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ESGトレンド予測2025

みなさんこんにちは、シェルパ取締役CSuOの中久保です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年年初にESGトレンド予測2024年を執筆してから、あっという間に1年が経過しました。ESGやサステナビリティの分野におけるトレンドは、目まぐるしいスピードで進化を続けています。本年も、日本企業のESG情報開示に焦点を当てたトップ5のトレンドをお届けします。


1. 迫り来る法規制に向けた対応

SSBJ・CSRD対応の加速

本年3月にはサステナビリティ基準委員会(SSBJ)の基準がいよいよ最終化されます。(SSBJ草案のまとめは過去記事「義務化が迫るサステナビリティ情報開示:SSBJ基準で変わる企業経営」をご参照ください)。

まず、2027年3月期から時価総額3兆円以上の企業に対し、SSBJ基準に準拠したサステナビリティ情報の有価証券報告書への開示が義務付けられる予定です。その後、2028年3月期には時価総額1兆円以上の企業、2029年3月期には時価総額5000億円以上の企業へと段階的に対象が拡大していきます。

SSBJ基準では、気候分野における具体的な開示項目が定められている一方、その他の分野では一般基準のルールを適用する形にとどまっています。しかし、以下で述べるように、財務的影響の定量化や詳細な移行計画の開示など、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)よりも詳細な内容が求められています。さらに、各種指標に対する第三者保証が、開示義務化から1年後に義務化される予定であるため、企業にとって迅速な対応が必要となっています。

また、EUに子会社を有する企業や、EU域外適用の対象となる企業(例えば、EU内売上高要件を満たす場合)にとっては、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)への対応も喫緊の課題です。域外適用の場合、2029年3月期から開示義務が始まるため、時間的猶予があるように見えますが、実際にはそうではありません。CSRDでは、SSBJよりもさらに広範な環境指標や社会指標が含まれる上、それらの指標に対する第三者保証も同時に義務付けられる予定です。そのため、企業は今のうちからデータの収集・集計や内部統制の整備を進める必要があります。

非財務情報開示指令(NFRD)の対象であるEU企業は、2025年にCSRD基準に基づく開示を最初に実施することになります。本年は、これら多くの欧州企業の開示内容が実際に公開される年となり、様々な点で参考資料として活用できるでしょう。例えば、ドイツの化学企業BASFは2025年の開示を見据えて対応を進めており、CDPによるインタビューでもその取り組みが紹介されています。

データの信頼性向上・保証取得へ向けた体制作り

前述の法規制に加え、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のようなタスクフォース等に対応するため、企業にとって指標収集の必要性が今後ますます重要な課題となります。

特に、規制や法律によって開示が義務付けられる指標は、その重みが一段と異なります。さらに、第三者保証が義務化されることで、対応の緊急性も大幅に高まります。すでに多くのプライム上場企業が対応を開始しており、例えばSSBJ基準に基づき2028年度3月期に第三者保証が義務化される時価総額3兆円以上の企業では、2027年4月1日からの会計年度に向けて保証の準備を進める必要があります。その際、2026年4月1日からの会計年度分についてプレ保証(ドライラン)を実施し、保証に耐えうる状況であるかを確認しておくことが推奨されます

上記を実現するため、すでに2025年4月1日からのデータについて、データソフトウェアや収集基盤を整備し、実際に指標を収集する必要があります。ただし、SSBJでは保証義務化後の初期2年間は、GHG排出量のScope 1・2およびガバナンス、リスク管理が保証対象に限定されています(サステナビリティ保証のロードマップ:金融審議会サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ)。

このタイムラインを踏まえると、2025年3月発表予定のSSBJ確定案を待たずに、すでにマテリアリティの特定を完了し、ハイレベルなギャップ分析を開始していることが理想的と言えるでしょう。

SSBJ
シェルパ作成:法規制対応のタイムライン

なお、すでに指標を収集している、あるいは第三者保証を取得している企業も多いかと思いますが、CSRDで求められる多くの指標、特に社会指標については未対応である場合が少なくありません。また、既に保証を取得済みの指標であっても、他の多くの指標と併せて収集の効率化や内部統制の強化を図る必要があるため、このタイミングで既存の収集方法から新たなデータプラットフォームへの移行を検討する企業も増えています。そのため、新たな収集方法を用いて早期にデータ収集を開始し、集計にまつわる潜在的な課題を洗い出すことが急務となっています。

