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「日本は解雇規制が厳しいからダメ」は本当か?

時折、「日本は解雇規制が厳しいから、雇用の流動性が低くてダメなんだ。もっと法律の規制緩和が必要だ!」という言説を耳にすることがある。

しかし、以下の記事でも書かれているとおり、こうした意見には、幾つかの観点が混在しており、誤解が生じているような印象を受ける。

今回は、「日本は解雇規制が厳しいからダメなんだ!」という意見について思うことを書いてみたい。

解雇とは何か

「解雇」とは簡単に言えば「使用者による労働契約の解約」で、大きく分けて3つの種類がある。

①整理解雇
 経営不振による合理化など、経営上の理由に基づく人員整理としておこなわれる解雇。いわゆる「restructuring(リストラ)」。

②懲戒解雇
  会社の規律や秩序に違反した従業員に対して懲戒処分としておこなわれる解雇。違反理由としては犯罪行為や職場の規律違反、業務命令違反、機密漏洩などがあり、懲戒処分としては、戒告、けん責、減給、停職などがある。懲戒解雇はこれら懲戒処分のうち最も重い処分になる。

③普通解雇
 上記以外の理由、たとえば労働能力の不足や、その他就業規則に定める解雇事由に基づいておこなわれる解雇。

こうした「解雇」について、民法上は、使用者が2週間の予告期間を置けばいつでも労働者を解雇できるという「解雇の自由」が認められているものの、経済的に耐久力のない労働者へ与える影響の大きさから、労働法などによって一定の規制がかけられることになる。

日本の解雇規制の歴史

日本の解雇規制の歴史をさかのぼると、第2次世界大戦後の労働法体制において、労基法が産前産後・業務災害の場合の解雇の制限(19条)と解雇の予告義務(20条)を規定し、また国籍・信条・社会的身分、労働組合活動などによる差別的な解雇を禁止していた。

その後、1970年代頃から「客観的に合理的な理由がない解雇や社会通念上相当と認められない解雇を解雇権の濫用として無効とする」という「判例法理(明文化された法律ではなく、裁判所が示した判断の蓄積によって形成された考え方)」が発達し、また、女性に対する差別的解雇も男女雇用機会均等法によって禁止された。

やがて、判例における解雇権濫用法理をしっかり法律としても明確にしておくことが課題となり、2003年には同法理が労基法の中に明文化、2007年にはそこに書かれた規定内容がそのまま移し替えられる形で「労働契約法」が立法された。

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働契約法 第三章 第十六条

解雇規制の国際比較

それでは、日本以外の国における解雇規制はどうなっているのか。

よく「日本は他国に比べて解雇規制が厳しい国だ!」と言われるが、実際のところ、先ほど紹介した「解雇権濫用法理(=労働契約法第十六条)」で謳われていることは、解雇自由(自由労働市場)を頑なに守り続けているアメリカを除けば、多くの先進諸国に見られる「解雇にはそれ相応の正当な理由が必要」という一般的な解雇ルールである。

もっと言えば「法的な解雇規制」という視点だけで見ると、日本は世界的に見ても「ゆるい」部類に入るという。

2019年のOECDの調査によれば、OECD加盟国(37か国)のなかで、日本の解雇規制は弱い方から12番目となっている。

たとえば、法的な解雇規制が厳しいとされるスウェーデンでは、解雇予告期間(解雇を何日前までに言い渡す必要があるか)は日本よりもずっと長い(日本の場合は30日)。

勤続年数2年未満:1か月
2年以上4年未満:2か月
4年以上6年未満:3か月
6年以上8年未満:4か月
8年以上10年未満:5か月
10年以上:6か月(もしくはそれに相当する給与)

そして、解雇する場合の損害賠償は以下のとおりである。

勤続5年未満:給与の6か月分
5年以上10年未満:24ヵ月分
10年以上:32ヵ月分

つまり、スウェーデンでは、10年勤続者を即刻解雇した場合、38ヵ月分の給与(解雇予告手当6か月+損害賠償32ヵ月)を支払わなければならないのである。もちろん、日本にはここまで厳しい法律上の解雇規制は存在しない。

先述したとおり、唯一アメリカだけは「at-will employment(随意雇用)」で、差別的な理由でなければ、会社はいつでも・いかなる理由でも・理由がなくても自由に解雇することができるが、これも現在ではPIP(Performance Improvement Program)という最後のチャンスを与えたうえで、それがクリアできない場合に解雇する、という企業が増えている。

日本の「法的な解雇規制」は、ヨーロッパよりはゆるく、アメリカよりは厳しい、というくらいのものなのである。

しかし、だからといって「実は日本は解雇がしやすい国なんです!」などというつもりはない。

「法律面での解雇規制」では比較的ゆるい方に入る日本だが、「解雇の困難性」という項目では、OECD加盟国の中でも五指に入る厳しさとなっているからである。

法律面での解雇規制は世界的に見てもゆるいのに、実際には解雇が困難。

なぜ、このような不思議な現象が起こるのか。

自業自得の解雇困難性

この謎を解き明かすためには、日本とそれ以外の国における雇用システムの違いを理解する必要がある。

既によく知られているとおり、日本では、職務(ポスト)を限定せず、「会社の一員(メンバー)」として雇用する(メンバーシップ型雇用)。

一方、日本以外の国では、ある特定の「職務(ポスト)」に限定した形で人を雇用する(ジョブ型雇用)。

そして、この違いは「解雇」の正当性に大きくかかわってくることになる。

まずは「ジョブ型社会」について。

「ジョブ型」社会では、職務を限定して雇用するため、職務(ポスト)の数が減ったり、なくなったりすれば、一定の手続きを経た上で雇用契約を解除するというのが自然な流れになる(整理解雇)。

