LINEヤフー出社要請で浮き彫りになるフルリモートワークの見直しと人材の行方
日本のIT企業群の中でも企業規模が大きく、採用力も高いLINEヤフー社が2025年4月にフルリモートから出社への回帰を宣言し、中の人を中心に蜘蛛の子を散らしたような騒ぎが起きています。「今後出社頻度を増やす」という社外秘らしき情報も流れています。
2020年8月に「ほぼ完全テレワーク」を導入したヤフー社ですが、実に5年弱の期間でした。
途中LINEヤフーの統合もあり、文化統合を考えるとコミュニケーションギャップ解消のために出社回帰するのは理にかなっているようにも見えます。
リモートワークか出社かの議論については一通りやりつくした感があるのですが、その先のお話については事情も変わってきているので整理しておきたいと思います。
エンジニアバブル後の出社回帰は「人員整理」の側面が強い
今回の発表でも「出社回帰によって優秀な人材が辞めますが良いのですか?」「マネージャーの力量不足なのではないですか?」と経営層を恫喝するような声が聞こえてきました。
2020年9月にはフルリモート宣言をし、下記のようにフルリモートではない他社を煽るような投稿もあったため、社内だけではなく社外も含めて紛糾している状況です。
LINEヤフーに限らず、スタートアップ・ベンチャー問わずニュースになっていないだけで出社頻度が上がっている企業はたくさんあります。
純粋にコミュニケーション理由で出社頻度を上げている業績好調な企業もあります。事業成長が起きており、新規事業を推進する上でディスカッションが必要な自社サービスではよく見ます。
しかしそうではない企業の場合は、人員整理の色合いが強いです。上記のような議論は当然想定されているはずであり、それでも推進するのは「レイオフだと会社都合になる上にレイオフパッケージが必要だが、出社が嫌で辞める場合は自己都合退職なのでレイオフパッケージが不要」というものです。これを「緩やかなレイオフ」と呼んでいます。
私もレイオフの現場や、緩やかなレイオフの現場に何度か立ち会いましたが、本当に優秀なメンバーについては個別に引き留めが入ります。
出社回帰の意思決定の背景としては、コミュニケーション理由以外には一般的に下記のものが見られます。
新規事業より既存事業の堅実な成長
内製化を進める文脈でエンジニアバブル下でよく議論になったのが新規事業を社内でやろうというムーブメントです。コアコンピタンスを内製するという文脈でITエンジニア採用が進みました。
しかしエンジニアバブル後、プロジェクト解散を理由にした転職が目立つようになりました。「新規事業を予定していたが、予算都合で頓挫した」というものもあれば、「予定していたプロダクトに似たスタートアップがあったので買収した」というものもあります。後者については「新規開発を期待されて入社したが、程なくして買収が決定したために受け入れ担当になり、話が違うので辞めたい」という理由が見られます。
新規事業開発熱が落ち着き、冷静になり始めた企業も見えます。メガベンチャーでも、運用・保守色の強いプロジェクトについてSESへ発注する動きが見え始めました。その裏には、従来は運用保守でも正社員採用していたところ、正社員のマネジメントコストが高い(転職するであるとか、待遇を改善しないと辞めるという恫喝であるとか)ことから、技術難易度が特殊ではなくマネジメントコストも含めて社外に出せるSESに回帰しているというものです。
エンジニアバブルで雇いすぎた
エンジニアバブル(2015-2022年)は、2016年に発表されたみずほ情報総研のデジタル人材不足の話に後押しされ、「デジタル人材が不足するので今のうちに採用しなければならない」という強迫観念に迫られました。当時は外資ITやスタートアップ、SaaS、コンサルも全てが強気の採用をしていたため、目の前でデジタル人材が横取りされるようなシチュエーションも多々あり、採用合戦が起きました。
しかし、大手人材紹介会社のデータなどを見ていると、求人倍率は高いものの、実際に入社している人材の20%はヘルプデスクであり、50%はSIer/SESです。特にSESについてはヘルプデスク、コールセンター、家電量販店、警備員などにアサインするところが少なくないため、求人票の看板はデジタル人材であっても一般的に想像されるようなデジタル人材ではないことが多いです。全体の半数はそのような人材ではないでしょうか。
各社が求めていたデジタル人材はどの職種で、どの程度のレベルであり、どの程度の数であれば自社の中長期ビジョンに合致するのか具体的に想像できていた企業は少ないのではないかと考えるに至っています。
まとめると雰囲気でデジタル人材を求めており、エンジニアバブル下でその知名度を元に強気で採用できてしまった企業については人余りが起きていると推測されます。
生成AIの台頭
この1年で大きく成長した生成AIによる省人化がITエンジニアにも起きています。奇しくも「とにかく正社員を集める」ことを目的としたエンジニアバブルの終焉と重なったことで、未経験・微経験の求人が正社員も業務委託も激減しました。
