「優秀な社員を抱え込むとイノベーションは起こらない」ー雇用形態の選択肢は変化したのか?
新卒一括採用・終身雇用の仕組みに支えられてきた日本型の雇用形態により、日本は長く「正社員」という働き方が支配的な社会になっていました。
ところが、ここ5年で働き方は大きく変化し、特に昨年の新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴って「多様化せざるを得ない」状況になってきたと言えます。
日本の高度経済成長を支えてきたこれまでの雇用形態は、いよいよ限界を迎えているのではないか? すでに崩壊しつつある働き方の形をいつまで引きずっていくのか?
これまでの5年間の働き方の変化を振り返りつつ、今後5年先、10年先、雇う側・雇われる側の双方にどのような「雇用形態」の選択肢の可能性があるのか、議論していきたいと思います。
大企業の人材がベンチャーで働く「レンタル移籍」のサービスを展開する原田未来さん、働き方の祭典でオーガナイザーを8年間務めている横石崇さん、ダイバーシティの専門家で組織変革や人材育成を多数の企業に行った実績をもつ佐々木裕子さん、新しい雇用スタイルの提案が話題になったタニタ社長の谷田千里さんと一緒に考えていきます。
聞き手は、日経新聞の石塚由紀夫編集委員が務めます。
◇ ◇ ◇
■「正社員」という雇用形態はもう限界?
ー石塚編集委員
「正社員」という言葉が定着してきたのは1980年代くらいからで、実はそれほど古くからあるものでもありません。その定義を整理しておくと、「時間・職務・場所に無制限で働かなければならない人たち」のことを正社員と呼んでいます。
私は「この働き方もそろそろ限界が見えてきているのではないか?」という問題提起をしたいと思っています。
タニタさんのような新しい雇用スタイルもでてきていて、しかしこれを「偽装請負」だと批判する人もいるわけです。具体的にどういう仕組みで、何の目的でやっているのか、まずはお聞かせいただけますか?
―谷田さん
弊社がやったのは、正社員を個人事業主として扱って業務委託契約にすることです。それによってやりたかったことは「心の健康」を守ることでした。
例えば、長時間働いていても精神的にダメージを受ける人と受けない人がいますが、その差はどこにあるのかと考えたときに、仕事を「やらされている」という感覚なのではないかと思いました。
個人事業主として「やりたい仕事をやる」というスタンスでやったほうが、心の健康のためにはいいのではないかと考えてやり始めた仕組みです。
ー横石さん
新入社員でも、正社員がいいとか、フリーランスとして業務委託でタニタにコミットしたいとか、セレクトできるようになっているんですか?
―谷田さん
はい。でも、今年は最終的に全員が正社員を選びました。「私、業務委託でやります!」と言ってくれる人が出てきていたら、面白かっただろうなと思うので、来年はもっとアグレッシブに、正社員にならない人を採りたいと思います。
ー横石さん
最近「Yes or No」の議論が増えたような気がしていますが、本来なら「Yes or No」ではなく、「Yes and No」の世界を作るためにはどうすればいいかを考えなければならないと思います。
「正社員がアリかナシか?」で言えば、今正社員をしている方のほとんどが、社会に出るときに正社員以外の選択肢をもてなかったのではないでしょうか。
正社員がデフォルトスタンダードの時代から、社会も働き方も多様になる中で、これからの若い人は多くの選択肢の中から自分で選べるようになればいいと思います。
■この5年で働き方はどう変わったのか?
ー石塚編集委員
原田さんは、大企業の人材にベンチャー企業で働いてもらう「レンタル移籍」というサービスを展開されていますが、この5年で何か大きな変化などは感じていますか?
