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映画「空母いぶき」が示すリアリティとその限界

少し前の投稿で、「まもなくわれわれが直面するかもしれない武力衝突について考えてみた」と題して、現在の尖閣諸島や、台湾の東沙諸島をめぐる状況があまりにも切迫して、いずれ中国による現状変更がありえる緊張状態について書いてみました。幸い、多くの方にお読み頂き、また好意的なコメントも多く頂きましてとても有り難く感じております。お読み頂きました方々、有り難うございました。

他方で、ここでその投稿に関連してちょっと補足をさせて頂ければと思います。というのも、「映像があまりにもリアル」と書いたところについて、この映画に批判的な方々から、そのような指摘が不適切であり、この映画にはリアリティがないというご指摘を頂戴したからです。

おそらく、私の書き方が不十分だったと反省しているのですが、この映画のストーリーの展開や、自衛隊法76条を適用した内閣による防衛出動の発令とそれ以後の展開、空母いぶきなどの自衛艦やF35らしき戦闘機による武器使用、さらには映画の終末の国連が関与して状況が収束するところなどは、ちょっと観ていて苦笑いというか、困惑するところばかりだというのが実感です。

これは、私のような国際政治学者がきちんと、国連の合意形成の現場についてや、国内での安全保障政策をめぐる政策決定過程について、大学の授業や、新聞や雑誌のメディア、あるいは著作の中で、きちんと発信して説明してこなかった結果だと反省しています。映画監督や関係者の方々には、あまりにも具体的なイメージが湧きにくい世界なのかもしれません。

そもそも、私はこの映画が2019年に公開されたときに、映画館で観ておりません。ネットなどでの評価がかなりひどく、とりわけ軍事問題に詳しい専門家や、あるいは現役および退役自衛官の方々が具体的な問題点を数多く指摘しておられ、そのときには映画館に行って観るという意欲が失われてしまいました。やはり、ある程度の、映画の中で感情移入するためには、ストーリーやディテールにリアリティがないといけません。部分的にはリアルなところもありますが、もう少し専門家による検証や考証を経てから公開したほうがよかったのだろうと思います。どうしても、このような政治や軍事、外交を扱う映画やドラマは、そのあたりが準備が不十分なものがおおくて残念な気がしますし、それは既に述べたように、専門家や実務家が、国民やメディアにきちんと発信してこなかった代償なのかもしれません。

それでは、なぜ私が「リアル」と感じたかというと、そのリアリティとは、尖閣諸島が「中国」の偽装工作員や偽装漁民により奪取され、占領されるという映像が流れているからで、そのようなことが現在起こりうると感じているからです。もちろん、映画の中では「東亜連邦」という意味不明の新興国家というか、国家連合体というか、攻撃型空母群を保持できるとはとても思えないような島嶼連合が民族主義が高まり攻撃してくるということで、本来備わっていたリアリティが消えてしまいましたが。

特に、紛争が収束する最後の国連がでてくるところは、あまりにも現実離れをしていてちょっと、がっくりしてしまいます。日本人の間でよく観られる「国連信仰」のよくないかたちでの表出です。これは、「シンゴジラ」のときもそうですが、あたかも「国連」が「単一の意図」をもった「行動主体」であるかのように「超国家政府」のように描いてしまう傾向が見られます。日本人の多くの方にとっては、「国連」というものがEUのような超国家的国際機関ではなく、主権国家間の調整によって国連安保理決議のような合意を調整する合議体であるといいう実態が見えにくいのでしょう。

よく、私が教えている学生のみなさんも、そのような映画の影響を受けてか、「将来は国際公務員になりたいです」だとか「国連で平和のために働きたいです」という方がおります。その際には「国連って、具体的に何を指しているのですか?」と質問します。日本人の国際公務員が少ないので、もちろんそのような学生を励まして、将来にそのような仕事に就くよう応援をしますが、まずは具体的なイメージを持って頂くために、外務省国際機関人事センターの空席情報のホームページをご紹介します。ここで、ADB、GFATM、IAEAなどと略語で書いているのが具体的な国際組織であり、そこには多くの国連の下部組織が含まれており、これらが具体的な国際組織や国連機構(UNO)を創り上げていることからお話しします。

具体的には、山田哲也南山大学教授の『国際機構論入門』(東京大学出版会)などの優れた入門書をお読み頂ければ、国連とは何なのか、それが具体的にどのような構造になっているのか、そしてどのようにすればそこで働けるのかなど、基礎的な情報を身につけることができるのではないでしょうか。実際に、私が教えていた学生が少なからず、すでに国際公務員として活躍していて、そのこと自体をとても嬉しく思っています。そのような卒業生から聞く国際機関の実態こそが、とてもリアルなものです。

あるいは、私の尊敬する同業者であり友人の秋山信将一橋大学教授のように、国際機構論や核不拡散論がご専門であり、学者という立場から民間人初の外務省在ウィーン国際機関日本政府代表部公使参事官として勤務をした方は、まさにそのような国際機関の現場を熟知しておられます。その秋山さんには、ウィーンから帰国直後に、「国際政治チャンネル」に出演を頂き、国際機関での意思決定に関する実態などもお話頂いております。こういった方々のご経験とそれともとにした社会的な発信は、国連などの国際機関の実態への理解を深める上で、とても貴重なものであろうと思います。

