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就社意識で入ってくる新入社員はもういない?新人社員の定着率をKPI化しなくても良い理由。

皆さん、こんにちは。今回は「新入社員の定着」について書かせていただきます。

4月。多くの企業が入社式を終えましたが、オンラインではなく一堂に会して実施した企業が多く、ようやく平常に戻ってきたような感じがします。入社式での祝辞は、各企業のカラーが出ただけでなく、今の時代背景や若手世代の価値観を反映したものが多く見られました。

今の若手社員はどのような意識で入社してきているのでしょうか。企業側はそれを受けてどのように対応していくべきなのでしょうか。具体的に考えていきます。


■終身雇用にこだわらない企業が続出

引用した記事には、

多くの経営トップが祝辞を述べるなか、異彩を放っていたのが日立製作所の小島啓二社長です。「すべきことをすることが仕事」だと定義したうえで、「日立で仕事をした後、日立の外に『すべきこと』を見いだすかもしれません。それもまた素晴らしいことだ」と、約700人の新入社員に語りかけました。定年まで勤め上げる終身雇用が、すべての新人にとって望ましいキャリアであるとは限らない、と明言したのです。

とあります。また、

博報堂DYホールディングス傘下のネット広告を手掛けるソウルドアウト(東京・文京)は、23年春入社から新卒採用で「地方事業家採用」を始めました。地方で起業したり家業を継いだりする将来プランを描く若手向けの採用枠です。5年後の退社を前提に、経営スキルやリーダーシップを教えます。今春は採用者はいませんでしたが、今年度以降も継続します。成長意欲が高い若手は発想も斬新で、5年間とはいえ、組織活性化に一役買ってくれるだろうと期待しているのです。

と、数年後に退社することを前提とした採用枠を用意する企業までいるようです。

終身雇用とはそもそも、企業が正規雇用社員を定年まで雇用する制度のことで、年齢や勤続年数などを考慮して賃金や役職を決める年功序列制度とともに、日本の雇用制度の特徴と言われています。社員は定年まで同じ企業に属することを前提としているため、安定した収入と雇用を継続できる点がメリットです。ですが、

リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」(2022年)によれば、今や「退職経験がない」45~54歳の正社員は38.4%だ。6割は55歳までに転職を経験している。

とあり、終身雇用は既に少数派なのです。

終身雇用の崩壊に影響を与えている現象として挙げられるのは、経済の低迷です。経済成長が見通せず先行きが不安な状態が続けば、企業は終身雇用を継続することが難しくなります。また、優秀な人材確保のために成果主義の導入を進める企業が増加したことや、早期希望退職者を募集するなどの人員削減を進めたこと、ITの進化によって生産性向上を目的とした働き方改革が推進され、長く働くことで評価されるのではなく、労働生産性が重視されるようになり、働き方に対する価値観が変化してきたことなども、終身雇用の崩壊が進んだ理由の一つです。

もともと日本では自分のスキルを磨ぎながら働く「就職」よりも、会社に就職する「就社」意識の方が高かったのですが、同じ会社に定年まで勤める意識は若い世代には明らかに薄くなっています。

「大手企業に就職すれば将来安泰」という時代でもなくなっている今、会社の規模に関わらず、早期に専門スキルを身につけることが大事とされ、重視するのは「会社の安定性」よりも、「仕事の面白さ」や「いかに早期に経験を積めるか」、さらには「いかに高度な専門スキルを身につけられるか」へとシフトしているのです

だとするならば、企業側もこれまでの終身雇用に依存し続けていてはいけないのかもしれません。終身雇用はこの先も続いていくと見る人と、完全に崩壊していくと見る人と、意見は分かれているように思います。ただ、デジタル化やグローバル化など市場競争の激化により、企業が生き残るためには、より高い専門性が追求されるようになっていることは事実です。

特定のスキルを持つ専門性の高い人材は、どの企業においても重宝されることから、これからの企業と個人の関係性は、定年までの雇用を守る代わりに仕事を提供するといった「主従関係」から、ジョブやスキルに紐づき、業務を完遂する上で必要な人材と企業が向き合う「対等な関係」へと変化していくことは明白ではないでしょうか。

■若手の意識はどのように変化してきているか

若い世代を中心に、1つの会社で働き続ける就社意識は薄れつつある中、企業側が躍起になって社内に留めようとすればするほど、かえって離職を誘発してしまう可能性が高まることさえあります。

