上場会社とスタートアップ、どちらで働くのが良いのか?(前編:比較方法について)
スタートアップの平均年収が、上場企業に匹敵してきたという記事がありました。
先日、この記事を引用して何気なくTweetしたのですが、珍しくたくさんのリツイートやいいねをしていただきました。
改めて、関心の高い領域なんだなと思うと同時に、色々なご意見やご指摘もいただきました。
グラフ一つでミスリードしてしまうのは確かに良くないなぁと反省もしたり、完璧なロジックのTweetよりもツッコミどころがある方が伸びるのがツッコマレビリティだよねと思ったり、いろいろと考えさせてもらいました。
Tweetに頂いたご意見
僕のTweetでは、「平均年収が同等」という記事に対して、「平均年齢がスタートアップの方が若いのだから、同じ給与に若いうちに到達するスタートアップを選ぶ方が若手は良いのでは?」という趣旨のことを書きました。
これに対し、「スタートアップが追いついてきて嬉しい!」「確かにスタートアップだから年収下げるみたいな雰囲気は減ってきてる」といった声を多くいただきました。
一方で、ご指摘もたくさんいただきました。代表的なものを僕なりにまとめて記載します。
グラフのインパクトが強いだけに、グラフの見方とか、そこのデータにある前提をしっかり踏まえるべきというのは、おっしゃる通りです。
もちろん、僕自身は仕事を選ぶ際に平均年収だけで決めるつもりは全くないのですが、確かにこのTweetからはそれは伝わらないんですよね。
やはり、Twitterだと前提を飛ばして書かざるを得ず、自分の考えを正確に伝えきれないので、この機会にnoteで改めて自分の考えを整理してみることにしました。
特に、頂いたご意見を踏まえ、単なる「平均年収」という一つの切り口だけでなく、より多面的な観点で捉えた上で、「スタートアップと上場企業のどちらがいいのか?」ということについて、僕なりの経験を含めて考えていいこうと思います。
この前編は、「どういった視点・尺度で比較するべきか?」についてです。
後編で、上場企業とスタートアップの具体的な違いを比較して、どちらが良いかを検討していきたいと思います。
何をもって比較するべきか
「そもそも、仕事を決める上で年収だけで比較するべきではない」というご指摘はごもっともでして、年収以外の要素の方がむしろ重要という考えには僕も賛同します。
たとえば、「やりたい仕事ができるか」「自分が好きな商品を扱っているか」「自分が成し遂げたいことに近づけるか」「気の合う同僚に恵まれるか」などなど。挙げればキリがありません。
仕事を選ぶ決め手とは
こちらの調査結果によると、学生の就職先の決め手として「年収」はランキング上はだいぶ下の方です。(しかも1年で大きく低下しています)
学生からすると、初任給には一般的に大きな差がなく「年収」の実感があまりないせいかもしれないので、転職のケースでも見てみましょう。
中途だと、2番目に「収入に納得した」とありますが、「希望する仕事内容」の方が上位に来ていますね。
というように、やはり年収だけで仕事を決定すべきではなさそうです。
では、スタートアップと上場企業を比較する場合に、「仕事内容」「勤務地」「社風」などの判断軸を置いたとして、「仕事内容ではスタートアップが良い」とか「社風は上場企業の方が良い」などと評価できるでしょうか?
答えはNOですよね。それは、求めるものが人により異なるからです。
仕事内容で言えば、「マーケティングがしたい」などという職種のこともあれば、「ITサービスを扱いたい」などと業界の場合もあります。
いずれにしても、スタートアップだからできるとか、上場企業だからできるというわけではなくて、業界によるし、企業によります。
他も同様です。社風にしても、「良いか悪いか」という決まった尺度があるわけではなくて、あるのは自分に「合うか合わないか」だけです。
できるだけ短く働いて帰りたい人もいれば、たくさん働いて早く成長したい人もいますよね。どちらかが正解ではないんです。
つまり、「自分の価値観と合うかどうか」のマッチングです。
だとしたら、業界や職種、企業固有の変数がはるかに大きな影響力を持つので、「スタートアップ」と「上場企業」に二分して比較すること自体がナンセンスではあります。
ただ、何らか共通の尺度で測ることができるのであれば、比較自体は可能になるので、適切な尺度を探したいと思います。
一つの尺度としての平均年収の価値
共通の尺度としてまず考えられるのは、やはり年収です。
年収は、金額という量的な価値で測れるので、比較する上では定量的でわかりやすい指標です。
給与とは本来、企業で働き、生み出した価値に対する対価として得られるものです。
そのため、生み出す価値が大きい人材ほど、高い年収を得ているはずで、その意味では「平均年収とは、あくまでも所属している人材の成果の平均値でしかないので、何ら本人の年収を約束するものではなく参考にならない」とも言えます。
しかし、この年収というのは、本人の生み出した価値と必ずしもイコールになりません。(プロ野球選手のような徹底した結果主義と、毎年増減する年俸制をとっている場合は別ですが)
なぜなら、本人がどんなに頑張っても、企業全体として収益性が高くなければ給与で還元できないですし、そもそも業界構造的に収益が生みにくいければ、どうしても本人の給与は低くなります。(事業要因)
また、「生み出した価値」を量的に適切に把握することが難しいため、それを評価して報酬に紐づけるという作業において、必ずしも適切な方程式で反映されるとは限らないためです。現に、年功序列型の企業であれば、生み出す価値と関係なく年次で報酬が決まっていますよね。(組織要因)