ー原田さん
弊社は2015年の7月の創業なので、ちょうど5年半くらいになりますが、最初の2年は1件も契約がありませんでした(笑)必要性を感じてくれる会社さんは多かったのですが、実際にやるとなると「んー、それはちょっと」という感じでした。
それが「ちょっとやってみようかな」という空気に変わり始めたのが、2016年、2017年くらいでしょうか。ちょうど「働き方改革」や「人生100年時代」と言われるようになった頃です。
それまで、「仕組み」によって課題を解決しようとしていたことがうまくいかず、やはり「人」の問題なのではないかという流れができていったからだと思います。
ー石塚編集委員
それは、組織と個人の関係がこの5年で変わってきたということなのでしょうか。
ー横石さん
確かに「組織から個へ」ということは「大きい流れ」としてあると思いますが、そこには「とはいえ」という話がついてくると思っています。
例えばタニタさんのような働き方の先駆者たちに対して、「とはいえ、タニタさんだからできるんでしょ」という言葉が必ず出てきます。
8年間、働き方の祭典をやってきましたが、その戦いをずっとしているという実感があります。
ー石塚編集委員
働く人たち個人の考え方は変わってきているのに、企業社会は変わっていないということでしょうか。
ー横石さん
そういう意味ではこれからだと思います。大きいゲームチェンジは今年からだと考えたほうがいいと思います。
このタイミングが、10年後伸びている会社になるか、なくなっているかの分岐点になるのではないでしょうか。
■優秀な社員を抱え込むとイノベーションは起こらない
ー石塚編集委員
正社員で雇い続けることは、ある種、優秀な社員をずっと囲い込んでおける利点もあると思いますが、谷田さんはそれを手放すことについて、不安はなかったのですか? 優秀な社員が逃げるのではないかと、思いませんでしたか?
ー谷田さん
それは逆ですね。イノベーションを起こすために優秀な社員を抱え込みたいと皆さん考えていると思いますが、抱えているほうがイノベーションは起こらず、逆に腐っていってしまうと思います。
せっかくのいい人材が、「会社は自分を認めてくれてるな」「お金は確実に払われるな」と思った瞬間に、成長が止まってしまう。組織と人がお互い切磋琢磨している関係でいるほうが、成長には寄与すると思います。
ー石塚編集委員
原田さんが行なっている「レンタル移籍」ですが、社員を抱え込むのではなく、わざわざ外に出して経験を積ませることは、企業側にはどんなメリットがあるのでしょうか?
ー原田さん
弊社の謳い文句では、「大企業の人材をイノベーションに資する人材に生まれ変わらせるために外に行きましょう」というものです。
このサービスのポイントは「外に出た人が再び戻ってくる」ということです。大昔でいう遣唐使や遣隋使のように、異物なものを外部の人が突然持ち込むのではなく、身内が外に出て行って持って帰ってくることに意義があります。
ベンチャーのように制約の少ないところで自分を覚醒させる経験をして帰ってきてもらう。そのような社員がイノベーション人材になっていくという期待感が、大企業側にはあると思います。
ー石塚編集委員
レンタル移籍で社員を外に出すと、そこに引き抜かれてしまうのではないかという危機感を企業側は抱かないのでしょうか?
ー原田さん
最初は気にしていますが、もう「囲って外を見えないようにする時代ではない」ですよね。むしろ、外でも通用する人材をいかに自分たちの会社に引きつけておけるかを考えるほうが大事です。
そのようにお話しすると、企業側もそうならないように、帰ってきたときのポジションを用意したり、どうすればその経験を個性として活かせるかを考えたりしてくれるケースが増えてきています。
■ダイバーシティは「うまくいった現場を見ること」で成功する
ー石塚編集委員
佐々木さんはダイバーシティの専門家でいらっしゃいますが、少し無茶振りをさせていただくと(笑)例の「わきまえない女」発言をどのようにご覧になっていましたか?
ー佐々木さん
タイムリーだなと思って聞いていました。おそらく数年前なら、こうはならなかったのではないかと。
ソーシャルにいろいろな人が声を上げたということもありますが、コロナの影響で認識が変わってきたこともあると感じました。
今は多くの人が家にいる時間が長くなって、仕事も家事も家の中で「男女関係なくやっている」ことが増えてきていると思います。
そのような中で「あの発言はおかしいんじゃないか」ということが、一部の人たちだけが言っていることではなく、一般的な価値観になってきた、ある意味潮目が変わってきたような気がします。
ー石塚編集委員
ただ、私は実は伝わり方が少し残念だなと思っているところがあって、政治的倫理的にあのような発言はダメなんだということは、多くの人がわかったと思うのですが、実は経済合理的にもおかしいことで、経営学的にも間違っている発言だというところまでちゃんと伝わったのか、少し疑問を感じています。
ー佐々木さん
私もそう思います。これは、まだまだ実績が伴っていないからだと思います。実際の意思決定層には、まだダイバーシティがありません。ダイバーシティによって事業が成長していくという手応えを得ることが大事だと思います。
ー石塚編集委員
ダイバーシティに対する認識は、ここ5年くらいで変わってきていると思いますか?
