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多様化する世界の外貨準備運用~非ドル化は止まらず~

再び過去最低を更新したドル比率

3月31日にIMFから外貨準備の構成通貨データ(COFER)が公表されました。為替市場を中長期的に展望するにあたって重要なデータであるため、筆者は定期的に観測しております。1年前もnoteでは議論させて頂きました:

世界の外貨準備は2021年12月末で12兆9373億ドルと前期比+800億ドルと3期連続で増加しました。昨年10~12月期に関し、期末と期初を比較すると米10年金利は1.3%程度から1.5%程度へ+20bps程度の上昇にとどまりましたが、名目実効ドル相場(NEER)は+1.8%と大幅に上昇しています。その分、非ドル通貨建ての外貨準備は価格効果もあって目減りした可能性が推測されます。なお、同じ期間に米2年金利は0.2%程度から0.7%程度へ+50bpsも上昇しており、既にFRBの正常化プロセスに基づくオーバーキル懸念は芽吹き始めていたことも目に付きます。商品市場では原油を筆頭に騰勢が指摘され始めた時期でもありました。

近年のCOFERデータではドル比率が史上最低値を断続的に更新していることが話題です。2021年12月末時点のドル比率は58.81%と2020年12月末の58.92%を割り込み4四半期ぶりに統計開始以来の最低水準を更新しました。あまり報道されていませんが、以下の記事では米金利上昇局面で米国債の評価額が目減りしているという背景事情の1つに関し言及があります:

とはいえ、ドル比率は2020年12月末以降、5期連続で60%を割り込んでいますので、金利動向にかかわらず、1つの潮流と見るべきでしょう。このような動きも過去に類例がないものです。後述するように、ウクライナ危機にまつわる各種制裁が長期化することで、こうした外貨準備運用における非ドル化の機運は弾みがつく可能性もあります:

ちなみに10~12月期に比率を落としたのはドル(59.21%→58.81%で▲0.40%ポイント)と円(5.69%→5.57%で▲0.12%ポイント)だけであり、この分が他通貨に満遍なく分配された格好になっています。「ドル安下でも円安になる」という昨今の地合いと整合的と言えます

具体的な数字を見ると、ユーロ比率は前期比+0.07%ポイントの20.64%、ポンド比率は同+0.09%ポイントの4.78%、人民元比率は同+0.11%ポイントの2.79%、カナダドル比率は同+0.17%ポイントの2.38%、豪ドル比率は同+0.02%ポイントの1.81%、スイスフランは横ばいの0.20%、その他通貨比率は同+0.05%ポイントの3.01%です。冒頭述べたように、10~12月期はドル高なので価格要因だけを踏まえれば、ドル比率の上昇が予見されるところでしたが、実際は下落が確認されました。それだけドルを売却するという数量要因が作用した可能性が疑われます

ちなみに人民元比率とカナダドル比率はそれぞれ2.45%と2.11%で共に過去最高でした。同期間の対ドル変化率を見ると、人民元は+1.40%と大幅に上昇しており、価格要因が押し上げた可能性もある。一方、カナダドルは+0.3%と概ね横ばいにとどまっていた。商品市況が騰勢を強める中、資源国通貨と先進国通貨の特徴を両面併せ持つ強みが評価されたのでしょうか。

 ウクライナ危機が非ドル化を強める可能性

世界の外貨準備運用における非ドル化は元々存在する長期トレンドですが、これは今回のウクライナ危機を経てさらに強まる可能性があります。少なくとも世界4位の外貨準備水準を誇るロシア中銀は過去5年間でドル比率を約▲30ポイント引き下げ(46.3%→16.4%)、5年前はゼロ%だった人民元を0.1%から13.1%へ大幅に引き上げました。外貨準備のリバランスとして合理的とは言い難い変化であり、そこに政治・外交的な意図があったことは明白である。なお、ですが、図表に示すようにユーロや円も顕著に引き上げられている。こうした動きを見る限り、有事において「日米欧から同時に制裁を食らう」ということは想定外だったのかもしれません。いずれにせよ、こうしたロシア中銀の動きは近年のCOFERデータのトレンドと一致します。

もちろん、巨額とはいえ、ロシア中銀の外貨準備は2021年末時点で約6300億ドルと世界全体の5%弱しか占めていませんので、それだけでCOFERのトレンドが規定されるわけではないでしょう。しかし、「金融の核兵器」とも形容されるSWIFT遮断が決断されてから1か月が経過し、プーチン大統領の姿勢が変わらない限りにおいて、これは解除されそうにありません。この状態が長期化すること自体、ドル覇権の頑健性にとっては良い話ではないでしょう。ドル決済を主流とするSWIFT遮断を契機としてロシアが中国の国際銀行間決済システム「CIPS」に接続する可能性は制裁当初から指摘されてきました。それが新常態となればドル覇権に楔が打ち込まれた格好になります。

