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どうして消費者を理解する必要があるのか、理解すると何が変わるのか?

長く市場調査や消費者分析に携わった友人も私も、昔は新しい製品や新店舗など人が集まる場所を見に行くのが重要な仕事で、食品や日用品、家電などの消費財、レストランのようなサービス業まで、店舗をしらみつぶしに回った。現場に行かなければ情報が得られなかった、そんな時代だった。
ところが、最近になって状況が一変した。「あのスーパーを見に行こうよ」とインドの友人たちを誘っても、「わざわざ暑いさなかに外出するなんて正気の沙汰じゃない」「どうせ駐車場は混んでるし面倒だ」と腰が重い。
特に大都市圏では、リアルの店舗に行って買い物する必要性が年を追うごとに減っている。言い換えれば、店を訪れなくても、気軽にモノやサービスが手に入るようになった。ネットで注文して90分も待てば配達してくれる。送料も30~40ルピーで、一定額以上買えば無料になる。

「消費者について理解する」ことは、どのマーケターも避けて通れません。よほどの成長ステージか、或いは市場の面を確保するステージで無い限り、消費者を理解する活動は必要だと考えます。

一方で、どのように理解するのかについては決まった「正解」が無く、踊る大捜査線の室井さん風に言えば「現場の判断に任せる」のが実情です。もちろん任せて頂きたいのですが、手法についてはもう少し活発な議論が現場レベルで必要だと考えています。

実際、(特に憑依型と呼ばれるような)スゴいマーケターは、スゴすぎてよう分からんのです。納得もするし、感嘆もするのですが、いざ自分で再現しようとすると「イタコっぽいふりをする」感になり、なぜか水曜日のダウンタウンの事前告知ドッキリ企画風になってしまう。

どうすりゃ良いのか。

1つに、いろんなスゴいマーケターから話を聞くことです。「どのようにして消費者理解をされているのか」を集合知のように集めることで、幕の内弁当になった知識を美味しく食べられる。

そうすれば「Aさんの言っていることは、要はこういうことなのか!」と腹落ちできるようになるはずです。

そこで、先日から「消費者理会」というイベントをこっそりと開催しています。「消費者理会」とは消費者理解+夜会を組み合わせた造語です。月末の火曜日に、マーケターが集まって「消費者理解」をテーマに1時間ディスカッションします。

先日はリサーチャーの菅原大介さん、株式会社秤の小川さんをゲストにイベントを開催いたしました。

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今回は、特別に許可をいただきましたので、1時間の対談内容を文字起こしいたしました。ちなみに「生放送でしか聞けない話」があるので、そのあたりは全てカットしています。(そりゃそうか)

次回は6月29日(火)、富永朋信さん(株式会社Preferred Networks 執行役員 最高マーケティング責任者)をゲストにお迎えして対談予定です。次回はぜひリアタイして下さい。


どうして消費者理解が求められるのか?

松本:まず第1問です。どうして「消費者理解」が求められるのでしょうか。「消費者理解」をすると、いったい何が変わるのでしょうか。

菅原:マーケティングリサーチャの命題であり、事業会社の命題だな、とも感じました。

日本の企業は、実態や実績に基づいて判断を下すことが得意だと思います。POSデータを見ながら分析したり、デジタルなデータを読み解いて行動パターンに基づいてコンテンツを配信したり。

ただ、松本さんもいつかのnoteで「顧客解像度を高めましょう」と書かれていましたよね。その記事の中でこんなこと言っていたと思います。

ポイントカードから購買履歴を見ても「分かったようでよくわからない」と思うのは、データに消費者が浮かばないからです。

凄く納得したんです。確かにビッグデータは便利だし、定量的に安定的に分析ができるのですが、それに頼り過ぎていると「なぜそうなったのか?」が分からなくなってしまう。自分たちなりの考え方や、自分たちのビジネスでどういう解を導き出すかが分からなくなってしまう。

サンリオピューロランド館長の小巻亜矢さんが以前に語られていた話が浮かんだので、話させて下さい。売上向上のために施設内を歩いていた時、お客さんがキャラクターグッズを買っている場面を見ていたらしいんですね。数字上は、頭に付けるカチューシャや着飾るためのスティックが売れていると分かった。普通の会社でマーケティングをやるなら、売れているからもっと売ろうとなるでしょう。

ただ、小巻さんたちは「なぜ売れているのか」という理由を考えるために、お客さんを見て観察した。その結果、ランドに入ったら世界観に没入したいから購入するという解になったそうです。

そこで、そもそも入り口近くにグッズを置き、世界観を楽しめるように最初に購入していただくようにしたんだそうです。

これこそ、消費者理解だと感じるんです。

松本:データ分析をしていると、WHYに基づいて分析するのが凄く難しいと感じるんです。WHYの根元は「起きている事象に疑問を抱くこと」であり、toCビジネスであれば消費者に対して疑問を抱くこともその1つだと感じています。変化球のような質問ですが、なぜこういう結果になるのかというWHYを突き詰めていくことは、なぜマーケターに必要なのでしょうか。