具体的に、若手社員の意識はどのように変化してきているのでしょうか。

パーソルキャリア(東京・千代田)の転職サービス「doda(デューダ)」への毎年4月の新規登録をみると、新社会人の登録が22年は11年の28.6倍になりました。全社会人の5.5倍増と比べても際立っています。実際にすぐ転職する新人は一部にすぎませんが、転職も視野に入れてキャリアプランを立てる若手が増えていることを示したデータといえそうです。

●変化① 「同じ会社に在籍し続けることはリスクが大きい」
→20代は他の世代と比べても転職に対するイメージがポジティブに変化していて、転職を積極的にしていく方がキャリアアップにつながると考えている人が多い印象です。むしろ新卒で入った企業に留まり続けることは、成長が鈍化し、キャリアにおいてマイナスであると否定的に捉えている人も少なくありません。その一方で、実際に転職する若手社員が急増しているかというとそうではないという調査結果もあり、すぐに転職をするというよりは、たとえば副業や部署異動などを通して、自分らしい働き方、自分に合った仕事を模索している若手社員が多いと言えるでしょう。

●変化② 「世の中のため、社会のためになることをしたい」
働く目的や理由を、収入を得ること以外で考えた時に、「仕事を通じてやりがいや充実感を得るため」「自分のスキルや能力を高めるため」「人や社会の役に立つため」とする人が多く、自分が所属するチームや組織のため、または会社のために何か貢献したい、役に立ちたいと思う人の数は以前と比べて減っているはずです。これも就社意識から就職意識への変化に伴うものです。今の若手世代は、社会や世の中に対する貢献意識が高く、自身のスキルアップや成長に対して意欲的です。また、コロナ禍を経てリモートワークなどで、会社のメンバーとのつながりを感じにくくなったこともあり、仕事を「チームで進める」よりも「個人で進める」感覚が従来よりも強まっているのかもしれません。

●変化③ 「ジョブ型雇用に前向きで職務内容は決められていた方がいい」
→就職先を選ぶ際に、「職務内容が定義されていて、希望する部署や職種で働けることが重要」であると捉えている人は多いです。逆に言うと、自分の仕事内容や業務範囲が決められていないと、イレギュラーな案件やケースが出てきた時にコントロールしにくく、ワークライフバランスに悪影響が出てしまうと考えているようです。自分が優先したいこと(たとえば趣味や副業、スキルアップのための勉強、プライベートの時間、育児・介護など)を優先したい時にできないということに、非常にストレスを感じる世代です。

●変化④ 「挑戦することには前向きだが、失敗を極力回避したい」
→若手社員にとっては、自身の成長やキャリアアップにつながることを、働く上で極めて重要視しています。自分の能力を高めることに意欲的で、自己研鑽も積極的に行っている世代です。ただ、成長意欲がある一方で、失敗は極力したくないので責任ある大きな仕事は任されたくないと思っている人は少なくありません。成長のために背伸びをして挑戦するよりも、自分らしく長く働き続けるために、無理のない範囲で業務に取り組みたいと明言する人も多いです。上司や先輩社員からの、「どんどん失敗して成長しよう」という言葉に違和感を覚える人もいるようで、できるだけ失敗を回避しながら成長したいという価値観を持っています。

こちらにもZ世代の仕事観やキャリア観について書かせていただきましたのであわせてご覧ください。

■新入社員の離職率を無理に抑えなくてもいい理由

少子化で若年人口が減っていくなか、キャリア採用併用・重視に転換する企業が増えているのは事実です。ただ、企業には中長期的なビジョンを持って経営を支える人材が、一定数は必要です。帰属意識が高い経営人材などです。終身雇用が完全になくなるとは考えられません。
とはいえ、働く側からみれば、終身雇用が続くと過信してはいけません。70歳現役が叫ばれるなどキャリア人生は伸びていますが、勤務先がその間存続する保証もありません。大切なのは「自分がやりたいこと」「できること」「すべきこと」の、いわゆる「will」「can」「must」を意識して、変化を恐れず、柔軟に自分を磨き続けること。それがポスト終身雇用時代を生き抜くキャリア術だと思います。

若手社員の離職を一生懸命抑えようと、必死に取り組んでいる企業も多いと思いますが、社員の離職率は低ければ低いほど良いというわけではありません。たとえばスタートアップ企業の場合、会社が成長する過程である程度幹部人材や、社員の入れ替わりが起こることが頻繁にありますが、ゼロから何かを生み出したり、新しい価値を創造する過程で、そのステージによって必要な能力や人材が変わっていくことは、ごく自然なことです。企業の方向性やビジョンと、個人の意思に少しでもリンクする部分がないと、お互いにとってプラスになることもありません

