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欧米ニュースメディア業界の2023年トレンド予測〜ロイタージャーナリズム研究所レポート

毎年1月に公開されるデジタルニュース業界における恒例の調査レポート、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所によるジャーナリズム・メディア・テクノロジー動向・予測調査(Journalism, media, and technology trends and predictions)の2023年版が先日1月10日に公開されました。今年は53の国と地域のメディア業界の経営や編集のエグゼクティブ303名からのアンケートに結果に基づいてまとめられているとのことですが、今後を展望する際に参考になる視点が数多く含まれていると感じました。

昨年版のレポートが公開された際にも記事として取り上げたのですが、2023年1月の今、昨年とくらべてはっきりと違いを感じる点があります。「AI活用の浸透」です。

以下はレポートが紹介されているページをAI自動翻訳ツールDeepLを利用することでワンクリックで日本語化されたものです。また、トップページに掲載されている画像は画像生成AIツールのMidjourneyで作成されたものが使われてます。

ジャーナリズム・メディア・テクノロジー動向・予測調査(ロイター・ジャーナリズム研究所)

もちろんレポートの中でも話題のAIツール、ChatGPTについて、以下のように大きな可能性があるとして取り上げられています。

ChatGPTは、インターネットが発明されて以来最大の技術的進歩の一つであり、コンピュータがわずかなテキスト入力から言葉だけでなく絵やビデオ、さらには仮想世界までも作り出すことができる「生成的AI」という広いトレンドの一部であると見る人もいます。

ジャーナリズム・メディア・テクノロジー動向・予測調査

今まで海外のトレンド動向について折に触れてこうしたレポートの要約記事を書いたこともあったのですが、今後向き合い方を大きく変化させる必要があるのでは、と感じます。一方で、翻訳、要約、構成・推敲等の部分でAIを活用しつつ、自分独自の視点を盛り込むことで効率的にアウトプットに繋げられるのでは、と期待も感じます。

昨年2022年版のレポートをご紹介した時にも触れましたが、ジャーナリズムの文脈での「気候変動」分野の取り扱いに注目しつつ、いくつか個人的に気になったトレンドについて、簡単に項目毎にポイントをご紹介したいと思います。

【レポートの全体の構成】

【1】インフレ、不確実性、支出の圧迫がジャーナリズムの展望を曇らせる

今回の調査では、編集者、CEO、デジタル・リーダーの回答者の半数以下(44%)が、今後1年間のビジネスの見通しに自信があると答える一方、ほぼ同数(37%)が中立的と答え、約5分の1(19%)が自信がないと回答しています。エネルギー危機とインフレによる広告収益の減少、印刷等のコスト高に見舞われ、レイオフを余儀なくされた媒体についても挙げられています(ガネット社、CNN、Morning Brew、BuzzFeed等)。国内でも新聞の発行部数が減少を続け、「週刊朝日」や「週間ザテレビジョン」の休刊が報じられる等、世界的に厳しい状況が続いていることが伺えます。

【2】デジタルサブスクリプションとバンドルは、いくつかの希望をもたらす

収益の柱として「サブスクリプション」への期待が高まっていることは鮮明になりつつあります。調査の回答者はとても強気に自信を持っているようで、2/3(68%)が有料コンテンツ収入がある程度増加すると予想してます。
レポートで指摘していてなるほど、と思ったのが「プライスダウンとスペシャルオファー」です。海外の大手ニュースサイトを見ていると、年末年始にかけて「年間購読料を半額」、あるいは「最初の6ヶ月を1ドル」等の大胆な値下げをしているキャンペーン広告を頻繁に目にしました。まずは体験をしてもらうことで長期的なファン(購読者)になってもらうという、業界挙げての取り組みであることに改めて納得です。

最も重要なデジタル収益源は、との質問に対し、サブスクリプション(メンバーシップ)との回答が3年前から6%増加の80%で首位に立っていることも印象的です。2位には今回5%低下したディスプレイ広告となってます。ネイティブ広告やイベントも大きく後退するなかで、増加しているのは英ガーディアン等で成功が見られる「寄付」や「フィランソロフィー」でした。

