家計の円売りは急にはやってこない~イメージは「根雪」~
過去最高に並んだ株式・出資金比率
12月20日、日銀から2023年4~6月期の資金循環統計が公表されました:
いつものように為替への影響を念頭にレビューをしておきたいと思います。既報の通り、23年6月末時点の家計金融資産は2115兆円と過去最高を更新しましたが、依然その過半(52.2%)が現預金(外貨預金除く)です:
一方、今回は株式・出資金が12.9%と過去最高タイの比率を更新したことも目に付きました。過去にこれと同じ比率だったのが2006年3月末であり、世界が(後にサブプライムおよびリーマンショックとなる)金融バブルに沸いていた時期です:
日本においては円安バブルの下、経常収支も貿易収支も積み上げが進んでいた頃です。なお、日経平均株価に関して言えば、3月末の28000円から約+18%から9月末には33000円台までかなりまとまった幅の上昇を経験しています。株式・出資金比率の上昇は株価上昇に伴う価格効果の結果と考えて差し支えないでしょう。投資信託(外貨部分を除く)の比率が押し上げられているのも同じく、価格効果を反映していると考えて良いでしょう。
実際の取引を伴って数量効果で比率が押し上げられるかどうかは24年から稼働する政府の各種施策がどの程度活用されるかにかかっていますが、現時点の比率だけを見れば「貯蓄から投資」は少しずつですが胎動を見出せます。
「家計の円売り」と対外直接投資
これまでも繰り返し論じてきたように、2024年から始まる「資産運用立国」論に絡めた各種施策を受けて、家計部門では「円建て現預金」以外を志向する機運が高まる可能性があります。もちろん、資金循環統計におけるボリュームゾーンはあくまで高齢者層であるため、四半期ごとの数字を見るだけで段差を伴った変化をはっきりと視認する展開は考えにくいでしょう。
しかし、四半世紀前(2000年1~3月期)と比較すれば、外貨性資産の比率は投資信託を中心として約0.9%から約3.5%へ上昇しています:
比率にして約4倍、金額にして約6倍の変化は小さいものとは言えないでしょう。上昇した比率の幅である+2.6%ポイントのうち+1.6%ポイントが投資信託部分であり、これに対外証券投資(例えば米国個別株などへの投資はここに入る)の+0.9%ポイント、外貨預金の+0.1%ポイントが続きます。資産運用立国の旗印の下、24年以降始まる各種施策は基本的には投資信託へのアクセスを円滑にするものが主軸ですから、必然的にこれを通じた押し上げ効果は期待することになります。これまで論じてきた通り、その際に選ばれるのが円建て投信ではなく外貨建て投信である傾向は明らかに強まっており、それが円安地合いに寄与している疑いは相当強いでしょう:
https://comemo.nikkei.com/n/nd89a85f92f6a?gs=8599d6b1f8e4
今は大騒ぎするほどの規模感でないにしろ、今後、徐々にそうなる可能性はあります。とはいえ、メディアのヘッドライン上では新NISAなどが始まると雪崩を打って外貨投資が始まり円安が進むかのような論調を目にします。しかし、筆者は少しずつ「根雪」のように日本人の持つ外貨建て資産が増えていくイメージを抱いています。2010年頃からフローベースで増え始めた対外直接投資を思い返すと分かりやすいかもしれません。
12月、日本最大手の製鉄会社が米国の製鉄会社を買収したことが円安要因として取りざたされましたが、既に報道前よりも円高へ折り返しています。1つ1つのディールでどのような為替取引が発生するかは知る由もなく、また、為替取引が発生してもその影響を抑制するように運用が進む可能性もあります。結局、フローベースの対外直接投資と円相場の動きにストレートな関係は実は見出しにくいものです。
しかし、2010年頃から始まったフローベースの対外直接投資が地道に積み上げられた結果、ストックベースで見た残高は明らかに為替市場にとって意味を持つ姿に変わっています。2022年末時点で世界最大を誇る日本の対外純資産残高の半分が今や直接投資であり、かつて半分を占めていた証券投資は2割にも満たないのが現状です:
日本の経常黒字を支える第一次所得収支黒字も半分近くは直接投資収益になっており、その直接投資収益の構成項目である再投資収益が円に還流しないことが「経常黒字でも円安になる」という事実の一因であることは過去の本欄でも繰り返し議論してきた通りです:
1つ1つの対外直接投資が積み重なった結果として、構造的な円安が正当化される状況が仕上がったのであり、ある日突然、フローベースの取引が為替市場を動かしたわけではありません。
今後想定される家計部門による外貨投資についても筆者は類似のイメージを持っていmす。家計金融資産の過半が高齢者世帯に握られていることを踏まえれば、一夜にして為替市場を揺るがすような外貨投資が進むことは基本的にないでしょう(そのようなことが起きるとすれば、欧州債務危機のような事態に直面した時でしょう)。
しかし、対外純資産残高における直接投資比率がそうであったように、短期的に見て大きな変化はなくとも、徐々に外貨性資産比率が上昇し、気づけば10%、15%、20%と比率が切り上がっていく未来は十分考えられます。
基本的には円高基調にあった過去四半世紀ですら外貨性資産比率は約4倍になったわけですから、貿易赤字国として円高に戻りにくいという社会規範が定着してくれば、さらに外貨投資は伸びても不思議ではないでしょう。NISAなどを通じて発生した円売り・外貨買いは長期的な資本フローとして逆流しない(アウトライトの)取引でしょうから、際立って円安が進む要因にはならなくても円高が進まない要因として為替市場に埋め込まれていく可能性はあります。「家計の円売り」は依然、最大の円安のリスクではあるが、それは短期的なキャピタルフライトという側面に限らず、長期的に見た家計部門のポートフォリオ変化という側面でも理解しておく必要があります。
ある日突然に変化がやってこないからといって、それで安心という話にはなりません。24年も長い目で家計金融資産動向を追っていきたいと思います。