少し話が逸れますが、組織の「新陳代謝」がうまく行われている組織は、目の前の課題や壁を乗り越え、未来を切り開いていくことができます。常に新しいことに挑戦し、何かを生み出し、適切な代謝をしている企業ほど良いスパイラルが回っていくのです。

「何かを捨てる」「何かを止める」「何かを入れ替える」などの適切な新陳代謝を、仕組みとして構築している企業は、それだけその時々に必要な戦略実行や、組織目標を達成するためのフォーメーションを整備し、集中すべきことや優先順位が高いことを明確にできる分、新しい価値創造を継続的に行っていくための土台が備わっています。新陳代謝は会社が持続的に成長し続けるために、必要不可欠なのです。

話を元に戻すと、組織にとって適切な新陳代謝も必要な中、無理にあの手この手を使って、会社に留まる意思がない人を引き止める必要はありません。企業にとっても社員にとっても、お互いにとって良い選択とは言えないでしょう。とはいえ、長く働く意欲を持った人にはしっかりと向き合い、大事にしていくことも重要だと思います。

そのためにも、
●社員の持っている能力やスキルを把握し、活躍できる場を適切にセットする
●社員の主体性や意思を尊重する
●会社への帰属意識が高い人、組織目線のある人に大きなチャンスやミッションを提供する
●会社を自分事として捉えられる機会を十分に作る
●会社の方針や意思決定の背景などを適切に共有する
●社員が経営層に気軽に発信・コミュニケーションできる場を作る

などを意識すると良いと思います。


最近、とある企業が「我が社を踏み台にして、いつでも転職してください」というようなメッセージを社員に送ったというような記事も見かけましたが、せっかく同じ志を持って、数ある会社の中から選択して入社してきてくれた人が、いつでも抜けていい、抜けることを前提に採用しているというのは、個人的には少し違和感を覚えました。(私自身が採用責任者という立場だからかもしれませんが。)

ここで言いたいことは、企業も個人も終身雇用を前提とした働き方を実現しましょうということではありません。またその逆で、一つの会社に留まらず、どんどん外に転職していきましょう、ということでもありません。個人の働き方や価値観も多様化している今、企業が若手社員の離職率をいかに抑えるかをKPI化し、一生懸命施策を打ち続けることに、大きな意味がなくなってきているのではないかということです。

時代とともに、離職率が低いことが美徳ではなくなってきています。離職率が低いことが働きやすい環境であるわけではないからです。単に離職率を抑えることを目標化するのではなく、本質的な企業体質改善や企業価値向上に取り組むことが大切だと思います。

その上で、中長期で会社を発展・成長させていくために、中長期で活躍し続けてくれる社員を大事にすること。そして、終身雇用にしがみ続けるのではなく、適切な新陳代謝を繰り返しながら、それでも長期にわたって社員が働きやすい環境構築の実現を目指すことが重要ではないかと思います。


最後に、こちらの記事には、

「俺についてこい」といった流儀や、若手を身近に置いて「背中で教える」というやり方が、今の時代にそぐわなくなってきたことも確かだろう。「これまで企業は垂直的な関係だけで若手育成を考えてきた。水平的な関係に向けての『育て方改革』を求められている」。企業が注力し始めた「人的資本経営」において、優先度の高い課題だ。

とあります。

前述した通り、終身雇用が崩れ、自分のキャリアは自分で切り開く必要があるという自覚を持った若手世代が増えてきました。さらに、今の会社にいることで身につく企業独自の能力よりも、どの会社でも通用するような能力を身につけることの方が価値が高いと捉えられ始めています。上司や先輩社員の背中を見てその会社の中で通じる仕事の進め方やスタイルを覚えていくよりも、社員一人ひとりの意志や自律性をベースとしながら、ある意味フラットな関係性で若手社員のスキル形成に伴走していくというようなやり方が、求められているのかもしれません。

「垂直的な関係性で、部下に指導する」育成手法から、「水平的な関係性で、ともに成長する」という育成手法へ

企業と個人の関係性が変化している中、従来のようにトップダウン型で育成していく方法から、フラットな関係性の中で「個の成長」と「企業の成長」を両輪で実現しなければならない時代に突入しているのだと思います。

時代の変化や若手社員の意識の変化を的確に捉え、これまでの固定概念に囚われず、若手社員との向き合い方や育成の仕方を、どんどんアップデートしていく必要が出てきているように思います。



#日経COMEMO #NIKKEI

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