ニューヨーク・タイムズが提供するポッドキャスト番組「The Daily」等を聴いていると、「日々取材に取り組み、民主主義を守るためにも購読をお願いします」と現場の記者による臨場感溢れる誠実で力強いトーンでの購読を呼びかけるメッセージをよく耳にします。もはや購読料としてではなく、社会に意義のあるものに対して寄付のつもりで購読をしている人も一定数いることが想像されます。

【3】インターネットのピークとニュース回避の課題

ある調査によると、パンデミック期間中に在宅で過ごす時間が増えたことでニュースサイトへの訪問時間が増えた後、直近ではインターネット利用時間は全体で13%減少し、インターネットのピークに達した可能性が指摘されてます(調査では33%がサイトへのアクセスが前年同様レベル、25%が減少していると報告しています)。

更にウクライナ侵攻からエネルギー価格の上昇、インフレ、気候変動等、暗い憂鬱な気持ちになる報道が続くことで、ユーザーが積極的にニュースを避ける「ニュース忌避」の傾向があり、メディア業界のエグゼクティブも72%がそうした傾向を心配していると回答しています。

【4】気候変動緊急事態に対する報道姿勢の変化

気候変動に対する報道姿勢に対してはパキスタンの壊滅的な洪水、中国の猛暑、カリフォルニアの山火事、ヨーロッパ各地の干ばつ等、世界中で異常気象が相次いでいることを受け、その重要性が高まっていることが既にだいぶ織り込まれているようです。

調査結果によると、専門家チームの強化や持続可能なジャーナリズムのための新たな戦略によってこの状況を変えようとする動きが進んでいるようです。今回の調査では、回答者の半数(49%)がニュース気候チームを創設したと答え、3分の1弱(31%)が危機のさまざまな側面をカバーするためにスタッフを増員していると回答しています。その中には、ナショナル・パブリック・ラジオやワシントン・ポストが含まれていて、2022年11月には気候変動関連のチームの規模を3倍の30人に増やすと発表してます。

以下はワシントン・ポストがその際に新しく開設した気候変動問題への解決策に焦点をあてたセクション、「Climate Solution」です。地球温暖化がもたらす自然災害の被害、政策、意識の変化、企業の取り組み、アクティビズム等、すべての報道が気候変動の切り口を求められつつあると感じます。そんな中、特に「解決策」に特化したサイトが創設された点は注目したいと思います。

Washington Post の"Climate Solution"セクション

*こちらは2022年3月に行われた気候変動とジャーナリズムについての講演の文字起こし&翻訳です。包括的に課題と解決策の提案がまとめられています。

【5】テクノロジー・プラットフォームは、行き過ぎた行為、傲慢さ、新たな競争に苦しんでいる。

ツイッターはイーロン・マスク氏による買収後多くの広告主、一部の利用者を遠ざけ、メタの株価は約3分の2下落し、アップルのiOSプラットフォームにおけるプライバシー方針の変更を実施する等、大きな変化に直面しています。一方でTikTokの躍進、そして規制の可能性等も注目が集まってます。

パブリッシャーが読者とのエンゲージメントを高める場所としてTikTok、Google検索、インスタグラム、YouTubeが上位を占める一方で、フェイスブック、ツイッターへの注力が低下していることが伺えます。

オープンなプラットフォームとしてメディア業界にとっては重要なインフラとして存在感を持っているツイッターですが、51%の回答者が「ツイッターがなくなることはジャーナリズムにとってよくない」と回答しています。記事の拡散目的だけではなく、ストーリーの発見、証言の入手、情報へのアクセス、その他データ分析からもたらされる洞察等、ジャーナリズムに多くの利点があることが指摘されてます。

興味深いのは「ツイッターがなくなったらどのプラットフォームを業務で使うか」との質問に対し、圧倒的多数の42%がリンクトインを利用すると回答した点です。Linkedin は国内では昨年利用者が300万人を超え、少しずつ増加傾向にあるものの、世界で9億人以上、米国では約2億人、英国でも3,500万人が利用し、コンテンツを投稿するプラットフォームとしても存在感が高まっている様子が伺えます(Linkedin公式登録者情報

【6】フォーマットの革新:オーディオ・ビデオへの移行が進む

パブリッシャーが読者・視聴者にリーチする方法が多様化していることが以下の図から伺えます。大きなトレンドとしてはポッドキャストなどのデジタルオーディオ(72%)、ニュースレター[メールマガジン](69%)、デジタルビデオ[ライブ配信、ショート動画、短編ドキュメンタリ](67%)に力を入れると回答してます。

