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アイドル「学歴の暴力」にみる「学歴大好き日本人」の理論的背景

10月9日の日経MJで、アイドルグループ「学力の暴力」が特集されていた ↓

結成2年ほどの社会人の休日活動だ。これだけ注目されるのは興味深い。それだけ日本人が、学歴の話が大好きってことだろう。だからSNSで燃えるし、燃えるから注目される。

このグループは、2021年6月に東大と京大出身の2名で結成(多分当時会社員で片方は既婚者)、メンバーを少し入れ替えながら週末だけライブ活動。ざっくりいえば、昭和世代の感覚でいう「大学生のロックバンド」的なやつの、令和バージョンかなと思ってる。SNSさんとネットさんは勤勉で平日でも宣伝業務などしてくれる時代だから、趣味or副業っぽく続けられる。また自己表現の手段が、昔ならバンド組むか劇団くらいしかなかったのが、今ではいろいろだ。卒業後でも続けられる。

SNS時代の自己表現、て感じだ。なので本来はマニアな少数ファン向けの、広い意味でのお互い趣味でやってるようなサークルぽい活動だったかな、という気もする

こういうものがとても注目を集めている。4月にはサイゾーで東大の女性論の田中東子教授を交えたインタビューもしている ↓

僕はキャリア論としては専門の範囲内、背景説明を軽く4000字くらいしておこう。


日本人が「学歴の話」大好きな理由とは

これだけ注目されるのは、日本人が学歴の話が大好きだからだろう。

まず、社会において学歴が重視されるのは世界中で同じ。たまに「日本で学歴偏重だから」みたいなのをSNSなどで見かけるが、日本は世界的にも学歴について甘いほうだ。おとなり中国韓国を見てごらん?マジ大変よ?アメリカだとお金持ちほど良い大学に行ける仕組みがあって(どんどんひどくなって)そこから超学歴社会スタートだよ? ヨーロッパも国ごといろいろ問題ある。

にもかかわらず、日本の学歴問題が重たく感じられる(=客観でなく主観)のは、「新卒で就活する仕組み」ゆえだと思っている。

日本の新卒就活の背景=メンバーシップ型雇用

日本の就職は、「大学を卒業後にどの会社に入るか」という新卒就活がとても重要。80−90年代に電通やフジテレビに入社すれば50歳で8000万円とか1億円とかもらって早期退職できたりするわけで(※当時両社とも超難関)、組織に所属するという身分=メンバーシップが重要だ。

22歳ごろにポテンシャルで採用し、よほどのことがない限りクビにならない(※大企業に限った話です)。よって新卒採用とは会社にとって1人数億円レベルの買い物になる。生涯年収3億円なら会社は経費や社会保険など込みで5億円くらいはかけるだろう。会社によっては10億円レベルだ。

その数億円のモトを取る必要があるので、かわりに「人事権」として配属先の場所も仕事内容も会社が決めますよ、という交換条件が、このメンバーシップ型雇用。

22歳の若者なんて、みんなたいした実績もないわけで、最も差がつくのが、18歳時点での学力=大学の名前。有名大学ほど有利になる。有名大学の中で、自社に合いそう(かつ入社してくれそう)な学生を選ぶ、というのが人気企業の基本パターンとなる。

つまり、18歳の学力+21歳(大学4年の就活)の適性(いわゆるコミュニケーション能力や主体性や熱意などなど)、の二段階で、数億円の買い物を決めている。結果、18歳の入試の比重が大きくなる。

海外の多く=ジョブ型雇用(学歴も超大事)

海外の場合には、「ジョブ型」=その仕事を担当する、という仕組み。就職は「会社の中のこの仕事」に対しておこない、学歴も「その仕事をするため」に必要

たとえば大学で会計学を学び、企業の経理などの仕事に応募し、中途採用者と同じ枠を争う。学生は経験がなくてそのままでは不利なので、インターンシップで実際に仕事を経験して、実績にする。

採用されやすいのは、有名大学で、かつ夏休みなどのインターンシップで認められた学生。結果として有名大学はとても有利なのは変わらない。

つまり海外(というか日本以外)のジョブ型雇用とは、実績重視なのだが、実績をつけるためにまず学歴が必要、ただし学歴だけで逃げ切ることは難しい

日本人にとって学歴とは身分に近い

まとめると、日本と海外の大きな違いは、1つめは解雇のされ方。「大企業ホワイトカラー職」を日本では解雇しにくい。「正規メンバーであるという身分」がとても強い。(日本でも零細企業ならあっさり解雇されるので、どこの何の話か、の具体性がとても大事。「日本は●●だ」みたいな大き過ぎる主語に注意しよう)

そこで、「18歳と21歳で努力することにより、一生逃げ切り体制」をまあまあ作れるのが日本、ということになる。(全国どこでもどんな子会社でも異動してね、という拘束と引き換えではある)

