日銀利上げの現状と展望~為替次第変わらず~
必然の利上げ
既報の通り、1月23~24日の日銀金融政策決定会合は市場予想通り、政策金利を0.25%程度から0.5%程度へ+25bp程度引き上げました。この点、政策会合直前のCross dig「Economic Labo(エコラボ)」でもお話しさせて頂いておりますが、「円安抑止の利上げ」という文脈では遅きに失している部分は否めず、現にさほど大きな調整は起きていません。「利上げすると思うけれども、どうせ円安基調の反転は難しいと思う」といった趣旨で収録しておりましたが、実際にその通りになった印象はあります。なお、会合後の日経報道でも「あまり円高にならなかった」という論点にクローズアップした記事が立て続けに出ています(1本は私もコメント掲載頂いております):
なお、エコラボも4本目になりました。上々の評判も頂戴しております。引き続きご愛顧頂ければ嬉しいと思います:
政策金利水準としては17年ぶりの水準ですが、そもそもドル/円相場が34年ぶりの水準である160円近傍で推移し、それに応じた国内経済環境のダメージも指摘される中、円金利が連れ高になることは必然とも感じます。
今回の決定に際し、日銀は通常の対外公表文と展望レポート(基本的見解)に加え「2025年1月金融政策決定会合での決定内容」と題した決定内容にまつわる簡易説明資料も公表しています:
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2025/k250124b.pdf
この種の資料は黒田体制下で見られた屋上屋を架す複雑な政策決定(イールドカーブ・コントロールやマイナス金利導入に伴う3層構造の金利調節など)に付随して見られてきましたが、単なる利上げに付されるのは意外感もありました。それだけ利上げが国民生活の重しとなり、政治的な反発を招きかねない展開に配慮しているのかもしれません。
現に、「実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をしっかりとサポートしていく」と声明文に明記されています。利上げが万人の指示を受けないこと、政治的な資源を費消することへの認識が透けます。
物議を醸した12月会合の現状維持は賃金情勢と第二次トランプ政権にまつわる2つの不透明感が理由として持ち出されました。その際は下記noteでレビューしています(本記事同様、日経COMEMO内ゆえどなたも読めます):
この点、簡易説明資料に照らすと、賃金に関しては「昨年に続きしっかりとした賃上げを実施するとの声」の存在が指摘され、第二次トランプ政権に関しては「様々な不確実性は意識されているものの、国際金融資本市場は全体として落ち着いた状況」と指摘されていました。「2つの不透明感には片が付いた」という整理が透けます。市場に混乱がなく、賃金に強さが感じられるため「展望レポートのシナリオに沿って利上げした」というのが今回の総括でしょう。
今後に関しては、簡易説明資料の上部に明記された「経済・物価は、これまで示してきた見通しに概ね沿って推移、先行き、見通しが実現していく確度は高まってきている」との文章が当面の日銀の挙動を拘束することになります。ちなみに今回の利上げを経て、日銀とスイス国立銀行(SNB)政策金利は並びました。この点は先月のnote(やモーサテ)で詳述した通りですが、両通貨の対ドルでの動きには雲泥の差があります:
繰り返し論じてきたように、今次円安局面を金利面だけから正当化するのは無理があるというのが筆者の基本認識であり、スイスフランの動きと比較すれば、その点は自明であるように思えます。象徴的にはスイスは貿易黒字を積み上げ、日本は貿易赤字に転落しているという事実は無視できないと思います。詳しくは上述のnoteをご覧いただければと思います:
既に中立金利?との思惑について
今回の利上げに対し消費者物価指数(CPI)の基調の弱さを指摘しつつ、利上げに反意を示す向きもあるようです。確かに、「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」を見るとインフレ率は「+1.0~+1.5%」のレンジにあります。自然利子率が「▲1.0~+0.5%」だとすれば、仮にインフレ率を+1.5%と仮定すれば中立金利は「+0.5~+2.0%」ということになります:
この見地に立てば既に政策金利は中立水準に達したということになりますし、インフレ率を+1.0%と置けば引き締め状態に入ったという見方にもなります。その点に因んで性急さを指摘するのは分からなくはありません。
