東ヨーロッパの「不自由」な動向をサステナビリティの観点から切り込んでみるー強権化に対してビジネスパーソンは何を考えるか?
日経新聞のメール配信に登録しておくと1日に何回か主要記事が紹介されるわけですが、今日は「グッチやシャネルも脱炭素 素材に配慮、デザイン洗練」という記事がトップの位置にあり、かなりびっくりです。「えっ、日経新聞、変わりつつある?」と思ったのですね。
記事の内容そのものではなく、ヨーロッパのファッション業界の動向に注目した記事が、日経新聞の案内においてトップで紹介されることがぼくの関心をひいたのです。これまでもフランスの高級ブランドのコングロマリットであるLVMHの他社買収、パンデミックで高級ブランドの売り上げが急減・急伸という日経新聞の記事はみてきましたが、ファッション分野の脱炭素のネタがトップになり、しかも記事本文中に「サステナビリティ」という言葉があります。
以前、日経新聞電子版の検索で「サステナビリティ」と「持続可能性」の記事を比較してみたとき、記事本文では「持続可能性」を使い、「サステナビリティ」は社内人事の部署名で掲載するケースが多いとの印象がありました。またサステナビリティには括弧で「持続可能性」が併記されていたのに、本記事にはその併記もありません。わざわざ解説するに及ばない時期に達したと考えたのでしょうか。
というわけで、サステナビリティへの力点の置き方が日経新聞社内でも変わってきているのか?と思ったのです。惜しむらくは、「高級ブランド」という言葉だけでなく、「ラグジュアリー」という表現を使うことで、ことはマーケティング以上の範囲の話題であることを示唆して欲しかったです。
さて、最近、ハンガリーのラグジュアリー・スタートアップに属するファッション企業2社の創業者にインタビューしました。そこで、ここではサステナビリティを巡り、どういう方向にプロジェクトが進んでいるのかを紹介しましょう。フランスやイタリアという「ファッション王国」ではない地域にあって、どういう取り組みをしているのでしょうか。
サステナビリティは自然環境だけではない
サステナビリティは脱炭素だけを指すのではなく、つまりは自然環境と社会環境の両方をカバーすると認識するのが出発点です。前回の記事に書いたように、「文化の盗用」と呼ばれるような事象は、文化アイデンティを傷つける人権侵害に関わる話です。したがって、このようなこともサステナビリティの枠組みで議論されています。
だからこそ、ハンガリーの「議会は学校教育や広告で18歳未満に同性愛や性転換を伝えることを禁じる法案を可決し、7月に施行した。2020年12月には同性カップルの養子縁組を禁止する憲法修正案も可決した」という政策が、欧州委員会から批判をうける事態になっていることも、前述の人権に絡むサステナビリティの問題としてもみるのが適当なのです。
例えば、ぼくの取材したハンガリーの企業は人種的マイノリティへのケアの一つとして、ロマ(ジプシー)の人たちとのコラボレーションを行っています。ハンガリーは80%以上がハンガリー人ですが、およそ3%というロマ人の地でもあるのです。
あるいは地方の小さな村にいる女性たちの技術を活用する目的から、セラミックのボタンを本社のデザイナーや外部のアーティストと一緒につくることをしています。セラミックは世界どの地にもあり、いつの時代でも使われてきた自然から作られた素材ですが、ローカルの文化がよく表現されています。したがって文化アイデンティと自然環境の二つの観点から、セラミックのボタンを両社では積極的に導入しているのをアピールしています。
リサイクルはテクノロジーの進化によって可能
かつて廃棄していた素材を再利用することは、冒頭の記事のなかで紹介されています。上記のハンガリーの会社でも実施しており、「ラグジュアリーブランドで使われた素材を再利用している」と話しています。
しかし、こうした企業が素材のリサイクルに直接関与するー自分たちでラグジュアリーブランドの中古品を入手するーのではありません。
イタリアやドイツにあるリサイクル専門工場から購入する、ということです。つまり回収ルートから製品解体や素材を再利用できるまでのテクノロジーとインフラが整備されてきたことによって可能になったプロセスです。
ファッション企業があえて特別な努力をすることなく、しかもスタートアップのレベルの会社が新品の素材と同じように再生素材を入手できるようになっているのは、新しい風景が広がっていることを意味します。テクノロジーとスケールアウトのメリットは大きいですね。
誰がこうしたサステナビリティを望んでいるのか?
