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不安な育休、立ちすくむ職場

前回のnoteでは、日本における「育休」の歴史的背景と、「男性育休」の取りにくさの一因になっている日本型雇用システム、そして、徐々に育休を取得する男性が増えてきているサイボウズにおいて、実際に育休を取得する男性側にどのような意識変化が起きているのかを紹介した。

しかし、前回のnoteには明らかに欠けている視点があった。

それは(性別にかかわらず)育休を取得する、という選択を個人がした時に、職場(チーム)側はどう対応すればいいか、という視点である。

もちろん、人が子供を生み、育てやすい社会にしていくことは非常に大切なことである一方、それによって組織としての理想が全く達成できなくなってしまったり、あるいは、職場で他の人に業務の負担が偏ってしまうようなことはできる限り避けたい。

また、そういった状況が恒常的に起きると、個人としても育休を取りにくい雰囲気が生まれてしまうという悪循環にもなり得る。

こうした、「個人」が育休を取得する際にそれを受入れる「チーム」に負担がかかる、という問題には、かなり根深いものがある。

実際、内閣府の『少子化社会に関する国際意識調査』(2020年度)を見てみると、育休を取得できなかった理由として、日本では「業務が繁忙で休むことが難しかったから」(39.4%)が最も高い*。

*ちなみに、日本ほどの割合ではないが、フランス(32.0%)、ドイツ(33.8%)、スウェーデン(28.6%)も同様に「業務が繁忙で休むことが難しかったから」という理由が最も高い。

また、2014年に出版された吉田典史氏の『悶える職場』では(少し表現がセンセーショナルな部分はあるが)育休明けの社員を抱える職場において、周囲のメンバーに業務負担が偏ってしまう様子が描写されている。

育休明けの2人は、毎日5時に帰ります。部署全体が忙しくとも、5時に帰るのは「当然の権利」という雰囲気を漂わせています。……  私の月の残業時間は、平均80時間ほど。多いときは、100時間目前になっていました。午前10時頃から午後11時半頃まで、フル稼働でした。月に3~4日は休日出勤。そのうちのいくらかは当然、サービス残業となります。……  「もう限界に近い。これ以上、仕事を抱え込むことはできない」……  いつの間にか部署全体が機能しなくなっていきました。課長と私、そして育休明けの2人のコンビの間に大きな溝ができたのです。

もちろん、日本企業の職場で上記のような事態が起こりやすい要因として、前回のnoteで記載したとおり、特定の「職務(ポスト)」に限定して雇用契約を結んでいるわけではなく、会社の一員として雇用契約を結んでいることで「全員が階段を上り続ける準エリート状態(給料が上がっていくことと引き換えに、常にフルコミットで会社の命令に逆らえないという状態)」が発生する、という日本型雇用システムが影響していることは否めない。

さらに、ここに性的役割分担の意識(男性は仕事、女性は家庭)が影響することで、「男性育休」の進みが遅々としていることは、前回のnoteでも指摘したとおりである。

上記のような背景から、前回のnoteではサイボウズという個社の事例の中でも、会社のしくみ(構造面)と、実際に男性育休を取得した個人の話(意識面)を紹介したわけだが、そこには、育休を受入れる側の職場マネジメントという視点は一切入っていなかった。

そこで今回は、職場に育休取得メンバーを持つサイボウズのマネジャーに、どのような考え方、工夫で職場をマネジメントしているのかヒアリングし、個人的にポイントだと思ったことをシェアしたい。

選択に理由を問わない

チームメンバーが「育休」を取得するとなったとき、まず最初にぶち当たる壁の1つが、「なんで育児する人だけ」という感覚である。

短時間勤務や短日数勤務、一時的に休業をして復職する、というようなしくみは、多くの場合、「育児」といった理由に限定されていることが多い。

「少子高齢化が進む日本社会において子育ては重要」という考え方はありつつも、独身や、既婚者でも子供のいない人からすれば、「なんで子どもがいる人だけ」という感情が湧くのは理解できる。

サイボウズの場合、前回のnoteにも書いたとおり、1人ひとりと個別に労働条件を合意しているため、「育児」という理由であろうがなかろうが、チームと合意さえできれば短時間勤務や短日数勤務を選択できる。

また「育自分休暇制度」という、6年以内*であれば、一度会社を辞めて、また再雇用する制度があり、「育児」という理由でなくとも、一度会社を辞めて自分のやりたいことにチャレンジすることができる。

*サイボウズは育休を最大6年まで取得することができるとしているため、その期間に合わせている

つまり、「育児」があるから時短ができる、「育児」があるから休みがとれるというわけではなく、1人ひとりが個別の事情でコミットの割合を変えたり、一時的に職場を離れるということが可能であるため、「育児をする人だけずるい」という状況にはなりにくい。

実際、サイボウズのマネジャーに聞いたところ、「来月から複業で週3勤務にしたいです」といきなり言われるケースよりも、半年ほど前から休業に入るのが分かっている育休の方がずっと調整はしやすい、とのことだった。

しくみの選択肢をあらゆる人に拡大することで、「なんで育児する人だけ」という意識は多少緩和していくことができるのかもしれない。

徹底的な情報共有

さて、「育児」以外の理由でも、時短勤務や一時的に職場を離れることが許されているということは、余計に、その人がそれまでやっていた仕事はどうするのか、という問題が生じてくる(寧ろ、ここからが本題である)。

