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ECB利下げを受けて~インフレ抑制から景気刺激へ?~

既定路線の利下げ
10月17日のECB政策理事会は2会合連続で主要政策金利を▲25bpずつ引き下げることを決定し、市場の注目する預金ファシリティ金利は3.50%から3.25%へ引き下げられました。なお、「主要政策金利」とわざわざ書くのはECBの政策金利は限界ファシリティ金利・主要リファイナンスオペ(MRO)金利・預金ファシリティ金利の3本立てだからです。2014年のマイナス金利採用以降は預金ファシリティ金利が注目されていますが、元々はMRO金利が主役でした。ECBウォッチの歴史の転換点が2014年にあったと思います:

今回の政策理事会前にはユーロ圏9月消費者物価指数(HICP)が3年3か月ぶりに2%を割り込んだことが話題になり、製造業PMIを筆頭とする域内景況感がドイツを中心として顕著に悪化する中、ビルロワドガロー・フランス中銀総裁からはリセッション懸念の再浮上を示唆する発言も注目されていました。実際、図表で見てもかなり幅を持った下落であることが分かります:

かかる状況下、10月利下げはほぼ確実される状況にあり、その通りになったという話です。下記のnoteでも論じたように、ユーロ圏の経済・金融情勢はかなり雲行きが怪しいものになってきています:

このnoteでも触れていますが、現状のHICPの動向はECBのスタッフ見通しを下回っているため(7〜9月期平均で+2.2%に対し、ECB想定は+2.3%)、今回の利下げに相応の説得力はあります。

単なるbackward lookingでは?
記者会見の争点も域内の経済・金融情勢にありました。

まず、最初の記者は「今後、複数回にわたる利下げを行うつもりなのか(ECBはギアチェンジしたのか)」と質問しました。これに対しラガルドECB総裁は「We have all the available data all heading in the same direction(入手可能なデータはすべて同じ方向に向かっている)」と述べ、何を見ても悪いのだから利下げして当然という現状を説明しています。より具体的には下記のように述べていました:

Whether you looked at inflation numbers, headline core, whether you looked at PMI numbers, all categories, composite manufacturing, services, employment – are heading downwards as well(インフレに関しては総合でもコアでも、PMIに関しては総合でも製造業でもサービスでも雇用でも全カテゴリで、一様に下降傾向にある)

https://www.ecb.europa.eu/press/press_conference/monetary-policy-statement/2024/html/ecb.is241017~59ad385bab.en.html

この時の口ぶりは結構語気を強めていたように思います。インフレ抑制よりもリセッション懸念まで感じさせる回答でした

ラガルド総裁は「弱い経済指標に基づいた利下げは従前よりECBが強調してきたdata dependentの姿勢を裏付けるもの」という点を強調しており、12月会合に向けても「We are going to continue doing exactly the same thing(私たちはまったく同じことを続けるつもりだ)」と述べています。

こうしたラガルド発言は額面通り受け止めれば、その通りに思えるものの、若干の違和感も覚えました。というのも、7月時点では「追加利下げはあったとしても12月」という見方が多かったはずです。そうした読みが最近2か月間で発表された経済指標を受けて修正を強いられているのが現状なのです。これをdata dependentと言えばその通りかもしれませんが、意地の悪い見方をすればbackward lookingになっているだけとも言えるでしょう

もちろん、(筆者を含め)市場は域内の賃金インフレが再燃するリスクを夏時点では感じていたところ、ECBはしっかりその鎮静化を予見していました。その意味で利下げ路線はforward lookingな政策運営の基づいているとも言えますし、見事でもあります。

とはいえ、果たしてここまで連続的な実体経済の悪化まで読めていたのでしょうか。この点は定かではありません。そもそもECBが名目賃金上昇の鎮静化を予見している背景には妥結賃金に伴うラグや一時金の影響が剥落する可能性などがあり、域内経済の大幅減速(ひいてはリセッション)まで織り込んでいたわけではありません。現在直面しているユーロ圏経済の失速が全てECBの想定の範囲内というわけではないでしょう。後述するように、これは声明文でも認められています。

インフレ抑制から景気刺激へ?
実際、記者からも「依然としてソフトランディングがメインシナリオなのか」という心配混じりの質問が出ていました。その上で同じ記者は「ECBの懸念はインフレから成長懸念に移ったと理解して良いか」とも質しています。筆者も全く同じ印象を抱きました。

