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30歳前後の女性が新ラグジュアリーの世界に踏み込む理由

転職とは、自分が求めることに素直になったときの結果であるーー経産省でファッション政策に関わり、パリのビジネススクールでラグジュアリーマネジメントを学び、日本に戻ったら名古屋の有松絞のスズサンに転職した井上彩花さんの話を伺い、感じたことでした。

日本企業がリードする 望ましいファッションの未来 -LFNゲストトーク#3
右端が井上さんです。

10月5日、新・ラグジュアリーのオンライン講座のゲストとして井上さんをお招きしました。8月初め、井上さんから転職のお知らせを受け取り、ぼくは即、これまでのご自身の経験と、今考えていることを講座でお話頂けないか?とお願いしたのです。

というのは、井上さんご自身、『新・ラグジュアリー ――文化が生み出す経済 10の講義』の想定読者ー30歳前後の女性で、海外経験もある方でセンスメイキングへの追求を求めている方ーであり、モデルともいうべきカタチの転職をされたからです。2年前にも以下の記事を書いたことがあります。

大学を卒業してから6-7年の段階で、これからを生きていくに量を追うビジネスか、コンセプトの質を深堀するビジネスか、問題解決の道か、意味を探る道か、いろいろと考える人は多いです。

その際、新しい文化をつくるとのラグジュアリー分野がこうした方たちの求めにフィットするはずです。しかも、直接的な手ごたえを重視すると、海外市場との付き合いを深めたい地方のサイズの小さい企業を舞台とするのがマッチングとして好都合です。

井上さんの選択は、この道筋とばっちりと合います。その観点で当日、印象に残った点をメモしておきます。

ファッションを起点にできること

井上さんの経歴からすると、いわゆる「ファッション好き」と想像される方もいるかもしれません。しかし、経済学部の新卒で経産省に入って与えられた仕事がファッションだったのです。アパレル産業に入ったわけでも、ファッション雑誌の編集部に入ったわけでもない。

そして、ファッションから語れることの多さ、ファションを起点に発信できる力の大きさ、それらに気がついたようです。WWDのインタビュー記事で彼女は次のように話しています。

ファッションを考えることは、人がどういう風に生活するのか、どんな生き方をするのかと全く同じなんだと思います。
(中略)
前提としてファッション政策室ではファッションを衣服ではなく、文化やライフスタイル、時代ごとの人々の価値観や創造性を表す媒体だととらえています。

経済産業省係長に聞く 「ファッション未来研究会」報告書の背景

外貨を稼ぐために海外需要を増やすとの目的に日本の産業と文化資産をどう活用するかを考えた時、ファッションが鍵になるとの経産省の判断に彼女はその一員として賛同したのです。

井上さんとは上述の「ファション未来研究会」の委員としてぼくは知り合ったのですが、ぼくはファッションに蘊蓄を傾ける人間ではないです。でも、ファッションが社会のなかでインパクトをもつアイテムである、との見方に異論はないです。だから、ぼくもこの研究会の議論の行方を注視しました。

この研究会の活動が井上さんの「その後」に大きく影響を与えたようです。次のように語ります。

研究会があって、いろんな立場でできることをやっておられる皆様が本当にかっこよく。日本の良いものを価値のあるものとしてちゃんと海外に伝えていく(売っていく)というクールジャパンの分野で、何か少しでも、自分ができることを作っていきたかったので、その逆をうまくやってる例なのではないかと思い、フランスのラグジュアリーマネジメントを学ぶことにしました。

つまり、彼女は中央官庁にいて大きな枠組みでファッションを見渡せたからこそ、逆に自分が知らないこと、見えていないことをより知り見たいと思うようになります。欠けているピースを埋めていきたい、と。

さらに、その芽生えた欲求に率直に従いたいとも思うようになりました。

ファッションの未来に関する報告書

*井上さんが事務局として担当した前述研究会の報告書は「ファッションの未来に関する報告書」にまとめられています。昨年時点で200万ダウンロードを超えており、経産省の報告書のなかでは群を抜いた数とのことです。

経営学的よりも社会学的対象としてラグジュアリーに関心

井上さんの学んだ2022年-2023年のパリのビジネススクール・ESSECのラグジュアリーマネジメントコースは、学生19人というコンパクトなクラスです。そして出身はインドを除くとアジア、米大陸、ヨーロッパがほぼ同じ割合でした。即ち、インドを加えるとアジアがやや多い、という構成です。

通常のMBAに加えてラグジュアリーの歴史などラグジュアリーに特化したことを学びます。また企業へのインターンシップもあり、彼女はLVMHメティエダール(伝統的職人技の継承と発展を目的に15年に立ち上げた企業)で働きました。

ぼくが井上さんの話で感じ入ったのは、彼女が留学時にパリの展示会に出展したスズサンのスタッフとしてアルバイトをした経験です。海外売り上げが8割以上のスズサンの商品への関心のもたれ方、つまりヨーロッパのバイヤーの商品認知の仕方に強烈に好奇心を刺激されたというのです。

バイヤーが商品の素材や形状へまず注目し、そこを契機として400年続く有松絞のストーリーに引き込きこまれていく。そのプロセスに井上さんの知的好奇心が「発動」したのです。これを「社会学的な関心」と彼女は表現しています。

