「束ねる」「チームワーク」から疑うー自走するチームの作り方
今年に入ってから「ダイバーシティ」という言葉を非常に頻繁に耳にするようになりました。ビジネスの現場にも「多様性が必要だ」という考え方がこれまで以上に広まり、大企業を中心に真剣に向き合う動きが出始めています。
一方、多様な人材が集まるほど、チームがまとまりを欠いていくということも、裏表の問題としてあります。先行きが予測不可能なVUCAの時代と言われ、コロナの影響によるテレワークが広がっていることも、チームがまとまりづらい状況に拍車をかけています。
そのような中、1人1人が自分で考え自発的に行動できる「自走するチーム」が注目を集めています。チームの力を最大化できると言われているこの仕組みはどうすれば生み出すことができるのか、3人の専門家を交えて考えてみたいと思います。
元早稲田大学ラグビー蹴球部監督で自走するチーム作りにより大学選手権二連覇を成し遂げた中竹竜二さん、1.5万人規模のビジネスカンファレンスを主催する外資系企業 Comexposium Japan の代表を務める古市優子さん、日本マクドナルド、メルカリ、SHOWROOMを経て現在は組織開発やカルチャー醸成のコンサルティングを行う会社を立ち上げた唐澤俊輔さんにお話をお伺いします。
聞き手は、日経新聞の石塚由紀夫編集委員が務めます。
◇ ◇ ◇
■あなたの会社の組織モデルはどのタイプか?
ー石塚編集委員
唐澤さんは先日COMEMOへの投稿の中で、そもそも企業の組織モデルは4事象で分類されると主張されていますが、それについて詳しく教えていただけますか?
ー唐澤さん
組織モデルは次の図のような、4つのタイプに分類することができます。縦軸が「マネジメントが中央集権型か?分散型か?」、横軸が「変化を起こしながら成長するか?安定的に確実に成長するか?」を表しています。
日本型の大企業には、トップダウンの安定志向が強い「チームリーダー経営」が多いと思います。
今回のテーマである「自走する組織」は、権限委譲しながらそれぞれの判断に任せる分散型のマネジメントを行い、決まった型通りではなく現場の化学反応的な変化に期待しながら組織を成長させる側面をもつ「全員リーダー経営」に入ります。
ー石塚編集委員
今、日本企業には「自走する組織」を目指そうという流れがありますが、それが正解と言っていいのでしょうか?
ー唐澤さん
どれかが正解ということではありません。組織がしっかりと継続的に成長していくことが大切なのですから、どのモデルであってもそれさえできていればよいと思います。
要は、いろいろなスタンスをとるのではなく、自分の会社はこの方向だと定めて、振り切ってやることが重要だと思います。
ー石塚編集委員
古市さんの会社はこの4つのうちのどれに入りますか?
ー古市さん
「複数リーダー経営」ですね。様々な国にそれぞれリーダーがいるという、外資系企業の典型的な組織の形です。
ー石塚編集委員
日本企業に一番多いと言われる「チームリーダー経営」に比べて「複数リーダー経営」が優れている点は、どのようなところでしょうか。
ー古市さん
今、唐澤さんもおっしゃっていましたが、優劣ということではなく、外資では日本企業に比べて多様性がかなり進んでいるので、そもそもチームリーダー経営が成り立たないという環境があります。
国も言葉も文化的な背景も違うメンバーが一緒に働いて成果を出すには、それらの事情をちゃんとわかっている人がある程度一任された状態でリーダーをやらなければ回らない、ということがあると思います。
ー石塚編集委員
中竹さんは「チームを束ねる」という発想がそもそも違うと主張されていますよね。
ー中竹さん
束ねることがダメだということではなく、僕の場合は「束ねる」ということに疑問を呈したという感じでした。
例えば、この図の上の2つの組織では、束ねたほうがうまくいくかもしれません。でも下の2つのタイプの組織の場合、根本的に方向性が違いますから、束ねようとするとうまくいかないと思います。
よく組織論で、「束ねることが大事」「チームワークが大事」「まとまるのが大事」ということが当たり前のように設定されていることがありますが、まずそこに対して疑いをもつことが大事だと思います。
ー石塚編集委員
自走する組織がこれからの時代は強い、ということについてはどう思われますか?
