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日銀マイナス金利解除の現実味をどう見るべきか~「可能性はゼロではない」の考え方~

植田総裁インタビューの考え方
9月9日に報道された読売新聞による植田日銀総裁の単独インタビューを受け、円金利が急騰し、円相場でも乱高下が見られました:

同報道に続き、多くの見方も報じられていますが、ドル/円相場見通しに与える影響などについて照会が相次いでいるため、現状を簡単にQ&A方式で整理しておきたいと思います:
 
Q1:何が材料視されているのか。
A1:マイナス金利政策の解除時期について踏み込んだ発言があったと解釈されています。植田総裁は具体的な時期に関して「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、(解除を)やる」と述べた上で、来春の賃上げ動向を含め「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」との考えを示しました。この発言が「年内にマイナス金利解除が判断される可能性が浮上した」と解釈され、円金利は上昇、円の対ドル相場も一時146円割れまで急騰しています。しかし、その後に直ぐに反落しているのは従前から本コラムへの寄稿を通じて繰り返している通り、今次円安の背景にはある程度、日本の基礎的需給環境の変容が寄与しているからだと思われます:

https://comemo.nikkei.com/n/n51a821daab73

もっとも、こうした見方を過剰反応だと評価する声もあります。発言全体を見れば「まだ(物価目標の)達成が見える段階ではない。物価目標の実現が見えてくるのは、賃金と物価の好循環が金融緩和を止めても自律的に回っていく状況だ」と述べ、「到底決め打ちできる段階ではない」と念押ししています。さらに、「物価目標の実現にはまだ距離がある。粘り強い金融緩和を続ける」とも述べており、結局、いつもと同じ言動ではないのかという評価もあります。筆者もどちらかと言えばそう感じる立場です
 
Q2:真意はどこにあると見るべきか。また、なぜそうした発言をしたのか。
A2:しかし、わざわざ「年末」というフレーズを使った以上、相応の意図があった可能性も否めません今までリスクシナリオですらなかったマイナス金利解除がリスクシナリオとして格上げされたという程度の認識は持ちたいとも思います。なぜこの時期に植田総裁がそうした発言をしたのかと言えば、建前と本音、2つの理由があると考えます。

まず、建前としては「賃上げ機運の持続を想定しているから」に他ならないでしょう。元より植田体制下の日銀では声明文に「賃金上昇を伴う2%の物価目標の持続的・安定的な実現」を目指すことを明記しています。今年の春闘における賃上げ率が30年ぶりの上昇率となった以上、来年以降もそれが続く可能性を念頭に置いて情報発信をするのは自然です:

事実、今春以降の日本では賃上げや財・サービス価格の値上げについて報道が相次いでいます。物価調整後の実質賃金が継続的に下落しているため、現状を「賃金と物価の好循環」と表現するのは難しいですが、物価が継続的な上昇過程に入った可能性を多くの日本人が感じ始めているのも事実でしょう。また、海外に目をやれば「インフレは一時的」と繰り返し、結局大幅な利上げを強いられた欧米中銀の失敗が眼前にあります。賃金上昇を起点にインフレが持続性を持つ前にマイナス金利解除などを通じてこれを鎮圧しようという発想は中銀としては自然ではあります。しかし、賃金上昇の継続性はあくまで来春の春闘まで見極めなければ判断できないものでしょう
 
Q3:来年の春闘が重要ならば、年内に材料が揃うことはないのではないか。
A3:筆者もそう思います。それゆえ今回、わざわざ踏み込んだ発言をした理由は建前としては「賃金と物価の好循環」の芽が育っていることだとしても、本音は別のところにあるように感じる。それはやはり「円安の抑止」と考えます。そもそも先月(8月)の千葉県金融経済懇談会において内田副総裁はマイナス金利解除に関して「現在の状況からみるとまだ大きな距離がある」と述べていました:

この発言から4か月後(年末:12月)のマイナス金利解除の可能性を見出すのは不可能でしょう。そう考えると、結局、「8月に気が変わった」というのが台所事情なのではないでしょうか。では、8月に何が起きたのでしょうか。円の対ドル相場は8月だけで約▲2%、年初来から8月末時点では約▲10%下落しています。また、円安との併存が警戒される原油価格も8月だけで約+2%、年初来から8月末時点では約+4%上昇しています。ちなみに原油価格は9月に入ってから続伸し、本稿執筆時点の年初来上昇率は約+8%に達しています。円安・原油高の併存は国民生活に直結するものであり、政治的にも問題視されやすいものです。日銀が原油価格に影響を与えることはできませんが、円相場ならば相応に影響を行使できます。