菅原:マーケティングリサーチに求められていることは、再現性だと思っているんです。「売れている商品を売っていく」という発想だと、ネット通販だと水だったりコメだったりバッテリーだったり、そういう消耗剤になりがちですよね。ただし、単品でこれを売ると決めているなら別です。

売り上げを高めるために、多品目ある中で「売れているからさらに売る」だと、結局は規模の戦いになってしまいます。それだけだと、自分たちらしさがなくなってしまう。なぜ自社でこれを扱っているのかを、自分たちで説明できない状況になってしまう。成功体験のある企業ほど陥りやすいかもしれません。

松本:マーケティングリサーチに携わった経験からすると、洞察力って凄く大事だと思っています。リサーチを通じて、売上にはなっていないけど潜在的能力を秘めている商品やニーズが見つかるかもしれません。

おそらく、洞察力が自身に備わっていれば、マーケティングリサーチはもっともコスパの良い消費者理解の手段になるのではないか、と思うのです。ただ、残念ながら、洞察力を高める方法が思い浮かばないんです。

そこで、菅原さんがどのように「洞察力」を高めているのかお伺いしたいです。

菅原:思いつくままにあげますと、まず、日々、ニュースやプレスリリースを見ています。それらを業界、品目、ターゲットユーザー別にメディアクリッピングすることを日々のサイクルにしています。その瞬間では単なる「まとめ」になるんですが、積み上げていくと業界や商品の変遷を自分なりに解釈できるようになります。

あとは、実店舗を見ることを凄く大事にしています。ロングテールで商品が買われるネット店舗より、実店舗の方が売り場の中で何を売るか厳選されているんです。そこに置かれている品目を見ていると「こういうターゲットを想定している店舗は、こういう品揃えなんだな」と気付けるんです。価格帯の揃え方や用途の揃え方など共通するものが見えてきます。

松本:ありがとうございます。では、小川さんの思われる、どうして「消費者理解」が求められるのか、「消費者理解」をするといったい何が変わるのかを教えてください。

小川:僕は結構、定量的なアプローチが多いですからね。最近気付いたのですが、日本企業の多くは、盤石な顧客基盤を持っているから購買データは分かっているんです。でも、需要に関する定量的なデータは捉えていないと思いました。購買行動は捉えているけど、人間としての行動まで拡張して見れていないとも思いました。

松本:WHYに落ちにくいという話がありましたが、小川さんは、どういう風に聞こえていました?

小川:本音を言うと、データからWHYを導くには、キッカケが必要だと思うんですよね。深堀して「なんでだろう?」と考える。つまり僕は、まずはデータの海にダイブして、そこから仮説を構築するタイプなんですよね。

松本:サバイブできちゃう人だ…。

小川:定性調査に関して言えば、日本企業って定性調査にお金かけないですよね。すりゃ良いのに、定量調査でなんとなくの当たりをつけたり、顧客ログで仮説を判断しようとしたり、そういうの多くないですか? 聞けば良いのに、って思うんですけどね。別にデプスインタビューじゃなくても、簡単に聴ける手段なんていっぱいあるじゃないですか、とは思います。


どのような手法を通じて消費者を理解されていますか?

松本:では質問を変えます。お二人は、どのようにして消費者を理解されていますか? その手段について詳細にお伺いできればと思います。

小川:僕は定性が得意じゃないので…ただ、僕は定量を何度もガンガンにぶん回していて、具体的にはガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルを使い、ツイッターでたった数千円の広告を回すだけで市場の規模、需要の規模を見ます。ただ、これだけだと消費者理解じゃないんですけどね。

定性的に表現できる仮説って、事業会社の中で既に持っている気がするんですよ。例えば年間予算ウン十億円全てをワンメッセージに投資できるか、これが日本企業の多くが逡巡しているんですよね。そこを踏み込むための因果推論デザインが僕の仕事なんすけどね。

松本:つまり、実際には既に仮説があるのに、行動に移せていないことが問題である、と。ちょっと胸が痛いな…。菅原さんいかがでしょうか?

菅原:定性が日本企業に少ない…っていうのはおっしゃる通りです。新しい調査手法に予算を使えていないんですよね。

定量のネットアンケートで、自由回答を活かして消費者理解を進めていくことを、割とやっているな…と思います。自由回答は入れ過ぎると良くないですし、「特にない」「分かりません」みたいな回答もあるのですが。そこでうまく回答傾向を掴めれば、次にブリッジさせることができると思います。

最近、『焼き芋』に関するアンケートをschooという授業の中でやったんですね。夏に「冷やし焼き芋」という新商品を売るためにどうしたら良いかという授業です。

※詳細はこちらのnoteもご覧いただけば。(松本)

選択回答と自由回答の両方を駆使しました。「冷やし焼き芋をどうやったら買ってくれますか」「なんで食べたくないんですか」という聞き方は直接的過ぎますよね。だから聞き方を工夫しなければならない。

例えばサツマイモを原料とするお菓子で、好きなものは何ですか、その理由は何ですか、と聞いてみる。大学芋が好きな人が、自由回答に「ゴマ塩が甘塩っぱくて止められません」みたいな回答があると、それを参考にできそうですよね。

ネガティブな方を聞きたいなら「なぜ食べたくないんですか?」は直接的すぎるので、「焼き芋のどのあたりが苦手ですか?」と聞いてみるとか。質問の仕方次第で、いくらでもやり方はあると思っています。商品の特性に合わせた聞き方をすると良いと思うのです。

松本:定性調査における質問って、頭を悩ませますよね。ちょっとした聞き方の違いで、出てくる答えが全然違う。あえて自由記述にさせることで、必要な情報を絞り込む能力が求められると思うんですけど、どうやって絞り込まれているんですか?