ともあれ、「国連」それ自体が単一の「行動主体(アクター)」として、意思を持っているわけではありません。それはあくまでも、主権国家がつくる連合体であって、EUのような超国家性を持つ国際行動主体ではないのです。国連事務局には平和のために意思決定する権限はありません。それは国連安保理の役割であり、国連安保理は常任理事国と非常任理事国の国家により成り立ち、それらの活動を補佐するのが事務局の役割です。ですので、映画の中で日本と「東亜連邦」との武力衝突を、「国連」あるいは「国連軍」がとめるというような構図は、あまりにも実情から乖離しており、国際政治の理解を妨げるのでしょう。

もとにもどって、実際に洋上では、尖閣諸島の周辺に、日本、中国、台湾などの漁船、日本の海上保安庁や中国の海警の公船、そして海上自衛隊や中国の人民解放軍海軍(PLAN)の艦船が航行しており、それらの艦船が尖閣諸島の領海や、EEZ、接続水域などに侵入したり、そこから排除するような動きをしたりする中で、緊張状態が繰り返されています。下記の日経新聞の記事は、そのような緊張状態が、2月1日の中国海警法の改正により高まったことを批判する、アメリカ国務省報道官の懸念表明に関する記事です。

2020年5月9日、インドと中国が国境線をめぐり、双方の国軍による衝突が起きました。陸軍同士の衝突ですと、例えば画像や映像が流れてわれわれにもイメージがしやすいのですが、洋上の場合は通常は、新聞記者などがそこにいって、その現場の緊張状態を映像に収めて発信することはなかなかかなわないので、どのようなことが実際に起こっているのか、イメージがわきにくいのではないでしょうか。海上自衛隊の広報は、あくまでも平和の安全のために活動を行っているので、敵の艦船との海上での軍事衝突を示唆するような動画を広報活動の一環として公開することはあまり考えられません。そもそも、朝鮮戦争時の自衛隊創設前の1950年の特別掃海隊による掃海艇と巡視船による機雷除去活動を行って、そこでの殉職者がでたことを除けば、戦後の自衛隊が戦闘に従事して、戦死者がでるような映像を観ることはかないません。ですので、映画のような映像でそれを体験するほかないですよね。

そして、そのような尖閣諸島をめぐる緊張の高まりや、偶発的事故などによる日本政府が意図せぬかたちでの武力衝突の勃発の可能性は、かつてないほどたかまっています。たとえば、つい先日、沖縄の漁船が尖閣諸島の周辺を航行していた際に、中国の海警の公船が「釣魚島」が中国の領土で、その「領海」に違法に「侵入」したとして、その日本の漁船を日本の領海の中から追い出しました。すぐさま、海保の公船がその間に割りいって、そのような海警船の威嚇的な行動を阻止することができましたが、いずれ両国の公船が接近した際に、公船どうしの衝突や、それに伴う沈没、そして死者が発生することは、かなりの程度切迫して問題です。もしも海保あるいは海警の公務員の死者がでたならば、日中両国の世論は沸騰して、大変な政治的な緊張が生じることは不可避です。

私が記事で書いた「リアリティ」とは、そのような政治状況、武力衝突が発生する可能性という意味での「リアリティ」であり、映画全般のストーリーや、日本政府の政策決定のプロセス、実際の現場の自衛艦の指揮系統や武器使用の決断などをめぐるものとして指摘したものではありませんでした。それをご理解を頂ければ幸いです。

言い換えれば、そのような、尖閣諸島の現場をめぐる緊張状態と、それの軍事的なエスカレーションの可能性を、比較的身近な、入手しやすいかたちで映像で観るためには、なかなかオプションが多くあるわけではありません。ですので、「空母いぶき」をご覧頂いて、そのような危機が今すぐ、目の前にあって、武力衝突が発生する可能性というものが、何かはるかかなたの、日本とはまったく関係のない世界の問題ではない、ということをご理解頂きたいと思っております。そのような国民世論の理解がなければ、実際の危機が発生した際に、パニックになるか、国会が与野党間で不毛な中傷合戦をするか、非合理的な楽観的憶測の希望にすがるか、いずれにせよ悲惨な結末になることは目に見えています。

そうならないために、まずは実際の現場で何が起きているのか、入手可能なかたちで情報を収集して、それがどのようなものなのかを頭の中でイメージして、そしてさらにはこれから起こりうるシナリオを想像することが不可欠です。そのようなシュミレーションを行う上で、私は、「シンゴジラ」や「空母いぶき」のような実際の自衛隊が活動する様子を描いた映画をご覧になって、それがフィクションであり現実とは異なることを十分に前提にしながらも、より想像力を豊かにすることもまた重要と感じています。

映画「007」シリーズのジェームズ・ボンドが、実際のイギリスのMI6(秘密情報部)とは大きく異なる架空の世界であることは、皆さんもご存じだと思います。「007」が描くMI6よりは、「空母いぶき」が描く自衛隊の活動のほうがリアルだと思いますが、いかがでしょうか?

※一番上の写真は、パラオのペリリュー島にいったときに、廃墟として残っていた戦時中の海軍の司令部が入っていた建物です。このような現場はまさに、戦争のリアルを教えてくれます。

#日経COMEMO #NIKKEI

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