見出し画像

「軽く深いラグジュアリー」を求める

街を走るクルマがどこのメーカーのものか、とても分かりにくい。似たようなカタチのSUVが多く、一瞬見て「〇〇」と言える自信のあるケースが減りました。

インテリアに視線を転じても同じ。とても立派なソファであるとは分かりますが、どこのブランドであるかは識別しがたいです。

・・・こういうことをファッションの業界に長い人に話していたら、まったく同じだと言われました。

10年くらい前までは、通りを歩く人をみて、どこの服でどこのバッグであるかを即あてられた。しかし、今は、「ほんとうに、分かりにくい」とため息をつきます。

これはローコストの普及品の話ではありません。高額の往々にして「ラグジュアリーブランド」と称されるカテゴリーの商品の話をしているのですーーこれまでのラグジュアリーの「唯一無二」という次元から大きく乖離しています。

ここではラグジュアリーの分岐点について書きましょう。

21世紀のマス・ラグジュアリー市場がいよいよ路頭に迷う

以下の日経新聞電子版の記事では、フランスのラグジュアリーをリードするLVMHが、パリで開催されたテクノロジーイベント「ビバテクノロジー(VivaTechnology)2024」で目立った動きを示した、と報じています。

米国戦略コンサルタントのベイン&カンパニーが2024年のラグジュアリー市場を総括していますが、売り上げを落とした企業と伸ばした企業に分かれ、一律に市場を語れる状況ではなくなりつつある、としています。

LVMHは壁にぶちあたったグループですが、これまでの30年以上でつくってきたモデルの次を探っている証のひとつが、ビバテクノロジーへの積極性です。

フランスでラグジュアリースタートアップが生まれにくいのは、巨人が早めに新しい芽を吸収するからだと『新・ラグジュアリー ――文化が生み出す経済 10の講義』のなかに書きました。その点で動向の判断には注意しないといけません。

また、従来のラグジュアリー市場の重要アイテムであったバッグなど個人のもつアクセサリー商品の販売が低迷気味でトラベルなどの経験市場が伸びているとの傾向があります。これはそれなりに以前からある潮流ですが、前者が落ち、後者が伸びることで、対比はより顕著になっています。

よって、ラグジュアリー市場をこれまでとは違った見方をすることでしか、実践としてのラグジュアリーは叶えない、と明言できます。

冒頭で述べたようなより均一化したラグジュアリー商品を出しながら、「エクスクルーシブ」とはいよいよもって言い難いのです。

路頭に迷うべく路頭に迷っているーー。

重々しさある「文化ヘリテージ」からの脱皮

世界各国でラグジュアリーと認知する要素は異なります。Italianityというメディアにも昨年末、以下を書きました。

フランスの経営学の先生でジャン=ノエル・カプフェレという人がいます。ラグジュアリー研究の第一人者とされています。彼がおよそ10年前に行ったリサーチがありますが、このデータが興味深いです。ラグジュアリーと認知するための要素を6か国の人たちに聞いたのです。米国、ブラジル、フランス、ドイツ、中国そして日本です。

結果、3つの項目に関してはどこの国の人も共通に認めます。「プレステージ」「高価」「高品質」です。これをみて、そうだろうなあと思うでしょう。しかし、ラグジュアリーを認知する他の項目になると、文化圏によって大幅に変わってきます。

【Series】イタリアを通じてみる「新ラグジュアリー」論①

「プレステージ」「高価」「高品質」の3つについては、多分、これからの時代であっても生き続ける要素だと思います。他方、現在、文化圏によって異なる要素のなかで、これからのラグジュアリーにとって重要度が増すであろうと思うものがあります。

日本の人の認知との差で触れた以下の部分について解説しましょう。

日本が他の国と比較して違うのは、次のような項目です。

まず、他の国の人がラグジュアリーの項目だと認めるのに、日本の人は認めない項目は「楽しさ」「ファッション」「夢」「パーソラナイズされたサービス」「イノベーション」です。どちらかといえば、ラグジュアリーの対極にあると想像する言葉かもしれません。

他方、上記の反対、つまり日本の人は拘(こだわ)るのに他の文化圏の人はラグジュアリーにとってそれほど鍵と思っていないのは、どのような言葉でしょうか?