印象的だったのは自動音声読み上げではエンゲージメントを得られない、ということで新しくスタートしたNew York Timesの取り組みです。記事を書いた記者による数分間の自己紹介と記事紹介を自分の言葉で伝えた上で記事の読み上げも自分で行う、「Reporter Reads」というセクションが実験的に既に行われています。

また、ニュースレターの取り組みで興味深いのがLinkedinが2022年初旬にスタートした企業ページによるニュースレター配信機能の活用です。メールアドレスの登録が不要でワンクリックで購読が可能であることから、リーチを増やすために多くのパブリッシャーが活用していることが紹介されてます。Financial TimesのLinkedinページのフォロワー数704万人のうち144万人(約20%)、Nikkei Asiaのページフォロワー数77.6万人中7.7%(約10%)と、英語圏での活用に関してはとても可能性がありそうな取り組みと思われます。特に2月11日からLinkedinの新しい機能更新が行われる予定で、すべてのLinkedinユーザーのプロフィールページにその人が購読しているニュースレターの一覧が表示されるようになり、新規購読者獲得をしやすくなることが予想されます。

Financial Times - Editor's Digest
Nikkei Asia - Your Week in Asia

【7】製品の方向性は明確だが、変化のスピードに不満が残る

この章ではパブリッシャーが提供するアプリ等のプロダクトの進化のスピードが他のハイテク企業に比べ遅い点に不満がある点が指摘されています。
プロダクト開発の例として挙げられていたのはワシントン・ポストが昨年末に提供した、自分がどのジャンル記事をどのくらい読んだかを振り返ることが可能なサービスがありました(Newsprint)。Spotifyが毎年年末提供している年間の視聴履歴をビジュアル化してくれる「Wrapped」に着想を得たもので、個人的にはとても面白いと感じた記憶があります。FTが昨年春にリリースしたのは「FT Edit」というライトユーザー向けのサブスクリプションプランは、毎日厳選された8本の記事が読めるというサービスです。価格は月額4.99ポンド(初月無料、6ヶ月目まで0.99ポンド)で、新規購読者獲得につながりそうな素晴らしいプロダクトであると感じます。

【8】人工知能のブレイクスルーの年とジャーナリズムへの応用

冒頭触れたように、今回の調査ではChatGPTを始めとするAI画像生成サービスのMidJourneyやDALL-Eの他、動画生成、音声読み上げ、要約、翻訳、記事作成、見出しの最適化や最適な投稿時間等のSNS配信タスクの管理等、あらゆる分野での活用が予想されます。今回の調査が実施されたのが昨年11月ということでChatGPTが爆発的に話題になる前だったことを差し引いても、既にAIの可能性、少なくとも様々な試行錯誤を各社が試みることが予想されます。
以下は試しにChatGPTに新聞業界が抱える課題と解決方法について質問してみたのですが、30秒くらいで以下のような回答が自動生成されました。1年後にどのような進化がもたらされることになるのか、今からとても楽しみです。また意識的に時間をとって、徹底的にこの分野の研究、実装に向けて動くことが企業や個人にも求められる1年になるのではないかとも感じます。

ChatGPT

以下の動画はワールドビジネスサテライトのディレクターの方がChatGPTの概要と衝撃について臨場感溢れる形で解説しているものですが、とても分かりやすい内容でした。今週1月27日のWBSでも特集が予定されているそうです。続編の動画「“最強”対話AI「ChatGPT」から最高の答えを引き出すテクニック【橋本幸治の理系通信】(テレ東BIZ 2023年1月25日)」もとても参考になりました。

以上長くなってしまいましたが、今年のロイタージャーナリズム研究所レポートの感想となります。こうしたレポートは一人で読むだけでなく、様々な立場の方との議論のたたき台として活用することで本当の意味ある情報になると感じます。特にChatGPTのようなAI技術は日進月歩で変化していきますし、気候変動関連の報道に関しては国内外で大きなギャップがあると感じています。是非今回のレポートが多くの場所でよい解決策につながる議論につながることを願ってます。


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