コンパウンドスタートアップというLayerXの挑戦
どうも、すべての経済活動を、デジタル化したい福島です。
本日はLayerXが挑戦するコンパウンドスタートアップについて解説したいと思います。
コンパウンドスタートアップとは、Ripplingという米国のスタートアップ
のCEO Parker Conradさんが提唱しているスタートアップの新たな競争戦略です。Parker Conradさんはユニコーン企業Zenefitsの元CEOであり、Zenefitsでの失敗の経験を元に、Rippplingを創業。コンパウンドスタートアップという従来のセオリーとは異なるやり方で大成功を収めています。
Ripplingは20年8月にユニコーン入りしており、日経記事でも紹介されています。
TLDR(長すぎて読めないよという方に)
コンパウンドスタートアップとは
創業時から単一プロダクトではなく、複数プロダクトを意図的に提供
部署でサービスを区切るのではなく、データを中心にサービスを統合する
プロダクト間の連携の良さそのものがプロダクトである
複数のプロダクトを管理、ローンチするケイパビリティを持つ
という特徴のスタートアップです。一般的にスタートアップは単一プロダクトで突き抜けるべきという神話があり、長らく複数のプロダクトを出す方法は悪手とされていました。
近年ではその定説を覆し、急成長するスタートアップが登場し始めています。LayerXでもこの「コンパウンドスタートアップ」という新潮流に挑戦しています。
本日はなぜこのような潮流が生まれているのか、その中でコンパウンドスタートアップにはどのような優位性があるのかを解説できればと思います。
コンパウンドスタートアップとは
まずは私独自の考えというよりは、この動画の内容に沿って説明できればと思います。(※ 動画は英語ですがとてもいい内容なので、英語に自信がある方は聴いてみてください)
その後、LayerXが考えるコンパウンドスタートアップについて解説できればと思います。
コンパウンドスタートアップの特徴
RipplingのCEO, Parker Conradさんの上げるコンパウンドスタートアップの特徴として以下を上げています。
Ripplingは単一プロダクトで突き抜けるべきという神話を覆し、複数プロダクトをマネージしながら成長している稀有な会社です。
なぜ今コンパウンドスタートアップなのか
ではなぜ今コンパウンドスタートアップなのでしょう?
Parker Conradさんは「レガシーシステムからのアンバンドル(バラバラにする)の時代から、データを中心としたリバンドル(再構築する)の時代への転換」と説明しています。
レガシーシステムからのアンバンドル
ここ数十年のスタートアップは「オンプレERPからのアンバンドル」で成長してきました。ERPの中にある一つの機能をpick upし、その機能をクラウド中心に構築、磨き込むことで成長してきました。
アンバンドル時代の終焉
結果的にクラウドSaaSの市場は大きく広がったが、今ではどの機能をpickしても必ず市場に何社も競合がいる状態になりました。ある一つの機能をアンバンドルして成長する時代は終わりました。
リバンドルという新たな戦略。鍵は「データ」と「連携」
アンバンドルが進むことで、プロダクトは細分化され、それぞれのプロダクト間の連携性が悪いことによる負の体験が生まれ始めています。
コンパウンドスタートアップはこの負の体験に注目し、「連携そのものをプロダクト」と捉えることでここを解決します。またその連携させる軸として「何のデータを中心にコンパウンドを作るか」が重要としています。
コンパウンドの例としてSalesforceを挙げています。Salesforceは顧客データ(customer data)を中心にコンパウンドを形成しています。
Salesforceの製品は営業部門が触る営業SaaSのイメージがあります。実際は、そこにとどまらずに顧客データを中心に、経営者向けにBIツールを、アナリスト向けにquery langaugeやTableauを、マーケター向けにpardotを提供するコンパウンドを形成しています。顧客データを中心にマーケ→営業→分析→経営判断を一気通貫で解決しています。
Ripplingは従業員データ(employee data)を中心に様々な業務を解決するコンパウンドを形成しています。
LayerXが考えるコンパウンドスタートアップ
以上がParker Conradさんの考えるコンパウンドスタートアップでした。ここからは私なりの考えで噛み砕いたコンパウンドスタートアップとそれに紐づくLayerXの挑戦について解説します。
コンパウンドスタートアップは車輪の再発明なのか?
