大雨の日に僕らの日常について考える
日経を見ていたら、こんな記事が出ていました。
京都市立芸術大学は僕の友人も何人か通っていて、一度遊びに行ったことがあります。ちょうど僕が大学院に通っていた頃の話だから、もう20年近く前の話。その頃僕は桂に住んでいて、沓掛キャンパスも近かったんですね。そうか、あのキャンパスが京都駅の東側に移るんだ、そのこと自体知らなかった。
で、そのキャンパス移転が行われるに際して、元の沓掛キャンパスを「写真アーカイブの展示場」として残すプロジェクトが進んでいるそうです!すご、さすが芸術大学。それを知って、今朝から写真について考えていたいろんな想念が、激しく降り頻る雨と一緒になって、自分の「日常」について思いを馳せることになりました。それを書いておきたいんです。ちなみに今本当に大雨で、関西の皆さん、ちょっと気をつけてください。数日続くようです。こんな強烈な雨は久しぶりです。
写真について考え始めたのは、昨日の夜に個人的にすごく尊敬している写真作家の丹野徹さんが出演されていた、アートの番組を見たからです。こんな番組です。TverとかHuluとかでも見逃し配信で見られるみたいなんで、おすすめ。
この番組を見ながら、改めて写真という表現/媒体のもつ属性について、たくさんの想いが去来したわけです。昨日の夜はアルコールまみれの頭で見たので、今朝もう一度見直した時に、こんなツイートを僕は書いています。
そう、勇気づけられたんですよね。僕は写真をすごくメディア的に捉えているんですが、その思考の果てにはSNSという、もう一つの、怪物のように巨大なメディアが密接に絡んでいて、時にその姿に幻惑され、飲み込まれ、シャッターを切ることさえ怖くなることがあるんです。その一方で、丹野さんは時に一枚の写真作品を作り出すのに、レイヤーとして使う1000枚以上の写真を準備する。そしてたった一枚の作品を創り出す。その徹底した思考と試行のブレない強度に、深い敬意を覚えるとともに、揺らぎがちな自分の思考がピシッと律せられたような、背中が伸びる思いを感じて、すごく嬉しかったんですね。
今日はだから、僕の思考は少し広がりを持っています。いつもみたいに、どろんと歪んで縮こまっていない。すぐに消え去ってしまうこの広がりのまま言葉を残しておきたくて、今こうやって書いています。そして、この少しだけ伸びた背筋と、ほんの僅かに視野が広がったタイミングで、最初に引用した京都市立芸術大学の写真アーカイブ展示の記事を見たというわけです。その時実は、ふともう一つの「写真アーカイブ」の試みを思い出していました。関西大学で一緒に写真の授業をやっている、溝口佑爾准教授のライフワークである、「思い出サルベージ」のプロジェクトです。
3.11で被災された方々の写真をサルベージして、デジタル化し、最終的には被災者家族に一つ一つ返還していくという気の遠くなるような作業を、溝口准教授たちはずっとやっているわけです。例えばその活動には、今や誰もが知っている写真家の一人である浅田政志さんや濱田英明さんも、かつて関わっておられました。そういえば、映画「浅田家」でも、東北のシーンが出てきましたね。
上記のインタビューでは、震災と津波を経て、日常が一瞬にもぎ取られていくことの恐ろしさを浅田さんが語られていて、おそらくその経験こそが、今浅田さんを写真家として駆り立てる原点にあるのだろうなと感じます。だからこその「家族写真」なんだろうと。浅田さんの写真は、日常そのものではなくて、むしろその日常を「特別にする」写真なんですが、その写真を見ていると、その「特別」を作るための素地になっている豊かな日常生活があることを痛感します。
多分写真って、そういうものなんです。僕らの日々を支える力があるんです。途中で引用した丹野さんも、一緒に仕事をしている溝口くんも、家族の写真を撮る濱田さんも浅田さんも、みんな違う方向から「写真」を残しているけれど、その基盤には、自分の足が踏み締める大地のような「日常」が存在している。そしてその「日常」がふとある時、容易に傷つき、損なわれ、奪われることを知っている。だからこそさまざまな形で物語化をしていく。その手法や主題は違っても、皆、真摯に自分の「物語」を写真に、そして言葉に残していく。
写真が紡ぐ「物語るという行為」が、さらに一般の人にまで広がっていく時、写真はいつの間にか生活のログを残す機械にもなっていったわけです。2010年代、カメラと写真は、一気に世界に広がり、我々の手元にやってきました。僕の母は今年73歳ですが、僕があげた最新一世代前のスマホを使って、日々の生活の写真をぱしゃぱしゃと撮っては、僕に送ってきます。反応するのが時々めんどくさくなりますが、元気にデジタル機器を使ってくれてて内心では喜んでいます。老若男女、全員が、自分の生活を写真を通じて「物語」として描き出している時代、僕らはそんな時代に生きてます。
だからこそ最初に引用した京都市立大学のプロジェクトが成立し得るんですよね。写真がまだ好事家のものだった時代では成り立たなかったほど、誰もが写真に嗜み、写真を撮り、自分の日常を残すことが普通になった世界、その世界の中にいると、「日常」というものの「かたち」に、改めて思いを馳せることになるんです。先日僕はこんな記事を書きました。
「日常という物語」についての文書です。記事の中で日常と「日常」を区別することを書きました。単なる事実の羅列としての日常と、僕らが意識的無意識的に構築している「日常という物語」としての、カッコ付きの「日常」です。そしてその「日常」こそが、あの参院選二日前の事件で、大きく揺らいだのではないかという記事でした。
でも、「思い出サルベージ」の活動を溝口くんに見せてもらったり、あるいは日々残っていく祖母のスマホの写真を見ていると、僕らが作る「日常」の、大河のような幹の太さを、今日はぼんやりと感じるんです。膨大な数でアーカイブとして残されている写真が投影するのは、僕らの「日常」が、かつてなく分厚く残り得ると言うことなんです。
本当になんでもない日々の記録が、少しずつ少しずつ日々蓄積されることによって、ある日、信じられないくらい巨大な「アーカイブ」として残されている。かつてはフィルムによって、今はデジタルによって。もちろんフィルムとデジタルでは、そのメディアとしての性質が大きく違うし、保存可能性にも大きな差があるけれど、僕が感じたのは、僕らは今、歴史上で最も「豊かな物語」の中に生きているのだということです。
降り頻る雨の中、今、地元のJRや私鉄が停止したことを知りました。雨はまだ止まないんです。でもこの雨が止んだ後には、おそらくまた、青い空が広がる暑い夏がやってくるのでしょう。その夏はもしかしたら、地球温暖化の影響で、暴力的な酷暑になるのかもしれません。テレビをみれば、世界は日々、暗い事実をもたらしています。そんな中でも、僕らは僕らサイズの平凡な日常を、それとは意識しないままに「物語り」、それを知らぬ間にどこかに蓄積していく。そこに僅かな救いを感じることができるのは、多分、写真の仲間たちが、その真摯な活動を通じて、「写真」の可能性を僕に見せ続けてくれたからでしょう。そうやって、人生はまた一つ、記録と記憶の相剋の中で、物語を刻んでいくはずなんです。無理やり改変などできない、力強い大河のような、平凡な「日常」。
時々絶望しそうになるから、今日は友人や仲間たちの力を借りて、精一杯、自分の内側の信念とか希望をかき集めてみました。僕にとってはそれは言葉と写真でした。皆さんにとって、それはなんでしょうね。雨の日です、他にやることもあまりありません。よかったら想いを馳せてみてくださいね。