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上場会社とスタートアップ、どちらで働くのが良いのか?(後編:検証結果について)

前編の通り、「上場企業」と「スタートアップ」のどちらを職場として選ぶべきかについては、そもそも業界や個社組織の違いなど、それ以外の変数が大きく単純比較にそぐわないと言えます。
その前提で、あえて比較するのであれば、共通した尺度としての平均年収と、それ以外にも対価として得られるものを総合して判断すべきと結論づけました。

ではここから、やっと本題のスタートアップと上場企業の比較に入ります。

比較する上では、従業員が労働に対する対価として得られるものとして、
①金銭的報酬としての年収、②年収以外の金銭的な報酬、③金銭以外に得られる報酬の3つに分けて検討していきたいと思います。


①金銭的報酬としての年収

ここまで見てきたように、2020年時点の年収としては上場企業603万円に対して、スタートアップは601万円。そして、上場企業は下降トレンド、スタートアップは上昇トレンドなので、翌年には逆転することが想定され、今平均年収だけで選ぶならスタートアップと言えるかもしれません。

一方、前編でも示したように、本当にこの金額を全てのベンチャー企業が払える体力があるかというと、それは別の話です。調査対象が絞られているからですね。
だとすると、「一定の資金調達がされていて、VC投資などを受けているスタートアップ」に限定すれば、平均年収は上場企業よりもスタートアップの方が高いと言って良いのだと思います。

※なお、ここでは、未上場の若い企業を総称して「ベンチャー」と呼び、その中でVC投資などを受け急成長が見込まれる企業を「スタートアップ」と呼んでいます。


スタートアップの方が若くして稼げる

平均年収は、あくまで平均です。
全員が600万円なのか、個人差があるのかは分かりません。

上場企業であれ、スタートアップであれ、多くの企業は組織に何らかの階層を設け、給与にも差をつけていることは明白です。
そしてそれは、完全な年功序列かどうかは別にしても、一定の経験やスキルに比例するわけなので、年齢に応じて上がっていくという傾向があることは否めません。

だとすると、平均年収に到達する「年齢」はポイントになります。

上場企業の平均年齢は、41.4歳と東京商工リサーチが発表しています。
一方、スタートアップは有価証券報告書などのデータがありませんが、上場時の従業員平均年齢について、以下の記述があり、ボリュームゾーンは30代前半です。上場前のスタートアップということでいくと、30-32くらいになりそう?ですね。

従業員の平均年齢20代の企業が27社、30〜35歳の企業が68社、35〜40歳が47社、40〜45歳が17社、45歳以上が7社。

https://media.startup-db.com/research/mothers-average-salary

以上のことから、業界や個人差や評価制度など全て抜きにしたとしても、平均給与の600万円程度に達するタイミングは、スタートアップの方が早いということは明確です。

つまり、若者にとってはスタートアップにいった方が早く給与が上がると言えます。

生涯年収を考える

ここである指摘が、「生涯年収」です。
「スタートアップで若いうちに600万に上がっても、スタートアップは潰れるかもしれないし、上場企業には退職金だってある」という指摘ですね。

これはその通りで、個社の差はあれど、上場企業とスタートアップとで、特に退職金の有無は傾向としてあります。

確かに、スタートアップが成功してその会社で40年働けることは約束されていません。企業側としても、新卒から定年まで働き続けることを前提としてないので、退職金などの仕組みを持たず「今働いてる人に今還元」していると言えます。

そういう意味では、長年働いて積み立てておいて後でもらえる分があるのが上場企業、今稼いでる分を今もらえるのがスタートアップ、と整理することができそうです。

ただし、スタートアップは不確実性が高く、倒産してしまうなど、40年働き続けてその企業でずっと給与を伸ばしていくということは難しそうです。
途中で辞めていくことが前提だとすると「生涯年収」という観点では、スタートアップは劣るかもしれません。ただしこれは、「一社から得る収入」という意味では正しいですが、退職後にまた次のスタートアップに就職することはスキル・経験次第で当然可能です。
そうすれば収入は得られますし、転職しながら成果を挙げて年収を上げていければ、倒産リスクはあっても生涯年収がそれにより下がるとは言い切れないですね。

一方で、上場企業なら将来が約束されているのか?というと、そうでもありません。
上場企業がいわゆるリストラに取り組む記事は日常的に目にしますし、成熟市場の事業であれば、人口減少の中で衰退期に入り淘汰されていってしまう可能性もはらんでいます。