2. 財務的影響の可視化

今後、ESGやサステナビリティ開示を語る上で欠かせないテーマの一つに、財務情報と非財務情報の統合があります。SSBJでも、開示情報は「サステナビリティ関連財務開示」として位置付けられており、一般目的財務報告の一部として、財務諸表や経営者によるMD&A(経営者による財務・経営成績に関する定性的な情報)と一体化して開示することが求められています。

例えば具体的には、SSBJの気候関連基準(案)において、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込まれる気候関連のリスクおよび機会について、現在の財務的影響や予想される財務的影響を開示する必要がありますSSBJ気候関連開示基準(案)第21項)。ただし、影響を区分して説明できない場合や、不確実性が相当高い場合、または企業が定量的情報を提供するためのスキル・能力・資源を有していない場合には、免除規定により定量的情報の開示が求められないこともあります。それでも、そのような状況下では定性的な説明が求められる点に注意が必要です。

具体的な事例として、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)と国際会計基準審議会(IASB)が共同で出している財務開示とサステナビリティ関連開示のコネクティビティに関するポッドキャストが参考になります。

Webcast 2: Example—Climate-related risks and impairment of non-financial assets

このうち、Webcast2では、気候関連リスクと資産の損失に関する具体的な事例が提供されています。例えば、ある製品の売上が市場のさまざまなトレンドによって落ち込んでおり、そのトレンドの一つのみが気候関連のものであった場合が取り上げられています。この場合、損失の原因の一つが気候リスクであるため、気候リスクによる財務的影響の具体的な定量情報を提供する必要はありません。その代わりに、損失につながった市場状況の説明、損失の総額、および回収可能価格について開示することが求められるとしています。

3. 移行計画の充実

気候関連移行計画の具体化

TCFDにおいても開示が推奨されていた移行計画について、ISSBやSSBJではさらに高度な開示が期待されています。具体的には、事業戦略や計画に関するより具体的な開示が求められており、例えば資本配分計画、研究開発計画、設備投資計画などが含まれます

また、前述の「2. 財務的影響の可視化」とも関連し、移行計画に伴う財務影響の開示も必要とされています。例えば、自社の削減ロードマップを達成するための再生可能エネルギーへの移行に伴うコストの増加や、低炭素製品の需要増加による収益の増加など、これらが将来の財務諸表にどのような影響を与えるかを定量的に示すことが求められます。

気候変動に関する過去のパフォーマンスデータが一定程度整ってきた中、投資家が将来の企業リスクや機会を予測するために、移行計画の具体的な開示を求めるのは自然な流れと言えるでしょう。

自然関連移行計画の策定

10月-11月に開催された国連生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)において、TNFDが、自然に関連する移行計画に関するガイダンス案を発表しました。また、グラスゴー金融同盟(GFANZ)もネットゼロ移行計画の中で自然情報の開示を提案するガイダンスを発表しています。

今後は、前述の気候に関する移行計画に加え、水や生物多様性など、さまざまな自然関連のトピックについても、ネイチャーポジティブに向けた道筋を示す必要があります。気候関連の影響評価と比較して、地域ごとの影響評価や分野間の結びつき(例えば、生物多様性、土地利用、水利用、あるいは気候変動との相互関係)に関するより詳細な評価が求められるようになるでしょう。上述のTNFDガイダンスにおいても従来のガバナンス、戦略、指標・目標といった推奨事項に加え、地域ごとのステークホルダーとの協働を含むエンゲージメント戦略が重要な要素として定められている点が特徴的です。

一方、自然に関する開示の課題として、自然分野において依然としてデータが不足している、あるいはデータの品質が低いこと、さらには評価基準が未整備であることが挙げられます。ISSBが11月に発表したアップデートでも、投資家がBEES(生物多様性、生態系、エコシステムサービス)分野で直面する課題として、データや方法論の不足、そして比較可能性の欠如が指摘されていました。

4. バリューチェーンのサステナビリティ対応

CSDDDに基づくESGデューディリジェンスの実施

EUの企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)がESGデュー・ディリジェンス(DD)対応を義務化することにより、バリューチェーン全体におけるサステナビリティ対応が一層急務となることが予想されます。

現在、多くの企業がSSBJやCSRD対応に追われている状況ですが、CSDDDの適用時期も迫っています。この指令では、子会社や「チェーン・オブ・アクティビティ」全体を対象に、人権リスク・環境リスクのモニタリングおよび管理体制の構築が求められています。しかし、人権と環境のDDを一体的に実施する方針や取り組みを持つ日本企業は、まだ少数派と言えるでしょう。また、CSRDが開示指令であるのに対し、CSDDDは実質的な取り組みの実施を求める規制であり、対応を怠った場合にはグローバル年間売上高の最大5%の罰金が課されるリスクもあります。そのため、対応を先延ばしにする余裕はありません。