それを聞いて『新・ラグジュアリー ――文化が生み出す経済 10の講義』でぼくが紹介した米国で仕事をするハンガリー出身の女性のことを思い出しました。ブタペストの高校を出た彼女はパリを拠点にモデルとして活動し、その後、デザインや経営学などいくつかの分野の学問を修めた後にベルリンのフンボルト大学で社会学の博士号を取得します。

この女性が突き詰めたかったのが「なぜ、人はラグジュアリーを求めるのか?」でした。この疑問は発火点として重要だとぼくは思っていたので、ブランドではなくラグジュアリー論としてこの領域に目が向くと、地に足のついた活動に向かいやすいだろうというのが、ぼくの経験則です。

このような背景から、井上さんが有松絞の10数人の会社を転職先に求めた戦略性と想いがぼくなりに想像ができます。彼女自身は次のように語ります。ここでも「欠けているピースの獲得」に目がいきます。

ある種、大局的な役所の仕事と、いくら業界との繋がりが強いといっても直接の経験とはまた違うビジネススクールでの学びを経て、足りないピースだと感じた実際の事業での展開ということをスズサンで経験したいと思いました。

井上さんの転職に力づけられる人たち

ゲストトークに参加した人たちから熱心な質問やコメントが井上さんに寄せられました。

ファッションやデザインのもつ社会性を考慮することが、若い人の間では「当たり前の領域」に入りつつあることも話題になりました。利益のためだけではなく、社会のためにファッションやデザインがどう活用されるか?です。

日本の美大でグラフィックデザインを勉強し、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでデザインの修士をおさめた本講座運営側の前澤知美さんは、「日本の大学にいたときは広告代理店がデザイナーにとっての1番の就職先だという認識があり、デザイナーという職業の社会的役割や立ち位置について考えたことはなかったが、セントラル・セント・マーチンズではまず1番にそういったことを考えるように教えられた」と話します。

ゲストトークに参加した大学生は「就活の話を友人とすることが多いが、考えるべきはお金だけではないと思う自分に確信がもてた」と語ります。

その次元に井上さんがスッと歩を進めている。

ここは当日、参加できなかった岡山でテキスタイルの仕事に携わる岩崎恵子さんの見逃し配信への感想を掲載しておきます。

私が20年前に新卒で入社したSOU・SOUという会社で働きながら学び、掴み取っていった価値観は、時代の先をいったものだったということを思い知りました。

日本の伝統産業や文化(SOU・SOUの場合は地下足袋の美しさに社長が気づいたことから始まりました)に関わる人達の存在価値を上げて存在意義を本人たちに気付いてもらうためのブランドだとずっと聞かされてきました。

前澤さんのおっしゃっていたように京都の美大でも広告代理店のADになるのが人生のアガリと言われていましたが、SOU・SOUに新しい時代が始まる予感を感じ入社した自分20年経ってようやく認めることが出来た次第です。

井上さんが仰っていた「何がラグジュアリーなのかを決めるのはビジネスサイドではなく受け手側である」という言葉で、ラグジュアリーブランドは狙って作れるものではないと改めて認識しました。

また、安西さんの「起点がビジネス側かデザイン側かで大きく違う」という言葉では、会社員時代を思い返し、もう少し個人レベルで社会を意識し働くことが出来ていればとを内省するきっかけになりました。

最後の1時間のやり取りが特に響き続けた濃密な時間になりました。早速、今日の学びを自社の新規ブランドに反映させようと思います。

尚、新ラグジュアリーの講座の次回イベントは以下です。

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次の記事を読んだ。日本でも転職が普通になったが、将来の転職を踏まえた就活指導をしているのだろうか・・・。

「何がやりたいかわからないので、就活が始められない」と大学2年生が相談してきた。実際、就活を始める段階で特に文系の学生に同様の悩みを抱える人は多いと感じる。約30年就活に関わってきた私としては、「やりたいことがわからないからこそ、就活を始めてほしい」と思うし、その最初の一歩をどう踏み出すかについてもアドバイスできる。

しかし、少し客観的な立場から見ると、大学2年生、つまり20歳前後になってもまだ自分が将来何で生計を立てるかについて深く考えられていないということは、将来自分は稼げるのか、生きていけるのかという危機感がなく、自立できない「子どもっぽさ」を感じる。

この夏、北欧に行き、現地の若者たちと交流して感じた大きな違いはまさにこの点である。スウェーデンでは、高校卒業後、何がやりたいかをじっくり1年ほど考えてから大学を選ぶ人が多い。これがギャップイヤーの存在である。

そのギャップイヤー中の一人の男性は、昨年は日本に留学し、今はストックホルムでアルバイトをしながら、どこの大学で何を専攻するかを考えているという。その兄も、ギャップイヤーを経てから大学に進んだそうだ。
<中略>
教育システムの違いと言えばそれまでだが、世界的に見て、日本の学生の「やりたいこと探し」の中途半端さと、学業と就活システムとの非連動にはまだまだ改善の余地が大いにあると感じる。

やりたいことがわからない人こそ、それを探すために早めに就活を始めてほしい。

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写真は昨年9月、ウンブリア州ソロメオで行われたブルネロ・クチネリの誕生日パーティに参加する人たちです。ドレスコードとして色が白、ブラウン、グレーでした。


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