コンパウンドスタートアップのアイデアを聞くと、素朴に思う疑問が「それってERPという車輪の再発明では?」「資本の論理でアンバンドルとリバンドルを繰り返しているだけで本質的に変化がないのでは?」という疑問が浮かびます。
この疑問に答えるために、従来のERPと、コンパウドスタートアップで何が違うのかを考えてみます。
コンパウンドの鍵は「部署」から「データ」への転換
私見ではありますが、過去のアンバンドリングは「部署」で機能を切り分けることにフォーカスしていました。営業部門向けSaaS, 経理部門向けSaaS, HR部門向けSaaSといった具合です。
コンパウンドスタートアップは部署横断の横串の「データ」を中心に体験を再構築するというのが大きな違いと思います。
(以下、部署という単位で切り分けられた単一機能のSaaSをアンバンドルSaaSと呼ぶことにします)
コンパウンドスタートアップはERPのように全社のリソースを何でも管理しようというものではなく、アンバンドルSaaSのように単機能で便利なものを提供しようというものでもなく、ある一つの共通の軸(=データ)に基づいて横串で機能を提供するというERPとアンバンドルSaaSの中間のような存在と思います。
従来型のアンバンドルSaaSは「部署」に注目して機能を切り取っていきました。単品で入れるには便利だが、単一機能が増えすぎた結果、横串での連携性の悪さが課題になっています。コンパウンドスタートアップが注目するのは部署横断の横串の「データ」です。データを中心に横串でプロダクトを配置していくことで「連携自体が価値」となるようなプロダクト群を形成しています。
ちなみにバクラク(LayerX)では「法人支出データ」を中心にプロダクト群を再構築しています。
法人支出と聞くと「経理向け」(=部署)と直感的には思ってしまいますが、実は法人支出の問題の大半は連携の部分(=データの横串)で起こっています。
こういった課題は経理だけでは解決できません。
バクラク(LayerX)では、経理ユーザーむけの「バクラク請求書」、従業員むけの「バクラク申請 / 経費精算」、従業員・財務向けの決済手段・立替手段としての「バクラクビジネスカード」など、「法人支出データ」を中心に会社で発生する課題を一気通貫で取り扱うコンパウンドスタートアップ的展開をしています。バクラクは経理向けSaaSではなく、法人支出管理システムなのです。
コンパウンドの裏にある、ソフトウェアのパラダイムシフト
なぜデータを中心にした再構築が起こっているのか。言い方を変えるとデータを中心に再構築した方がユーザーにとってより良い体験を提供できるようになっているのでしょうか。
これはここ10年で起きたソフトウェアのパラダイムシフトが大きく関わっていると思います。
先日つらつらとこうしたtweetをしたのですが、まさにこの変化がコンパウンドスタートアップを生み出しているもう一つの要因と私は考えます。
基本的に機械学習以前のソフトウェアは、データベースという箱からデータを取り出し、それをどう表示するかというものでした。ソフトウェアによって表現できる業務は必然的に狭く、限界がありました。
一方この10年で、ソフトウェアの表現能力は大きく変わりました。そしてその表現は「データからの学習」によって実現しています。この10年で起きた最も大きなソフトウェアのパラダイムシフトは、「データからの学習」という能力をソフトウェアが獲得したことにあると思います。
加えて、「クラウドによるスケールと生産性の獲得」も大きいです。今のソフトウェア開発は10年前だと考えられないような開発生産性が出せるようになっています。
クラウドは初期でいくと自社データセンターの外部化から始まりました。今ではインフラのみではなく膨大なソフトウェアモジュール群を形成しています。クラウドはもはや「開発生産性を上げるためのソフトウェアモジュール as a Service」と捉えた方が正しい。それくらいの変化が起こりました。
これによりスタートアップでは従来持てなかったようなスケーラビリティと開発生産性を持つことができました。
こういった変化により、「データを中心に複数プロダクトで体験を再構築する」という考えをスタートアップが実行可能なものになりました。
Rippling CEOのParker Conradさんも、データを中心に業務を再構築していく中で機械学習という技術の重要性を語っています。また彼らはミドルウェア開発にも投資しており、複数プロダクトを素早くローンチ・改善するためのスケーラビリティや開発生産性をすごく意識しています。
BtoBソフトウェアは機能のみでの差別化は今後難しくなると私は思っています。戦略的にデータを貯めて、その周辺にデータと一体化した体験を作っていくことが唯一のMOATになると思っています。そしてその裏を支える開発生産性が見えない競争優位になっていくと思います。
こういった技術的なシフト、ソフトウェアのパラダイムシフトがコンパウンドスタートアップという考えの出現そのものに影響を与えていると思います。
なぜ初期から複数プロダクト(事業)を出すのか?