サステナビリティや環境政策にまつわることは欧州委員会の仕掛けであると思われる人が少なくないでしょう。実際、冒頭の記事には以下の文章があります。GXは「グリーントランスフォーメーション」です。
ファッション業界のGXは2019年8月、仏南西部ビアリッツで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)が起点となった。グッチなどを手掛ける仏高級品大手のケリングの主導で、50年までのカーボンゼロを掲げる「ファッション協定」を提案し約150ブランドが賛同・署名した。
誰かがロビー活動をしているのは明らかです。この記事には次のような情報があります。スイスのコンサルタント企業とフランスのコングロマリットであるケリングが動いていたとあります。
G7サミットに先立つ19年4月、マクロン仏大統領はケリングのフランソワアンリ・ピノー最高経営責任者(CEO)と向き合っていた。スイスの環境コンサルティング会社クアンティスが18年に「ファッション産業は世界で排出される温暖化ガスの8%を占める」という衝撃的な調査結果を公表。服飾企業などが連携して対応するよう求めたのだ。
しかしながら、ここに至るまでの市場の動向も同時にみておかないといけません。特に、新しい世界観を提示することを得意とするラグジュアリー市場の動きをみると、「世代交代」と「主要経済圏の変化」の2つが背景として浮上してきます。
スイスに免税サービスのグローバル・ブルーという企業があります。免税品を買い物をした人ならばおわかりになると思いますが、ここではパスポートの提示というプロセスが必ず入ってきます。したがって同社には、購入者のデータが蓄積されています。
同社が公表したイタリア免税市場を参考にもてみましょう。2018年10月から2019年9月までのデータがあります。ここで「エリートショッパー」と定義される人たちの購買行動がわかります。
彼ら・彼女らは毎年3回以上の旅行、年間15日以上の外国滞在、年間12回以上免税店で購入を行い、5万5千ユーロ以上(およそ6百6十万円)の出費をする人たちです。この層は免税購入客数の0.5%しかいないのに関わらず、金額ベースで免税市場の17%を占めています。
エリートショッパーの国籍と年齢分布をみると、米国だけが55歳以上の割合が突出して高く50%です。中国はわずか13%。一方、中国や東南アジアの20-34歳の層の厚さが目立つのです。
そしてこの新しい世代の傾向として、米国戦略コンサルタント企業のベイン・アンド・カンパニーの2019年の報告を引用しましょう。
ラグジュアリーブランドの若い世代顧客の60%は「ラグジュアリーブランドは他の産業よりも社会的な責任を果たすべき」と考え、80%は「社会的な責任を果たしているブランドを好む」と回答しています。そして「ラグジュアリー商品の価格にはサステナビリティのためのプレミアムが既に含まれていると考えるのが当然である」と思っているのです。
即ち、若い世代がサスティナビリティであることを企業に対して求めていて、その人たちが世界の各地にいるのです。グローバル・ブルー社のデータが語るのは、若い世代のサステナビリティへの支持は先進諸国だけでなく、新興国においても著しいということなのです。
<2020年10月、ミラノ市内で行われたデモの1シーン>
サステナビリティが最低条件となっている
したがってハンガリーのファッション企業においても例外ではありえず、自分たちの文化遺産を基盤としながら、サステナビリティに軸をおくことをラグジュアリーの新しい意味であると考えているのです。
「サステナビリティ、サステナビリティってうるさい」と思う方も多いでしょう。ポリティカル・コレクトネスが窮屈であるとか。確かに汲々として余裕を失いがちな状況を招くこともあります。
だが、これはあくまでも、ものごとの考え方の変化期にある避けがたい局面である、とおさえるのが適切です。人権についても何百年もかけてよりマシな考え方が普及してきたのです。その時々に大きな反発をうけながら、です。そしてしかるべき権利を獲得してきたのです。
その結果、今はLGBTの社会的受け入れの動きが加速され、しかし、ハンガリーの現政権のようにストップをかけようとする勢力がでる。そこで論争がおこり、欧州委員会もハンガリー政府に法的制裁を検討しようとするわけです。
このような政府の圧力を退けるためにも、ハンガリーの私企業が国際的な支持を受ける価値に目線を合わせ、その条件をクリアしているのが倫理的にも戦略的にも正しいと思われます。脱炭素の数値目標やマーケティング、あるいはテクノロジーの進化という側面だけでサステナビリティをみるのではなく、より幅広い複数の見地からみないと「やらされ仕事」のようにしか解釈できない。要注意です。
尚、オリンピックに出場する予定だったベラルーシの女性陸上選手の亡命希望のニュースが今週出ましたが、隣国のリトアニアへの不法移民急増、バルカン半島の自由経済圏構想など東ヨーロッパの動向には目が離せません。それらをサスティナビリティという切り口でみると、新たな視界が広がります。
トップの写真は6月にミラノ市内で開催されたLGBTのイベント©Ken Anzai
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