ー中竹さん
それは一概には言えないと思います。例えば、ビジネスモデルが非常にシンプルでブルーオーシャン、単純にやればうまくいくというときは、自律的に組織を動かすのではなくトップが早く決めてすぐにやったほうがいいはずです。
複雑なVUCAの時代の中で解決策が誰もわからない問題を試行錯誤するときは、多様なアイデアが必要で、そのような場合は1人1人が自律的に動いてイノベーションを起こすことが必要になるのだと思います。
■「自走する組織」でのリーダーの役割とは?
ー石塚編集委員
これまでずっとトップダウンでやってきた企業が、いきなり自走するチームを作ろうと思っても、どうすればいいのかわからないと思うのですが、自走するチームを作るためにリーダーは何をすればいいと思いますか?
ー古市さん
私は「成功の定義づけ」だと思います。「何をしたらこのチームは大成功と言えるか?」、そこに向かってビジネスは進んでいきますから、定義づけができていれば自走できると思います。
成功の定義が違っていると、いろいろな方向にバラバラに進んでいってしまいますし、特に今はリモート環境下で定性面の評価がしづらくなっていますから、定量面での評価を根付かせることでリモート環境下でも成果を出しやすくする必要があると思います。
ー唐澤さん
僕は「信頼と一貫性」だと思います。「全員リーダー経営」に寄せていくためには、経営側が現場を信頼して任せることです。そのことで、組織は強くなっていきます。
例えば、自分で考えて決めろと言われたのに、現場の人が不安になって上司に聞きにいったら話がひっくり返ってしまった、ということが起こったりすると、自分の判断で動きにくくなるものです。
そして、同時に一貫性も必要です。自走するチームを作りたいなら、人事なども含めてすべてがそれに基づいていなければなりません。
ここは自走するチーム作りのために変えるけど、ここはもとのまま、と部分的に手を入れても結局うまくいきません。やるなら意を決してやる、やらないなら中途半端にやらない、ということが大切です。
ー中竹さん
僕は「問いかけと傾聴」が大事だと思います。リーダーが自分の中に答えをもっていたとしても、「何をやるのか?」「どうやるのか?」を問いかけることです。
そして、問いかけができているのにちゃんと聞いていないリーダーというのは意外に多いものなので、相手の話にしっかりと向き合って聞くことも大事だと思います。
ー石塚編集委員
「自走するチーム」と言ってもリーダーにはいろいろとやらなければならないことがあるということなんですね。
ー古市さん
私の前の社長は、私よりも二回り年上の大ベテランの男性でした。代表を引き継いだ私は当初「わからないから教えて」と言って対話をすることから始めました。
リーダーが弱みを見せることも大事だと思います。私も自分の弱みをどんどん見せるようになってから、うまく回るようになりました。
ー石塚編集委員
自走するメンバーに対して、リーダーとしてどうしても口を出したくなる瞬間はないのですか?
ー中竹さん
口を出したいときは、問いかければいいと思います。こうしろああしろ言うのではなく、「それでいいんだっけ?」「なんでこれやってるんだっけ?」と。純粋に疑問を投げ掛ければいいと思います。
そしてこれは、リーダーとメンバー双方が「問いかけ合う」ことが大事です。僕も選手から「この練習、意味ありますか?」と言われることがよくありました。普通の監督ならマジギレすると思いますが(笑)そう言われると「そうか、じゃあ考えてみる」となるわけです。
ー石塚編集委員
そういう扱いにくい人には、どう対処したらいいのでしょうか?
ー中竹さん
チームのためを考えれば、扱いにくいどころか、こういうことを言ってくる選手が必要で、むしろ「宝」だと思います。
例えば、「この戦略、意味ありますか?」と選手に言われたとき「確かにこれ意味ないな。で、どうしたほうがいい?」とまた問いかけると「これはこうでしょ」と選手からアイデアが出てきます。「確かに、それにしよう」となることもあれば、「俺はこう思うんだけど、どう?」と言うときもありました。すると選手も「ああ、それだったら良さそうなのでちょっと考えてみます」と。
目的は勝つことですから、監督と選手と、どっちの戦略が正しいかという議論は不毛なのです。
ー唐澤さん
僕がメルカリの執行役員を務めていたとき、Slackで200人くらいが議論しながら揉めている中で、「まあまあそう言わずに、とりあえずこうしとこうよ」という感じで落とし所を提案して終わらせようとしたら、「最後のほうで急に偉い人が出てきてよしなにするのやめてもらえます?」と言われたことがありました。
最初はびっくりしましたが、ここでもし僕が「それはないんじゃない?」と言ってしまったら、おそらくそれ以降みんなは何も言えなくなってしまったと思います。「ごめん、僕が悪かった。言ってくれてありがとう」というひと言を、みんなが見えるところで言うことでメンバーの「心理的安全性」が保たれる、そういうことを意図的にやって組織作りをしていました。
まさに、一般的には「面倒臭い」と言われるような人から組織の文化が作られていくので、いかにその芽を潰さずに大事にできるかだと思います。
■組織を変える難しさと向き合うために必要なこと
ー石塚編集委員
早稲田大学ラグビー部の元監督清宮克幸さんは、「俺の戦略を信じてやれ、そうすれば勝つ」というタイプの、非常にカリスマ性のある監督でしたが、中竹さんが引き継いだ後やり方を一変させたのはなぜだったのですか?