ー佐々木さん
これまでずっと牛歩の歩みだったものが、ここ1、2年で急に経営の本丸にきていると感じています。
コロナによるリモートワークの拡大でマネージメントが難しくなったこと、環境変化が激しく事業存続が厳しいかもしれないというプレッシャー、そして、SDGsやESGなどが出てきてマーケットからもダイバーシティが問われる時代になってきました。
これら3つが重なって、もうやらざるを得ないとなった企業は急激に増えたと思います。
ー石塚編集委員
意識は変わってきているのに、ダイバーシティが進まないのは、どこに問題があるのでしょうか?
ー佐々木さん
やはり「論より証拠」なのだと思います。一度、当たり前になっていることを壊してみることで、「なんだ、実際にやってみると案外うまくいくな」とか「いいことが起こるものだな」とか、マネージメント層や経営層が実際に見ることが大事だと思います。
■「何を」「誰と」やるかの選択が自分自身に委ねられる時代へ
ー石塚編集委員
コロナをきっかけに、いろいろなものが見えづらくなってきているような気がします。その分、組織も個人も自分で考えなければならなくなったということですね。
ー横石さん
石塚さんが最初に整理してくださった「正社員」の定義で、「時間・場所・職務」とありましたが、これからは「何をするか?」に注目するようになると思います。
個人は「この会社は何をしたいのか?」というビジョンや理念によりフォーカスし始め、そして「誰と働けるのか?」というところもポイントになっていくでしょう。
これまでの正社員にはほとんど選択の余地がなかった部分です。何を誰とやるのかの取捨選択が自分自身に委ねられる働き方になってくると思うので、どのような雇用形態で働いていても、自律性・自発性が求められるようになると思います。
ー原田さん
組織が完成してくると、気にするところが「関係性」になっていくような気がします。そうではなく、全員が「目的」にフォーカスしていれば、年齢も性別も国籍も関係なく動けるはずです。
「パーパス」という言葉も出てきていますが、「自分は今こういう立場だからここまでしか言えない」というような、目的とは別のところに意識が取られてしまうとうまくいかないと思います。
一度、「目的」に立ち返るといいと思います。
ー石塚編集委員
確かに「パーパス」はこれから大事ですね。
昨年、テレワークが進む中でヤフーが副業人材を積極的に採用して、その中には10歳の小学生もいれば80歳の高齢者もいる、アメリカ在住の人もいる、という状況で様々な人が働ける制度を導入していましたが、そのような多様な人たちを組織が束ねるには、求心力のようなものが必要になってきますよね。
ー谷田さん
私たちが今の雇用スタイルを導入し始めたとき、最初は「何言ってんの?」という状態でしたが(笑)、この4年でずいぶん変わってきた感じがあります。
業務委託制度の利用は、現在社内の1割程度になっていますが、1割くらいでも社内の雰囲気は変わったと思います。
ー佐々木さん
ポートフォリオをもつことが大事な時代になってくるだろうなと思っています。人によって9:1だったり、8:2だったり、5:5だったりすると思いますが、いろいろな組み合わせがあっていいと思います。
それができる時代になってきていますし、ポートフォリオだからこそそれぞれの場所で冒険もできるでしょうし、それが頭の中でシナプスがつながるようにしてイノベーションが起こると思います。
そういうことが当たり前になってくると、面白くなるのではないでしょうか。
ー石塚編集委員
仕事はよく「will・can・must」と言われますが、これまでの日本的雇用では「must」ばかりを言われていたように思います。働く側も「will」をもたずに仕事をしてきたところがあるのではないでしょうか。
「これをやれ、あれをやれ」から「そうではない選択肢」が選べるようになってきたからこそ「will」が重要なのだと思います。
タニタさんの仕組みのように、企業側も働き手が「will」をもてるようにうまく支援していくことが必要になってくるでしょう。
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■皆さんから募集した投稿「この5年で変化した働き方」
今回のイベントに先立ち、みなさんから投稿を募集しました。ご投稿いただいた方々、本当にありがとうございました。いくつか最後にご紹介したいと思います。
■個人のリモートワーク→個人のワーケーション→これからは会社自体が旅をする(WAmazing加藤史子さん)
