ミラノサローネの模索の軌跡が面白い。
空間の「温度」は大切な要素です。摂氏何度ということではなく、空間の雰囲気が暖かいか冷たいか?です。
およそ冷たいとオフィス的な空間になり、暖かいと山小屋のようになります。この中間で居心地のよいカジュアルな空間をつくるのが多くの人のテーマだと想像しますが、それを意識して作れる人ってそう多くない。
さて、毎年4月に開催されるミラノサローネ国際家具見本市が今年も16-21日の6日間に渡り実施されます。2月13日、ミラノのピッコロ劇場でのプレス発表の場にいくと、入口で「あなたはデザインをエモーショナルなものと考えるか、理性的なものと考えるか?」という問い(さっと目を通しただけで正確な文面は忘れたので、もしかしたら微妙に違うかも。失礼!)が出されました。
冒頭のテーマにも間接的に繋がりますね。
タブレット上でどちらかにタッチするのですが、結構、古典的な質問だなあと思いました。「今さら?どっちもあるのがデザインでしょう。それが中間のポイントを狙うわけじゃない」って。
でも、その意図はプレス発表の後半になって明らかになりました。
このプレス発表をみていて気がついたのは、ぼくの知っている人で、これまでこのような場にあまり登壇しないタイプが何人か登壇していたことです。
その変化の意味するところは「サローネのエコシステム」に主催者が注目をはじめた、ということです。ミラノ工科大デザイン学部の協力を得て社会的なさまざまな文脈への影響などをリサーチして報告にまとめるようです。
これまでも「ミラノサローネをコアにミラノデザインウィークが発展してきた」「それがミラノのデザイン文化を促進してきた」、という語りはミラノサローネの主催側からありました。
今回のプレス発表を聞きながら、かつてはどちらかというとサローネ自体を促進するマーケティング面に力点が置かれていたと思い出しました。いや、それ以外にも強調点はあったかもしれないのですが、受け手としてはマーケティング戦略との印象が残っているのです。
しかし、エコシステムのリサーチのプロジェクトはマーケティングとは一線を画していると感じました。サローネの情報発信に熱心になるだけでなく、情報の受け手の状況に視点を移してみないか?との提案が主催者組織の内部にあったのでしょうか。
(このポイント、ミラノサローネ代表のマリア・ポッロの意向がよく反映されているようにも想像しました。彼女の考えにご関心があれば、2022年8月、Forbes JAPANの連載に書いた「インテリア業界が「新しいラグジュアリー」の宝庫である理由」をご参照ください)
ミラノサローネはデザインの対象の拡大に合わせるべく、今年はかなり意欲的に広範囲の領域のテーマイベントを企画していますが、エコシステムのリサーチをするに相応しい構えをとったと言うべきでしょう。
キッチンのシステムを考えるなら、当然、温暖化にある世界における食のあり方を考えるよね? バスのシステムを考えるなら、当然、世界の水不足の問題を考えるよね?という姿勢がとても自然に受け入れられる方向を探っているのが窺えます。
そうでありながら、正義に走り過ぎない、あるいは理性に走り過ぎない。そこに一呼吸おこうとするのが、ミラノのデザイン文化にあり、それがミラノサローネの企画にも反映されているーーーつまり、ミラノのデザイン文化がサローネの企画をサポートし、他方、サローネの意向がデザイン文化に影響を与えるとの構図があります。
エコシステムを解明するとは、この相互関係をより多角的に見ていく、ということになるでしょう。
ノースイースタン大学にも籍をおくチウッカレッリがソーシャルメディアなどで流通されている言葉のデータ解析してきた結果が、2024年のミラノサローネのポスターの素材になっていると知り、これもエコシステム解析の一環だとぼくは理解しました。
そう、プレス発表の入り口での質問は、ジャーナリストたちのデザインとサローネの関係に関する認知動向を確かめるためだったのでしょう。デザインで理性を重視するタイプの人が書くサローネの記事とデザインをエモーショナルなものとしてみるタイプの人が書くサローネの記事は、かなりお互いに距離があるはずです。
単にエモーショナル重視派がエモーショナルな評価をするというだけでなく、そのような趣向があるからこそ、記事をより理性的に書こうと努めることもあるでしょう。逆もしかり。
チウッカレッリは、やはりミラノ工科大学の今は名誉教授のエツィオ・マンズィーニが主張する「デザインすべきテリトリーの特定化の必要」との戦略性にも言及しており、ミラノの本流にいるデザイン研究者たちとミラノサローネの距離が若干でも縮まったようなのはミラノのデザイン文化にとって良い兆候だと思いました。
2020年に書いた「「デザイン文化」をデザインするーミラノデザインウィークの変遷」の「先」が見えてきたわけですね。これは楽しみです。日本の多方面の人も、この動きをウォッチするのをお勧めします。
冒頭の写真©Salone del Mobile