コンパウンドスタートアップで浮かぶもう一つの素朴な疑問は「なぜ初期から複数プロダクトを出すことにこだわるのか?」です。従来の神話通り、「まず一つのプロダクトで突き抜けて、その後じっくり横展開すればいいじゃないか」という考えです。
私の考えでいくと、もしできるならそれが理想だと思います。しかし現実は難しいとも思います。「初期から」複数プロダクトを志向する最大のメリットはそこから生まれる企業文化です。
組織は文字通り人間が集まってできるものです。人間が集まると文化が形成されます。組織図みたいなものはすぐに変えられますが、企業文化というのは根本的に変更することが不可能なものです。
「一つのものにフォーカスしよう」「そこで突き抜けよう」という文化はとても強力で引力があります。
私自身、前職で創業から上場まで経験しました。その過程でできた経営者仲間も今はほとんどが上場を果たしています。彼らが一様に苦しんでいるのは創業事業の次の事業をいかに作るか。第二・第三の柱をいかに作るか。創業事業に働く文化的な引力の重力圏をいかに突破するかです。
事業作りには時間がかかります。1つのプロダクトを突き抜けさせるのでも早くて5年、普通にやって10年かかります。
10年間「1つのことにフォーカスしよう」という文化で作られてきた会社が、突然明日から「これからは創業事業が成熟したので、複数事業の運営ができるようになろう」といってもできるものではありません。10年間かけてじっくり作られた企業文化を変えることは容易ではありません。
多くの経営者はその重力から脱するための努力をします。
しかし鶴の一声で新規事業を作り出したはいいものの、既存事業との規模差のために優先度が下がっていく。では規模があるものを買おうと突然大きなM&Aや投資をしたはいいが、元来それを得意としノウハウを積んできた企業ではないために失敗し、その後萎縮し既存事業に戻っていくという風景をよく見ます。私自身も例に漏れずこういう苦しみを味わいました。「第二の柱が必要と思った時に作ろうとするのではすでに遅いし、企業文化が不可逆なくらい固まってしまう」という教訓です。
稚拙ながら私なりの考えでは、そもそも会社の創業期から「この会社はいろんな事業を作っていく」という前提で文化を作る。それを支える人材採用の戦略、組織制度づくり、資本政策を組むことが、そういった見えない引力に縛られない解決策だと思います。それがコンパウンドスタートアップという考え方だと思います。
偶然にもコンパウンドスタートアップの考え自体も前職でZenefitsという巨大企業を作ったシリアルアントレプレナーから生まれています。もしかしたら同じような思考回路を辿ったのかもしれません。
LayerXの挑戦: コンパウンドスタートアップの課題
言うは易く、行うは難し。
コンパウンドスタートアップには、アンバンドルSaaSにはない経営の難しさがあります。
開発生産性の問題
Ripplingの開発の特徴として、プロダクトそのもの以上にミドルウェア開発に投資しているという特徴があります。
ミドルウェア開発というと難しく聞こえますが、複数プロダクトを横断し、開発生産性を保つための基盤の開発といったようなイメージです。
LayerXでは、執行役員の名村が担当役員として「イネーブルメントチーム」を立ち上げてここに取り組んでいます。
リソースが限られるスタートアップでは、エンジニアはプロダクトに当てたくなるのが心情です。LayerXは断腸の思いで、コンパウンドスタートアップをやり切るんだという覚悟でエンジニアをここに投入しています。