先のデジタル人材不足のグラフには生成AIの予見が入っていないことにも注意が必要です。「デジタル人材は不足しているのに離職を促すような施策はいかがなものか」という声もありますが、LINEヤフーの場合は生成AIの成長込みで踏み切った施策なのではないかと推測しています。
絶対フルリモートワーク勢はどこが受け止められるのか
5年弱というフルリモートワークはライフスタイルを変化させるには長すぎました。家族構成が変わった人達も多いです。
コロナ禍でニューノーマルが全盛だった頃には、全国採用や従業員の地方移住が推奨されていた企業もありました。
地方に自宅を買ったような場合、もちろん現職への掛け合いもあるでしょうが、転職も視野に入るでしょう。現在求人が出ているところを元に、確からしさとリスクなどを踏まえて記しておきます。
【要注意】採用力がやや劣る自社サービス
採用力も資本力も圧倒的な企業の後塵を拝している企業です。これらの企業の中には、既に出社に切り替えている企業が多く、母集団としては多くありません。
今回のLINEヤフーの話を受けて、右へ倣うパターンが考えられます。正直、経営層が今後どのような号令を出すかは人事や中間管理職レベルでは分かりません。スタートアップなどにあるような役員会議に出ていないCTOなども分かりません。人材紹介経由で確認しても経営層にはリーチしないことが多いため、万全とは言えないでしょう。
最終面接で経営層に確認することも考えられますが、利己的な人であると判断されれば落ちるでしょう。オファー面談で確認しても、経営層が出てくるわけではないので確実とは言えないでしょう。つまるところ、確証を100%得られるものではないのが、今後のフルリモートワーク指針です。
12/15 20時追記
求人票ではフルリモートで働ける旨があるものの、「チームで判断の上で出社」という免責のもと、事実上の出社という企業もありますのでご注意ください。
【注意】運用保守に突入している儲かっている老舗自社サービス
自社サービスであっても、定型化された運用保守フェーズに突入している事業の場合は給与ダウンの可能性はありますが、フルリモートワークを継続できる可能性はあります。
それでもオンボーディング期間は出社が求められることが多いため、譲歩したほうが選択肢は増えるでしょう。
しかし市況感が悪化したり、新規事業に力を入れるようなことになると状況は変わる可能性はあります。
【条件付きであり】クライアントワーク
顧客とのやり取りが最初からオンラインで完結しているタイプのクライアントワークは可能性があります。メンバークラスであっても、タスク分解されたものをこなすことが中心であれば進捗が明確なのでうまく回っているケースを見ます。
ただ、候補者がこれまでクライアントワークをやったことがない場合は茨の道です。特に作業が遅れた場合であってもスケジュールを容易に後ろ倒しにできたぬるま湯のような環境からの転職は事故になるでしょう。
案件がフルリモートだけとは限らないため、選択肢が今後減る可能性があることにも注意が必要です。
【今じゃない】フリーランス
年齢や経歴を問わず、経営層との意思疎通に愛想を尽かした方が、転職ではなくフリーランスやスモールに起業するケースを見かけます。加えて時折ですが「次の転職が決まるまで入場したい」というフリーランスにもお会いします。アルバイトですかね。
働き方に裁量ができることは事実なのですが、特に営業を経験したことがない場合はなかなかにハードな道のりです。マージンを割り切ってフリーランスエージェントに登録することになりますが、長期的には受注が続かないと厳しいです。
上場企業や大手SIerなどでは北朝鮮問題を背景にフリーランスを排除する動きもあります。今からフリーランスとして独立するものではないと考えています。
また、過去にクライアントワークを経験した方でないと契約と納品意識が弱いと事故につながりますので容易にお勧めはできません。。
【闇】BPO、RPO、テスター、在宅コールセンターなど
徹底的にタスク分解した一つの形です。年収条件すら下げた状態で、フルリモートであることを絶対条件にして行くと辿り着きます。
マネジメントポジションであれば別ですが、メンバークラスであれば最低賃金で働いているケースが少なくありません。
何が何でもフルリモートであることを優先した場合、選択肢としてありえます。足元を見た契約に見え、社会の闇を感じます。共働きなどで許容されているような節もあり、違和感を感じるところです。
焦って動くと損をする
フルリモートワークから出社への回帰は、特に地方在住などの事情があるような方には腹に据えかねる事態でしょう。レイオフを明確に宣言されたわけではないですし、勢いで辞めてもすぐにめぼしい転職先に決まる時代も終わったので感情的にならずに判断したほうが得策でしょう。
今回はLINEヤフーというフルリモートワーク界の巨星が堕ちたわけですが、今後続く企業もあるでしょう。ひとつ確実に言えることとしては、Xに社外秘らしい内容があふれていますが、それを転職先候補に知られるのはコンプライアンスが緩いと判断されるため非常にまずいです。手遅れかもしれませんが、ご注意ください。