■仕事は、人と人の関係性が先にあって生まれるものだったが、いつのまにか仕事が先で関係性ができるという逆の順番に。しかし、ここ5年で「関係性が先」を取り戻すための動きが急激に進んだ。(NarrativeBASE 代表 江頭 春可さん)
■自分が考えたものが良くも悪くも現実になり、自分が望んだものが(むしろ、それだけが)手に入るようになっている(長橋 明子さん)
ここではご紹介しきれませんが、ほかにもたくさんのご投稿をお寄せいただきました。ありがとうございます。こちらからご覧ください。
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この記事は2月24日(火)に開催された、at Will Work カンファレンス「働き方を考えるカンファレンス2021 働くのこれから」の内容をもとに作成しました。
原田未来さん
株式会社ローンディール代表取締役社長
日経COMEMO KOL
株式会社ローンディール代表取締役社長。2001年、創業期の株式会社ラクーン(現 東証一部上場)に入社、営業部長や新規事業責任者を歴任。2014年、株式会社カカクコムに転職し事業開発担当。人材流動化の選択肢が「転職」しかないことに課題を感じる。サッカーなどスポーツの世界で行われている「レンタル移籍」に着想を得て、「会社を辞めずに外の世界を見る」「企業の新しい人材育成」を目的に6~12か月社外で働く仕組みとして、企業間レンタル移籍プラットフォームを構想し、2015年に株式会社ローンディールを設立。「日本的な人材流動化の創出」をミッションに掲げる。
・note:https://note.com/mirai_harada
横石崇さん
&Co. 代表取締役
Tokyo Work Design Week オーガナイザー
日経COMEMO KOL
多摩美術大学卒。広告代理店・人材会社を経て、2016年に&Co.を設立。ブランド開発や組織開発を手がけるプロジェクトプロデューサー。主催する国内最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では3万人の動員に成功。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」支配人。法政大学兼任講師。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。
・note:https://note.com/yoktakyoktak
佐々木裕子さん
株式会社チェンジウェーブ代表取締役社長
株式会社リクシス代表取締役社長
日本銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニー・アソシエイトパートナーを経て、チェンジウェーブを創業。変革デザイナーとして組織変革や人材育成など450社以上の実績を持つ。営業変革プロジェクト「エイカレ」や地方創生協働リーダーシッププログラム「MICHIKARA」の企画・運営に携わるほか、無意識バイアス・ラーニングツール「ANGLE」の設計・監修、IT系介護ベンチャー・株式会社リクシスの立ち上げなど、多様な変革を広げている。著書に「21世紀を生き抜く3+1の力」ほか。
谷田千里さん
株式会社タニタ代表取締役社長
1972年大阪府吹田市生まれ。1997年佐賀大学理工学部卒。船井総合研究所などを経て2001年タニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役。2008年5月から現職。48歳。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」事業や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと変貌させた。
石塚由紀夫
日本経済新聞社 編集委員
1988年日本経済新聞社入社。女性活躍推進やシニア雇用といったダイバーシティ(人材の多様化)、働き方改革など企業の人事戦略を 30年以上にわたり、取材・執筆。 2015年法政大学大学院MBA(経営学修士)取得。女性面編集長を経て現職。著書に「資生堂インパクト」「味の素『残業ゼロ』改革」(ともに日本経済新聞出版社)など。日経電子版有料会員向けにニューズレター「Workstyle2030」を毎週執筆中。
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