ー中竹さん
僕がそれをできなかったからですね。「申し訳ないけど、僕からは何も出せないから、みんなで出してくれ」と、最初に選手に謝罪しました。
「どうやったら勝てるのか?」ということを選手に問いかけて、選手のアイデアを取り入れて練習に組み込んでいきました。選手全員にリーダーシップを発揮してもらうようにしました。
ー石塚編集委員
目標設定はしっかりとやられていたんですよね。
ー中竹さん
はい、そこは僕がやりました。やり方は選手に任せましたが、「ゴールはここだ」というところと「責任は僕がとる」ということだけは、ちゃんと伝えていました。最初と最後だけは僕が握っている、ということですね。
ー石塚編集委員
唐澤さんが日本マクドナルドに勤務されていたとき、カリスマ性が非常に高かった原田泳幸さんからサラ・カサノバさんにCEOが変わりましたが、そのタイミングでやはり組織は大きく変わったのでしょうか。
ー唐澤さん
中竹さんの話と少し似ていると思いますが、2人は真逆のタイプで、原田さんはカリスマリーダータイプ、カサノバさんはみんなに問いかけるタイプでした。
トップの意思決定に対し、現場は強い実行力でそれを進めていくような組織でした。それが急に「あなたはどう思うの?」と問いかけられて、メンバーたちは当初「そんなことより早く決めてくれ」と思っていたと思います。
トップダウンからボトムアップへの組織の変革では、社長は現場の意見を待っているし現場も社長の決定を待っている、双方が待ってしまう時期というのがあり、この時期が企業としてはなかなかつらいと思います。
しかし、それでもトップが問いかけを続けることで「自分たちでやるんだ」「みんなで作っていくんだ」という気持ちが芽生えていき、「提案したらやれるんだ、じゃあ自分も提案しよう」という雰囲気が少しずつ広がっていくと思います。
そして、自分から動き出した人、チームのために動いた人に、MVP賞を与えたり昇進・昇格させたり、全社的なうねりにしていくことだと思います。
ー石塚編集委員
今のお話は、中竹さんはがご著書の中で書かれている、エバンジェリストを作る必要性の話に通じるような気がしますが。
ー中竹さん
組織が変わろうとするときには、ロールモデルが必要です。人の振る舞いがカルチャーを作るので、何を目指せばいいのかみんなイメージをもちにくいからです。
それを今までと同じ人にすると「なんだ、全然変わろうとしてないじゃん」となりますが、それまでまったく評価されていなかったような人にスポットを当てることで、これから目指すカルチャーはこの人なんだと理解しやすくなります。その機能としてエバンジェリストは大事です。明確に「これだ!」とわかる見本を見せることです。
早稲田のラグビー部は、1軍から6軍まであって、毎週選手の入れ替わりがあります。当時、6軍のチームで一番下手だった選手が、半年経ってもかなり下手だったのですが、1試合で20回くらいミスしていた彼が3回くらいしかミスしていないことに、僕が一番先に気づきました。
一番下手でも彼以上に成長した選手は他にいない、目指すべき選手はこういう選手だと思い、彼の成長ぶりがわかる編集ビデオを作りました。
いかに彼が自分で考えて努力して成長したか、うちのチームでは彼のように自分で考えて成長する人間が大事だとミーティングで言いました。それまで、メンバーからも嫌がられるくらい下手だった彼に対してリスペクトが生まれて、3軍、4軍にいる選手たしも「自分もあんなふうになれるかもしれない」と考えるようになりました。
ー石塚編集委員
そういうことが少しずつ広がって、同じようにそれを模倣する人たちが出てくれば、全体としての組織カルチャーも変わる、自然に自走するチームになっていけるということなんですね。
■まとめ
ー石塚編集委員
最後に、組織カルチャーを変えて自走するチームを作っていく第一歩として取り組めることにはどんなことがあるか、お1人ずつ伺えますか。
ー古市さん
自分を曝け出すこと、それがとても有効だと思います。自分が少し変わるだけで、周りも変わっていくと思います。戦略を立てたりすることよりも、ずっと簡単なことですがそこから新しいチームビルディングが始まると思います。
ー唐澤さん
仲間作りが大事だと思います。自走するチームを作ることの大前提は「1人のカリスマの力に依存しない」「複数の人間の1人1人の力を最大化する」ことです。リーダーもそのうちの1人ですから、偉い必要もなく、優れている必要もなく、仲間と一緒に自分1人ではできないことを1つ1つ作っていくことだと思います。
ー中竹さん
組織を変えるには、10年くらいの単位で考える必要があると思います。それくらいなかなか変わらないものだと思います。そのために大事なことは、いかに徹底的に「しつこくやるか」です。