ラガルド総裁は「何を見ても悪い現状はディスインフレのプロセスが進行中である」という事実を連呼していますが、ディスインフレのプロセスが行き過ぎれば必然的にリセッションのリスクが浮上してくるでしょう。事実、会合前にビルロワドガロー・フランス中銀総裁がこの点を懸念すべきではないかという発言をして話題になっています:

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-10-07/SKYIPKT0AFB500

現在の利下げの目的がインフレ抑制から景気刺激に目的が変わろうとしている雰囲気は今後、多くの市場参加者が感じてくる可能性があります

にわかに浮上するリセッション懸念に対し、今回のラガルド総裁は「we certainly do not see a recession(決してリセッションの可能性は見ていない)」と一蹴しています。また、インフレ抑制か、景気刺激かという政策目的の二者択一については言明せず、「we have to be particularly attentive to both(特に両方に気を配るべき)」とお茶を濁しています。

しかし、今回の声明文には「The incoming information suggests that economic activity has been somewhat weaker than expected」と明記され、ラガルド総裁自身も9月HICPの減速は「少し驚いたa little bit surprised」と述べていることを踏まえれば、政策理事会として景気減速が想定以上のものになっていることは間違いないでしょう。ただ、それがリセッションに至ることはないというのが現状の基本認識と見受けられる。

いずれにせよ、次回12月会合までは8週間と通常よりも長めの間隔が設けられていますので、その分、多くの情報が手に入ることになります。それはラガルド総裁の強調するdata dependentのための材料が豊富であることも意味します。12月時点でもリセッションに対する認識が不変なのか。注目です。

インフレ警戒は一応残っている
なお、ECBとしてのインフレ警戒が無くなったのかと言えば、声明文や会見を見る限り、そうではないことも分かります。ある記者は「数か月前にインフレの首をへし折る(break the neck of inflation)ことを約束しましたが、もうへし折ったという認識ですか」といった趣旨の質問を投げかけています。穏やかではない表現です。

これに対しラガルド総裁は「まだです(Have we broken the neck of inflation? Not yet)」と明言してみせました。厳密には「But are we breaking the neck of it? Yes, I think so. It’s not broken completely yet, but we’re getting there」という表現で言い直しており、結局は「ディスインフレのプロセスが進行中」という意図を言い換えているに過ぎないが、連続利下げの正当性に疑義を残すような言い回しではあります。

また、声明文のインフレ項目に目をやると「Negotiated wage growth will remain high and volatile for the rest of the year, given the significant role of one-off payments and the staggered nature of wage adjustments(賃金調整は段階的にしか行われないため、妥結賃金の上昇率は年内高止まりし不安定な状態が続く)」とも記述されていることから、政策理事会として賃金インフレ懸念の解消を宣言するには至っていないことが分かります。

金融市場はECBの連続利下げをはっきり織り込んでいるが、そうではない展開に対しECBは一応のヘッジは打っています。

あまりに対照的な欧米景気~1.05割れはあるか?~
ユーロ相場にとっては明らかに逆風です。

上述したように12月政策理事会まで8週間もあるため、その間に域内の経済・金融情勢が急改善を果たす可能性が無いわけではありませんが、むしろ現在の失速が鮮明になる展開の方が可能性は高そうです。

基本的には一足早く発表されているソフトデータ(景況感など)の悪化に追随するようにハードデータ(GDPなど)の悪化が明らかになってくるというのが当面予想される展開でしょう。

メインシナリオとしては年内にあと▲25bpを1回、年明け1~3月期に▲50bp(▲25bp×2回)までは既定路線と考えたいところです。

これに対しFRBは11月の1回は既定路線としても、12月以降に関しては全く約束されていない。ECB政策理事会同日には米9月小売売上高が市場予想を上回ったことが注目されていますが、その上で米10月雇用統計(11月1日発表)が強含んだ場合、11月利下げすら本格的に怪しくなるでしょう:

今後の経済・金融情勢に関し、リセッションシナリオへの回帰が争点化しているユーロ圏と、リセッション回避(ノーランディング)シナリオが争点化している米国の対照性はここにきて際立っており、それはそのまま欧米金利差、ひいてはユーロ/ドル相場の水準に反映されやすいです。当面の展開として、まずは1.05割れを臨む展開があるかどうかに注目したいところです:


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