「遺産」です。意外だとお思いになる方が少なくないでしょう。ラグジュアリーは歴史的に評価の高いこと、伝統として受け継がれた資産が大いに関係していると考えている方が多いだろうからです

【Series】イタリアを通じてみる「新ラグジュアリー」論①

「楽しさ」「ファッション」「夢」「パーソラナイズされたサービス」「イノベーション」のなかで最近、盛んに企業側から強調されるのは「パーソラナイズされたサービス」です。「エクスクルーシブ」が排他的な意味になるのが従来のラグジュアリーであったのに対して、「あなただけのオーダーメイド」との意味が強くなっているのです。

この項目は要フォローです。

一方、「遺産」、ことに「文化ヘリテージ」との要素が日本の人の認知要素として強いとありますが、企業サイドでも、ここは好んで強調している点です。しかし、それをどの程度に受け止めるか?これが文化圏によって違うのです。

一点、この「文化ヘリテージ」について、更にぼく自身の印象も含めて言うなら、差別性の強い従来的ラグジュアリーの定型でもあります。以下の記事で書いたように、ポイントは会社の歴史の長さではなく、どこまで文化的コンテクストと調和がとれているかでもあります。

この歴史の長さを文化ヘリテージと同一視してしまうと、文化ヘリテージは固定的で動きがなく、重々しいものになります。年数の重みが良い、と。そして、マジック作用とも言うべきなのか、年数の重みだけで賞賛するのは容易、あるいは楽なのです。

だから、この年数を重視するタイプのラグジュアリー認知は言ってみれば「浅い」。言うまでもなく、発信側のラグジュアリー戦略としても「浅い」。誤解を恐れずに表現すれば、重々しさを装うのは浅い証拠である、ということになります。

ラグジュアリーの実践者として考えるべきは、文化ヘリテージの深い解釈です。上記の記事で紹介したイタリアのピアノメーカー・Fazioli(ファツィオリ)は、この点で優れていたのです。流動的に考えるから軽い。だからこそ深い。かつシャープです。

ラグジュアリーを新たな文化創造を招くソーシャルイノベーションとの立場で語るならば、求められるのは圧倒的に「軽く深いラグジュアリー」なのです。

分野の境界を超え、国境を越えて考えるラグジュアリー

ラグジュアリーのメインの震源地がファッションとその周辺であったから、今だ、ラグジュアリーを語る人はファッション領域の人が多いです。

しかし、ベイン&カンパニーのデータのとり方にあるように、ファッションの影響力は大きいけれど、それはファッションだけでラグジュアリーを考えてよいことになりません。

冒頭にあげたようなインテリアデザインやクルマ、それらに加えてワインやスピリッツ、グルメ、フィンアート、トラベル、クルーズ、ジェットがラグジュアリー分野として入っています。

Forbes JAPANのラグジュアリーに関する連載名を『ポストラグジュアリー -360度の風景-』としているのは、ラグジュアリーを考えるに360度未満ではありえないとの意図があり、意志があります。

さて、前述したように、トラベルなどの経験領域が伸びています。つまり、軽快に身体を動かして活動する方に重心がおかれるわけです。

鑑賞すべき大理石のがっしりとしたモノの価値が下がったというのではなく、そうしたモノを見て歩き、その感想を食事をしながら深く語り合うーーこの一連のプロセスそのものに意味を見いだしたい、お金を使いたいのです。

ここでも「軽い」「深く」が鍵です。

昨年、『クラフトがつくる世界ー差別化より共通点を探る方向への転換をヴェネツィアでみた』で書きましたが、クラフトがもつ価値も変化しつつあります。ローカルの文化アイデンティとの関係をとりもつクラフトの役割にスポットがあたっていたのが、クラフトのもつ共通部分から普遍性を探る方向に歩み始めています。

言い換えれば、限定された地域の限定されたテクニックや意匠であるがゆえにクラフトに価値があるというよりも、ローカルが距離を超えて繋がれる知恵としてクラフトに価値がある、と重心移動されつつあるシーンがこれから多く展開されるはずですーークラフツマンシップを担う人たちの意思として。

ーーーーーーーーーーーーーーー
このあたりの話題をポッドキャストで話し始めました。毎週一回、このCOMEMOで書いた記事か、上述のForbes JAPANの連載で書いた記事を取り上げ、30分くらい、ラグジュアリーオンライン講座を主宰している3人で話しています。

以下は『君の目で見ればいんだよ』について話しており、これをラグジュアリー文脈にもつなげる視点を含めています。

ーーーーーーーーーーーーーーー
冒頭の写真はクリストとジャンヌ=クロードのアート作品。2016年6月3日ー7月3日、イタリアのIseo湖に展示されたThe Floating Piers。およそ10年を経て、あの桟橋を歩いた感覚は「軽く深いラグジュアリー経験」という表現に相応しいと思い出す。参考にウィキペディアのライセンスフリーの写真も掲載しておく。

The Floating Piers at the island of San Paolo, by Christo and Jeanne-Claude, viewed from Rocca di Monte Isola, June 2016


いいなと思ったら応援しよう!