早稲田の監督を僕は4年、前任の清宮さんは5年やりましたが、この両方にかぶっていた選手とコーチがいます。そのうちの1人が、僕と清宮さんの共通点として「1つのことを決めたときの、それを貫くしつこさ」を挙げていました。真逆のやり方をしているように見える2人ですが、相当似ていると彼は言っていました。
結局、人の真似ではなく、自分らしさを貫かないと意味がありませんから、それを貫くことをやってみていただければと思います。
◇ ◇ ◇
今回お話を伺った、中竹さんと唐澤さんの著書を、組織カルチャーに関する参考図書としてご紹介します。
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この記事は3月30日(火)に開催した、オンラインイベント「教えて!自走するチームの作り方」の内容をもとに作成しました。
中竹竜二さん
株式会社チームボックス代表取締役
日本ラグビーフットボール協会理事
【中竹さんのプロフィール】
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年より日本ラグビーフットボール協会、指導者を指導する立場であるコーチングディレクターを努め、2019年、協会理事就任。 2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。 2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。ほかに、一般社団法人 日本車いすラグビー連盟 副理事長 など。 著書に『ウィニイングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。
古市優子さん
Comexposium Japan代表取締役社長
【古市さんのプロフィール】
慶應義塾大学法学部法律学科卒。サイバーエージェント新卒入社と同時に、スマートフォン黎明期のCyberZへ出向。2013年よりdmg::events Japan(現Comexposium Japan)に入社、iMedia News Summitなど新イベントの立ち上げ、ad:tech tokyoコンテンツ責任者を経て、2017年よりad:tech全体統括。2019年4月、同社代表取締役社長に就任、フランス最大手イベントオーガナイザーComexposium Groupにおける歴代最年少責任者となる。国内外での幅広いイベント主催及び参加経験を活かし、日本でのダイバーシティ&インクルーシブネスなカンファレンスの普及を目指す。
・note:https://note.com/yukofuruichi
唐澤俊輔さん
Almoha LLC, Co-Founder
【唐澤さんのプロフィール】
大学卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢。経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、社内の組織変革や、マーケティングによる売上獲得に貢献、全社のV字回復を果たす。 株式会社メルカリに身を移し、執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長。採用・育成・制度設計・労務といった人事全般からカルチャーの浸透といった、人事・組織の責任者を務め、組織の急成長やグローバル化を推進。 その後、SHOWROOM株式会社でCOO(最高執行責任者)として、事業成長を牽引すると共に、コーポレート基盤を確立するなど、事業と組織の成長を推進。 現在は、Almoha LLCを共同創業し、組織開発やカルチャー醸成のコンサルティングおよび、組織開発のためのサービスやシステムの開発に取り組む。 グロービス経営大学院 客員准教授。 著書『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』。
・note:https://note.com/shun_karasawa
石塚由紀夫
日本経済新聞社 編集委員
【石塚編集委員のプロフィール】
1988年日本経済新聞社入社。女性活躍推進やシニア雇用といったダイバーシティ(人材の多様化)、働き方改革など企業の人事戦略を 30年以上にわたり、取材・執筆。 2015年法政大学大学院MBA(経営学修士)取得。女性面編集長を経て現職。著書に「資生堂インパクト」「味の素『残業ゼロ』改革」(ともに日本経済新聞出版社)など。日経電子版有料会員向けにニューズレター「Workstyle2030」を毎週執筆中。