また、能力不足による普通解雇も「ジョブ型」の社会では、そもそもの前提として、特定の職務を遂行できるスキル・経験・資格などを持つ人を採用し、基本的には同じ職務(ポスト)をやり続けてもらうため、能力不足か否かが問題になるのは、採用後の一定期間(試用期間)ということになる。

そのため、「特定の仕事をする上で必要な能力がある」という前提で採用しているのに、試用期間中にその能力が不足していたということが分かれば、その解雇は正当なものとなる。

一方の「メンバーシップ型」社会はどうか。

まず整理解雇という観点では、職務が限定されておらず、社内で特定の職務がなくなったとしても、強制的に他の職務に異動させて雇用を維持することができるため、解雇の正当性は低くなる。

会社側が好き勝手に職務を変えられるという、強力な人事権を有しているにも関わらず「職務がなくなった」という理由でかんたんに整理解雇することはできませんよ、というわけである。

また、日本企業の場合、何の具体的な職務スキルも持っていない新卒を職務を限定せずに採用し、入社後、仕事が変わるたびに上司・先輩が職場OJTで鍛えていく、という前提がある以上、能力不足による普通解雇の正当性も「ジョブ型」の社会とは異なってくる。

職務を限定せず、社内で育てていくことを前提に素人を採用しているんだから、能力が不足しているからといって簡単に解雇なんてせず、まずは丁寧に教育訓練をし、能力を発揮できるようにするのが会社の勤めでしょ、と判断されてしまうのである。

つまり、雇用システムの違いによって、どんな解雇が「客観的に合理的」で「社会通念上相当」かが変わってくるのである。

実際、日本でも「ジョブ型」に近い経緯で雇用契約を結んでいる場合の解雇(即戦力キャリア採用の期待外れ解雇)は、その正当性が認められるという判例が増えている。

たとえば、新設の「マーケティング部」の部長として雇用された者が、雇用開始後数か月を経ても営業部門に実施させるマーケティング・プランの策定など、期待された活動をまったく行わないためになされた解雇が有効と認められた判例(持田製薬事件――東京地判昭62・8・24労経速1303号3頁)や、外資系大企業の人事部長経験者を人事本部長として採用したが適格性がなかったケースで解雇が有効とされた判例(フォード自動車事件――東京高判昭59・3・30労民35巻2号140頁)などがある。

つまり、どんな解雇に正当性があるかは、雇用システムのあり方(実態)によるのであって、何か法律を変えたところで解雇がしやすくなる、という性質のものではないのである。

参考記事:「全社員ジョブ型」に問われる覚悟

日本の解雇の現実

ここまで「日本で解雇するのはむずかしいが、それは法規制のせいではなく雇用システムのあり方のせい」という話を書いてきた。

しかし、ここまで書いてきたことは、あくまで「大企業」に見られる特徴であって(そもそも日本型雇用慣行も、主に大企業に見られる特徴である)、「メンバーシップ型」の色が薄い中小零細企業では「解雇」はたくさん行われている。

そもそも中小零細企業の場合、社内の職務(ポスト)の数が大企業ほど多くないため、配置転換の可能性が低く、メンバーシップを維持する余裕がないこともあり、経営不振が万能の解雇理由として使われることもある。

また、明らかに正当な理由を欠く解雇も存在する。

「日本で解雇がむずかしい」というのは、あくまで時間とお金のかかる裁判にまで持ち込まれたケースを対象としており、現実の社会には、裁判に持ち込まれることもなく、「貴様、解雇だ!」という横暴な解雇に泣き寝入りしてしまうケースも沢山ある。

労働政策研究・研修機構が出版している『日本の雇用終了』では、以下のとおり、さまざまな理由で解雇された人の実例が多数挙げられている。

・妊娠を理由に普通解雇
・有休申請で普通解雇
・育児休暇を取得したら雇止め
・出産直前に虚偽の説明で退職届にサインさせた
・労基署に未払い賃金を申告したら雇止め

つまり、「日本は解雇が難しい」とはいうものの、実際には裁判に上がってこないだけで、沢山の(不当な)解雇が行われているという現実も忘れてはならない。

解像度高め、建設的な議論を

改めて「日本は解雇規制が厳しいからダメだ!」という意見に立ち戻ってみる。もちろん、こうした意見を唱えることは自由である。

しかし、ここで大切なのは「○○はダメ!」という意見の裏に、どのような叶えたい理想があるかを明確にしたうえで議論することだとぼくは思う。

大企業における雇用の流動性を高めたいということであれば、法律ではなく雇用システムの方を見直していかなければならないし(もちろん、そこにはトレードオフが存在するので一朝一夕にはいかないが)、むしろ、正しい労働法の知識を持たない会社のもとで不当解雇で苦しんでいる人がいるのであれば労働法認識の欠乏を埋める公共政策的な措置が必要になるかもしれないし、解雇の金銭解決制度の導入を検討するのも一案かもしれない。

問題を解決しようとしたとき、つい安易に「法律のせいだ!」と大きな何かを批判したくなる気持ちもよく分かるが、そこで一歩立ち止まり、その裏にある理想が何なのか、そして、その理想を達成するために本当に必要なことは何か、地道に考え抜く姿勢も忘れないようにしたい。

参考文献:
菅野 和夫『労働法 (法律学講座双書)』
濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』
労働政策研究・研修機構 編『日本の雇用終了: 労働局あっせん事例から』
新田 龍『問題社員の正しい辞めさせ方』

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