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大学発ベンチャーの多様な在り方:インドネシアの6次産業型大学発ベンチャー(後編)

(前編はこちら)

日本で大学発ベンチャーを推進しようとした際、大都市圏はともかくとして、地方都市では問題が山積している。例えば、多くの地方国立大学の規約は大学から営利組織を生み出すことを想定していない。また、大学発ベンチャーを大学の収益源の1つとするための指針が不明瞭などの制度上の問題もある。加えて、そもそも理系学部の研究開発能力に依存したモデルでは、大学発ベンチャーに適した研究室の数に限りがあり、数も増えない。教員がたまたま大学発ベンチャーに興味関心があり、意欲があるから挑戦してみたという、属人的な要素の上に立っているのが、多くの大学における現実だろう。

しかし、大学発ベンチャーによって得られる利益は、財務状況が厳しくなっていく国立大学にとって重要な収益源だ。大学に対する国からの助成金や研究費は年々減らされており、国立大学が助成金に頼らず、収益を得る仕組みを作らなくては教育や研究活動を行っていくことができない。地方国立大学の置かれた立場は楽観できる状態にない。大学発ベンチャーは助成金に頼らない大学の収益源の1つとして、期待されている側面も大きい。

それでは、大学の収益に繋がる大学発ベンチャーとして、どのような手段が考えられるだろうか。ここでは、インドネシアのブラウィジャヤ大学で取り組まれている、コーヒーの6次産業ビジネスを事例としながら、考察していきたい。

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インドネシアの6次産業大学発ベンチャー

ブラウィジャヤ大学は、インドネシアの東ジャワ州マラン市にある国立大学だ。16学部と5万人超の学生、小・中・高の附属校を持つ総合大学である。大学のあるマラン市は人口85万人と中核都市ほどの規模はないが、軽井沢のように高地にあるために避暑地として有名で、教育と観光の街として知られる。また、インドネシア政府が定める新産業創造の戦略都市の1つに選ばれ、若者の起業が推進されている。

ブラウィジャヤ大学では、農学部と経済・経営学部の教職員が中心となって、コーヒーの生産から商品化、カフェの経営を行うUBフォレストを2017年から立ち上げている。UBフォレストでは、マラン市にある標高3,339mのアルジュナ山に​​554ヘクタールのコーヒー農園を持ち、農学部の研究と教育の実践の場として、アラビカ種とロブスタ種のコーヒーの豆を栽培している。

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写真:コーヒー農園のベースキャンプ。標高1000m以上の高地にて、シェードツリーとして松の木が植えられている。

一般的に、コーヒー豆は栽培する土地の標高が高くなるほど高品質に育ちやすくなる傾向にある。赤道付近で、平均気温が20度前後であり、昼夜の寒暖差が激しいことが高い品質のコーヒーを作るのに適した条件であると言われている。ここで育てられたコーヒー豆は、アルジュナ山麓で市街地にほど近い「ハーバル・インダストリアル・ラボラトリ」にて生豆として加工が行われる。ここでは、農学部の教員が中心となって、コーヒーの実を生豆にする加工工程で、コーヒー豆の香りや味を高める実験が行われる。

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UBフォレストの登記は大学構内のシェアオフィスで行っている。事務所は大学構内にあり、アルジュナ山中の農園ではない。UBフォレストの経営者は経済学部の教員が行っており、研究開発を農学部の教員が担当するという学部横断のプロジェクトとなっている。また、専属のスタッフも雇用し、1つの営利企業として大学の知見と事業活動を融合させている。

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また、UBフォレストで採れたコーヒー豆を使い、教職員や学生の福利厚生施設として学内カフェ「UB COFFEE」も提供されている。そのほかにも、UBフォレストは、コーヒー農園を活用したエコツーリズムの企画など、主に経済学部の学生を対象とした起業教育の現場としての役割を担っている。

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インドネシアの事例から学ぶ2つのポイント

ブラウィジャヤ大学の事例から、日本の大学、とりわけ地方の国立大学が学ぶことは多くある。その中でも、特に強調したい2つのポイントを取り上げる。

第1のポイントは、地元の産業や特産と大学の研究がシナジーを生み出していることだ。「手中の鳥(Bird in Hand)」の原則と呼ばれる、熟達した起業家に共通してみられる思考パターンがある。これは、既存の人脈や専門性、資産を上手くやりくりして、新しいものを生み出そうとするという考え方だ。第1のポイントは、この原則に近い。

地方の現場を見ているとベンチャーと地元産業や特産と連携がとれていないことが多い。特に、研究開発型のベンチャーの場合、研究の内容が地元の産業や特産と無関係なことが多い。おんせん県の大分だからと言って、医学部が温泉に関連した研究をしているかというとそうとは限らない。研究開発型のみならず、ベンチャー企業の多くの場合は、個人の興味関心や問題意識がベースとなってビジネスモデルが出来上がることが多い。

それでも、人材面でも財政面といったリソースが豊富にある大都市圏の場合には問題がない。しかし、リソースの限定的な地方で、元々ある地元産業や特産とのシナジーを考慮に入れずに、ベンチャーを挑戦することは非効率的だ。加えて、国立大学という既存の地元企業や産業団体からの協力を得やすい組織であるのならば、上手く今あるものを活用し、シナジーを引き出すことを志向すべきだろう。

第2のポイントは、大学発ベンチャーに向いた研究や人材を全体統括する存在の有無だ。大学発ベンチャーというと、多くの大学教員や職員にとっては関係がない出来事だと考えられがちだ。理系学部の一部の教員だけの事案となっていることが多い。そして、本来は企業や行政と協業をしたり、事業化して応用することができる研究成果があったとしても、日の目を見ることがない。

インドネシアの事例では、コーヒーの商品開発で農学部が知見を活かし、経営の面で経済経営学部が責任を持つという協力体制がとられている。これは、トップダウンでやると決めたら、すぐに実行に移されるインドネシアの特徴が出ている。そのため、同じように学部横断で協力体制を築くことは日本の大学では難しいだろう。しかし、このような協力体制は、大学内にどのような専門性を持った教員がいて、事業化の際に向いていそうかが判断できる全体を統括する役割が不可欠だ。


結語

インドネシアは、よくも悪くも意思決定の早い国だ。特に、トップダウンで物事が決まることが多く、学長や学部長の裁量権が大きい特徴を持つ。それは、意思決定を教授会や理事会といった意思決定機関における全会一致に依拠する日本の組織と大きく異なる点だ。そのため、日本だと驚くような思い切った決断や施策がいとも簡単に実行に移されることが多い。

ブラウィジャ大学では、学生の起業推進のために、ビジネスプランコンテストで優勝した学生が学内で屋台を経営することができる起業体験プログラムがある。日本では、まず食中毒のリスクや不採算時の学生の対応、納税、社会保障などの検討事項で二の足を踏んでしまいそうなプログラムだ。

もちろん、意思決定が早いがゆえに問題も頻出するし、失敗も多い。しかし、このスピード感でトライ&エラーを繰り返していく姿勢から学ぶことは多い。特に経済が停滞している地方においては、海外の事例から真似るところは真似、地方都市の活性化と地方国立大学の財政健全化に繋げていくことは肝要である。

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