幸せの俯瞰図

幸せの俯瞰図(その2):ダーウィンの目

 幸せの俯瞰図(その1)に続いて、幸せの全体像を整理してみたいと思う。
 復習すると、我々の身体の中には、環境変化に合わせて、血管、血液、筋肉、内臓、酵素、脳、神経が、互いに連動し合い複雑にフィードバック反応を起こす(ホメオスタシスと呼ぶ[1])。その中にもっと増やすべきポジティブなフィードバックと、避けるべきネガティブなフィードバックがある。このフィードバックの強さや量を、「幸せ」あるいは「不幸」と呼ぶのが、最も明確な「幸せな状態」の定義と考える[2]。
 そして、このポジティブ、ネガティブなフィードバック現象の変化は、その時間スケールの違いよって、大きく3種類に分類される[3]。
 第1は、10年あるいはさらに長期でゆっくりとした変化しか起きない成分である。即ち、変えにくい成分であり、分かりやすいくは「性格」と呼ばれている(逆に、個人の特徴の中で変わりにくいものを性格と呼んでいる)。これは遺伝や幼児期などの成長過程での生活習慣などが、上記の体内のフィードバックの仕組み(あるいはホメオスタシス)に与えた影響と考えられる。
 第2が、短時間に秒単位で増減する変化である。その分、一旦上昇しても、下がるのも早い。従って、一時的で、持続しない成分である。これは、例えば、ボーナスや宝くじや表彰や昇格のような、外部から与えられる要因が代表である。これらは、その瞬間には、大変ポジティブなフィードバックを体内にもたらすものの、短時間のうちに元のレベルに戻ることが知られている。人間は、このように外から与えられる条件には、すぐに慣れて感じなくなってしまうのである。これは心理学では、Hedonic Adaptationと呼ばれている現象である。おそらく、このように一時的にしておかないといつまでも、次のことに取りかからなくなるので、一時的にする方が、種の繁栄に有利に働いたのではないかと想像する。
 第3が、より穏やかなポジティブなフィードバックが持続的に続くものである。しかも、日々の生活や行動習慣によって高めていくことができるものである。その意味で「持続的な幸せ」の成分といえる。
 これは、自転車に乗ったり、楽器の演奏などとおなじように、一旦身につけたら、簡単には消えないものである。そして、訓練や学習によってさらに持続的に高めていけるのである。
 この蓄積できる特徴を強調する意味で「資本」という言葉が使われている。資本という言葉としては、いわゆる経済的な蓄積を表す「貨幣の資本」(Monetary Capital)、個人のスキルを表す「人的な資本」(Human Capital)がある。持続的な幸せのための資本は、これらに含まれない、ある意味でより重要な資本である。。
 これには個人レベルと組織レベルの要因がある。個人レベルでは、人の心の中にある、よい蓄積であり、これを「心の資本」(Psychological Capital)と呼ぶ[4]。心の資本は、自ら道を見つけ(Hope)、それに自信をもって行動し(Efficacy)、そして生じる困難には立ち向かい(Resilience)、ポジティブなストーリーを自ら創れる(Optimism)という4つの能力が知られている。この4つの頭文字をとって"HERO within"と呼ぶ。これは学習や訓練が可能であることが既に知られている。
 「心の資本」という幸せ(即ちポジティブな生理的なフィードバック)があることで、不確実な中で常に挑戦し、逆境にも負けない強さを持つ個体が、よりポジティブなフィードバックが得られ、進化の中で、人類という種の生き残りに有利に働いたものと思われる。
 もう一つは、人と人との繋がりや関係の質に関係する「資本」であり、「関係性の資本」(Social Capital)と呼ばれる。関係するのは、共感、信頼、助け合いなどのよい関係である。我々の大量のデータを使った研究により、これらのよい関係性は、定量的に、人と人とのつながりのソーシャルグラフに現れることが見出されている。特に、周りと繋がっている数が、幸せな集団では、平等性が高かったり、三角形が豊かだったりするのである。さらに、発言権の平等性や身体運動の同期性に表れるのである。さらに、これらは、身体運動の持続度に明確に現れる。幸せな集団では、動きが長時間持続することが多いのである(詳しくは拙著『データの見えざる手』の第4章を参照ください)。
 このような仲間同士で、互いに思いやったり助け合ったりする行動習慣も、まさに人類の特徴であり強さの源泉である。人類は、個体ではライオンやトラに勝てない。しかし、集団レベルではこれらに勝る強さを発揮できる。このような集団で相手を思いやり、協力ができる特徴を奨励するフィードバック(すなわち幸せ)は、進化の中で、人類の生き残りに有利に働いたのであろう。これはチャールズ・ダーウィンも『人類の由来』[5]の中で、「最も共感をもつ個体が多くいる集団が繁栄し、子孫を多く残せたのであろう」と論じている。
 結構長くなってしまったが、このように整理することで、抽象的に多義的になりがちな「幸せ」の議論がより整理されればと思う。

以上を次稿でまとめる。

https://comemo.nikkei.com/n/n385b97515fbb

[1] アントニオ・ダマシオ『進化の意外な順序』
[2] ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』
[3] ソニア・リュボミルスキー『幸せがずっと続く12の行動習慣 』
[4] Fred Luthans, "Psychological Capital"
[5] チャールズ・ダーウィン『人間の由来』

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