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円安とアマゾン「プライム」値上げの関係性~台頭する「新時代の赤字」~


 アマゾン値上げとその他サービス収支赤字
8月10日、インターネット通販大手であるアマゾンジャパン(以下アマゾン)が有料会員「プライム」の料金を引き上げることを発表しました:


同社のサービスが多岐に渡るためその売り上げが国際収支統計上、いずれの部分に該当するかは定かではありませんが、例えば有料会員に提供される動画・音楽配信サービスの類はその他サービス収支上の知的財産権等使用料、より厳密にはその構成項目である著作権等使用料として定義づけられるものです。図に示すように、その赤字が拡大傾向にあることが知的財産権等使用料の黒字拡大を抑制しているというのが近年の傾向です:

アマゾンに限らず米巨大IT企業や欧米コンサルティング会社が日本で稼ぐ売上の一定部分は本国送金されます。インターネット広告やコンサルティングに関する売上であれば専門・経営コンサルティングサービス収支に、クラウドサービスの売上であれば情報・通信・コンピューターサービス収支に計上されます。それは貿易赤字同様、アウトライトの円売り(円の売り切り)になるはずです。今回の値上げも拡大傾向にあるサービス収支赤字、厳密にはその他サービス収支赤字の拡大要因として読むことができるでしょう。

この辺りの日本円の需給構造を巡る議論は過去のnoteへの投稿でも再三扱ってきた通りです:

https://comemo.nikkei.com/n/n62a1fc0f9663

 経常収支のイメージを変える「新時代の赤字」
重要なことはこうしたプラットフォームサービスの値上げは「言い値」で受け入れるしかないケースが多いということでしょう。今回のアマゾンによる値上げも、多くの利用者は「仕方ない」と感じたのではないでしょうか(筆者も同様です)。プライムサービスを使う消費者はそれが生活に根付いている可能性が高いと思われます。少なくとも値上げを理由に解約する向きは多数派ではないでしょう。

世界的に賃金は上昇傾向にあることを踏まえると、今後、プラットフォームサービスにまつわる価格設定は上がることはあっても下がることは考えにくいと思います。そもそも日本におけるアマゾンの「プライム」会員の年会費は値上げ後(5900円)でも米国本国(約2万円)の3分の1以下と言われています。欧州諸国と日本を比較しても似たような乖離があります。定価設定の際に出発点となり得る賃金上昇率について内外格差が大きいため、こうした極端な状況が生まれるわけですが(自動車やスマートフォンなどでも同じことは起きている)、あまりにも大きくなり過ぎた格差は是正されます。値上げは今後も想定される展開でしょう。

そして、それはその他サービス収支、ひいてはサービス収支や経常収支全体の仕上がりに影響します。だからこそ、筆者はこれを「新時代の赤字」と呼び注目し、また懸念してきました。恐らく、なかなか収束しない円安地合いにも加担しているはずです。これも過去のnoteで再三取り上げてきたものです。ちなみに、2022年のサービス収支赤字は約▲5.4兆円でした。過去を振り返れば、▲6兆円台のサービス収支赤字はあったので、今の赤字水準が未曽有の事態というわけではありません。しかし図を見れば分かる通り、過去は旅行収支の大幅赤字がサービス収支赤字の主因でした:

今はそれがせっかくの黒字転化を果たしたところ、入れ替わりでその他サービス収支赤字が拡大しています。旅行収支黒字が拡大した背景は第二次安倍政権時のビザ発給要件の緩和なども寄与していると言われますが、日本を訪れる外国人にとってのコスト感に直結する実質実効為替相場(REER)が傾向的に落ち込んできたことはやはり無視できません(もちろん、日本の観光資源が各所で評価されるに至ったことも見逃せませんが、価格競争力は非常に大事な論点です)。現状、REERは「半世紀ぶりの安値」にあります。

しかし、黒字転化した旅行収支と違って、その他サービス収支の赤字が縮小したり、果ては黒字転化を目指したりするような、合理的な理由が今のところ全く思い当たらないのが実情です。図を見れば分かる通りですが、今の日本のサービス収支は旅行収支がなんとか赤字拡大をせき止めている(がそれでも拡大している)という状況です。

裏を返せば、「インバウンド需要が萎めば急拡大する」という側面は否めず、その意味で貿易黒字時代の外需依存構造が引き継がれているとも言えます。パンデミックのようなことは早々起こることではありませんが、海外の経済・金融情勢次第で黒字が萎むリスクは常に不安視されるでしょう。

片や、その他サービス収支に包含される赤字(デジタル、コンサル、研究開発)はある種恒常的な性格を帯びており、景気動向に左右されず支払いが続く公算が大きいと感じます。今後2~3年のうちに、サービス収支赤字が史上最大を更新する可能性はかなり高いでしょう。サービス赤字拡大と従前から存在する貿易赤字が重なり、第一次所得収支黒字でカバーできなくなった時、日本経済の発展段階は新しい局面に入ることになります。今回のアマゾンによる値上げから考えさせられる論点は非常に多いと思います。


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