このように、本来年収とは本人の価値がそのまま表れるべきなのですが、収益性などビジネスモデルの影響や、評価制度などカルチャーモデルの影響を多分に受けることになります。
そのため、「平均年収」を比較すれば、ビジネスモデル・カルチャーモデルの双方を踏まえた時に、本人の生み出す価値に依らない部分において、労働に対する対価をどの程度本人に還元できる企業や業界なのか、ということを判断することができるということです。
要は、「働いて価値を生んだ分の対価をしっかりもらえる業界・企業なのか」ということの表れとして、平均年収には一定の意味があると考えられます。
平均年収のデータを確認する
Twitterでは、上記の「そもそも平均年収で見るべきか」という点に加えて、「上場企業やスタートアップ」と一括りにしても、そこに含む企業に偏りがあるデータなのでは?」というご指摘もいただきました。
そこで、比較検討していく前提として、今回の議論の起点となった日経記事とそのファクトを確認していきます。
「上場企業」と「スタートアップ」と一括りにしていますが、本当に単純比較して良いのか確認しましょう。
上場企業のデータ
日経が引用している「上場企業」のデータは、東京商工リサーチのもので、上場企業2,459社が対象となっています。
調査の概要を見るとこのようにあります。
有価証券報告書の記載から抜き出しているので、データとしては間違い無いでしょうし、業界ごとのデータなども載っているのでご興味ある方はご参考ください。
こうした記載からも、業界の事業構造によりバラツキはあるものの、全体の平均として2020年の603万円というのは平均値としては間違いのない数字ですね。
そして、記事によると「2021年は下がる見込み」ということです。
スタートアップのデータ
日経がスタートアップのデータとして用いたのは、NEXTユニコーン調査という調査結果です。
この調査の概要はこのように記載があります。
VCの推薦を踏まえていることからすると、あらゆるベンチャー企業を網羅したということではなく、急成長してユニコーンとなる可能性が一定見込まれる企業に限定されていると言えそうです。
実際、推計企業価値のランキングで、最下位の173番目のugo社を見ると、企業価値で17億円、社員数で24名ということなので、最下位といっても数名のいわゆるドベンチャーということではなくて、しっかりとスタートアップとして可能性のある企業が並んだデータなのです。
加えて、元の日経記事にあるこちら記載も見逃せません。
184社が対象で、そのうち105社のみが平均年収について回答をしています。つまり、データとしては、「平均年収について答えてもいい」とした企業だけの結果となります。
以上のことを踏まえると、「スタートアップ」としているデータについては、以下の点について留意して認識する必要がありそうです。
駆け出しの数名のベンチャー企業は含んでおらず、一定のレベルに達したベンチャー企業のみを扱っていること(そうした企業を「スタートアップ」と表現していると考えられる)
平均年収に回答した105社(57%)の数字のみなので、全体を平均していない可能性がある(「低すぎて出したくない」とも「高すぎて出したくない」とも言えるので、どっちかは分かりませんが。)
以上を踏まえての、2020年の平均年収が「601万円」だということです。そしてそれは、上昇トレンドにあり、2021年には「630万円」になるのです。
年収以外の対価の存在
更なるご指摘として、「労働に対する対価として企業から得られるものは年収だけではないので、年収だけで比較するべきでないのでは?」というものもあります。
これもおっしゃる通りで、年収だけなんてことはなく、従業員は、それ以外の色々なものを受け取っています。
分かりやすいのは、家賃補助や企業年金などの福利厚生ですね。こうした補助は、年収とは別ですが金銭的報酬に準ずるものとして、対価として得られますし、金額として価値を表すこともできます。
さらに言うと、金額で表現しきれない対価もあります。
そもそも、金額的な価値が尺度として欠かせない理由に、社会の共通の指標としてGDP(国内総生産)があり、金額的な価値が主要指標になっていることが挙げられます、金銭的な価値を高めること自体が、今の社会では是とされているわけです。
ただ昨今、「GDPではなくてGDW(Groth Domestic Well-being、国内総充実)だ」という考えが出始めています。
この考えでは、「人口が減少し市場がシュリンクする中において、生産を伸ばし成長を続けることが本当に人々の幸せにつながってるのか?」という、これからの社会において重要な問題提起がされています。
つまり、一人ひとりの幸せは、金額的な価値だけでは測れなくて、充実度や幸福度などを持って測るべきだということです。
そして、働く従業員にとってもそれは同じで、「金銭的な報酬を得るだけでなくて、それ以外の面での充実度などの価値を受け取ることも重要な対価だ」と言えそうです。
以上から、スタートアップと上場企業を比較する上では、平均年収に加えて、それ以外に得られる対価を踏まえて多面的に検討する必要があるということがわかってきました。
後編では、仕事から得られる対価を総合的に捉えたときに、スタートアップと上場企業のどちらが良いと言えるのか、具体的に比較検討していきたいと思います。
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