加えて、プロダクトが複数あり、時間軸別にプロダクトを提供しているため、フェーズが違うプロダクトをマネージしないといけません。成熟期に入っているプロダクトと、立ち上げ期のプロダクトが混在します。
コンパウンドスタートアップでは「連携がプロダクト」なのでこういった成熟期のプロダクトと立ち上げ期のプロダクトが連携し合うような開発のカオスがあります。
逆の視点で見ると、今までのスタートアップが解いたことがない課題に挑戦している楽しさがあります。
次々とプロダクトが生まれるため、そこの開発をリードする役割も生まれ、開発の生産性を上げるための対極的な新しい設計も求められる。エンジニアにとってはとても魅力的な場であるとも言えます。
営業・マーケ生産性の課題
複数のプロダクトを複数のユーザー向けに売るというのはSaaSスタートアップではアンチテーゼとされています。
単一のプロダクト、単一のユーザーを深ぼっていくことで営業の生産性、マーケティングの生産性は上がっていきます。そこに対してさらに業種ごとの分業(the Model)をすることでさらに生産性を上げるというのが王道とされます。
LayerXの営業・マーケチームを見ていて大変だなと思うのは、新しいプロダクトが次々に出てくる点です。新しいプロダクトがでるたびにそれぞれの営業ノウハウ・業務の知識を得ていかないとけないのです。
プロダクトごとにフェーズも違うので、ある製品では分業型、ある製品ではアカウント型のように営業組織のあるべき論も違います。
今までのアンバンドル型のスタートアップでは直面しない課題であり、非常にやりがいがある課題でもあります。
採用・育成の課題
コンパウンドスタートアップの特徴は、複数プロダクトの運営です。次々とプロダクトが生まれていきます。
プロダクトを立ち上げるというのは、ものすごくエネルギーが必要です。そういった起業家精神溢れる人に、いかにLayerXに魅力を持ってもらうかが大事です。
LayerXでは現在、従業員の10%程度が起業/CTO経験者で構成されています。今後もこういった人材に魅力を持ってもらえる組織にしていかないといけません。
組織をスケールさせるために採用、新規プロダクトを作る活力を取り込むための採用どちらも重要でどちらも難しい課題です。
複数のプロダクトの知識キャッチアップを速めるための育成の仕組みも重要になってきます。
課題がたくさんある
コンパウンドスタートアップという挑戦は、今までのスタートアップが解いたことのない複雑に絡み合った課題を解く必要があります。
この経営は容易ではないものの、この課題を突破した時にすごい会社が生まれるんじゃないかというワクワク感もあります。
LayerXで働いている従業員も「単なるSaaS企業ではないところに魅力を感じた」「この挑戦で社会にインパクトを与えていきたい」「難しいからこそ燃える、挑戦したくなる」といった理由でLayerXを選んでくれてるケースが多いように感じます。非常に頼もしいです。
最後に
年末年始、これを読んで新しい挑戦がしたい、難しい課題を解きたい、まだ見ぬ世界を見てみたい!と思った方はぜひカジュアルにお話しましょう!
さらに詳しく知りたい人のために
コンパウンドスタートアップに関してはまだまだ文献が少ないですが、日本語でも有益な情報発信がなされています。
ここら辺は読んで参考になりました。