現状維持と「基調的なインフレ率」
現状維持の理由
激しい円安の基点として4月26日の日銀会合の現状維持、とりわけ植田総裁による会見を指摘する声は多いようです。今回も目先のお話かつ短い分量ですので皆さまが読めるようにしておきます:
多くは批判的な論調ですが、やや一方的な雰囲気にも感じます。下記noteでも議論したように、そもそも中銀として投機の通貨売りに対抗しても恐らくロクな結末は待っていません。それは歴史が証明するところでしょう:
https://comemo.nikkei.com/n/na2746e1cca86
円安の喧騒の中で市場は聞く耳を持たないといった機運が支配的ですが、日銀の言う物価の基調判断もまだ現状維持を支持する状況には(一応)あります。植田総裁は「円安で(一時的な変動要因を取り除いた)基調的な物価上昇率に無視できない影響が発生すれば政策の判断材料になる」と述べました。具体的に、今回の会見では最近の円安について「基調的な物価上昇率への大きな影響はないと判断した」と述べており、これが現状維持の理由だという説明がありました。この部分が円売りを加速させたという声は非常に多いです。現状、「基調的な物価上昇率」の定義は明らかにされていないため、市場参加者は何をもってこれを判断すべきか分かりません。
確かに下がっている基調的なインフレ率
真っ当に考えれば、日銀が月に1回公表する「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」が判断材料になるでしょう。この点、図に示すように、日銀が公表する各種の基調的な指標に照らせばモメンタムは確実に鈍化しているため、利上げ見送りは妥当な情勢とも読めます。恐らく円安相場と水準の話に夢中である向きはこの計数の存在は気にかけていないでしょう:
もちろん、ほかにも市場ベースや調査ベースのインフレ期待を含め想定される計数は多種多様にある。例えば、今この時点で日銀が四半期に一度公表する「生活意識に関するアンケート調査」を取れば、確実に円安経由の悪い物価上昇への懸念が際立つでしょう。「次の一手」を予想する立場からすれば、例えば「CPIの刈込平均などでは明らかに上向いているが、市場ベースのインフレ期待が付いてきていない」といったような状況をどう判断すべきなのか確信は持てません。その点で日銀の説明にも不親切な部分はあるようん思います。しかし、今回の日銀の判断について、現状維持を決める真っ当な材料があったことも事実に思える。
繰り返しになりますが「円安になっているから」という理由だけで金融政策を決定する為替隷属的な姿勢に筆者は同意しかねます。円高時代から日本社会では何か不都合なことがあると全て金融政策のせいにして、時の体制を痛烈に批判する傾向がとりわけ強いきらいがあります。円高への強力な怨嗟が1つの形として結実したのが黒田体制下の異次元緩和であり、その慣性もあって正常化が遅延し、今に至っている部分もあろうかと思います(全てがそうだとは言いません)。
決まり文句は必要なのか?
その上で声明文や展望レポート、総裁会見で頻繁に出てくる「緩和的な金融環境を維持する」という決まり文句は果たして必要なのだろうか、という疑問は確かに筆者も抱きます。あれは誰に向けての文章なのか、今一つ腹落ちしないものがあります。FRBやECB同様、data dependent(データ次第)と言っておけば市場が勝手に適当な解釈にチューニングしてくれるようにも思います。展望レポート通りに事態が進めば正常化を、そうでなければ緩和をという普通の政策運営であれば為替市場のボラももう少し抑制される目はあるかもしれません。