日本から離れる投資意欲~決められない政治の代償~
かつての迫力を欠く円買い
年明け以降、米金利や米株価の乱高下が続いたものの、円相場は総じて軟調な地合いが続いています。S&P500指数は年初来最大▲10%程度下落したものの、ドル/円相場は113.47~116.35円と3円弱の値幅しか出ていません。ロシアのウクライナ侵攻懸念や北朝鮮による飛翔体発射などの地政学リスクを前に、過去であればまとまった幅で「リスクオフの円買い」が進んできた印象もありますが、ドル/円相場は基本的に過去1年間の高値圏で推移しています。これには様々な可能性が考えられますが、やはり貿易収支や資本収支といった基礎的な統計から「円高の可能性」が感じられないという事実は押さえておく必要があるように感じます:
例えば、過去10年余りにおける円相場の構造変化を語る際、貿易赤字の慢性化は最も大きな論点の1つでしょう。過去10年間(2012~2021年)を振り返ると、貿易赤字は7回、貿易黒字は3回であり、通算すると▲30兆円以上の赤字になります。昨年来の赤字傾向は原油価格を筆頭とする資源価格の騰勢を反映した面が大きいとしても、日本の貿易収支が黒字体質ではなくなっていることは間違いないでしょう。図に示されるように、1980年代前半からの過去40年間を10年単位で振り返ると、2012年以降、赤字が慢性化しています:
2012年と言えば、年末近くに第二次安倍政権が発足し、ちょうどアベノミクスというフレーズが登場した時期です。大規模金融緩和に象徴されるアベノミクスの登場によって、それまでの超円高地合いが解消されたと信じる向きは未だに存在するようですが、拠って立つ貿易取引に係る実需環境が180度変わっていることはあまり言及されないように思います。
図を見る限り、貿易黒字を安定的に稼げなくなったことがドル/円相場の底堅さに繋がっているように見受けられます。日々、実需のフローが多い為替市場に身を置く筆者の肌感覚に照らしても、そうした理解に大きな違和感はありません:
日本企業による資本逃避という現実も
また、資本収支上でも目を引く変化があります。真っ先に挙げられるのは直接投資であり、この論調も既に報じられています:
これは日本の誇る「世界最大の対外純資産」の構成変化を見るとイメージが湧きやすいでしょう。2012年以降、顕著に直接投資残高が増えていることは一瞥して分かります:
これは人口減少による国内市場縮小は元より、高い税・電力料金、硬直的な雇用規制など、あらゆる要因を勘案した結果の企業行動と考えられますが、投資先として日本ではなく海外を選んだという点で言えば、日本企業による資本逃避と言えなくもありません。日本から海外への対外直接投資は「円の売り切り」でもあり、需給面での円安を示唆するものです。日本への対内直接投資がないわけではありませんが、対外直接投資と比較すれば無視できる規模です。ネットアウトした結果として図のようなイメージに仕上がっている現実を知っておきたいと思います。
もちろん、そうした経営判断が積み重なり、日本の企業部門への評価が好意的なものになっていけば、日本株への投資も必然的に増えるはずです。しかし、少なくとも過去1年間に関して言えば、日本株は避けられているようにも見えます:
いつまでも新規感染者の絶対数に拘泥し、病床など医療資源の拡充という本丸に切り込めない日本はコロナ禍を続けています。昨年のnoteでは岸田政権発足に合わせて以下のような議論を、希望も込めて展開したのですが、新規感染者主義はむしろ加速した印象もあります。結果、リスクを取れない日本経済が一番低迷するという悲惨な展開になっていると言わざるを得ません:
その上、現政権では「株主資本主義からの転換」を標榜しておりますので、グローバルなポートフォリオを構築する際、日本市場を選ぶ理由はどうしても乏しくなります。前掲図で示したように、G7で日経平均株価指数だけが前年比を断続的に割り込むのには相応の理由があり、その1つが現政権の政策姿勢にある可能性は否めないでしょう。少なくとも海外投資家にとって期待収益の高い投資先はほかにも沢山存在し、株主価値に疑義を呈する日本市場はひとまず脇に置かれても不思議ではありません。