現に、2020年は93社がリストラをしています。2,459社のうちの93社というと、3.8%です。小さいように見えますが、単純計算で3.8%ずつ毎年順にリストラするとしたら、26年間で全上場企業のリストラが一巡します。
定年退職するまでの間に、自社がリストラを行うタイミングが一度は回ってくる可能性は結構高いということです。

まとめると、単純比較はできないものの、以下のことは言えそうです。

  • スタートアップの方が、若くして給与を上げていける可能性が高い。倒産リスクはあるが、転職して給与を維持・向上できれば、生涯年収も高い水準を確保できる可能性はある。

  • 一方、上場企業は退職金や企業年金で後からもらえるので、生涯年収としては遜色ない。ただし、上場企業もリストラのリスクはあって、確実に全てもらえるとは限らない。

ここまでが、メインとなる年収の議論でした。


②年収以外の金銭的報酬

次に、福利厚生など「年収以外の金銭的な報酬」について考えていきましょう。
実はこれも、どっちもどっちだと言えそうなので、それぞれ見ていきたいと思います。

上場企業の魅力

退職金については、「生涯年収」という意味で年収の中に含めて先ほど検討しました。
上場企業では、退職金に加えて、企業年金も充実していたり、家賃補助が出ている会社も大企業の特に財閥系には多いです。
定年まで働き切ることができれば、企業年金が安定的にもらえるというのは魅力的ですよね。

年金のように将来もらえる分に限らず、「家賃補助」という形で、月に5万円前後(企業により差が大きいです)の補助をしている企業も多いですし、「社宅に1-2万円くらいで住める」という話もよく聞きます。
手取りで4-8万円くらいのメリットは軽くありそうなので、家賃補助は年収にすると50-100万円くらいのインパクトがあります。それも手取りなので、税金分を考えるともっと大きくなります。

なお社宅は、まとまって住むことで、自社の組織カルチャーを浸透させ、凝集性による組織力の強化を企業側としては狙っています。
また、個人としても、同僚とのネットワークも生まれ仕事がしやすくなったり、その企業の組織カルチャーを学ぶことで、自社らしい動きが自然と身についていき成果を生みやすくなるという側面もあります。

全ての上場企業が該当するわけではないのであくまで傾向としてですが、このように金銭的な補助が大きいのが上場企業の魅力です。

スタートアップの魅力

スタートアップは定年まで働くことを前提としないため、企業年金などがなく、その分は401kなどを活用して自分で積み立ておかないとなりません。

そのマイナスを補いうるスタートアップの金銭的な魅力はSO(ストックオプション)でしょう。
ストックオプションとは、付与時の株価で後から株を購入することができる権利のことです。(ネットで調べれば記事はたくさん出てくるので詳細はここでは割愛します)
色々と端折っていうと、株式上場ができれば、初期の低い株価で後から株を購入し、高くなった株価で売ることができるので、株価の値上がり分のキャピタルゲインを獲得することができます。

付与される量や株価の上がり方にもよりますが、これが数百万円から数億円になるということもザラです。
当然、確率論でいえば上場できない可能性の方が高いですし、株価も水物なのでいくらになるかは時の運という面はあります。(上場でなくて買収でも一定もらえる場合もあります)

株価なので、会社のために頑張ったらその分自分が大きくリターンを得られる可能性があるというところは魅力ですよね。
個人の成果でなく、企業全体の成果に目が向くという面で、導入する企業側としてもメリットがあります。

また「家賃補助」については、スタートアップでも付与しているところも結構あります。
サイバーエージェントさんが、オフィスから二駅内なら家賃補助を3万円出すという、二駅ルールなんかが有名ですね。
みんなでオフィスの近くに住んで、仕事も私生活も仲良くやっていこう、といった趣旨で導入している会社が多いです。(緊急時にすぐにオフィスに集まれる人を増やしたいという目的の会社もあります)

その他にも、ランチの補助など、チームづくりの一環としての福利厚生を取り入れているところは結構あります。これは、採用の重要度が高いスタートアップならではの魅力づけともいえますし、中途の社員を即戦力化するために必要なプログラムともいえます。

金額的には上場企業に見劣りするかもしれませんが、個々に見たら色々な制度があるのは、採用市場における差別化を測ろうとするスタートアップの特徴なので、よく見ながら検討すると良いですね。

