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静かに祈りを捧げる人、みっともない行動をとる人、それぞれの9.27

仕事で昼頃に東京メトロの半蔵門線に乗ったのですが、いつもより人が多いなという印象で、なぜか半蔵門駅でみんな降りて行った。手には花束を持っていた。

今日は安倍さんの国葬の日である。一般献花のために来た方々だったようだ。

一般献花は国葬会場の近くの九段坂公園ですが、朝早くから行列ができたそうで、開始が30分早くなったそうです。しかも、行列がどんどん増え続け、行列の最後尾は半蔵門駅を越え、四ツ谷駅、さらに四ツ谷駅見附北交差点付近まで延びました。

内閣府がその案内を出していました。

行列の凄さはこのツイートを見ていただければわかります。

17時時点で2万人を超えたとか。最終的にみなさん3時間以上並んで献花できたらしいのですが、こんなツイートがありました。

他の方もツイートしていましたが、「並んでいても全然嫌な気持ちにならなかった」「みんな静かに歩いて行った」「むしろ行列が終わるのが怖いくらい。だって最後のお別れでしょ」とのこと。

国葬自体は厳かに行われました。その中で、特に菅さんの友人としての弔辞がよかった。本当に安倍さんのことが好きだったのだなあという思いが伝わってくる内容でした。

国葬に対する是非や安倍さんに対する意見もいろいろあるでしょう。国葬に反対という人がいてもいいとは思いますが、同様に国葬であろうとなかろうと故人に弔意を示したいという人の気持ちを踏みにじるような行為はしてほしくないものです。

献花の会場の前で「国葬反対」などと大声を張り上げている輩もいたようですが、お前の反対は構わないけど、そこで言うか?という話でしかない。何時間も並んで、心から故人を偲んでいる人たちしかいない場所でそれを主張して一体何がしたいの?それを世間ではただの嫌がらせというんだ。レストランで美味しい食事をしている人のテーブルの横で脱糞する行為と何が違うんだ?

少なくとも、国葬に反対だからといって、黙祷の瞬間を鳴り物で邪魔しようぜなんて発想は、礼を欠くし、品性下劣だなと思います。黙祷の意味わかってる?

先日、RIZINでメイウェザー選手に対して、花束贈呈で大変失礼な行為をしたどこぞの政党の親分がいたらしいですが、むしろあれより品性を疑う。

しかし、そうはいってもまさか本当にやらないだろ、と思いきや、本当にやっていたようで…。見るに堪えないというか、なんだかなというやるせない思いしかない。

そればかりか、国葬反対系グループが安倍さんを的にした射的の屋台まで出したというツイートもあった。冗談にもならない。やっていいことと悪い事の区別すらつかないのか。

同様に、殺人犯のコスプレまで登場とか…。ここまでくると呆れる。

ぜひ、若い人は「国葬反対」とツイッターで毎日のように書きまくっている人たちとはこういう人たちなんだよ、ということを目に焼き付けてもらいたい。テレビのニュースではここまでの酷い内容は放送されないから可視化されないだろうが、自分の意見を表明するのに何をやってもいいということでは決してないはずだ。

国葬決定に至るプロセスに問題があるならそれはそれで別途議論したらいい。そもそも決定したのは現内閣の岸田首相なのだから、批判する矛先はそっちに向ければいい。統一教会絡みで安倍さんの文句があるならそれもそれで別に追及したらいいし、その矛先も現自民党に向けないと意味はない。そもそも安倍政権自体に対する批判なら、それはそれで歴史的批判として別途やればいい。何も「国葬を中止しろ」ということでやるべき話ではない。

彼らが非難したいのは国葬ではなく安倍さん個人なのだろう。個人的にも、別に安倍政権が成功したとは思っていないし、アベノミクスが良かったともこれっぽっちも思っていないどころかアベノミクスは失敗だとすら思っているくらいだ。安部さんのコロナ対策も全く評価していない。そもそも別に自民党支持でもない。しかし、少なくとも、今日声を荒げる必要はない。特定の個人の葬式に際して嫌がらせをするような輩が、取って代わって政権を担当するような国ほど恐ろしいものはないと思っている。

自分の正しさだけを主張して、それを通すためなら人の心は踏みにじってもいいなんて人間が上に立つ国なんて地獄でしかない。そもそも正しさを振りかざす人間ほど危険だ。

誰も正しくなんてない。間違いは誰にだってある。嘘もみんなつく。だからって、自分の意にそぐわない者を片っ端から排除していったら、それこそフランス革命の二の舞である。ちなみに、私個人はフランス革命ほど人類史上始まって以来のクソ事件はないと思っている。


あなたが嫌いでも、あなたが恨みに思う人間だとしても、他の誰かにとってはかけがえのない友人だったり恩人だったりする場合もある。別に嫌いな人間を好きになれと言いたいわけではない。あなたの嫌いはあなたのものであり、それはそれでいいが、あなたの嫌いもまた絶対的なものではない。自分の嫌いを否定する者をことごとく嫌いになり続けていたら、いつか孤立するよ。

少なくとも誰かを非難したいのなら、それなりの場所とタイミングをわきまえて、最低限の礼節をもってやっていただきたいものである。

むしろそこまで病的に安倍さんの執着する生き方そのものが「安倍さんに唯一依存し、依存したい安倍さんに愛されなかったことへの憎しみの裏返し」なのではないかとさえ思う。


最後に国葬に参列した各国首脳のツイートも紹介しておく。


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荒川和久/独身研究家・コラムニスト
長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。