菅原:テキストマイニングツールや、高価な分析ツールが会社に導入されているわけでは無いので、目と手でやっているような状況ですね…。

目と手を養うためにニュースクリッピングをやっているのですが、それ自体も一朝一夕に真似できるわけでも無いんです。すぐできるなら、問いかけ方の工夫だと思うんです。「自由にお書きください」だと、本当に有象無象の様々なコメントで溢れかえってしまう。ニュートラルかもしれませんが、ノイズっぽいデータは多くなってします。ここ聞きたかったんだけどなぁと感じる情報も少なくなりがちなんです。

仮に、食品に関する調査なら「この商品が好きな理由を教えてください」に補足する形で「食べ方について詳しくお聞かせください」と書き足してみると良いかもしれません。商材に合わせて「○○という観点で」と補正するんです。誘導はもちろんダメなんですけど、業種・商品に合わせた形で工夫することが大事です。

松本:「プロフェッショナル」にも登場したVERY編集長の今尾さんの回を未だによく見るのですが、読者アンケートを徹底的に読み解いて、ただ読者が言っているままを再現するのではなく、背景や意図を読み解いて「そうそう、これがみたかった」と言わせる紙面を実現している。リサーチャーとしてもマーケターとしても超一流だと思うんですよね。

そこで、マネできないことをお二人に突っ込んでお聞きしたいです。菅原さんの場合、培われたコアのエッセンスがあって、それが面白い・面白く無いとジャッジしているんじゃないでしょうか。そのアンテナって一朝一夕ではできないと思うんです。それは当然です。じゃあ3年かけて作るとしたら、何になるでしょうか。

小川:僕は、バックフローシンキングです。TVCMを見て、なぜそのタレントなのか、なぜそんなメッセージなのかを仮説思考で考える。それが癖になっているんです。

新しいCM見ると、アカウントプランニングのクリエイティブブリーフが浮かぶんです。なぜだ、と分解していくんです。ターゲットは誰だ、このブランドの本質的な課題は何だ、態度変容は何を期待しているんだ…これが僕自身の筋肉になってますね。

菅原:僕自身、ネット通販会社のマーケティングリサーチを担当しているんですけど、ライフスタイルセレクトショップの実店舗を立ち上げる経験もあるんですね。店長、MD、店舗開発を業務として経験していました。

ゼロから作る経験なんて初で、その時から、ありとあらゆる業態の店を見るようになりましたね。詳細は、マーケットリサーチ大全という本に書いたのでご一読頂けると嬉しいです。

その中で、初心者向けに「どういう店をどのように見たらよいのか」について解説しています。書籍では、プロスポーツ球団のオフィシャルグッズショップを案内しています。商品の売れ筋を理解するだけでなく、品目に対する理解も深まるんですね。

ある商品が売れていたとします。それは、その商品の「ブランド力やトレンド性」があると思うんですね。そうした点の情報はバイヤーとしては参考になりますが、マーケターとしては参考にならないんですよね。

オフィシャルグッズショップにはいろんな品目があって、ボールペン、タオル、お皿、水、ユニフォーム、他にも様々あります。そして、足を向ければ何が売れているかがわかる。そういったものが、世の中で言うところの「売上を作れるベーシックな品目」です。これをユニクロで見ようとすると、ものがありすぎて「ちょっとよくわからない」となっちゃうんです。さらに価格帯別で考えられるようになると、より解像度は高まるでしょう。

これができるようになると、特定の売れ筋商品に依存しない、解像度の高まるマーケティング活動ができるようになります。


消費者理解のセンターピンとは?

松本:では、最後の質問であり、今日のまとめです。消費者理解のセンターピントとは何でしょうか。「センターピン」とは、ここさえ抑えればボーリングで言えば7〜8本倒れるって意味合いで、もっとも抑えておくべきポイントだと捉えて下さい。

小川:再現性、ですかね。ABテストしてこれが売れた、だけじゃなくて、なぜ売れたのかを仮説して、検証する、これが大事だと思います。

菅原:商品愛、ですかね。マーケティングリサーチャーは、商品や事象に対してニュートラルに接するのはもちろんなのですが、仮説を立てて検証するために、消費者に何をどう聞くかを考えるのは、視座・観点が大切です。では、なぜ視座・観点が持てるかは「商品愛」だと思うんです。商品を知っていて、かつ愛を抱けるかが大切です。

松本:今日は、ありがとうございました!

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