EU域外企業であっても、前年度にEU域内での年間純売上高が4億5000万ユーロを超える場合や、連結ベースで同条件を満たす親会社を持つ場合には適用対象となります。特に、売上高が15億ユーロを超える企業については、2028年1月1日以降の会計年度から適用が開始されるため、時間的猶予はほとんどありません。DDを通じてステークホルダーとエンゲージメントを実施したり、特定された負の影響に対する是正措置や、少なくとも開示可能な目標を設定したりすることを考えると、本年には準備を開始する必要があるでしょう。

さらに、CSRD対応におけるインパクト・マテリアリティの特定作業とCSDDDの負の影響評価には一定の重なりがあるため、両者を同時に実施し、整合性を保つことが理想的です。

Scope3排出量の可視化

バリューチェーンにおけるサステナビリティ対応として、Scope3排出量の可視化は引き続き重要なトピックとなっています。自社のビジネスが社会にGHG排出量としてどれほどのインパクトをもたらしているかを把握するために欠かせない概念であり、投資家からの注目も高まっています。

Scope3については、ISSBが公表した気候関連開示に関する基準(IFRS S2)において、どのカテゴリーをスコープ3測定値に含めたのかを開示することを求めているのみであるのに対し、SSBJではカテゴリー別の内訳まで開示が求められることが重要です(SSBJ気候関連開示基準(案)第58項)。ただし、前述のとおり、保証制度導入から2年間は保証範囲をScope1と2、ガバナンス 及びリスク管理のみとすることが議論されています(サステナビリィ保証のロードマップ:金融審議会サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ)。

5. Well-being

社会面の取り組みについては、多くの企業で対応が遅れがちな状況が見られますが、投資家の関心は非常に高い領域です。さらに、2030年に達成期限を迎えるSDGsの次なる目標の一つとして、well-beingが位置付けられる予定であることも注目に値します。

また、ISSBが2024年12月に発表した人的資本分野のアップデートでは、「投資家が着目するトピック」として、「労働条件と搾取」に次いで「健康・安全・ウェルビーイング」が第二位に挙げられました。その根拠は明確にされていないものの、従業員のwell-being向上はエンゲージメントや生産性の向上、離職率の低下といった企業パフォーマンスの改善につながり、結果的に企業価値の向上をもたらすと考える投資家が多いようです。

IFRS Staff Paper Agenda reference 4A: Human capital – Preliminary assessment of evidence of investor interest p.10 

また、2024年9月に発足した不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)においても、well-beingがキーテーマの一つとなっています

TISFD, “People in Scope- An overview of the proposed scope, approach, governance structure, and work plan of the Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures” p.13 An Overview of Key Lenses for Approaching Social Issues

上記の通りTISFDは、社会的課題を捉える大枠として、well-beingを健康・安全・収入・スキルなど多面的な側面を持つものと位置付けています。この中で「不平等」は、well-beingにおける個人間や集団間での格差を指し、「人権」はwell-beingの最低水準を定める国際的な基準として位置付けられています。これらの結果は「人的資本や社会資本」に反映され、長期的に価値を生み出す要素となるとされています。

社会面の課題はその相互関係を把握しづらい部分がありますが、TISFDのような枠組みにより、整理が進むことで理解が深まり、施策への活用が促進されそうですね。

なお、TISFDはTCFDやTNFDと同様、それ自体に強制力を持つ規範ではありませんが、今後ISSBや欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)との連携が進み、相互運用性の確保が見込まれています。この動きは、企業にとってwell-beingや不平等といった社会的課題への対応をさらに重要な要素として位置付ける契機となるでしょう。

最後に:ESGが生まれ変わる

長文をお読みいただきありがとうございました。社会・環境インパクトの定量化をはじめ、取り上げたいトピックはまだまだ数多くありますが、本記事では情報開示に関連する主要なESGトレンドの中から、個人的に選出したトップ5トレンドをご紹介しました。

トランプ政権下での逆風の影響もあり、「ESG」という言葉の使用頻度が日本でも減少する可能性が指摘されています。しかし、言葉に振り回されていては本末転倒です。E・S・Gそれぞれの分野における取り組みは、後退するどころか、むしろより実質的で高度な対応が求められる新たな時代に突入しています。さらに、情報開示や投資家・ステークホルダーとのエンゲージメントの重要性も、これまで以上に高まっています。

本年も皆様と共に、企業のサステナビリティ推進および企業価値向上に向けて全力で取り組んでまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます!


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