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なぜワクチンは日本に届かない、〜グローバル企業と平和国家の調達交渉〜OECD37カ国最下位の衝撃①

ワクチンは6月?9月?おそくとも年内に本当にくるのか

日本がワクチンの確保に出遅れ、現時点での100人あたりの接種回数は、OECD37カ国最下位の2.0回と、チュニジア、ジンバブエなどのアフリカ諸国ブータンよりも下回るという現実は周知の事実だ。

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政府からは「見通し」、「目処がたった」、という発信が繰り返されるが、「精神論」的政府見解を信じる日本人はもはや少ない。

来ないことはわかったが何故来ないのか?についてあまり語られていない。推測も含めて論点を整理したい。

確保は早かった?ドナルド、シンゾーの口約束?

2021/2/2の記者会見では、「確保は早かった」と総理自身が語っている。

日本政府と厚労省は2020年8月の時点で、早々に海外メーカーの供給の方針を決定しファイザーとアストラゼネカと1.2億回分の供給を受けると合意したとされていた。

これまでの安倍政権とトランプ政権のこれまでの関係性(戦闘機など米国製防衛装備の購買要請)から考えると、トランプ大統領自らが、自身のリーダシップで開発したワクチンを売り込んでいたと推察される。日米同盟を信じて米国製を購入することを2020年夏早々に政府が決め、当時官房長官の菅総理が交渉の過程から「確保はできた」と安心していたのだと思う。海外メーカーの薬害賠償を日本政府が補償するなど、海外製薬会社のために法整備まで進めている。

「政府は新型コロナウイルスのワクチンを使って健康被害が生じた場合、製薬会社の代わりに賠償する方針だ。ワクチンは各国間の獲得競争が激化しているため、海外メーカーが日本に供給しやすくする。次の国会に新法を提出して早期成立を目指す」

だが、同盟国から確保したはずのそのワクチンがこない。

 「ブーラの屈辱」〜国家に勝るグローバル企業の力〜

4/17には、ファイザーのブーラ最高経営責任者(CEO)から、担当大臣クラスの河野大臣ではなく首相を出せと言われて訪米中のアポイントを調整したものの結局直接は会ってもらえず、わずか10分のTV電話会談に終わった。

首相:「我が国の全ての対象者に対するワクチンの今年9月までの確実な供給に向け、更なる追加供給を要請
ブーラCEO:「日本へのワクチンの確実かつ迅速な供給及び追加供給に向けた協議を迅速に進めることを含め、新型コロナ感染症の克服に向けて、日本政府と緊密に連携していきたい」

通訳を入れて10分のTV会議などは、お互いの公式見解を一往復して終わりだ。協議とは呼べない。ファイザーの「協議を迅速に緊密に連携を」という回答は実質何も言ってないに等しい

ファイザーとは年内1.4億回の供給については契約に至っているが、全国民対象分を9月に前倒しかつ、追加供給については契約に至っていない。

「サインまでは至っていないが、内容的には合意できている。供給量は確保できたので、接種のスピードアップを検討していきたい」(河野担当大臣)

病原体を取り扱うための 製造所の構造設備、製造品質管理等に大きな初期投資と経費が必要なワクチン開発においては、一旦開発したワクチンは投資回収のためにも最大限販売したい。ファイザーにとっては、人口の多い日本は大口の顧客なので当然早い段階から供給量の大枠の約束はする。(そして競合となる国内メーカーを開発支援のインセンティブは下げさせておく。)具体的な供給の段階になって、再交渉しメリットを示す相手国から優先的に供給していく。

ビジネスの世界では、サインに至って初めて契約合意だ。一方的に希望的観測を広報することで心象を悪くして交渉決裂することも多い。

ブーラCEOは、会談後「(首相とは)追加供給について「協議」し、安全な東京五輪への期待を伝えた」と書き込んだだけで、日本に関してそれ以降コメントはしていない。

ここでは日本は議論をしている”goverments"(複数政府)の1つに過ぎない。総理を指名しておいて会談は10分、ワクチンの供給タイミングの前倒しのコミットはしないで"my hope for a safe Olympics in Tokyo"(「安全なオリンピックよろ」)という扱いなのだ。

追記: 5/6 20:00 ファイザーがIOCと選手団へのワクチン提供に合意との速報。今思えば、この伏線。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN060B00W1A500C2000000/?n_cid=BMSR2P001_202105061930