つまり、身分制度における上位に入る確率を高める。
それが、日本の学歴プレッシャーの高さだと僕は見ている。

欧米では、そもそも生まれによって学歴に差がつくことが日本よりも多い。また学歴はスタートでは有利だが、一生の身分保障まではしてくれないことも多い。競争社会である点は(とくにアメリカとかは)同じ、というかそれ以上なのだが、学歴が占める割合が減る。

こういうのが嫌なら転職なり独立なりしていけば良い。30代以降は学歴関係なくなるから。ただしそれは戦って勝ち上がれる強者の話であって、大多数はのんびりしたいわけなので(動物として当然です笑)

「高学歴」という(燃えがちな)概念の国際比較

そんな日本で有利な学歴とは、「18歳時点で有名な大学に入ること」だ。新卒就活ではポテンシャルの高さを示すことが大事だから。

一方で日本以外では、「高卒<大学学部卒<大学院の修士<博士」という階層になる。その仕事を担当するための専門性が大事なので、仕事に関係した分野の学位が重視されるわけだ。

日本で三菱商事に入りたければ、18歳で有名大に入り体育会とかでポテンシャルをアピールする。アメリカでアップル本社のエンジニア以外の仕事(テキトーにあげました)につきたければ有名大学の大学院からインターンシップに参加するが、ジョブズの機嫌をそこねると即解雇される。みたいなのがざっくりとした違いかな。

なお日本でも、大学の先生ならば欧米型の学歴階層が基本。

日本企業でも理系の場合は、研究職というジョブ型で採用することもあり、「大学院の修士」の価値が高い場合が多い、という印象。ただし価値の高さは修士まで、博士は中途採用での経験者のような位置で戦うことになって、有利な「新卒カード」を切ることができない(ことが多い)のが日本型の新卒採用システムだ。

「東大卒は高学歴ではない」と言えるのは海外勢だけだよね?

アイドルグループ「学歴の暴力」メンバーは旧帝大の学部出身が多く、「日本社会における高学歴」であって、海外型の定義では違う。この点をツッコむSNSコメントなどはまあまあ見る。

だが、日本社会において活動する相手に、その批判は、的外れ、としかいいようがない。

仮に彼女らが、海外市場を相手にしているのなら、その通り、その市場において東大の学部卒は高学歴ではない。あるいは、大学の先生に応募している場合であっても高学歴ではない。

しかし「日本社会において有利になる学歴」とは、18歳時点の入学大学であるわけだから、日本では彼女らは「日本社会において有利になる学歴」を保有している。それでは長いから、ふつうの日本人は「高学歴」と呼ぶのは当然、ならばそう自称して当然でしょう。

「学校歴」と「学位歴」の差

海外の教育社会学での、"Highly educated"などの言葉に対して、日本の教育学の先生がたは「高学歴」と翻訳したわけだ。ここでかわりに、「学位歴」という翻訳をすれば、日本社会にもストレートに受け入れられるだろう。たとえば東大学部卒は、「高学歴だが高学位歴ではない」という表現になる。これなら日本社会の実態に即す。
(現状は、日本型の学歴を「学校歴」と区別し、日本型高学歴は「選抜性の高い大学」として、論文が書かれている)

学問自体は自由であり独立したものだが、社会に受け入れられない学問ならば、社会から存在意義を問われるわけで。

はらんでいる「女性の高学歴」問題

なおこのnoteではとりあげないが、「学歴の暴力」というグループ名とは、"高学歴を振りかざしているという意味での「学歴の暴力」"ではなく、"メンバー自身が高学歴な女性であるが故に受ける「学歴の暴力」"がテーマなのだそうだ。

日本女性の社会参加の話は、7月にnote『「同格婚」時代の女性有業率と男性意識の変化』でも取り上げたのだが、

日本社会の硬直性=変化が遅い状況はある。学歴でも、男なら有名大メリットだけが強くても、女ではデメリットすらあるのでは?という話もある。

実際、学歴の暴力さんも、中心人物であったなつぴさんとか、結構たたかれてる感じだ。学生さんのサークル活動のようなものに対してちょっとひどいと感じている。

ほんとうに酷いのは「SNSの暴力」である

集団であれこれ言われる状況、というものに対し、SNS民は慎重に考えた方がいい。

のだが、それを煽ることでカネが入ってくるのがSNS、というか旧ツイッターである。。

参考資料

日本の学歴社会については、こちらのブログが要点をまとめている。複雑な話なので、詳しくは紹介している本読んで、という程度なのだが、論点整理として力作。

いまの若者は自己表現手段が多い、という最初の話は、Mac1つで音楽活動できるとか

ギターは意外と若者人気でてきて、理由はアニメやネットの影響だとか

ダンス文化も広がっているとか

自己表現するのにロックバンドくらいだった20世紀とは違うのだなと思ってます笑

なお今回トップ画像:


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