SWIFT遮断の影響は甚大ですが、時間をかけることでロシアは「SWIFT抜きの世界」に適応する(そうしなければ生きなられないのだから)。その「適応した」という事実は「いざとなったら米国からの金融制裁が怖い」と考える向きにとって頼もしい話になり得ます。世界を見渡せば非民主国家と民主国家の数は拮抗しており[1]、「ドル決済の利便性」を享受しつつ、その裏返しである「SWIFT遮断」に内心では怯える国々は潜在的に少ないとは言えないでしょう。「覇権」とまで呼ばれる状態が早晩変わるとは思いませんが、「SWIFT抜きの世界」に目が慣れれば徐々に、確実に変化は起きます

なお、「いざとなったら米国からの金融制裁が怖い」と考える国の筆頭が約3.2兆ドルと世界最大の外貨準備を抱える中国です。今現在、その何%がドル運用なのか定かではありませんが、中国国家外貨管理局(SAFE)の年報によれば1995年に79%だったドル比率は2016年末時点で59%までやはり大幅に低下しています。しかし、それでも約60%は中国の外貨準備で言えば1.9兆ドルにも相当します。2016年末時点の59%が現在入手可能な最新データだが、今回のロシアが置かれた事態を目の当たりにして、さらに外貨準備の運用多様化を検討しています(もしくは多様化が完了している)可能性は高いでしょう。ちなみに中国とロシアの外貨準備を合計すれば約3.8兆ドルであり、世界全体の約30%を占めます。COFERデータ全体に与える影響は決して小さいとは言えないでしょう。

 非ドル化の背景整理

図に示すように、過去20余年においてドル比率は約71%から約59%へ約▲12%ポイント低下しています:

旧来的な考え方であれば、この低下した分はそのままユーロが受け皿になりそうですが、ユーロ比率は約18%から約21%へ約+3%ポイントしか増えていません。その穴を埋めているのが人民元を筆頭とするその他通貨であり、約1.7%から約10.0%へ+8.3%ポイントも増えています。過去四半世紀の外貨準備運用のトレンドとして「ドルを手放して、新興・資源国通貨へ」という事実は鮮明と言えます

このトレンドの背景は様々指摘されています。

ドル覇権への対抗(①)は非ドル化を駆動する主な理由の1つと言われてきましたが、ほかにもデジタル通貨の開発・発行(②)、欧州復興債(NGEU債)の登場(③)なども外貨準備運用の多様化を促す背景として常々指摘されています。とりわけ②は①と密接に関連する論点です。中国やユーロ圏、英国など中銀デジタル通貨(CBDC)の開発・発行を進めようとする動きはドル覇権への対抗という文脈で再三登場します。元々、中国がデジタル人民元の開発・導入を急ぐ背景にはSWIFT遮断のような事態に備える意味があると言われていました。「一帯一路」構想の参加国にデジタル人民元の利用を促すという見方も浮上しており、それに伴う「​デジタル人民元経済圏」の構築、その先にある人民元国際化までを見据えた姿勢が伺えます。将来的にはデジタル人民元とCIPSを利用する経済主体への優遇措置などが検討されても驚きではありません。

また、既に発行・調達が始まっている欧州復興債が、将来的にユーロ圏共同債として恒久化されるならば、それもドル比率低下に寄与する話です。ユーロ建て安全資産が実質的にドイツ国債しか存在しない現状では、米国債に資金が傾斜せざるを得ませんが、欧州委員会が発行する債券が恒久化されるならば、米国債に次ぐ安全資産の誕生として歴史的な目線から評価される筋合いがあるでしょう。

もちろん、ドル一極集中とも言える国際通貨体制が一夜にして大きく変わることは無いでしょう。しかし、ロシアに対するSWIFT遮断は「ドル抜きの未来」について限定的なシミュレーションを与えた格好にもなっており、一部の国の外貨準備運用について変化をさらに促す可能性はあります。現実問題としてCOFERデータにおけるドル比率が顕著に低下している以上、予備的動機に基づくドル需要が世界的に後退しており、その意味を多面的に理解しようとする姿勢が今、求められているように思います。


[1] 2019年、スウェーデンの調査機関VーDemは、世界の民主主義国・地域が87か国であるのに対し、非民主主義国は92か国となり、18年ぶりに非民主主義国が多数派になったという報告を発表している。

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