ちなみに翌19日、ブーラCEOはEUには「"will supply"供給する」と追加供給量も含めて明確に「"announce"発表」している。

国際社会のトップ交渉において何か特別なことを要請するには、相手に具体的なメリットを示さないといけない。

例えば、ワクチン接種のトップを走るイスラエルのネタニヤフ首相は「イスラエル時間午前3時」の回も含めて30回直接電話交渉したという。そして3月の選挙前にイスラエルに優先的に供給してもらえるために徹底的にイスラエル国民の治験データの提供に協力したと言われている。

イスラエル人の友人曰く

「ネタニヤフがファイザーにどのようなイスラエル人の個人情報を提供したかは神のみぞ知る」

ということのようだ。

少なくともコロナの陽性者数や重症化率といった細かいデータを全て毎週ファイザーに提供すると約束した。ブーラCEOは「イスラエルが(新型ワクチンの)世界の実験場になった」と公言している。

加えてファイザーがしたたかなのは、自国のトランプ政権とですら一線を画して来たことだ。トランプ政権主導の「ワープスピード作戦」において各社に数千億規模で配られた研究開発のための助成金を当初は受け取りを拒否し、自社で15億ドル(約1600億円)の開発費を投じている

科学者たちを政治的圧力から「解放する」ため」であり「それに、ファイザーが政治に巻き込まれるのを避けたかった」(ブーラCEO)ため、としている。それほどまでに、政治との距離感に細心の注意とコストを払い政治との交渉力を高めているファイザーだ。

世界の視点からは危機的状況でも本当の危機管理もしていない国に前倒し配布する気にはなれない?

河野太郎大臣:「ファイザーがワクチンの治験を始めた去年7月、日本は欧米と感染者数が2ケタくらい少なかった。そのため、日本は治験の対象外ということになりました。」

海外製薬メーカーにしてみると、ヨーロッパ各国やインドの様に何度も厳しいロックダウンを繰り返しつつも死者を出し、日々コロナと真剣に戦っている国々が優先になる。

ファイザーが日本に対して供給量は示しつつも、9月の供給のコミットを示さず契約を先延ばしにしているのは、おそらくインド等の未だ感染拡大が深刻な国への感染抑制の観点からの1回目のワクチンの優先供給を検討しているのではないか。

インドは4月26日、35万2991人の新型コロナ新規感染者を報告した。1日当たりの感染者数として全世界の過去最多だ。そしてグローバル企業ファイザーにとってインドは市場としても研究製造拠点としても重要な国だ。

インドだけではなく世界では未だ一日90万人が新型コロナウイルスに感染し毎日1万4千人の死者がでている(4/23現在)

それに対して日本の問題は脆弱なコロナ専門医療体制と私権制限する緊急命令を出さない(出せない)日本政府の内政問題であって、様々な手を打ってきた海外政府と比べると、未だ「なんもしてない」政府と「のんきな」国民に優先的に前倒しに配布する気になれないのではないか。

競合他者モデルナ、アストラゼネカは遅れて申請し5月に国内承認をようやく目指すというものであり、現時点ではそのファイザー製のみが唯一の供給源だ。

国内メーカーのワクチン開発は絶望的(現時点で4社が臨床試験中だが、年内に供給できる見通しは立っていない)政権の支持率もオリンピック開催の可否もここ数ヶ月のワクチン供給にかかっているという相手政府の足元を見て供給タイミングや量をタフに交渉してくるのは企業としての通常の行動原理ではないだろうか。

最近の報道では契約はできていないということだが、河野大臣の説明内容は具体的で中身の交渉をしていることは確かなようだ。

ようやく増設した製造ラインが立ち上がってきたので、ゴールデンウィーク明けからは、毎週1000万回ずつ日本に入ってきます。ゴールデンウィーク明けの2週間で1800万回分のワクチンを地方自治体に配ります。これは3600万人の高齢者の半分が1回目を打てる量です。ここから日本のワクチン接種も立ち上がってくるということになります。

ゴールデンウィーク開け、5/11には予定では緊急事態宣言は解除される予定でバッハ会長が来日する。その頃に、ワクチン接種が立ち上がっていないと相当スケジュール的にまずい状況になる。

「国産ワクチンを買い取ると政府が先に表明していれば、海外勢から価格を引き下げたり好条件を引き出したりする交渉ができたはずなのに」(バイオ製薬企業アンジェスの創業者森下竜一)

海外からの調達に出遅れた。では何故、調達の交渉材料にもなり得た国内ワクチンの開発は間に合わなかったのか?について考えたい。



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