いくら通貨政策を司る政府・財務省が円安をけん制しても、金融政策を司る日銀がハト派色を維持する以上、相場の流れは変わりにくいものです。理論的にも通貨政策と金融政策の方向は一致しなければ所期の効果は出ません

現状の日銀は「金利上昇を抑止すべくオペを打てば円安が進み、金利上昇を容認すれば緩和姿勢が疑われる」という隘路にはまっています。もはや「円安を警戒しながら緩和を続ける」という無理筋な政策運営が限界に達していると判断し、日銀は「緩和を続ける」という点について修正を図ろうという心境に至った可能性は考えられ、普通の中銀ならば、そう考えて当然でもあります。

なお、今回、植田総裁が就任後初の単独インタビューを受けた経緯について政府・財務省との連携を訝しがる向きもあるようです。しかし、そこまで深く考える必要はないように筆者は思います。そもそも総合ベースの消費者物価指数(CPI)に関し、日本は米国を超えています。もちろん一時的な動きなのかもしれませんが、そうではない可能性も払拭できない状況です。円安がその一因だとしたら、日銀が物価安定の観点から「円安の抑止」を所望するのは妥当です。円の対ドル相場が昨年来の安値である152円を視野に捉える中、その抑止を企図して発言に踏み切った可能性はあります。
 
Q4:「次の一手」に関するメインシナリオは。
A4:既に述べたように、従前の日銀からの情報発信を踏まえれば、マイナス金利解除は2024年中には考えにくい選択肢でした。しかし、今回のインタビューを踏まえ、リスクシナリオとして検討する価値は出てきたと考えます。マイナス金利解除が実施される場合、最も可能性が高いのは2024年4月、その次に2024年1月と想定したいところです。植田総裁が「年末」に材料が出揃うと言っている以上、翌月となる2024年1月会合でその材料を盾に決断する可能性はあります。しかし、多くの識者が想定する通り、マイナス金利解除のための必要条件はあくまで「2年連続で春闘の結果が力強いものなること」です。だとしたら、2024年4月までその決断を待つのが最も合理的な予想になります。

とはいえ、上述したように、もはや賃金は「建前」の理由でしかない可能性も考慮する必要があります。結局、1月になるか、4月になるかは「本音」の理由である円安次第という側面もあるでしょう。昨年の対ドル相場の安値である152円を超えて定着するような事態になった場合、円安抑止の意味を込めたマイナス金利解除が決断される可能性は考えられます。現状、筆者はFRBが徐々にハト派色を強めることも踏まえれば、あくまで152円程度までの上昇しか見込んでいません。よって、円安が1月のマイナス金利解除を招来するとまでは考えません。マイナス金利解除があるとすれば、2024年4月、「2年連続で春闘の結果が力強いものになる」ことを確認した場合と考えておきたいところです。
 
Q5:円相場見通しに対する影響は。
A5:これまでドル/円相場見通しを検討する上ではリスクシナリオとしてもマイナス金利解除は非現実的なものでした。しかし、今回のインタビューをもってリスクシナリオの1つに格上げされたと考えます。もちろん、正式には9月21~22日の決定会合を踏まえ、発言の真意を見極めるべきだが、仮にマイナス金利解除を2024年4月のリスクシナリオとして織り込んだ場合、予想レンジは2023年10~12月期について「146~151円」→「143~148円」、2024年1~3月期について「144~150円」→「140~146円」、2024年4~6月期について「142~148円」→「138~144円」などへの下方修正を検討することになるでしょうか(あくまで本日時点のレートを前提にした場合)。

しかし、冒頭で紹介したように、植田総裁はあくまで「可能性としてはゼロでない」と述べているだけです。年内にマイナス金利解除の可能性が現実的に認められる展開自体、日銀にとってもまだメインシナリオではないのだと筆者は理解しますし、それゆえ為替相場見通しにおいてもメインシナリオにする必要はないというのが基本線になります。


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