以上で見るように、現在の日本では貿易赤字が慢性化し、資本収支関連のフローも流出気味です。それでも日本の経常収支が大幅な黒字を記録しているのは第一次所得収支という過去の投資からの「あがり」(例えば外国債券の利子、外国株式の配当金など)が大きいからです。
もちろん、それも重要な項目ではありますが、これまで稼げていた貿易黒字が消滅し、日本企業の海外への逃避が目立つようになり、日本株は買われなくなっているという意味で、現時点で日本が外貨を引き付ける能力は落ちているという側面も否めない事実ではあります。
何も決まらない日本
言うまでもなく、現在の資金の流れがどうであれ、高い成長余地が見込まれる経済なら資金は寄ってくるはずです。しかし、日本経済はG7という先進国の括りは元より、隣国韓国などと比べても出遅れ感が顕著です(上図)。
世論が求めるからという理由で厳格な行動規制や入国規制に固執し、リスクはあるが重要な判断を先送りし続ける以上、成長率は戻るはずがありません。こうした論調に対して必ず出てくる「経済より命」は不誠実な言い訳であり、失業率と自殺者に正相関が認められる以上、低成長により失われる命も等しく重視されるべきではないかと思います。
一時期、東京都を筆頭に各自治体からはオミクロン変異株の感染急拡大を受け、「2類相当」とされている新型コロナウイルスの位置付けを入院勧告などが必要ないインフルエンザ並みの「5類」に引き下げ、保健所や医療機関の負担軽減を図り、社会機能を維持すべきとの声が上がりました:
しかし、岸田首相は「現実的ではない」と決断を見送ってしまいました。結果、厳格な取り扱いを求める状況が続き、医療施設や学校、保育所などといった社会機能の一部に支障が出ているのは既報の通りです。
防疫政策以外でも、判断の遅れは目立ちます。目下、世界ではエネルギー政策の方向性が耳目を集めています。特に欧州では脱炭素の妙手として原発再稼働への機運が高まっていますが、ドイツを筆頭に反原発の意思を強める加盟国も存在し、足並みの乱れが生じ始めています。この機に乗じて日本が狡猾に立ち回り、存在感を高めたいのであれば、原発再稼働の上、国として余剰の出る液化天然ガス(LNG)を安価で欧州に供給する行為などは西側陣営として戦略的に価値があるように思えます。既にバイデン米政権が、LNGを欧州に対して融通できるかをアジアの主要な輸入国に打診していることからも悪くない戦略でしょう:
しかし、岸田首相は今年6月に策定される「クリーンエネルギー戦略」に原発新増設を盛り込まない方針を固め、原発再稼働に関しても言質を与えていません。要するに原発活用の見送りであり、日本のエネルギー政策の方向性は定まっていません。欧州へのLNG融通は「生活に支障のない範囲」で検討するそうですが、どれほど感謝されるのかは良く分かりません。そもそも言われる前に検討して欲しかったとも感じます:
こうして7月の参院選まで対立論点を作らないことに徹するという姿勢は選挙に勝利するという意味で政治的に奏功するかもしれません。しかし、日本の政治・経済の存在感を高めるという観点では残念でしかありません。
昨年と同じ道を歩む日本
欧州では英国、スペイン、デンマークなど、コロナを特別な病気として扱わずに前進することを決めた国も現れ始めています:
一方、日本は世界で最も厳格な入国措置が鎖国と揶揄され、そのような措置が無意味であることもWHOから指摘されています。なお、これを理由に日本への投資を再考する外資系企業の動きも大々的に報じられ話題になりました。当然の帰結と言わざるを得ません:
そうして内外から防疫政策の弊害が指摘されても、これを修正する兆しは見られません。
上で見てきたような、近年確認される需給環境の変化に加え、機動的な変化を嫌う政治の現状を合わせ見れば、金融市場における「日本回避」は今年も着実に引き継がれるテーマに思います。昨年の金融市場ではそれが日本株と円の冴えないパフォーマンスとしてはっきり表れました。今年も似たような道を歩んでいるように思えてなりません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?