これまで比較してきたように、上場企業とスタートアップそれぞれに異なるメリットがあります。

  • 上場企業の方が、企業年金や家賃補助などの金銭的なサポートが大きく、可処分所得としては大きくなる。

  • スタートアップは、年金や家賃を自分でカバーしないといけない一方で、ストックオプションといった大きなリターンを得られるチャンスがある。

といった感じでしょうか。ここも単純比較はしづらいので、個人の価値観が強く反映される部分かなと思います。


③金銭以外に仕事から得られる報酬

前編で、金銭的な対価だけでなくて、Well-being(充実度・幸福度)を高めるものも労働への対価として考えうることに言及しました。
ただこの点は、多岐にわたるものが含まれていて、Well-beingを適切に測る決まった尺度がまだ定義し切れていないんですよね。
客観的に比較するのが難しいので、個人的な経験を元に考えていきたいと思います。

そもそも、Well-beingという言葉が強調されるまでは、Work-Lifeバランスという言葉がよく使われていました。働き方改革の機運と合わせて「Workばかり長くて、大切なLifeが疎かにならないようにしていこう」というような文脈でよく使われてきました。

でも人生の充実度を考えたときに、「Workは我慢して短くして、Lifeが充実すればいい」というのは本当か?と思うんです。
だって、起きてる時間の半分くらいは、何かしらの仕事しますよね?
だとすると、Work自体が充実していることも、人生の充実において大切だと思うんです。

そうした観点において、仕事から得られる人生の充実度というのを、僕自身の上場企業とスタートアップの双方の個人的な経験を元に、3点ほど考えたいと思います。

仕事自体が楽しい、やりがいがある

仕事が辛く我慢する時間ではなく、楽しくてやりがいのある時間だったら、人生は確実に充実します。

マズローの欲求5段階説でいうと、「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」という上位の3つが仕事を通じて満たされれば、当然人生は充実するわけなので。
ただこれは、業界だったり、職種の影響を多分に受けると思いますし、社風や仲間の影響も大きく受けそうですね。

上場した大企業なら「社会に大きな影響のある仕事ができる」という面もありますし、スタートアップなら「新しくイノベーティブなことをして社会に大きな影響を与える」こともできます。そういう意味では、意外と上場企業かスタートアップかは関係なさそうです。

違いがあるとしたら、スタートアップの方が「権限を持って自分で決めて実行できる」という余地が大きいと言えます。
上場企業はエラーが起こらないように仕組みやルールが整備されていますから、承認プロセスもしっかりしていいます。安定する理由はこうしたところにあるわけですが、一方で、個人の裁量は小さいことが多いです。

この点で、スタートアップは自分でやりたいことを決めてやれるという意味で、「やりがい」は大きいといえそうです。(その分責任も重たいので、大変ではありますが)

私生活にもプラスの影響がある

たとえば、職場で結婚相手が見つかるなんてことは、仕事をしていないとできないことなので、仕事をしていることで得られる充実感の一つかもしれません(あくまで可能性ですが)。そういう意味では、大きい組織の方が人数が多い分、確率論としては高そうな気がしますね。

他にも、安定した企業に勤めることで、住宅ローンが組みやすくて、理想的な家に住めるなんてこともあるかもしれません。大企業であればゴルフを覚えないといけなかったりして、けどそれが転じて趣味となって土日が充実することもあるかもしれないですね。

スタートアップはどうかというと、どちらかというと仕事そのものに充実度を求めていて、それ以外での充実を優先している人は少ないかもしれませんね。

あくまで全体としての傾向の話ですが、仕事のやりがいを優先するのがスタートアップ、一方で上場企業はそれ以外に私生活でもプラスになることも多くある、という感じがします。

人との出会い

最後に、「仕事から得られる人との出会い」というのは、人生の充実度を決めるすごく重要な点ではないかなと個人的に思います。

ただこれって、スタートアップでも上場企業でも、変わらない印象です。
僕の経験だと、所属したマクドナルドでもメルカリでも、今支援しているいくつかの上場企業もスタートアップも、必ず尊敬する人に出会えます。何か気づき与えてもらえたり、飲みにいって楽しい時間を過ごすことも、必ずあって、そうした一つ一つが人生のプラスになっていると感じます。

どの組織にも、いろんな人がいて、人に良し悪しなんてないし、全員と深い仲になるわけでもありません。なので、いい人に出会えるかどうかは、企業の規模やフェーズで一概には結論づけられないですよね。ここは、スタートアップと上場企業で違いはあまりないんじゃないかなと思います。

むしろ、自分に合う組織カルチャーの企業に所属すれば、それだけ自分と価値観の合う人材も多いので、カルチャーのフィットした企業を見つけることがより大事かなと言える点ですね。


