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TCFD、TNFDにつづくTISFDがもたらす変革 ー “ESGの最大の失敗はEのみを重視してきたこと“が示唆する問題とは

2023年3月期から、有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示が義務付けられました。このタイミングに合わせて、人的資本や多様性に関する開示も求められるようになり、日本でも社会面の情報開示が注目されるようになったことは、まだ皆さまの記憶に新しいかと思います。

その後、今後の有価証券報告書における開示内容のベースとなるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)基準の草案が発表されましたが、社会面に関する具体的な基準はまだ提示されておらず、多くの日本企業が社会面の情報開示に対して本格的な取り組みを進めていない状況が見受けられます。

社会開示の新枠組み、TISFDがまもなく発足

このような状況の中、社会面の開示タスクフォースである不平等・社会関連財務開示タスクフォース(TISFD)の発足が来月に迫っています。TISFDは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に続く開示タスクフォースであるため、ESG情報開示において非常に重要な枠組みとなる予定です。TCFDやTNFDと同様に、リスク・機会およびその影響を特定・評価し、報告することが求められます。

現時点において具体的な開示事項はまだ確定していませんが、扱うテーマとしては「人権を尊重する企業の責任、不平等を是正し人々のWell-beingを高める努力、そして人的・社会的資本への投資」が挙げられています。

また、内容の一部ヒントとなる情報として、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設定基準や、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)のような既存の報告基準を参照し、これらを指標や測定基準をTISFDの内容に含めたり、あるいは相互参照することにも言及されています(TISFD Proposed Scope and Mandate)。

ESGの最大の失敗はEのみを重視してきたこと

最近ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の研究員が「ESGの最も大きな失敗はESGのEばかり重視してきたことである」と指摘していたことが印象に残っています。TISFDも大枠においてこの問題意識を共有しており、5月に発表されたTISFD概要書面にて以下のような文言が含まれています。

TISFDは気候、自然、社会に関連する問題が複雑に絡み合っていることを認識し、(中略)公正な移行を達成するための努力の中で、全体的な報告を可能にするよう努力する。

The Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures、筆者仮訳

ここでは、ESGにおけるE(環境)とS(社会)が相互に関連していることが強調されています。ESGの問題を個別に切り離して考え、まずEに取り組み、その後にSに着手しようとするアプローチは本質的に誤りであることを示唆しています。

例えばESGトレンド予測2024という過去記事のESGデューデリジェンスの文脈においても、企業の事業活動から環境汚染リスクが特定された場合には、大気や水、土壌への影響だけでなく、地域住民の健康や安全にもリスクが及ぶため、これらのリスクを同時に評価し、対処する必要があることを紹介しました。あるいは、気候変動に伴う自然災害が人々の健康や安全、生活に与えるリスクを考えると、EとSの繋がりが一層明確になります。

公正な移行ー社会的影響も考慮した移行を

また、TISFDは「公正な移行」についても重要視しています。公正な移行は脱炭素の文脈においては「高炭素経済から低炭素経済への移行において、人々、労働者、場所、部門、国、地域が取り残されないことを保証することを目的とした、一連の原則、プロセス、慣行」と定義されています(IPCC, Glossary、筆者仮訳)。最近では、この概念はさらに広い文脈で使用され、持続可能な社会を目指す際に、誰一人として取り残されないことを目指す考え方を指す用語となっています。

例えば、脱炭素社会への移行を進める過程で、規模が縮小する産業が発生する可能性があります。これらの産業で働く人々や地域社会に対して、新たな雇用機会を提供するなどの支援を行い、公正で平等な移行を実現することが求められています。このような要請は、気候変動対策をやみくもに進めることで、社会面で予期しない悪影響をもたらすリスクに対する問題意識から生まれたものです。

見落としてきたリスクへの対応が急務

このように、ESGにおける様々な要素は相互に複雑に絡み合っています。しかし、企業がESGに取り組む際、この相互関係が十分に議論されてきたとは言い難い現状があります。

すでに存在する多様な社会問題や、新たな施策が生み出した社会的な歪みが未解決のまま放置されており、これらが企業・社会にもたらすリスクは、企業の財務にも大きな影響を与える可能性があります。TISFDの大きな目的の一つは、これらのリスクの評価枠組みを提供することにより、企業や投資家を支援することです。

2021年にTNFDが発足した際には、生物多様性と気候変動の相互関係が幅広く議論されました。同様に、TISFDの発足後には、気候変動や自然、さらに社会との関連性を考慮した総合的なアプローチがさらに注目されることが予想されます。TISFDは、ESG要素の複雑な相互関係を理解し、それを包括的に扱う新たな枠組みを提供することで、より本質的な企業の取り組みを促進する役割を果たすことが期待されています。

日本企業の社会開示への挑戦とTISFDの役割

世界におけるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への企業賛同数では、日本企業が首位を誇り、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への早期署名数でも日本が1位となるなど、日本は気候変動や自然開示の分野でリーダーシップを発揮してきました

しかし一方で、社会面での日本企業の取り組みには依然として多くの課題が残っています。例えば、企業の人権関連の取り組みを評価する「Corporate Human Rights Benchmark(CHRB)」において、2023年には110社の日本企業が評価されましたが、上位10社にランクインしたのはファーストリテイリング(10位)のみでした。その他の日本企業は、全体ランキングの中位〜下位に位置しているのが現状です。

このような状況下で、TISFDの発足により、社会面での情報開示のフレームワークや手法が詳細に示されることは、日本企業にとって社会開示を進めるための強力なツールとなるでしょう。TISFDは、日本企業が抱える社会的課題に対する取り組みを強化し、グローバルな基準に沿った開示を促進する大きな一歩となることが期待されます。




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