆算する〜想像力をビジネスに生かすには」では、不確実性の高いVUCAの時代、多くの企業が2050年の在りたい姿を掲げて「バックキャスト」の視点で経営を行う中、関心が高まる未来予測について議論しました。イベント内容の一部をご紹介します。
テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルまで幅広く取材・執筆活動を行ないながら数々のメディアでも活躍中の作家でジャーナリストの佐々木俊尚さん、オムロン創業者立石一真氏による未来予測理論「SINIC理論」を活かした未来社会研究に従事しているヒューマンルネッサンス研究所社長の中間真一さん、日本的な文化・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーで新しい切り口を示す作品を次々と発表し世界中のメディアに取り上げられているメディアアーティストの市原えつこさんをゲストにお招きしてお話を伺いました。聞き手は、日本経済新聞社DXエディター杜師康佑が務めました。
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ー杜師エディター
急速なテクノロジーの進化によって私たちの未来はどうなるのでしょうか。そもそも、そのような未来予測をすることは可能なのでしょうか。
ー佐々木さん
以前、日立製作所が人工知能のコンピュータを使って「ホームセンターの顧客単価をどれだけ上げられるか?」という実験を行ったことがありました。店員や顧客の店内での動きをデータ化し、どのような動きをしているときに一番顧客単価が上がるのかを分析して、改善策を現場にフィードバックして実行することで、顧客単価がどのくらい上がるかを調べるものでした。結果、顧客単価は15%も増加。しかし、AIは最適な改善策をフィードバックしてくれますが、なぜそうなるのかという因果関係は説明してくれません。
未来社会の私たちは、「AIがこうやりなさいと言った通りにやると確かにいい結果が得られるけど、なぜそうなったのかはわからない」という、もやもやした気持ちを受け止めなければならなくなるのです。
未来社会の本質は「AIとデータ」そのものです。流れ続ける情報にあらゆるものが飲み込まれ、それをAIが制御するということが、これからのテクノロジーの本質になっていきます。
そのような未来社会は、現代の私たちがイメージするものとはまったく違う世界になるはずです。AIのようなテクノロジーの背景事情を前提として行わなければならない未来予測は、今後、それほど単純な話ではなくなっていくことは明らかです。
ー杜師エディター
テクノロジーの進化の中で未来を予測することは非常に難しいということがわかりましたが、オムロンでは50年も前から「SINIC理論」を使って未来予測を行なっているんですよね。
ー中間さん
「SINIC理論」の基本構造は、「科学」と「技術」と「社会」が相互に関係し合い、それがぐるぐると回りながら進化・発展していくというものです。科学は技術の種になり、技術は社会を革新します。社会は技術に必要性を要求し、技術は科学に刺激を与えます。科学は社会に希望と夢を与え、社会は科学に期待を与えます。3つの中心にあって、この関係をぐるぐると回すエンジンになっているものが「人間の欲求」です。
人間の欲求は、「心中心/物中心」「個人中心/集団中心」という価値観で区切ることができます。この価値観がバランスをとりながらぐるぐる回ってスパイラルアップしていく1周期が「SINIC理論」に当たります。1周期の中に、原始社会から自然社会まで、価値観の変化を11個設定しています。
50年前に「SINIC理論」を用いて行われたバックキャスティングでは、2033年頃に「自然社会」が始まるという見立てから、そこから「ノーコントロール」の社会が始まると予想しています。これは「センシング&コントロール」をコア技術としているオムロンとしては重大なことなのですが、AIとデータと情報処理の最適化を推し進めれば、人間とのハレーションがどこかで起こり、「自然」という概念が必要なのではないかと。
「SINIC理論」の話は、未来予測と言うよりも「未来創造」「未来デザイン」に近い話だと思います。「未来予測は未来をよくするためにある」ものだと思っています。
ー市原さん
私も以前から「ハイパー原子社会」のようなものが、AIの発展の先にはあるのではないかと思っていて、人間は事務処理のような仕事から解放され、根源的に自分がやりたいことに戻ってくるのではないかと思っていました。「SINIC理論」という理論的なバックアップを知ってからは、それを自信をもって言えるようになりました。
アーティストは、自分の本能や欲求を起点に未来予測をしていたりしますが、それは根拠のないことなので、「SINIC理論」の中に「欲求が大事」とあったのを見てうれしかったです。未来予測はなかなか難しいとは思いますが、個人がもっている「どうしても譲れない欲求」を作っていくことによって未来が切り開かれるということは、少なからずあると思います。
ー中間さん
「SINIC理論」に関わるようになってもうずいぶん長いのですが、20年ほど前は「自然社会」などという言葉を口にすると怪訝されたものでした。ところが最近は、特に若い人たちがこの「自然社会」という言葉に食いついてくれています。未来予測というよりは「未来デザイン」「未来創造」を、私たちはやっていきたいと思っています。
ー佐々木さん
今の倫理観をそのまま未来社会にもっていくことは、私は無理だと思っています。例えば、私たちは「死ぬ」ということを今は近代の枠組みの中で一律的に捉えています。死んだらいなくなってしまうと。ところが古代では、死んだ人はいつまでも側に居るという感覚が当たり前でした。
もし、AIにパーソナリティを移し替えて、肉体的には死んでもその人の仮想のパーソナリティがいつも側にあって会話できるとなれば、私たちの死生観は確実に変わっていくと思います。あらゆるライフスタイル・思考・倫理観など、様々なものを変えてしまうものがテクノロジーである、ということを大前提において考えてもらえればいいと思います。
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佐々木俊尚さん
作家 / ジャーナリスト
毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆。『21世紀の自由論〜優しいリアリズムの時代へ』『キュレーションの時代』など著書多数。
中間真一さん
ヒューマンルネッサンス研究所社長
慶応義塾大学工学部卒業、埼玉大学大学院(経済学)修了。株式会社ヒューマンルネッサンス研究所の創設メンバーとして参画し、オムロン創業者らによる未来予測理論「SINIC理論」を活かした未来社会研究に従事して現在に至る。
市原えつこさん
メディアアーティスト
早稲田大学文化構想学部卒業。日本的な文化・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーで新しい切り口を示す作品で世界中のメディアに取り上げられている。第20回文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞。
杜師康佑
日本経済新聞社DXエディター
2010年入社、新潟支局を経て自動車や化学、エレクトロニクス分野を取材。2019年から大阪本社でエネルギーや機械、スタートアップなどを担当。日本の組織に合ったデジタルトランスフォーメーションのあり方を模索。
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