まとめとして個人の意見

ここまで、複数の観点から上場企業とスタートアップを比較してきました。

金銭的な報酬でいえば、スタートアップの方が若くして稼げるようになってきた一方で、生涯年収で見ると退職金や企業年金のある上場企業の方が確実性は高そうです。(ただし、上場企業にもリスクはあります)

それ以外の報酬は、どっちもどっちの良さがあり、一長一短と言えます。
やりがいはあるがリスクの高いスタートアップと、福利厚生などいろいろな環境が整っている上場企業との、どちらが良いかという価値観の違いになりそうです。

ただ、今回分かったことは、「やりがいはあるが報酬は少なくハイリスク・ハイリターン」と思われてきたスタートアップが、「やりがいがあって基本的な報酬も変わらなくなってきた」ということは大きなニュースだったのだと思います。

「成長」する環境に身を置くことが一番大事

個人的な見解としては、「成長」する環境が最優先だと思っています。

スタートアップに倒産リスクがあるように、上場企業にも倒産やリストラのリスクはあります。
だとしたら、どこか他の環境に行っても必要とされるだけのスキルと経験をしっかり身につけることが大切です。そうすれば、自分がやりたい仕事や働きたい企業を選択的に選ぶことができるからです。
選択肢を持てば、上記で検討してきた様々な違いの中で、自分の価値観に合う環境に身を置くことができます。

そうやって、選択的に自分がやりたいことをやっていく。それこそが、充実度の高い人生になるのではないかと思います。

「成長」するには、逆張りのキャリア

では、成長するためにはどうしたらいいか?というと、「できるだけ今と異なる世界に飛び込む」ことだと思っています。

転職する際には、一般的に「同業界」とか「同職種」で転職します。その方が本人が成果を生める可能性が高いので、高い年収で転職できるからです。

でもそれって、やることは結構似ていて、自分が新しい経験をどこまで詰めるかというと、所属する人とカルチャーの違いくらいしかないかもしれません。

であれば、お勧めしたいのは「逆張りのキャリア」です。
今までと全く違う環境に身を置いて自分をストレッチするのです。

( ↑現在、デジタル庁でデジタル監を務められている石倉洋子さんにインタビューいただいた際の、逆張りのキャリアについての記事です。)

僕自身、新卒からマクドナルドという外資系企業の中で、外食産業のマーケティングを12年ほど経験しました。
そこから、メルカリに身を移し、日本のスタートアップに飛び込みました。それも、マーケティングからも離れて、人事・組織の仕事に。

大きなジャンプでしたし、知らないことも多くて苦労もしました。特に、オペレーションを重視するマクドナルドのマニュアル型カルチャーと、現場での創造性を重視するメルカリの自律分散型カルチャーの違いはとても大きかったです。
更に、前田裕二さん率いるSHOWROOMという、カリスマ経営者型カルチャーでの経営職も経験し、また違うタイプの組織特性を認識しました。

こうした、極端に異なる環境から学んだことはとても多いですし、違いを経験したからこそ、大企業の良さも、スタートアップの良さも、両方客観的に見えるようになりました
そうした経験から、組織をつくる多様なアプローチに興味を抱くようになり、結果として「カルチャーモデル」という理論を確立して本にまとめることもできました。

それからは、スタートアップでの経験を活かして、今度は自分でゼロから起業し、コンサルティングをしたり、プロダクト開発をするという、今までしたことのない新たなチャレンジをしています。
そして、直近ではデジタル庁にも所属して、官公庁という従来とまた全く違う、伝統的日本組織における変革にも挑戦しています。

このように、色々なキャリアを選択できるのは、マクドナルドやメルカリ、SHOWROOMといった異なる組織で、様々な職種や立場での経験を積ませてもらったからです。

年収が上場企業もスタートアップも同等になってきた今、就職先・転職先を選択する際には、金銭的金銭の重要度は下がったといえます。
むしろ、お金に左右されることなく、それ以外のより本質的な基準で判断できる、選択の自由度が上がったと捉えられます。

職場を選ぶ選択肢が増えたということは、とても良いことです。

未開の地に積極的にチャレンジし、成長することを通じて自身のキャリアを自ら切り開き、選択的に選んでいく人が増えていって欲しいと思います。

職場を選ぶ選択肢を持ち、自ら主体的にキャリアを選び歩むことが、働く日本人の幸福度・充実度の向上につながると信じています。


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