AI時代の「体験」のススメ : 人間の提供価値は体験にあり
AIの進化により、ビジネスのやり方が根本から変わってきています。
業務の効率化、自動化、そしてデータ分析に基づいた判断など。AIは、企業の競争力を高める上で、もはや欠かせない技術となりましたし、AIをどのように活用できているかで企業の成長スピードにも大きな差が出る時代になっています。
私自身もAIの進化を享受し、ビジネスにおいても様々な場面で活用しています。そうした中で、1つの思いが強く頭によぎるようになりました。
「AIがこれほどまでに身近な存在になった現代において、人間だけが提供できる価値とは一体何なのでしょうか?」
AIの進化により失われる職業はなんであるかなど、人とAIの役割分担については多くの議論がなされています。
こちらの日経の記事の中では、「人間の役割は実務から戦略的な監督へと移り変わる可能性を秘める。」と書かれています。
このように様々な考え、解釈がある人とAIの役割の棲み分けについて今回は考察したいと思います。
考察1 - データ処理と重みづけ
1ヶ月ほど前に私が日経COMEMOに書いた記事でも、人とAIの役割について考えを書きました。
この記事の中では、主に下記3つのポイントに触れました。
AIは大量のデータ分析により必要なデータ(この記事の中では"イベントトレンド")を効率的に抽出できますが、背景や重要度の判断には人間の文脈理解が不可欠である。
AIと人が協調することでデータ分析の価値が向上し、ビジネスに貢献します。
AIはデータ処理、人は重み付けと目的設定を担うことで、より深い洞察が得られます。
考察2 - 体験価値
AIが分析したデータに対して人が重みづけをすることで、より価値のある分析結果となるという考えは、その後も強く感じているところなのですが、ここ最近もう一つ大きな役割が人にあるなということを実感するようになりました。
それは、「人が実際に体験すること」の重要性です。
AIが高度化する現代において、私たちはともすれば、効率性やデータに基づいた合理的な判断に偏りがちです。しかし、AIが示す答え(データ)の中には、私が日頃から参加している様々なイベントで感じている空気感、人との出会いによる心の動きなどは含まれていません。そのことに気づいた時に、私は改めて、「人が実際に体験すること」 の本質的な価値について考えるようになりました。
私たちは、五感を使い、身体全体を使い世の中と関わり、感情が動く「実体験」を通して、言葉にできない暗黙知や、状況を的確に判断する力、他者への共感、そして創造性といった、人間ならではの能力を持っており、日々の生活の中で磨いてきました。
AIは大量のデータを分析し、効率的にタスクをこなすことができますが、「実際に体験すること」 から得られる身体性、感情、そしてそこから生まれる深い理解は、AIには代替できません。
情報が溢れかえる現代だからこそ、「実体験」 を通して得られる一次情報、身体を通して感じること、感情を伴う経験が、AIには代替できない、人間ならではの価値として、ますます重要性を増していくのではないでしょうか。
考察3 - 感情だけではない、3つの価値軸
「考察2 - 体験価値」で触れたように、人が実際に体験することの重要性は増しています。AIが進化し、効率化やデータ分析が高度に進む現代において、なぜ今、ビジネスの現場で「実体験」がこれほどまでに価値を持つのでしょうか。
感情や共感といった側面も重要ですが、ここでは、「希少性」「文脈理解」「予測不可能性への対応力」 という3つの異なる切り口から、実体験の価値を深掘りしていきます。
切り口1:希少性 - AI時代における人間ならではの価値
AIが多くの業務を効率化・自動化していく現代において、「人が実際に体験すること」 は、ある意味で希少なものになりつつあります。なぜなら、AIは過去のデータに基づいて学習し、効率的な解を導き出すことは得意ですが、「まだ誰も体験したことのないこと」 を生み出すことは苦手だからです。
例えば、高級ブランドの顧客体験 を考えてみましょう。AIチャットボットが流暢な接客トークをすることは可能ですが、顧客一人ひとりの個性や気分を「見て」、その人の心に「応える」接客 は、経験豊富な人間の能力であり、AIでは(現在のところ) 代替不可能です。