もちろん、多くの会社で行われているように、業務棚卸しの機会と捉えて無駄な仕事をやめる、あるいは効率化できる仕事を探すといったことは当然にやるとして、1つ、サイボウズが特徴的なのは、普段から業務上のコミュニケーションを(プライバシー情報とインサイダー情報を除いて)すべてグループウェアというオープンな環境で行っているということだ。

つまり、周りで一緒に働いているメンバーや上司(サイボウズの場合、社長まで入る)だけが知っている情報が極端に少ないのである(もちろん、その情報をどう整理しておくか、という部分は試行錯誤の最中だ)。

そのため、誰かが育休に入るとなった時の引継ぎコストは比較的低くなっている。要点と、どこの公開スペースでやりとりをしていたかさえ教えてもらえれば、あとはそこを見れば、生の情報がすべて手に入るからである。

メールの場合、toかccに入っていなければ見ることはできないし、転送しようとしても大抵ヌケモレが発生する。グループウェアなら、もし伝え忘れたことがあったとしても、後から検索で見つけることもできる。

実はぼく自身、サイボウズに転職して最初の1か月間は、直属の上司が育児のためにお休みに入っていた。もちろん、ぼくのオンボーディングや業務指示などは他のメンバーに申し送りされていたのだが、一番助かったのは、上司の過去の投稿や、普段の仕事上のコミュニケーションを検索さえすれば見れるということだった。

業務分担の背景や、上司の人柄、コミュニケーションの取り方を事前に知る機会があったおかげで、いきなり上司不在の不安も緩和され、その後、上司が育休から復帰してきた後のコミュニケーションもとりやすかった。

普段から縦・横の情報格差をなくしておくことは、時間を短くしたり、休みに入ったりする人がいる職場では1つ有効な方法かもしれない。

柔軟な人員補充

サイボウズの場合、チームに人が足りなくなったときは、チーム主導で外から新しく採用してきたり、あるいは、社内で異動してきてくれる人がいないか、公募をかけることで人員を補充する。

そこで、サイボウズが少し特徴的なのは「兼務」というしくみである。

社内で「やりたいこと」「やるべきこと」「できること」がマッチングする人を、完全な「異動」という形ではなく、「3割」など、グラデーションでみることで労働力を確保する、というやり方をサイボウズではとることができる。

ゼロヒャクで「異動」となるとハードルが高いが、タスクベースで仕事を柔軟に分担できることによって「やるべきこと」「できること」「やりたいこと」がマッチするケースというのは少なからず存在する。

参考記事:
3年間、3部署を兼務して分かったこと

「育休」は「優しさ」ではない

誰もが自立的に選択できるように選択肢を用意し、もし、誰かが業務量を減らす、もしくは一時的に職場を離れるような選択をするときは、普段から徹底的に情報を共有しておくことで引継ぎや業務分担をスムーズにしつつ、社内外から柔軟に労働力を確保してくる。

しかし、もちろん、そこまでやっても、どうしても仕事が回らないということもあるだろう。そういったときは、どうするのか。サイボウズのマネジャーに質問してみると、こんな答えが返ってきた。

「優先順位をつけて、一部の仕事をあきらめることもあるよ。もちろん、チームのミッションや理想は強く意識してるけど、短期的なKPIだけを重視しているわけでもないから。確かに短期的には、今いる職場のメンバーに無理をしてもらってでも仕事を回した方が成果が出るかもしれないけど、中長期的な視点でみた時にそれで本当に持続的にミッションを達成できるチームになってるかと言われたら微妙だと思う」

サイボウズはただ「社員に優しい」会社では決してない、とぼくは思う。

サイボウズはあくまで「チームワークあふれる社会をつくる」という理念を達成するために活動する企業であり、もちろん、その活動を続けていくためには一定のお金を稼ぐ必要もある。

職場で様々な対応をしながらも、多様な選択肢を増やすのは、チームの理想を達成するためだ。

ちょうど、社長の青野が著書の中で以下のようなことを言っていた。

今、目の前にいる従業員がそもそも1人1人まったく違う存在だと考え、彼らの個性を制限している障壁を取り除いていく。すでに社員は多様であり、それを一律的な規則で働かせるのをやめるだけである。その結果、今いる社員がより自分らしく働けるようになる。そして、以前は受け入れられなかった人を採用し、活躍の場所を作れるようになる。……我々のミッションに共感してもらえるならば、毎日働きたい人でも週3日働きたい人でも、会社で働きたい人でも自宅で働きたい人でも、みんな仲間に加えられるのが理想だ。その1人1人が自分のペースに合わせて働けるよう、それぞれの事情にあった制度ができていく、それぞれが生き生きと働き、生き生きと生きる。

今後ますます少子高齢化が進み、労働人口も減っていく中で、どれだけ多くの「ひと」の協力を得て、その人たちが継続的に能力発揮できる環境をつくっていけるかは1つの大きな課題になってくるだろう。

また、世の中を見渡してみれば「フルコミットできる人達だけ」が閉じた環境で行った意思決定が、世相を読み違うということも起き始めている。

いまの時代、果たして本当に、全員がフルコミットで会社の命令に従う組織が強いのだろうか?

もちろん、フルコミットで働くことも素晴らしいことだと思うが、そこに入れなかった人達、あるいは、本当はそれを窮屈だと感じている人たちに選択肢を増やすことは組織にとって悪いことだろうか?

誰もが働きやすい、そして生きやすいと思える組織こそが、これからの時代において、本当に強いチームになるのではないだろうか?

問いの答えは、まだ分からない。

ただ、少なくとも、ぼくはそう信じている。


参考文献:
濱口佳一郎『働く女子の運命』
青野慶久『チームのことだけ考えた』

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