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乖離する家計と企業の物価格差~耐え忍ぶ企業部門~

約41年ぶりの上昇がピークになるか

日本銀行より12月10日発表された本邦11月国内企業物価指数(PPI、速報値)は前年同月比+9.0%上昇とオイルショックの余波を引きずっていた1980年12月以来、約41年ぶりの大きさを記録しています:

これは市場予想の中心(同+8.5%)を超えるものでした。やはり約40年ぶりの大きな上昇として話題になった10月分も+8.0%から+8.2%へ加速していることを踏まえれば、さらに力強さを認めることができるでしょう。前月比では+0.6%上昇であり、このうち+0.17ポイントが石油・石炭製品(例えばガソリン、軽油、液化石油ガス)、+0.10ポイントが電力・都市ガス・水道、+0.09ポイントが鉄鋼です。

基本的には商品価格の騰勢がヘッドラインを引き上げている状況は変わらず、それ自体は全世界的な話でもあるため、敢えて特筆する必要は感じられません。むしろ12月入り後、オミクロン変異株に因んだ需要減退観測も手伝って資源高も一服しており、PPIのピークが10~12月期になるかどうかに着目したいところです。

「円安」と「資源高」を可視化する円ベース輸入物価

しかし、日本の場合、資源高に円安の効果が重なります。この点、注目される輸入物価指数の上昇率はドルを筆頭とする契約通貨ベースでは前年比+35.7%とこれも相応に大きいですが、円ベースでは+44.3%と一段と大きいです。資源を海外から購入するにあたって円という通貨の購買力劣化が露骨に表れていると言えるでしょう。それゆえに円ベース輸入物価は契約通貨ベース輸入物価以上に(円安の分)大きな上昇を見せる状況にある。企業物価統計の中でも「商品高」と「円安」の影響が最も可視化できるのが円ベース輸入物価指数です

片や、アベノミクス下で確認された事実ですが、日本の輸出企業は円安になっても外貨建ての輸出物価を引き下げてボリューム(量)を稼ぐのではなく、外貨建て販売価格を据え置くことで円安による為替差益を享受しようという傾向があります

例えば日銀の黒田体制発足と共にアベノミクスが本格始動したと考えられる2013年の1年間でドル/円相場は約+20%上昇しました。この間、円ベース輸出物価の前年比は月平均で+11.6%上昇しています。しかし、契約通貨ベース輸出物価の前年比は月平均して▲1.7%しか下落していません。大きな円安をもってしても外貨建て販売価格を引き下げるという経営判断には至らず、だから日本の輸出数量が増えなかったと言われることは多いです。今回も円安により円ベース輸出物価は上昇しているが契約通貨ベース輸出物価が相応に下落しているわけではありません。図は輸出数量を増やさず、海外への支払いばかり増える円安の実情が良く表れているように思えます:

圧迫され、耐え忍ぶ企業部門

また、需要段階別・用途別にPPIの動きを見ると「生産段階のコスト」と「販売段階のコスト」の乖離が非常に大きくなっていることが分かります。それは価格転嫁できずに収益を食い潰している企業部門の現状を示すものです。例えば「生産段階のコスト」として素原材料は前年比+74.6%(前月比+8.6%)と急騰し、中間財も前年比+15.7%(前月比+1.0%)と相応に大きな伸びを示しますが、最終財は前年比+4.6%(前月比+0.4%)と穏当な伸びに収まっています。最終財の中でも、消費者物価指数(CPI)と関連の強い最終消費財(国内品)に至っては前年比+2.7%(前月比+0.2%)とさらに伸びが抑制され、しかも10月(前年比+2.3%、前月比+0.7%)から減速しています。

要するに、家計部門にインフレ圧力は及んでいないという話ですが、こうした事実は象徴的にはPPIとCPIの乖離を見ると良く分かります:

例えば、CPIの最新分である10月分に関して言えば、PPIの前年比+8.3%に対し、CPIは同+0.1%でその差は8.2%ポイントもあります。これはオイルショックの影響が色濃く出ていた1980年7月以来の大きさですが、当時はCPIも同+7.4%と大きく上昇しており、その時点の過去3年平均(1977年1月~1979年12月)の5.4%と比べても際立って高いものでした。今回はCPIへの波及が殆ど確認できない状況でPPIが伸びており、その分、企業部門の負担感が増している様子が窺えます。これが長期化すれば、企業収益の下押しを通じて株価への影響も不安視されるでしょう。

なぜ、CPIが伸びないのでしょうか。理由は1つに絞れるものではないでしょうが、やはり内需回復の遅れを反映していると考えるのが自然です。以下のnoteでも議論しましたように岸田政権はコロナ対策が経済正常化に優先する方針を明示しており、2021年同様、犠牲者対比で過剰な防疫政策が2022年以降も続く公算が大きいと言わざるを得ません。必然的に内需は盛り上がりを欠く恐れがあるでしょう:

かかる状況下、優れた価格競争力を有する大企業を除けば価格転嫁の難しい状況が続くことが懸念されます。ここから論理的に予想される展開は企業収益の減少、これに伴う雇用・賃金情勢での調整でしょう。販売段階での価格転嫁が難しいならば、生産段階でのコスト(採用減少や賃金引き下げなど)を可能な限り削るしかないからです

残念ながら「経済社会活動の再開は決して楽観的になることはなく、慎重に状況を見極める(岸田首相)」という現政権の方針は消費・投資意欲を喚起するものではなく、企業部門が自身の負担の下、コストプッシュ型インフレを何とか耐え忍ぶ局面が続きそうです。

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