また、伝統工芸の世界の職人技も、実体験の価値を示す良い例です。 職人の技は、長年の実体験を通して磨かれた、感覚と技術の結晶と言えます。 どれほどAIが進化して精密なロボットを作れるようになっても、職人の手仕事には、AIにはない独特の良さや温かみがあります。 職人の手仕事が持つ、そうした特別な魅力をAIで完全に再現するのは、やはり難しいでしょう。
AIが普及する時代だからこそ、人間だけが提供できる、実体験に基づく希少価値は、ビジネスにおいて大きな差別化要因となり得ます。
切り口2:文脈理解 - データだけでは見えない深層
AIは膨大なデータ分析は得意ですが、データの背景や文脈を深く理解することは不得意です。ビジネスシーンにおいては、データだけでは判断できない、複雑な状況や人間関係が数多く存在します。
例えば、 グローバルビジネスにおいては、文化、歴史、習慣の異なる国々との交渉が不可欠です。 AIは過去の交渉データから成功パターンを抽出できるかもしれませんが、相手国の文化的背景、国民性、ビジネス習慣を肌で理解し、臨機応変に対応することは、現地での実体験を持つ人間ならではの強みです。
また、 複雑な交渉シーンにおいては、言葉だけでのコミュニケーションに限定されません。表情、声のトーン、仕草など、非言語的な情報から相手の真意を読み解く必要があります。これらの非言語的な情報を総合的に判断し、文脈を深く理解することは、豊富な実体験を持つ人間ならではの能力です。
切り口3:予測不可能性への対応力 - 変化に強い組織と人
現代社会は、VUCA時代と呼ばれるように、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性が増しており、予測困難な状況に直面することが多くなっています。 AIは過去データに基づく予測は得意ですが、想定外の事態や前例のない問題に対応することは苦手です。
例えば、 危機管理 の場面を想像してみてください。自然災害、事故、事件など、予測不可能な事態はいつ起こるかわかりません。マニュアル通りの対応だけでは乗り切れない状況も多く存在するでしょう。こうした状況下では、過去の経験則や固定観念に囚われず、状況を的確に把握し、臨機応変に対応できる人間の力が不可欠です。豊富な実体験を持つ人ほど、様々な視点から状況を分析し、最適な解決策を見つけ出すことができるでしょう。
また、 新規事業開発 の分野においても、正解のない問いに立ち向かう必要があります。市場ニーズや技術トレンドをデータ分析することは重要ですが、データだけ頼るだけでは、真に革新的なアイデアは生まれにくいでしょう。まだ誰も体験したことのない未来を想像し、固定観念を超えた発想を生み出すことは、様々な実体験を積み重ねてきた人間ならではの創造性です。
まとめ - 実体験こそが、AI時代を生き抜くビジネス成長の鍵
AI時代だからこそ、実体験は、感情や共感だけでなく、 希少性、文脈理解、予測不可能性への対応力 という多角的な価値を持つ、ビジネスを成長させるための鍵と言えるでしょう。
企業は、 AI活用を推進する一方で、従業員が様々な実体験を積み重ね、その価値を最大限に発揮できるよう、組織文化や制度を整備する必要があります。 個人も、自ら積極的に実体験を求め、その学びをビジネスやキャリアに活かしていくことが、 AI時代を生き抜くための鍵となるでしょう。
まとめ
AIがビジネスの在り方を変えていく中、企業が競争優位性を確立するためには、AI活用だけでなく、会社のメンバーの体験価値を最大限に活かすことが不可欠となっていくと考えています。感情的な繋がりを生み出す顧客とのコミュニケーション、文脈を理解した上での交渉、予測不能な事態に対応する危機管理など、実体験があるからこそ対応できる価値が数多く存在します。企業は、実体験重視の組織づくりを進めていく必要が出てくるのではないでしょうか。一方、個人も、コンフォートゾーンを抜け出し、五感を研ぎ澄ませ、心を揺さぶる体験を重ねていきましょう。その一つ一つの実体験が、AI時代を生き抜く道標となり、ビジネスシーンだけでなく、皆さまの人生を豊かに彩るはずです。