見出し画像

ジャズとアート思考(2) エモーショナル・ジャーニーを設計せよ

通常、アート思考は現代美術との関連で語られることが多い。一方、ここでは音楽、特にジャズから学ぶアート思考としてシリーズで取り上げている。今回は第2弾として、音楽から学ぶ「エモーショナル・ジャーニー」の重要性について考えてみたい。

エモーショナル・ジャーニーとは何か

エモーショナル・ジャーニー(Emotional Journey)とは私が付けた言葉だが、「感情の旅」というような意味である。これはサービスや製品の利用者が、それらを使う過程でたどる感情的な軌跡をデザインすることの重要性を示したものだ。

マーケティングでは「カスタマージャーニー」という言葉があるが、これは顧客の体験をサービスの利用に沿ってデザインすることであり、その一部に感情も取り入れられることがある。一方、ここでは音楽に学ぶことにより、感情の軌跡をより重視し、「芸術的なビジネス」を創造することを目指す点に違いがある。

消費者がサービスを利用する際には、期待、不安、喜び、フラストレーションなど様々な感情が交錯する。これらの感情の流れをどうデザインするかが、サービスの成否に大きな影響を与える。

また、こうした「感情の旅」を重視することは、ありふれたサービスを越えて、「芸術的なサービス」の域に達するために必要なことである。エモーショナル・ジャーニーはこれらのことを仮説的に示した言葉である。

コード進行がもたらす感情的軌跡

実はエモーショナル・ジャーニーこそ、他の芸術様式よりも音楽に基づくアート思考が得意とするところである。それは、音楽が「時間」とともに進行する芸術だからである。

もちろん、美術作品も鑑賞によっては、エモーショナル・ジャーニーをもたらすことはある。特に立体的な造作物であれば、鑑賞者がどの角度からアプローチし、どのように歩を進め、視線を向けるのかいったことをデザインすることは可能である。また、複数の作品を扱う展示会であれば、どのような体験の順番でデザインするかによって、エモーショナル・ジャーニーを設計することができる。

しかし、音楽はその本質上、「時間」と切っても切り離せない存在である。ある時間的な区切りの中で、聴き手にどのような感情的な旅をさせるのか、それが音楽という芸術の本質と言っても良い。音楽はエモーショナル・ジャーニーをその本質として内在し、それを実現するものであるという点で、他の芸術と比較しても特徴的である。

前回、ジャズは前衛的な即興演奏と、西洋的な和声学の融合によって発展してきたことを取り上げた。前回も取り上げた菊池成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラ―』では、特にボストンのバークリー音楽院がコード進行理論を開発したことで、ジャズの理論化が進み、その後のジャズという様式の普及と確立に大きな影響を与えたことが示されている。

コード進行にはある種のパターンが存在する。コードと言えば、Dm7とかG7といった記号をご存じの方もいるかもしれないが、大きくわければトニック、ドミナント、サブドミナントという3種類に分けることができる。トニックは「安定」、ドミナントは「緊張」、サブドミナントは「展開」である。

例えば、トニック(安定)→サブドミナント(展開)→ドミナント(緊張)→トニック(安定)といった基本的な展開であれば、聴き手は、「安心(ふんふん、こういう音楽か)」→「展開(ん?どうなるんだ?)」→「緊張(ああ、解決したい!)」→「安定(あー、ほっとした)」といったエモーショナル・ジャーニーを辿ることになる。

もちろん、これは単純な基本形であり、ここに無数のコードのバリエーションがあり、音型があり、音色やフレージングがある。それによって、より複雑な、人間的な感情を聴き手に与えることが可能である。また、色や風景、匂いなど言語化しにくい印象を聴き手にもたらすこともできる。

指揮者の小澤征爾の師である齋藤秀雄は、かつて「芸術というのは一つの素材で全然違うものを作り上げることだ」と語っている(注)。ヴァイオリニストの演奏から、ヴァイオリンの音しか聞こえてこないのであれば、その弾き手は芸術家ではない。その音を通じて、全く別の物語や風景や情感を作り上げるのが芸術ということである。

ジャズに話を戻すと、特にアドリブは、一般的にはこうしたコード進行を土台としつつも、奏者によって異なる、その場限りのエモーショナル・ジャーニーを展開するという、極めて高度な技術であり、芸術であると言って良いだろう。

ビジネスにおけるエモーショナル・ジャーニー

それでは、このようなエモーショナル・ジャーニーをビジネスではどのように活かすことができるだろうか。

例えば、一般的なスマホのアプリを例にとれば、そのアプリを発見して利用するまで、ユーザーは以下のような手順を取るだろう。

画像2

それぞれのステージで、消費者は様々な感情的な体験をする。ここでは詳細は割愛するが、以下のような流れが考えられるだろう。

画像2

こうした消費者の感情の流れを重視し、顧客にとって、またビジネスにとって良い方向へとデザインしていくことがエモーショナル・ジャーニーを重視したビジネスである。

実は、このようなエモーショナル・ジャーニーを最も早く意識したビジネス展開を行ってきたのは、アップル社であると言っても良い。製品発表プレゼンテーションで画期的でクールな製品への期待感を高め、アップルストア(実店舗とWeb)で売り出す。磨き抜かれた製品デザインはもちろんのこと、包装パッケージに至るまで、高級感とクールさで統一されている。

アップル製品にはマニュアルがなく、初心者には使いにくい面もある。しかし、使いにくいという不安感は、ネット検索すれば他のユーザーによる解説という形で解決される。その時には、「そんな使い方があったのか!」という感動を生む仕掛けだ。そして、その感動を基に、自らも人に使い方を教えて貢献したいという気持ちを生み出す。

重要なことは、単なる製品の仕様や性能にこだわるのではなく、それが消費者にとって、どのような感情のストーリーを描くことができるかにフォーカスすることだ。

齋藤秀雄の言葉を借りて言えば、消費者にとって製品そのものしか見えないようでは、それが芸術とは言えない。その製品を通して全く別の世界を見せるのが芸術的なビジネスなのである。

現象からの理論化、そして超越

ジャズに話を戻すと、アドリブと西洋音楽の和声が融合し、ジャズという音楽の様式が確立してきた。そこには、音楽の展開の「型」ともいえる理論が生み出され、それを応用して発展してきた歴史がある。

ビジネスにおけるエモーショナル・ジャーニーにおいても、これから過去の事例をもとに理論化を行い、それを再利用し、展開していくという段階であろう。

その一方で、音楽の世界では、あえて既存の和声進行の常道を外したり、超越することによって、新たな時代の音楽が開かれてきた面もある。こうした理論の超越によるイノベーションは、エモーショナル・ジャーニーを次の段階への発展させることになるのかもしれない。こうした理論の超越は、飛躍的イノベーションに繋がるものであり、これも芸術に学ぶところがあるだろう。


(注)小澤征爾・堤剛・前橋汀子・安田謙一郎・山崎伸子『齋藤秀雄講義録』白水社.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?