しかし、家計部門が体感するインフレは基調ではなく総合であり、この点も無視できなくなっていることは否めません。例えば2024年12月のCPIは総合ベースで前年比+3.6%と生鮮食品を中心として大幅な伸びが見られました。これは先進国内でも高い水準です。補助金対応等がなかりせば、4%だったという見方も下記記事では紹介されています。実際、足許の状況はさておき、過去2年間の日本のインフレ率は欧米と比較して遜色はないという事実もあるように思えます:
ちなみに2024年、歴史的な上げ幅として好感されたベアの平均上げ幅がほぼこれと同じ3.56%でした:
もちろん、12月CPIは瞬間風速ゆえ両者が相殺されたとまでは言えませんが、実体経済で起きていることは「値上げ」と「賃上げ」の循環でしょう(敢えて「好」循環とは呼ぶことは控えます)。植田総裁は「だからといってポンポン上げるかというと安易に考えずに、注意深く進めていきたい」と早期利上げ期待をけん制していますが、円安インフレが続く限り、利上げはいつ何時でも決定される可能性はあるはずです。円安抑止を目的とする利上げに関し、相応の民意は得られる雰囲気もあるのではないでしょうか(反対がないとは言いませんが)。
ちょうど下記の日経調査が26日に発表されましたが、利上げへの評価を聞いたところ「評価する」は54%で「評価しない」の34%を大きく上回っています(この点、一部の直情的なネット世論とは距離があるように感じます):
そのほか様々な反駁は考えられますが「物価、賃金、円金利、全てが上がる中、通貨の値段である金利も上がる」というごく自然な相場現象が起きていると考えれば合点がいく部分もあろうかと思います。
結局は為替次第
簡易説明資料の最後には「見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整」と明記してあります。「今後も利上げはある」という意思表示が一般向けにも発信される状況であり、必然的に市場の関心は「次はいつか」に移ります。
ちなみに今回の「展望レポート」における物価見通しの上昇修正はエネルギー補助金やコメ価格上昇など特殊要因であり、そこに想定外の円売りも重なったという意味で「一時的なコストプッシュ要因が大きくなった」ことに起因していると言われます。それゆえ、今回の見通し上方修正が積極的な利上げに直結するわけではありません(実際、本稿執筆時点の金融市場では0.75%への追加利上げは10月会合まで織り込まれていません)。
植田総裁も「(物価の見通しは)今年の半ばくらいまでの上方修正で、その後は落ち着いてくるものとみている。深刻なビハインド・ザ・カーブの状況にあるとは今のところ見ていない」と述べており、利上げの必要性は上半期中に収束してくる可能性も透けます。
しかし、身も蓋もありませんが、現状維持を貫けるかどうかは結局為替次第です。今回はそうではありませんでしたが、昨年7月のように円売りで利上げを煽られるという懸念は常にあるでしょう。今回の声明文には「このところの為替円安等に伴う輸入物価の上振れもあって、2024年度が2%台後半となったあと、2025年度も2%台半ばとなる見通し」と記述されており、これが政策変更の一因となった背景が透けます。極論で恐縮ですが、次回3月会合時点で160円台に定着し、170円台に接近していれば、「為替円安等に伴う輸入物価の上振れ」を懸念した上で金融市場における利上げ織り込みも機動的に変化しているでしょう。その意味で会合直後の次回以降の織り込みに大きな意味はないと思います(特に日銀は)。
真の問題は当面のFOMCが現状維持を重ねた上で「利下げの終わり」を明示するような展開に至った時に、どれほど円安が進み、それが輸入物価経由で一般物価を押し上げるのか、です。現時点では、年内いっぱいをかけて日米の政策金利は▲60bpほどしか縮小しない想定ですが、これはFRBが「2回も利下げできない(織り込みは1.6回程度)」という想定に基づいています:
これが「1回も利下げできない」、「2026年は利上げ再開も」といった予想変容に至ると当然、ドル/円相場が押し上げられるでしょう。この際、日銀は利上げで金利差を縮め、円安抑止を図ろうとするでしょう。しかし、これはもはや先進国ではなく途上国で定番の仕草です。徐々に、しかし確実に金融政策の通貨政策化が進みつつある…というのが近年の政策運営に見えます。
いずれにせよ、植田総裁が会見で述べた「ペースやタイミングについては今後の経済・金融情勢次第と考えており、予断は持っていない」との弁はタカ・ハト双方に受け止めるべきものでありあり、最近の金利・為替情勢を踏まえれば、思わぬタカ派シフトにも警戒を怠るべきではないと考えます。
その背景にある円相場の需給構造変化や家計行動の変化については下記プラットフォーム上で今後も議論をまとめていく予定です: